表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
530/820

第522話 13歳(夏)…殴り込めぬ前夜

「シア! ミーネ! 殴り込みだ! アレサ! ヴァイロへの案内を頼む! デヴァス、もう夜だが飛んでくれ! ティアウルが危ない!」


 書斎を飛びだしたおれは皆の所へ行って叫んだ。

 皆は突然やってきたおれの剣幕に驚いたようだが、金銀赤の三名は何か尋ねるよりも前にまず席を立つ。

 困惑したままなのはデヴァスとネイたちだ。


「ちょ、ちょい落ち着けよ。殴り込みたぁ穏やかじゃないな。まずはどういうことか聞かせてくれ」

「そんな時間は無い」


 きっぱり言ってやったが、ネイは諦めない。


「本当にその時間もないほどのことなのか? なら俺たちも協力する。あんたがそれほど焦ってるんだ、相当のことなんだろ?」

「む……」


 ネイが協力を申し出てきたことでおれの勢いにストップがかかり、少し冷静になって考える余裕ができた。

 そのなかで思う。

 これは……、誰かを頼るべきじゃなかったか?


「あー、殴り込みとは言ったが、襲撃とかまでするつもりはない」


 おれはすぐに前言を撤回。

 大工房を襲撃となればヴァイロ側とて黙ってはいないだろう。

 魔剣兵の投入も有り得るし、なんとかしてティアウルを奪い返したとしても待っているのは国際問題ではなかろうか。


「悪い、実はそこまでのことじゃないわ。ただちょっと話を聞きに行こうと思ってね……、アレサさんヴァイロ側まで送ってもらえます?」


 ヴァイロ側との敵対、これは間違いなく周囲に影響を及ぼす。

 ミーネはザナーサリー王国でも有力な貴族の令嬢、アレサは聖都から派遣された聖女、ネイたちはエクステラ森林連邦を構成するカーの森の有力者の子息女だ。

 これは……おれ一人で行った方がいいだろう。

 しかし――


「ご主人さま、相当焦ってますよね? もうこんな夜更けに話を聞きに行くもなにもないじゃないですか。もしかしてヴァイロと敵対することまで考えて一人で行くつもりなんじゃないですか?」


 取り繕いは即シアに看破された。


「は? なにそれ。私もいくわよ。ティアウルが危ないんでしょ?」

「猊下、送るだけなんて……、ちゃんと同行いたしますよ?」


 しくじった、一人で行くのは無理そうだ。

 こうなると突撃は愚策、控えないとまずいだろう。

 ならば明日早朝に訪問か……?

 だがそれまでティアウルが無事という保証が無い。

 おれは考え――


「バスカー」


 この場にバスカーを召喚する。

 バチコーンッ、と雷を散らし、登場する一匹のワンコ。


「わん!」

「すまんな、ちょっと用事を頼みたいから少し待っていてくれ」

「わおん!」


 バスカーを待たせ、おれはテーブルにあった白紙の紙に書き込むべきメッセージを考える。

 すると、もじもじしながらリフィが言った。


「あの……、あの! 撫でていい……?」

「ご自由に」

「やたっ」


 リフィがワンコをこれでもかと撫で始めるなか、おれはどのようなメッセージにしようかしばし考えてみたのだが、べつに抗議ではないのだ、長々と書き綴る必要は無いと思い直し、シンプルに『明日の朝、迎えに行く』とだけ書いた。

 それから手紙を棒状になるまで折りたたみ、リフィに抱っこされてぺるぺるしているバスカーの尻尾に結ぶ。


「リフィさん、すいませんが続きはあとでお願いします。よしバスカー、今からおまえをティアウルのところに飛ばす。尻尾に結んだ手紙を見てもらうんだぞ? 少ししたらまたここに呼びもどすからな」

「わん!」


 おれはリフィからバスカーを受けとり、床に下ろして頭をひと撫でしてからティアウルのところへ送り出した。

 たぶんティアウルは感電するが、そこは勘弁してもらいたい。


「ねえねえ、そろそろ説明してほしいんだけどー……」


 成り行きを見守っていたミーネは痺れを切らしたようだ。


「そうだな。じゃあ……、あいつらも同席させるか」

「あいつら……?」


 そうミーネが不思議そうな顔をしたところで、それを待っていたように部屋にのそのそとイールが現れ、その上にはメタマル(勝手に命名)が乗っかっていた。


「どうもみなさん、こんばんは」

「オッス、おいらスライム、仲良くしてくれよナ!」


 うちの面々はちっこい銀色のスライムが増えていることに驚き、ネイたちはでかい方と小さい方、共に初対面なのでなおさらに驚くことになった。


    △◆▽


 テーブルにつきなおした皆が見守るなか、おれはネイたちにもわかりやすいよう事の発端から説明を始めた。

 話はまずうちの屋敷にティアウルというドワーフの少女がメイドとして働いていたところからだ。

 ティアウルには〈万魔知覚〉なる特別な能力があった。

 魔素の宿るものを知覚する――要は目を瞑っていようが力の及ぶ範囲内にあるものすべてを認識できるという能力だ。これは視力の補助だけではなく、周辺の状況確認や索敵にも利用でき、さらには分解せずとも対象の内部構造を知ることができる。

 この能力がここ――エミルスでの迷宮探索に同行してもらったときにヴァイロ大工房の者に知れ、その能力を買われておれの元から引き抜かれた。

 これが四日ほど前のこと。


「その能力を生かせる職場を得たなら、ここは笑顔で送り出してやるべきだと思っていたんだが……」

「違ったの?」

「おれたちが想像していたものとは違った、と言うべきかな」


 理解しやすくするため、ここでイールが昔出会ったスライム亜種――メタルスライムの説明をする。

 奴がどんな経緯でヴァイロに協力するようになったかはメタマルでもわからなかったが、そこは重要ではない、流して話を進める。

 メタルスライムとヴァイロ――大工房は相互協力の関係だ。

 メタルスライムはヴァイロから保護と強化を、ヴァイロはメタルスライムから特別な武器を作るために分身の提供を受ける。


「なるほど、それが錬成魔剣ってわけか。なりふり構ってはいられない、使えるものは何でも使うって感じだな」

「昔はそこまで追い詰められた時代だったんだろう。まあそこは別にどうでもいい。問題はそのメタルスライムを強化する方法だ」


 まださすがに予想している奴はいない。

 シア以外は、だが。

 すでにシアは勘づいたらしく「獣の槍か……」と呟いていた。


「どうやってそのスライムを強化するの?」

「特別な能力を持った人を喰わせる」


 これには誰もが息を呑んだ。

 おれは皆が驚きから復帰するのを待たず話を続ける。


「錬成魔剣に宿る能力はこれまでの犠牲者のものなんだ。つまり今回のティアウルの引き抜きは、メタルスライムに新たなる能力を提供するための生贄としてだった。さらに言えば、ティアウルはここの迷宮を制覇した内の一人。メタルスライムにとってはまたとない人材ってわけだ」

「すぐに助けにいきましょう!」


 イスから立ち上がってミーネが言う。

 それは説明を始めるまでのおれの状態だ。


「そうしたい。そうしたいのは山々だが、ティアウルを奪い返すとなると問題なのは大工房――、いや、ヴァイロ側がどう反応するかなんだよ」

「それがなに! こっちにはアレサがいるんだから、それでこう、がって行けばいいじゃない!」


 表現はアレだが、ミーネがすぐに聖女の超法規的活動を利用することを思いついたのにはちょっと感心した。

 だが――


「それは難しいな。これは後ろめたい取り組みが明るみにならないように、っていう問題とはまた違う。まずそれを自覚しての取り組みであり、面倒なことにこれには『国を守るため』という大義が関わっている。これがやっかいなんだ」


 おそらくヴァイロ側はアレサ――聖女が要求したとしても、国防のためとティアウルを返してはくれないだろう。

 となれば結局は実力行使となり、これではおれが思いとどまることになった状況と同じになってしまう。

 いや、ヴァイロとセントラフロ――六カ国の内の二カ国が仲違いという、より面倒な事態にまで発展する可能性も否定できない。


「なるほどねぇ……、つまりティアウルちゃんを奪還するんじゃヴァイロと事を構えることになっちまうってわけか」

「べつに協力しなくてもいいぞ。これはうちの問題だからな」


 言ってやると、ネイは苦笑した。


「明日まで居候させてもらう予定だったから、俺もその『うち』に含まれるだろ? つかさ、知ったからにはほっとけねえよ。ここでティアウルちゃんを見捨てたら、もう俺、勇者として胸を張ることなんてできねえもん。でも……、あれだ、希望としてはなるべく穏便に事を運べたらいいなって思う」

「……じゃあ、気づかれないように、攫う……!」

「あ、リフィさんすいません、さっき宣戦布告するみたいに手紙を送っちゃったんでもう無理です。ぼくだってバレます」

「なるほど……、じゃあこれの出番というわけね」


 と、ミーネが魔導袋からチラチラさせているのはレディオークの仮面である。


「いやさすがにバレるよ!? 第三者ってのは無理が――、あ?」


 そう言いかけ、ふと思い出したのは聖都に滞在してた時、こちらにメッセージを残した何者かについて。

 あのタイミングでメッセージを残せるとなれば、それこそ大工房の関係者なのではないだろうか?

 その人物の協力を得ることができれば秘密裏にティアウルを大工房から連れだすことも現実味を帯びてくるかもしれない。

 だが現時点ではそれが誰か予想すらつかず、立場的に表立った行動が出来ない人物ならいざ捜そうとしても接触を控えるだろう。

 ならばこちらが状況を理解し、動き出したということを把握してもらうためにも明日は大工房へ向かわなければならないか……。


「なあなあ、ところでなんだが、ティアウルちゃんはこのことを知らないで大工房へ行ったのか?」


 考えていたところ、ネイがそう尋ねてきた。


「そりゃ知らないだろ」

「まあそうだとは思うけど……、もしそれを受け入れてすっかりそのつもりになっていたらどうするんだ? 上手く連れ出せたとしても自分から戻っちまったらどうにもなんねーじゃん?」

「ティアウルは……、自分を生贄にするほどヴァイロという国を愛しているとは思えないな。犠牲になることで得られる特別な利でもあれば可能性はあるが、そんなものってあるか?」


 魔導機構剣の製作協力なんてティアウルにそう関係あることではないのでこれは違う。

 すると現状では何も無いということになる。


「ティアウルが知っているかどうかは明日会って尋ねるしかないな」


 だが、父親――クォルズはどうなのだろう?

 知っているのか、知らないのか。

 だがあのヒゲに話を聞くのはティアウルに会った後だな、奥さん同伴で。

 明日について話し合うなか、おれはふと思いつき、つきあってくれるミーネやネイたちへ先に詫びておくことにした。


「一暴れとなったらさ、場合によっては委員会の認定が取り消されるかもしれないんだけど――」

「そんなのもういいわ。ティアウルの方が大事だもの」

「ま、成れたらいいなーってだけの話だ。協力するぜ。スナークの暴争から連邦を守ってくれた、俺からの礼だ」

「ありがとう」


 二人に感謝を。

 それからおれはそろそろバスカーを再召喚することにした。

 バチコンッと雷撃が爆ぜ、再びワンコが登場する。

 振りまくる尻尾、結んであった手紙は無くなっていた。


「ティアウルは無事だったか?」

「わん! わんわん!」


 反応でなんとなく無事だとはわかるが、詳しい様子となるとさすがに無理である。

 シャフリーンを手伝っているクマ兄貴を召喚しようとも考えたが、もし赤ちゃんを抱っこしていたら大問題なのでやめることにした。

 今はティアウルが無事とわかればそれでいい。


「手紙の存在はティアウル以外に気づかれたか?」

「くぅ~ん……」

「気づかれた?」

「……わん」

「いや、責めてるわけじゃないんだ。気づかれた方が都合がいい」


 おれはしょぼんとするバスカーを慰めるように撫で、それから抱きあげて手をわきわきしていたリフィに渡す。

 手紙に気づいたなら、こんな訳のわからない方法でメッセージを送るほどこちらが慌てていること、そしてこんな手段を取らざるを得なかった理由について考えることだろう。


「ひとまずこれでティアウルは明日まで平気だろう」

「ほえ、なんで?」

「おれとしてはヴァイロと事を構えたくないが、向こうもまた無駄におれと喧嘩はしたくないはずだ。なんせスナークに対抗できる唯一の手段だからな。ベルガミア、エクステラ、すでに二国がスナークの暴争に見舞われた状況のなかで、おれを敵に回すのは愚策になるんだよ。で、そんなおれが明日訪問するわけだ、なら焦ってティアウルを生贄にするなんてことはしないはず」

「ふむふむ、なるほど」


 そうミーネに目論見を説明していたところ――


「べつにしばらくは大丈夫だゼ?」


 メタマルが言う。


「え、そうなの……?」

「おうヨ。知ってるカ? 生き物ってのは少しだけ鉄を含んでいるんダ。元本体は生贄にごく少量ずつ、食事に自分を混ぜて与え、その鉄を自分と入れ替えル。んですっかり馴染んだところでようやく取り込めるんダ」

「……あれ、それってもしかしてけっこう時間のかかる話?」

「そうだゼ」


 あれ、早まったなこれ……。

 いやまあ救出が早いに越したことはないし、時間がかかればティアウルにメタルスライムが混じってしまう。

 うん、救出は早ければ早い方がいいのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ