第526話 14歳(夏)…古きものに告ぐ
今回は2話同時更新しています。
こちらは1/2です。
『何故、魔王の季節にはスナークの暴争が起きるのか』
人々は魔王の誕生が近くなるとスナークの暴争が多くなるという事実を知ってはいるが、どうしてそうなるのか、という因果関係を想像することはできない。
何故ならそれを推測するための情報が無かったからだ。
だがおれは幸か不幸か、それを推測できるだけの情報――きっかけを得た。
これはまだ誰にも話していないこと。
ただの推測ではあるが、それらしい推測すらもままならなかったこれまでに比べれば遙かにマシだろう。
まあこんな話、所詮は本題までの繋ぎだしな。
『実のところ、スナークの暴争は魔王の季節と呼ばれる、魔王の誕生が近いと予想される時期と明確な因果関係を持つものではなく、それは魔王の誕生により暴争が多発するという事実から遡っての思い込みであると思われる。
魔王誕生前の暴争は魔王とはまた別の、世界を巡る魔素の揺らぎが関係すると推測されるが、しかし、魔王誕生後となるとこれらは途端に密接な関係性を持つことになる』
おれが話す内容はクマ兄貴と精霊たちにより、広場の上空に光る文字となって記される。
これはよりインパクトを与えるための演出――問答無用で先制攻撃を仕掛けられないための策だ。
語られる内容が内容で、さらに視覚からも飛び込んでくる状態。
この、これまで体験したことのない状況のなか、もともとそう高くなかった魔剣兵たちの士気はさらに下がり、ぽかんと口を開け、剣をだらんと下ろす状態にまでなっていた。
ちゃんと効果はでているようだ。
『そもそも魔王の誕生によってスナークの暴争が起きる理由は、天を巡り瘴気領域の中心へと集まった魔素が地表へくだり、さらに地表より地の底へ、そしてそこから世界へと巡るという循環が関係する。
瘴気領域の中心は魔導学的な穴。
水面に存在し続ける海底への渦。
魔素に強く影響を受ける存在はその渦に囚われる。
そして魔王とは、そんな穴とはまた別の穴。
この新たなる渦の出現は、千年以上そこに有り続けた瘴気領域の渦にも影響を与える。
穴へと収束する魔素の量が減少するのだ。
これはスナークを捉え続けていた渦の弱体に繋がり、結果としてスナークは渦の拘束を振り切り地に溢れるのである』
もっともらしいことを言っているが、所詮はおれの推測、これが真実であるかどうかはわからない。
だが、魔王が瘴気領域と同じような魔素を呑み込む穴であると公表されたのはこれが初めてのことになる。
この事実は、これまでおれが語ったこと、そしてこれから語ることも含め、勇者委員会によって各国・各機関へと報告され、そしてルフィアの記事によって大陸中へ広められるだろう。
『そして――余談。
何故、魔王の誕生には三百年ほどの年月がかかるのか。
それは悪神が魔王を選定するための準備、そこにかかる期間であると推測される。
そう、魔王を選ぶのは悪神だ。
悪神はまず魔王へと転じさせられる者――候補者を見つけだす。
そのために悪神は何をするのか?』
何故、悪神は魔王に相応しき者を見つけることが出来るのか。
何故、悪神は魔王に相応しき者を穴とすることが出来るのか。
この疑問が発想のきっかけとなった。
『答えは自らの腕を世界を巡る魔素に溶け込ませる、である。
三百年とは悪神がその腕を世界の魔素に溶け込ませるのにかかる期間なのだ。
そして悪神に見いだされた候補者は〈悪神の見えざる手〉なる称号を手にいれることになる。
そう手、手だ。
悪神は己が手を巡る魔素に溶け込ませることにより、世界中に遍在させ、故に魔王に相応しき者を選んでおくことができるようになる。
そして魔王候補者がきっかけを得た際には手を収束させることで候補者を魔素の穴へと転じさせ、魔王へと変貌させるのである』
推測、すべて推測。
だがおれはどこか確信を抱いている。
『わかるだろうか。
悪神の手はどこにでもあり、それはつまり、誰もが魔王の候補者として選ばれる可能性があるということを。
そして、これまで確認のされた候補者はどちらも悲劇のなかにあった。
悲劇――、そう、悲劇。
悲劇こそが魔王の候補者を生みだす鍵であり、絶望がそれを育む。
そしておそらく、魔王へ変貌するきっかけは孤独。
心が他者との繋がりから断絶したとき、もはや心の拠り所――一片の希望すらも無くしたそのとき、候補者は魔王となる』
おれは言葉に合わせての身振り手振り。
練習したわけではないので勢いに任せてそれっぽく動かすだけだ。
ちょっとロボットダンスっぽくて不自然かもしれない。
『これまで三度の絶望があった。
魔王を魔王たらしめた絶望と、その魔王の誕生により生まれた数知れぬ絶望が。
しかし人はそのたびに立ち上がり、今日の繁栄を築き上げた。
それは素晴らしいことだ。
――が、しかし、その原動力は輝かしい精神だけではない。
深い悲しみの反作用としての強い怒り、憎しみもあった。
二度とこのような悲劇に負けまいと、また誕生するであろう魔王を見据えての取り組みはこれを根源とするのだろう。
だが、その身に降りかかった悲劇に打ちのめされた者による、もう悲劇を許すまいと決意し始めた取り組みが、さらに別の悲劇を生むというこの皮肉は何か。
耳を覆い、目を伏せ、事実に身を縮こまらせて、気づかぬように振る舞いながら人々が従う致し方のない正義のようなもの。
それに弄ばれた者にとってこの世とは地獄、絶望でしかないだろう。
そう、絶望。絶望だ。
魔王を魔王たらしめるための糧が喜劇のように現れてしまう。
魔王に抗するための取り組みが魔王の糧となり、すでにその一つが実際に魔王を誕生させかけたというこの皮肉を何と呼べばいいのか』
魔王を誕生させかけた――。
この言葉の意味を知る者は少ない。
わざと少なくさせていたからだ。
が、それも今日までの話である。
『おそらく、それは呪いと呼ぶべきものだろう。
すべては魔王に抗するためという名目、良識無き正義が人々に課した呪い。
古きものの呪縛。
ならば――』
と、おれはそこで一度言葉を止め、大きく深呼吸する。
この瞬間は『とうとう来てしまった』と言うべきなのだろうか。
望んだわけではない。
望むわけがない。
だが、おれがおれである以上、いつか辿り着いてしまう予感はどこかにあった。
『ならば……、おれがさらばと告げよう。
すべての古きものに。
もう貴様らは必要ないのだと!
受け継がれた正義のようなもののため、不必要な犠牲を生みだす必要は無くなったのだと!
何故ならおれが現れた!
何故ならおれが――』
まったく、笑っちまう。
『おれが魔王を倒すからだッ!』
その言葉で広場に静寂が落ちた。
これまでにも『魔王討伐』を口にした者はいたことだろう。
だが、それはどれほど信用されただろうか?
少なくとも『スナーク狩り』――おれほどではないはずだ。
だからこのおれの宣言は重く、この場に集まった人々の意識を打ち、半ば放心状態にさせることになった。
下にいる魔剣兵や委員、そして勇者御一行、誰もがこれまで以上にアホ面を晒すことになっている。
背後にいる皆や筋肉たちはどうなっているだろうか?
今はふり返ってきょろきょろできない雰囲気なので確認はできないが、なんかミーネの「あはっ」という嬉しそうな声だけは聞こえた。
なんで笑うねん。
「そ――、それがなんだというのです?」
やがて静寂を破りそう言ったのはルファスだ。
『わからないのか?
それとも、わからない振りをしているのか?
おれは魔王に対抗するための取り組みまでをも否定しようとは思わない。
――だが、そのために誰かを犠牲にすることは認められない。
取り組みの結果、犠牲者を減らすことに繋がるかもしれないが、逆にろくな成果が出ない場合の方が多いのではないか?
そもそも、その取り組みの成果を実証する手段もないまま、きっと効果があるだろうと盲信的に突き進める計画に意味はあるのか?
スナークの一体すら倒すことができずに、それで魔王に対抗できるとどうして信じることができるのか!
来たる魔王の季節から目を逸らすため、効果があると信じている取り組みをただ続けているだけではないのか!
魔王ある限り、この犠牲者を生む取り組みが続くというなら仕方ない、おれが魔王を倒すとここで約束しよう!
そしてなんらかの手段を講じ、二度と魔王が誕生しないようにしよう!
ということはつまり、魔王討滅を掲げた非人道な取り組みは、ただの自己満足・自己欺瞞に成り下がるということだ!』
「それは……、それは貴方が本当に魔王を倒せるならの話でしょう!」
『ハッ、倒せないと思うのか?
すでに一度魔王の誕生を阻止し、別件では邪神の誕生を阻止したおれにそれが出来ないと何故思う?
おれのような小僧に出来るものか、そう言いたいならば、まずはスナークの一体でも倒してからにしてもらおうか!』
これまで秘匿されていた功績の公開。
すでに魔王・邪神の誕生を阻止した実績を持つおれが、魔王を倒すと宣言したならば人々はさぞ期待することだろう。
だがこれは餌だ。
おれが望む『我が侭』を大陸全土へと広めるための、人々に意識させるための。
『よって、おれは今ここに宣戦布告する。
ヴァイロ共和国だけではない。
魔王討滅を謳い、犠牲を伴う取り組みを行うすべての国、すべての機関、正義のようなものを志すすべてのものに対し、おれは仇を為す悪役――敵となろう!
おれはこれを自らの法とし、世界に対してもそれを求める!
この法を侵す者をおれは許さない!
では最後に、この言葉をもって宣言とする!』
おれは語りながら両手を広げると、同行させた精霊たちへ肉体を持たない存在に力を与えるもの――便宜的に〈真夏の夜のお食事会〉と名付けた雷撃を放出。
そして声を振り絞って叫んだ。
『砕けッ! 星屑の剣をッ!!』
おれの叫びを合図とし、引き連れてきた精霊たちがこの場にあったすべての錬成魔剣を一斉に砕く。
何重にも重なり合った激しい金属の破砕音。
そして――。
砕けた剣の破片が地面に落ちることによって奏でられる万雷の拍手のなか、おれはゆっくりと階段を下り始めた。
※誤字を修正しました。
2018/10/30




