第525話 14歳(夏)…十四歳の革命
誕生日というものは、『生まれて良かった』と感じられる者たちにとっては楽しい日であることに間違いない。
しかし逆に、『生まれたくなかった』と感じているならば、誕生日を祝われることは精神的な拷問に他ならず、しかし、祝われる程度には社交的であるが故、それを正面切って言うことはなく、決まり切った台詞と空虚な笑顔で誤魔化すつらい日となるだろう。
どちらかと言うとおれは後者だが、まあそんなことはどうでもいい。
今日をもっておれは十四歳。
これまでは年齢をカウントするタイミング程度にしか捉えてなかった誕生日だが、今回はいつもと違い特別なものとなることだろう。
なにしろ、自分でこれからの人生を呪うようなものなのだ。
△◆▽
その日の早朝、皆の想いのこもった一張羅を着てアレサと日課のお参りに出掛けたおれは、いつもより念入りにお祈りすることになった。
いや、今日にかぎっては祈りではなく謝罪――懺悔か。
なにしろ、今日おれの起こす行動はシャロ様の功績に唾を吐きかけるようなもの。
本来ならいくら謝罪しても足りないところだが今朝はもう時間が無く、ある程度のところできりあげて屋敷に戻ると、すでにミリー姉さんが手配した馬車――一昨年『王の森』への遠出に使用した二階建ての馬車が入口近くに停まっていた。
出立の準備が整ったのち、これに乗りこむのはまずおれ、シア、ミーネ、アレサ、リィ、それからコルフィー。
コルフィーには留守番を薦めたが、おれの着る服――自信作のお披露目の場なので何としてもついて行くと譲らなかったので諦めた。
さらにこの六名に続き、メイドたち全員とミリー姉さん、デヴァス、それからクマ兄弟が馬車に乗りこみ、屋敷で過ごしていた精霊たちは姿を隠したままでついてくる。
そしていざ出発となったとき、一人の男性が屋敷を訪れた。
ティアウルの父――クォルズだ。
「坊主は儂に言いたいことがあるじゃろう。じゃが、儂も坊主に言いたいことがある。……しかし、それはすべてが片付いてからじゃ。儂はここでティアの帰りを待つ」
そう言い、クォルズは屋敷へと向かう。
確かにクォルズが言った通り、おれには言いたいことがあり、聞きたいことがあった。
だがこれも同じくクォルズが言った通り、すべて片付いてからだ。
屋敷を出発した馬車はエイリシェの精霊門へと向かい、到着したところで準備のため帰還していたルフィアと合流した。
こうしてヴァイロ共和国・首都オーレイへの突入準備が整い、精霊門を前にしたおれは深呼吸を一つ。
「――よし、ではアレサさん、お願いします」
「はい、かしこまりました」
まずはアレサが精霊門をくぐり、少し間を置いておれもオーレイ側へと出る。
門のある建物内では管理・警備をする者たちがいつも通りの職務をこなしていたが、昨日とは雰囲気が違い、ちらちらとおれたちの方を確認してきた。
それはおれたちが気になるのか、それとも、門をくぐったらそこに並んで跪いていた上級闘士九人が気になるからなのかはわからない。
「え……、なんで居るの?」
こいつらのことはまったく想定になかった。
不思議に思って尋ねたところ、これに答えたのはサーヴァス。
「大闘士殿と共に戦うため、それ以外に理由がありましょうか」
いやそうでなく、召集もかけてないのにここに居ることが疑問だったんだが……。
つかおまえ、どうやって知った。
何の連絡もしてねえのに。
「あ、あとダルダン殿は療養させておりますので」
いやだからそうではなくてね?
ってか、星芒六カ国に散った六名、それからエルトリア王国の担当となった一名は精霊門があるので間に合ってもおかしくないが、国境都市ロンドの市議会員バイアー、それにネーネロ家のレヴィリーが間に合っているのは謎である。
「二人はよく昨日の今日で間に合ったな……」
「実はね、少し前からすぐ駆けつけられるようエルトリアで待機していたんですよ」
「事情が事情で、報告は控えておりました」
「へ?」
なんだろう、おれの行動とはまた別に、倶楽部は倶楽部で秘密裏に運んでいた事があったのか?
「ま、詳しくは後です。ここから先は貴方次第ですからね」
そしてその計画はおれが組み込まれている?
ならもともと倶楽部も『地の星』に関わる活動をしていたのだろうか?
わからん。
聞けば早いが、話は後と言われてしまった。
まあここで立ち話という気分でもないし、おれは上級闘士たちが道を空けたのでそのまま建物の出入り口へと向かった。
そして開ける視界。
巨大な岩の上、視界の上半分を空が、下半分をごちゃごちゃとしたスチームパンクな街並みが占めていたが……、今日は少し状況が異なった。
広場を埋めるのはすでに剣を抜いた魔剣兵たち。
素材の違いだろうか、全員が同じ剣ではなく、剣身の色が違う者もちらほら混じっていたが、その構えは皆同じ、右手は剣の柄、左手は剣の切っ先を摘み、太ももの辺りで水平にしている。
すぐにでも臨戦態勢に移れるという状態であったが、魔剣兵たちの表情には隠せない戸惑いが浮かんでおり、おれと戦いたくはないが、お仕事なのでどうしようもなくここにいる、という状態なのが察せられた。
そんな魔剣兵を率いるように集団の正面――階段を下りた辺りにルファスがおり、その近くには勇者委員会の方々、それからネイたちが混じる勇者御一行がいた。
ネイはうまく誘導してくれたようだ。
少し下を見下ろしていたところ、レヴィリーが言う。
「我らが大闘士殿は嫌われたものだが、なに、支持する者たちは背後に大勢いる。安心するといい」
「背後……?」
言われて注意を後方に向けると、そこには半裸のガチムチ集団が広場の半分を埋めていた。
つい正面にばかり意識を向けていたので気づくのが遅れたが、現在広場ではこの大岩を堺に、二つの勢力が睨み合いを続けていたのだとようやく理解する。
どうやら各国に散った上級闘士たちは、精霊門の使用権を乱用して集められる闘士たちをすべてここへ集めたようだ。
気持ちは嬉しい。
嬉しいのだが……、あいつら待っているのがそんなに暇だったのだろうか、なんか全員スクワットしてるんですよね……。
なにもこんな状況で鍛えようとしなくてもいいじゃん。
さすがに呆れるなか、ルフィアはせっせと周囲の撮影を開始。
一通り周囲の様子を撮ったのち、今度は一足先に階段を下りていってそこでも撮影。
明らかに場違いな感じだが、重要な役なので止めはしない。
むしろ今日に限っては応援せねば、頑張れ。
まあ当人は空気無視、ぜんぜん気にしてないようだが。
「さて、じゃあ始めるか、……拡声開始」
おれはため息まじりに魔道具起動用キーワードを呟く。
リィに用意してもらった魔道具は、マントの留め具を改良したものなので身につけていても違和感がなかった。
『あー、あー、どうもどうも。これまた盛大な歓迎で、まったく痛み入るよ。さて、宣言通りこうして戻ったわけだが……、どうやらわけもわからず集められた者たちが多いようだ。ならばまずは、おれが何をしに来たか説明することにしようか』
おれの声はその音量のまま広場全体に伝わっているようだ。
てっきり音量を増幅させて距離を稼ぐと思っていたのでちょっと驚いたが、表情に出さないようぐっと堪えて誤魔化す。
『おれの屋敷ではティアウルというドワーフの少女がメイドとして働いていた。メイドとは何か――、これを語ると長くなってしまうためここでは割愛するが、要は侍女のようなものと考えてくれ』
メイドについておざなりな表現になってしまったのは痛恨であったが今は致し方ない。
我慢する。
『このティアウルには特別な才能があった。それを認められ、つい数日前にこのヴァイロ共和国が誇る技術機関――大工房に勧誘されることになり、彼女は晴れて大工房で働くことになったのだが……、どうやらおれが想像していた働き方とは違ったようだ。なにしろ、今この場に多く揃えられた剣――錬成魔剣の材料になるというのだから』
この発言に広場を埋める多くの者たちの半分――ドワーフたちは無反応で身じろぎもせず、もう半分――筋肉たちは驚いたのかスクワットを加速させた。
『錬成魔剣を構成する金属。それはスライム亜種――その体を金属によって構成されるメタルスライムであり、このスライムは特別な能力を持つ者を取り込むことでその能力を取得することができる。そう、錬成魔剣に宿る能力、それはかつて誰かの能力だったものだ』
犠牲となったのは六名。
『勇猛のジスト、治癒のリズラス、活性のガルネ、強靱のサフィール、剛力のディアム、そして地の恩寵のエリーデ。おれはここにティアウルを加えるつもりはない。故に、こうして迎えにきたというわけだ』
おれが説明を終えると、場には一度沈黙が下りる。
するとそのタイミングでルファスが口を開いた。
「まいりましたね。どうやら貴方は本当にこのヴァイロが取り組んできた計画を台無しにしようと考えているようで……」
ルファスはため息をつき、そして続ける。
「貴方は偉大な人だ。それは認めます。しかし、回りからの礼賛に自惚れすぎているのではないですか。魔王が誕生したとき、スナークの暴争が頻発するようになる。そのための自衛手段を強化しようとすることは罪ですか? そもそもの原因であろう魔王を討滅すべく武力を高めようとすることはそれほど罪深いのですか? 瘴気領域を囲う国としての責務を全うすべく手段を選ばないことは罪業にあたりますか? ああ確かに罪でしょう、罪業であるのでしょう。しかし、それは我々が判断することであって、瘴気領域に面してもいない他国の者がとやかく言えることではありません。わかりますか、非道を世論に訴えかけようと意味は無いのですよ」
まあそうだろう。
その大義には大概の奴が黙る。
だが――
「いくらそうやって立派なお友達を集め、圧力をかけようとも我々は歩みを止めることはしない。それが犠牲にしてしまった者たちの死を無駄にしないための唯一の――」
『もういい。黙れ。まだおれの話は終わっていない』
だが、おれは黙らない。
おれは強めの口調でルファスの話を遮って言う。
『まずは貴様の勘違いを正そう。確かにおれは人を伴って現れた。内何名かは国を代表する人物だ。が、なにもヴァイロへ圧力をかけるために同行してもらったわけではない。見届け人だ。これから明らかになる、おれがこうして現れたという歴史的な愚行の証言者となってもらうためのな』
おれが何を言うのか予想がつかず、広場は少しざわめいた。
そのなかでおれは一つ深呼吸、そして続ける。
『国、勢力、そんなものは関係なく、おれはただおれ個人としてここに居る』
たった一人の、愚かな子供として――。
『今日、おれはヴァイロに戦争を仕掛けに来た』
さらなる困惑――、ざわめき――。
おれは構わず続ける。
『これは訪問ではなく軍事侵攻なのだ。歴史上、一度たりとも行われなかった精霊門の軍事的な悪用だ』
誰もが唖然とする。
国々がそれだけはと忌避していた『精霊門の軍事侵略利用』を行ったとぬけぬけと宣言したのだ、それは呆れもするだろう。
まあ子供一人なので悪い冗談ですまされそうなものだが、こうして公言してしまえば事態は誤魔化しのきかない深刻なものとなる。
それも、この悪しき前例がシャーロットに縁のあるレイヴァース家の者の行いとなればなおさらだ。
『この侵略の目的はティアウルの奪還、そして錬成魔剣計画の完全破壊だ。大人しくティアウルを差しだし、計画を破棄すると言うのであれば大人しく立ち去ることもやぶさかではないが……、さて、どうする?』
ルファスもまた唖然とする一人だったが、やがて首を振り告げる。
「馬鹿馬鹿しい。確かに貴方の功績は立派なものだが、それとて一人でどうにかしたものでもないでしょう。この包囲をどうにかできると? 言っておきますが、その階段を下りきった時からこちらは完全に貴方を侵略者と見なし武力行使も辞さず取り押さえます。これを戦争と言うのなら、例えその際に死亡することになってもこちらは非難される謂われはない。自分が特別な存在だから手出しはされないとでも思っているのですか? だとすればそれは甘いとしか言いようがない。もう貴方は現れ、人々を前に公言してしまった。もしここで精霊門をくぐり国へ戻ったとしても何も無かったことには出来ませんよ。もう手遅れなのですから」
『戻る? はっ、退くことは有り得ない。おれはそんなふうに出来ていない』
「ならば戦うと? 一人で?」
『戦うさ、一人で。そしてこの国を革命する』
「……革命?」
『そう、革命だ。だがその前に興味深い話を聞かせようか』
おれはそう告げ、パチンッと指を鳴らしてクマ兄貴に合図を送る。
クマ兄貴は頷き、両手を空へ掲げた。
これにより、これからのおれの発言はすべてクマ兄貴と精霊たちによって空に浮かび上がる光の文字となる。
これで準備は完了だ。
あ、撮影係のルフィアは大丈夫か?
大丈夫そうだな。
よし、では悪役を始めるとしようか。
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/10
※文章を少し修正しました。
ありがとうございます。
2021/02/21
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/04/19




