第524話 13歳(夏)…一日早い贈り物
ルファスの野郎はおれの言葉を負け犬の遠吠えと思っただろうか?
いや、世間に秘匿しているおれの功績を知らなかったにしても、公表している功績だけでおれなら何らかの実力行使をしてくると判断するだろう。
ひとまずエイリシェ側へと出たおれは、すぐにネイに頼み事をする。
「まずアレサに聖都へ送ってもらうから、そこで大神官にお願いして聖女を貸してもらってくれ。これは何度か精霊門を移動してもらうためだ。アレサにはまた別に用を頼むからな」
「お、おい、聖女を貸してもらえって言うけど、それってそんな簡単な話じゃなくね……?」
「そこはおれの頼みってことでうまくやってくれ。証明のためにこれを渡しておく」
と、おれはネイに自分の冒険者証を渡す。
そう言えばそうだった、くらいの認識な冒険者ランクSを証明するおれの冒険者証は黒く、それを見てネイたちは驚いた。
「うぉ、色が黒い! すげえ!」
「……ちょっと、触らせて……!」
「待て、待てって!」
「……私も触りたい……!」
「おーい、話を戻すぞ? 聖女を借りたら、次に向かうのは森林連邦だ。明日、おまえが見聞きしたことを連邦へ報告する際、それを正式なものと認める取り決めをしてくれ」
「ふうん? よくわからんが俺を国代表ってことにすればいいのか?」
「ああ、それでいい。それを終えたらヴァイロに戻ってくれ。そこでまず滞在している委員会の奴らが全員揃っているか確認してほしい。エミルスにいる連中もその頃には戻っているだろうし……。足りない場合は精霊門を使って連れてきてもらいたい。なるべく、な」
「委員会を動かそうってのか?」
「いや、そうじゃない。ただ委員会を構成する、各国・各機関の担当者に明日立ち会ってもらいたいだけだ」
「ティアウルちゃんを助けるための協力を取りつけるとか、そういうのはやらなくていいのか?」
「必要ない。現時点でそれをやれば、むしろヴァイロ側の肩を持たざるを得ない者も出てくるかもしれない。だから、ただ中立な見届け人として明日の出来事に立ち会って欲しいんだ」
「よくわからんがわかった」
「おれが何かやらかすとなれば、委員会も無視はできないだろう。ともかく、集められるだけ集めてくれたら今日やるべきことはもう無い。明日はルファスの動きに合わせて皆をその場に向かわせるようにしてくれ」
「勇者たちはどうする?」
「それはべつに居ても居なくてもいいな。あ、いや、なるべくなら立ち会わせた方がいいか……。勇者大会ではさんざんだったからな」
「じゃあ、できたら勇者たちも誘導するな」
「頼む」
「俺のやることはこれだけか?」
「ああ、これで全部だ。頼むぞ」
「あいよ」
それからおれは頼み事をしたネイたちをアレサに聖都へ送り出してもらい、続いてアレサとデヴァスに頼み事をする。
こちらはそう大した用事ではない。
ちょっとエミルスへ行って、ベルラットさんちでベビーシッターやっているクマ兄弟を回収してきてもらうというおつかいだ。
「かしこまりました。それでは直ちに向かいます」
「お願いします。それでまた後で」
そう二人を送り出してから、おれはメタマルを託すのを忘れていたことに気づいた。
まあこれはそのうち返品すればいいか。
△◆▽
アレサとデヴァスが精霊門をくぐっていったのち、シアとミーネにはそれぞれ訓練校にいる父さん、それから魔導学園にいる母さんを呼びに行ってもらい、おれは一足先に屋敷へと帰還する。
場合によってはアレサとデヴァスが先に到着しているかもしれないと思ったが、まだ二人はこちらへ戻っていなかった。
屋敷に戻ってすぐ、サリスにメイドのみんなをおれの仕事部屋に集めてもらうよう伝え、その間にリィとコルフィーに大まかな状況を話して聞かせた。
「お、お前……、ちょっと目を放した隙に大ごとの渦中かよ……」
「兄さん、ティアウルさんは助けられるんですか?」
「助ける。必ず。そのためにちょっとみんなと話をしないといけないんだが……、二人はクロアとセレスの相手をしていてもらえる?」
「わかりました。では姉さんは私が。ところで姉さんにくっついて離れないミリメリア様はどうしましょう?」
「あー、ミリー姉さんには仕事部屋へ来てほしいと伝えてくれ」
「わかりました」
「つーことは私はクロアの相手をしてればいいんだな?」
「お願いします。あ、あと一つお願いが」
「うん?」
「自分の声を広範囲に届かせる魔道具が必要なんですが、明日までに間に合いますか?」
「広範囲って、例えばこの王都中とかか?」
「いやそんな広くなくていいです。ヴァイロの精霊門がある広場で使いたいんですよ」
「ああ、あれくらいか。なら一晩もかからないかな。わかった。用意しとく」
「お願いします」
と、二人にお願いしたあたりでアレサとデヴァスが屋敷へと帰還した。
ちゃんとクマ兄弟を――、って、シャフリーンまで連れてこいとは言っていないんだが……。
「明日は私も同行させてください」
「え、でも弟さんは……?」
「父とエルセナさんで頑張るそうです。二日三日くらいなら大丈夫なので、お前はレイヴァース卿の手助けをしろと送り出されました。それにティアウルさんの一大事となれば私も無関係ではありません」
こうしてシャフリーンも飛び入り参加となり、仕事部屋に集まってもらった皆にはシアとミーネが父さんと母さんを連れ帰るまでもう少し待ってもらった。
△◆▽
帰還した金銀と両親を加え、全員がそろったところでおれは現在の状況を皆に説明した。
まっさきに声を上げたのはシャンセルだ。
「ティアを生贄とかふざけやがって! ダンナ、なに大人しく帰って来てんだよ! ダンナだったら無理矢理にでもティアを連れ帰ることくらいするだろ!」
するとヴィルジオがこれを宥めようとする。
「できる、できないの話ではなく、そういうわけにもいかんのだ。ここは主殿はよく退いたと感心するところだぞ?」
「感心なんかできるかよ、ティアはどうすんだ」
「シャンセルよ、犠牲をもって事に当たることは悪いことなのか? まあ良いことでないことは確かだが、それでもやらなければならないこともある」
「だ、だからって――」
「ベルガミアには黒騎士がいるだろう。もしお前が女王として、いざというとき、そやつらに行けと、死ねと命じるのはお前だぞ。今回のことはそれと同じだとは思わぬか?」
「でも黒騎士は、望んでって言うか、国を守るためにやらなきゃいけないことで……」
「同じだろう。ティアウルが本当に了承していた場合、もう妾たちがとやかく言える問題ではないのだ。主殿の活躍によって忘れてしまっているかもしれんが、スナークとの戦いというものは本来そういうもの。さらに魔王となれば尚のこと。そういった犠牲に目を瞑らなければならないし、その犠牲によってより多くの犠牲を減らせるのであれば、やらないというわけにはいかぬのだ。それは為政者としてごく当たり前のこととは思わぬか?」
「……、……ッ」
ヴィルジオの言葉にシャンセルが何も言えなくなる。
それでも何か言い返そうとする意気込みだけが空回りしてちょっと半泣きになっていた。
「じゃ、じゃあ姉御は……、ティアが生贄になるのは仕方ないことって諦めるのかよ……」
なんとか紡いだのは消え入りそうな弱々しい声。
するとリビラが一つため息をつき、二人に割って入る。
「シャン、待つニャ。ヴィルにゃんはシャンがわかってないといけないことを説明しただけニャ。……ヴィルにゃんもあんまりシャンを苛めるもんじゃないニャ」
リビラの言葉に、ヴィルジオは苦笑して肩をすくめてみせる。
「ヴィルにゃんはティアを見捨てようと言っているわけじゃないのニャ。それにニャーさまを見るニャ。とても納得しているようには見えないニャ」
「もちろんティアウルは奪い返す。そのために戻った。――ただ、これには色々と準備がいる。それに今回はかなり危ないことをやる。だからここで確認しておきたい。最悪、周りが全部敵になりかねない。皆にはそれぞれ立場があるだろ、だから、おれの側に居ない方が良くなる。明日を前にここでおれと縁を切り、なんの関係もなくなったと宣言しておく必要があると思ったんだ」
そう言いつつ、おれは父さんと母さんを見る。
「まず一番に、家に迷惑がかかる。だから――、おれは当主の座を母さんに戻して、レイヴァース家から追放、縁を切ってもらおうかと思う」
これに父さんと母さんは眼をぱちくり。
「息子よ、いったいぜんたい何をするつもりだ?」
「世の中に向けてひどい我が侭を言うつもり。詳しいことは今はちょっと言えないかな。まだ覚悟が決まっていないから」
苦笑してみせると、父さんは「うーん」と少し考え込んでから口を開いた。
「俺は色々と酷い状況のなかで誰かを助けることが出来なかった。でもお前はそれが出来ている。お前は父さんの誇りだ。そんなお前が不条理に立ち向かおうとするのに、縁を切るなどできるものか」
「でもクロアとセレスのことを考えると――」
「あのな、そんなのまず二人が大反対するに決まってるだろ」
「そうそう。それにね、いざとなったら家族でどこか静かなところへ引っ越して暮らせばいいのよ。もともとは押しつけられた爵位なんだし。ほら、エミルス迷宮の最下層なんていいんじゃないかしら? 自然豊かな場所なんでしょう?」
「お、来るカ?! 歓迎するゼ!」
「え、ええぇ……」
なんかとんでもない逃避場所を告げられた。
「それにあなた、家を出たとして、じゃあそれから周りになんて呼んでもらうつもりなの? もうレイヴァース卿は使えないのよ?」
「か、母さん……?」
なんか想像もしなかったひどい説得が来た。
だが家族は一緒、どこかほっとした自分がいる。
両親が縁を切るつもりはないとわかり、次におれは皆に訴える。
「ここは馴れ合いじゃなく、本当によく考えてほしい。場合によっては一生が台無しになるかもしれないし、国同士の関わり合いに長く禍根を残すような状況にもなりかねない。おれと親しいとか、ティアウルと仲がいいからとかでなく、もっと大きな観点から判断してほしいんだ。そしてもし、それでもおれの側に――」
「あのな主殿、そのあたりの話はまったくの無駄だ。決戦は明日なのだろう? とっとと何をすればいいか説明せい」
ヴィルジオの発言に反対する者はいない。
皆はおれの側にいてくれるようだ。
「……ありがとう」
呟くように感謝を述べ、ならばとおれは改めて皆に言う。
「星芒六カ国に関わる人は母国に連絡をとってほしい。これから帰還し、約束事を取りつけてほしいんだ」
「ほう、どんな約束だ?」
「明日、おれに同行する自分を国代表ということにしてもらえるように。詳しくは後で手紙を書くから、それを持って行ってもらいたい」
セントラフロ聖教国はアレサ。
メルナルディア王国はパイシェ。
ベルガミア王国はシャンセル。
エクステラ森林連邦はすでにネイに頼んである。
そして残る一カ国はザッファーナ皇国だが――
「やれやれ、もっと相応しい場で明かしたかったが、まあティアの奴を助けるためなら仕方あるまい」
ヴィルジオは残念そうにしょぼくれた感じで言うと、表情を改めて告げた。
「妾がザッファーナ皇国、竜皇ドラスヴォートが娘、ヴィルジオ・ザッファーナである。皆の者、これからも妾が皇女であることなど気にせず、これまで通り接するように」
そしてヴィルジオはふっと笑う。
「やはり締まらん。まったく。では、ひさしぶりに国へと戻ることにするかの」
なんでザッファーナの皇女さまがメイドをやっているのかは謎すぎるが、今はその疑問を解消している場合ではない。
アレサ、パイシェ、シャンセル、ヴィルジオの四名にはすぐに動いてもらう必要がある。
「あとは……、そうだ。ルフィアにも手を借りないといけない。シア、悪いけど――、あ、いや、バスカーに手紙を運ばせるか」
おれはそこらにあった紙に『記者として働いてもらいたい。すぐ来い』と書き殴って折りたたみ、バスカーを召喚するとその尻尾に結びつけてすぐに送りだした。
が――。
パーンッと。
外で雷撃が爆ぜる音がして、はて、と窓の外を見やったところルフィアが落下していく瞬間を目にすることになった。
そのすぐ後にドシーンという落下音が……。
『…………』
誰もが黙り込んだ。
精霊便についてはこれまでもしものことを考え利用を控える状況もあったのだが……、まさかここでその『もしも』が起きるとは……。
「あー……、アレサさん、すいませんが治療をお願いします」
△◆▽
皆が動き始めたなか、おれは打ち身程度ですんでいた頑丈なルフィアにだけ明日おれが何をするか、そして明日何をしてもらいたいかを詳しく説明した。
「あれ……? もしかしてそれ、私もおまけで歴史に名が残るやつじゃないの……?」
ぽかんと呟くルフィアだが、今日の内にある程度記事の内容を練っておかねばならず、さらに明日は記者として同行してもらうことになるので惚けていられるのも今だけだ。
あとアレサが帰還したら一緒にロールシャッハの所へ行ってもらう必要がある。
これは冒険者ギルドの通信網を借り、記事を大陸中にばらまく段取りを話し合ってもらうためだ。
「そんな大物と会うのはさすがの私も腰が引けるんだけど……、はあ、そんなこと言ってられない状況ね。まかせて。じゃあ今の内に記事の構想を練るから、どこか部屋を貸して」
「じゃあここを使うといい」
おれはルフィアに仕事部屋を提供し、それから意味も無く屋敷をうろうろした。
少し時間ができたので、鍛冶屋『のんだくれ』へ向かってクォルズにどこまで話を知っていたか問い詰めにいこうかと思ったが、下手すると収拾が付かなくなると思い取りやめた。
もしクォルズがティアウルを生贄として差しだしていた場合、おれは自分がどんなことになるか予想できない。
なら会いに行かず、明日の大舞台に向けて心を落ち着かせておいた方がいいだろう。
おれはしばし屋敷内をうろつき、最後は階段に座り込んでぼんやりすることになった。
そこにサリスが現れる。
「御主人様……、本当にティアさんは助けられるのでしょうか?」
明日に向け特別やるべき作業が無いサリスは気を紛らわせることが出来ないのだろう、抱っこしているウサ子をもふもふしながら不安そうにそう尋ねてきた。
「大丈夫。助けるよ。大丈夫じゃなくても助ける」
そう答え、それから何か仕事を頼んだ方がいいかもしれないと考えたおれは、ちょっとした思いつきを口にする。
「あ、そうだ。ちょっとセレスと遊んでいるコルフィーに頼みたいことがあるから、伝えにいってもらえる?」
「はい。なんでしょう?」
「明日は派手にやるからね、おれに似合いそうな立派な服があった方がいいと思うんだ。出来合いでいいから、それなりの物を見繕ってもらおうかなと。アレサは出ちゃってるから、この都市で見繕うことになるんだけど、そうなるとサリスにも同行してもらった方がいい……、うん?」
説明していたところ、何故かサリスが目を大きく見開いて驚いたような顔をしたので、何事かとおれは喋るのをやめる。
するとサリスは深呼吸してから言った。
「それであれば、すでにご用意してあります」
△◆▽
その夜、皆が揃ったところで一日早くおれに誕生日の贈り物が手渡され、すぐに身につけて披露することになった。
つか明日がおれの誕生日だったんだな……、もともとそう興味もなく、色々あったせいですっかり忘れていた。
そんなやる気のないおれのためにと用意されていた礼服一揃えはコルフィーの執念が宿ったように立派なもので、おれには少しもったいないくらいである。
さらにミーネ個人からはマントの贈り物。
マントはレイヴァース家の紋章が刺繍されており、その周囲には小さな刺繍――剣、鎌、メイス、他にもハサミや針、サイコロ、本、さらには犬、鳥、猫、妖精など、おれを取り巻く要素が輪となって囲んでいた。
「前にすっごいの作ってるって言ったでしょ?」
ミーネが得意げに言う。
確かに凄い物だ。
一朝一夕ではない、何ヶ月単位の仕事だろう。
「ありがとうな。みんなもありがとう」
素直に感謝。
この計画においては見栄えがするというのは有利に働くはずだ。
「贈り物は前渡しとなりましたが、明日はちゃんと皆でお祝いしましょう。ティアさんも一緒に」
サリスのこの言葉に、その場に居た全員が静かに頷いた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/27
※ジェミナの教育係をやっているヴィルジオが、自分はティアウルの教育係と言ってしまっていたので、そこを削除しました。
ありがとうございます。
2019/03/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/21
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/01/07




