第521話 13歳(夏)…スライムはスライムを知る
ダルダンの活躍(?)により、勇者たちは正気に戻った。
いや、ちょっと戻りすぎたような感もある。
薬の効果が切れてしおしおと萎んだ勇者たちは大人しく事情聴取に応じた。
この聴取の結果、謎の薬はおれに敵意を持つ猪の仮面(よりにもよって)を被った者に貰ったこと、そして自分たちもおれに対し思うところがあり提案に乗ってしまったことなどをすんなり白状した。
まあ有名になると自動的に好感を持たれたり、嫌われたりするものだが、勇者たちの場合は保身からのやっかみである。
特に勇者ブレッド――、投げ飛ばされて天幕に突っ込んだ際、そこにあった錬成魔剣でおれを狙ったことは悪質と判断されたが、被害を受けたダルダン(そろそろ剣を抜け)がなんともないと言い張ること(だから剣を抜けと)、そしてアレサの目からしても邪心が消え失せ、心から反省していると判断したことで処分は保留、今後の活躍で相殺するという裁決となった。
ブレッドだけでなく、他の勇者たちも何やら憑き物が落ちたように大人しくなり、おれへの敵愾心も消失、それどころか自分たちが勇者委員会公認の勇者をやっていいのかと思い悩み始めるまでになってしまっていた。
唐突に厨二病が癒えたような状態だろうか。
しかしすでに契約は結ばれ認定されたのだから、今更辞退してもらっては委員会の方が困る。
もう『できるかな、じゃねえ、やるんだよ』な段階なのだ。
これまでは暴走しないように監視する必要があったのが、今度はやる気を出させるよう鼓舞しなければならないという……。
どっちにしろ面倒な連中である。
さすがに当初の目的であった迷宮での実戦訓練は中止となり、ひとまず今日はエミルスで過ごし、明日はヴァイロへ戻るようだ。
一度、勇者たちが自分を見つめ直すためにも数日休ませようかという話もあり、詳しくは委員会会議にて決定されるようで今日のところは解散。
おれはいいかげんダルダンの腹から剣を引っこ抜いてやろうと捜したのだが、奴はすでに自分で剣を引き抜いて提出し、治療も受けずにそのまま帰還したようだった。
あいつ、こんなことばっかやってるから体中傷だらけなんじゃねえの?
さて、となると後は勇者たちに妙な薬を与えた猪野郎の捜索となるが、そこはイールに任せた方が良いだろう。
おれも尋ねることがあるし、ひとまずおれたちはデヴァスの待つ屋敷へと帰還することにしたのだが……、シアが見あたらない。
「あれ? あいつどこ行った?」
「シアならさっきお店の方に行ったのを見たわ」
「店……? なんか買うものでもあったのか?」
なら少し待つかと待機していたところ、シアは小箱を抱えて積層商店街から現れた。
「ああすいません、お待たせしてしまいましたか」
「シアは何を買ってきたのー?」
「ちょっとした贈り物ですよ。はい、ご主人さま」
と、シアはおれに小箱を手渡してくる。
なんだろうと箱を開けてみると、そこには『これが勝利の鍵だ』と書かれた紙が添えられたフォーウォーンの仮面があった。
「…………」
なるほど。
うん。
もう勘弁ならねえ……!
「シア――、ってもう逃げてんじゃねえか! 待てコラーッ!」
おれはハリセン片手にシアを追った。
追いつけなかった。
あいつ速いのずるい!
△◆▽
屋敷へ戻るとき、そっとネイたちを置いていこうと考えていたがシアのせいで騒ぐことになり、注目を集めてしまったために失敗。
ネイたちは普通についてきてしまった。
おれたちは夏期の長くなった日が暮れる頃に屋敷へと到着し、それから無駄に賑やかな夕食をとって少しのんびりする。
やがてミーネとリフィが昨日の続き――壮大な自キャラの製作を再開し、皆もこれにつきあった。
おれは途中までつきあったが、夜が更けてきた頃に考えることがあると一人シャロ様の書斎に籠もった。
「おーい、スライムー、ちょっと話があるんだけどー」
「はいはい、なんでしょう」
適当に呼ぶとイールは床からにょきっと姿を現した。
「実はちょっと捜して欲しい奴がいてな。まだこの都市にいればいいんだけど」
「ほうほう、どんな人ですかね?」
「昨日、勇者たちの泊まっている宿で、変な薬を渡した男だ。猪の仮面を被って正体を隠しているらしい」
「その人をどうしたいんです?」
「ひとまず捕まえて、ちょっとお話する感じかな。たぶんおれ憎しで妙な行動しちゃった人だから」
「なるほど。昨日の……、あー、えっと、あ、居ました。ではこのまま牢屋に送りますね。はい、送りました」
「……そ、そうか。ありがとう」
「いえいえ、これくらいお安いご用ですよ」
こいつ……、個人を特定して追跡できるほど詳細に都市全体の状態を記憶し続けてんのか?
関わっているとつい忘れるが、実は凄い存在なんだよな……。
ひとまず猪野郎はあとでアレサ連れて会いに行くとして、ほかにも尋ねることがあるのでまずはそちらを優先する。
「話は変わるが、おまえ勇者をもてなすとか言ってたけど、出現させる魔物の基準ってどうやって決めたの?」
「あー、そのことですか。実は貴方を基準にしていたんですよ。最初はシャーロットを基準にしようと考えたんですが、そうなるとほらあれ、六層を守っていたマンティコアくらい強いゴブリンとかになっちゃうんでさすがにまずいと思いましてね、基準を下げたんです。なのにまだ厳しかったようですね」
「やっぱりおれかよ。それはちょっと勇者たちにはつらいな」
だがまあ、シャロ様基準にしなかったことは英断だ。
そんなゴブリン出されていたら勇者たちどころか、おれたちもトラウマ抱えることになっただろう。
「なんでつらいんですかねぇ……、勇者なんでしょう? 貴方、体は本当に普通なんで、そこに合わせた魔物に勝てないってのは勇者としてどうなんです?」
「まあ、これから鍛えるんだろ」
べつに勇者たちの肩を持つ義理も無いのでそう言っておく。
「一層の階層主は貴方の純粋な身体能力だけで戦う練習相手として用意していたんですけどねぇ……。あ、他にも何かありますか?」
「ある。つかこれが本題なんだが、おまえ、なんで勇者たちの魔剣を回収したんだ?」
「ああ、あれですか。どうも私に敵意を持つようでしたので、調べるために捕獲させてもらいました」
「ん……? おれは魔剣の話をしてるんだが……」
「ええ、その魔剣の話ですよ」
「なんで魔剣がおまえに敵意を持ってるんだ?」
「剣の形をしてますが、あれ、スライムですよ」
「……は?」
イールがあっけらかんと言ったことに、おれはきょとんとしてしまう。
「あの剣がスライム……? あれスライムの擬態だったの? じゃあ元はおまえみたいなスライム?」
「前に私の遍歴を話したとき珍しいスライムに会った話をしませんでしたか? 金属を食べるスライムですよ。あの剣になっていたスライムはまさにそのスライムだったようです。元気にしていたようですね」
「金属を食べるスライム……、体は液体のような状態だったりするのか?」
「ええ、溶かした金属のようなスライムです」
はぐれメタ……、うん、たぶんそんな感じなのだろう。
「しかしドワーフさんたちも面白いことを考えるものですね。まさかスライムを武器にするとは。いや、むしろ流石と言うべきでしょうか」
「そのメタルスライムはおまえにとって敵なのか?」
「メタル……? ああなるほど、それは言い得て妙ですね。いえ、敵とは思っていないのですが、あっちは私を敵視しているようです」
「なんでメタルスライムはおまえを敵視しているんだ?」
「さあ、なんででしょうね?」
これは……、もしかして無自覚に恨みを買ったのではないか。
「どんな出会いだったんだ?」
「襲いかかられたのでボコボコにして逃がしてやりました。スライムのよしみで」
「それだろうよ……。いつの話だ?」
「いつ……、三、四百年くらい前の話ですかね」
「そんな大昔かよ、なら相当恨んでるんだな。でも自分だけでは勝てないと判断して、ヴァイロに取り入って協力関係になったというのが順当なところか」
「ですかねぇ。今回のことは、私がここに居ることが判明して計画されたことのようですよ。勇者さんたちの訓練であると同時に、勇者さんたちを使って迷宮を制覇、私を仕留めるつもりだったようです」
「なんでそこまでわかるんだ?」
「回収した分身を取り込み、情報をもらったんです。ちょっと出しますね」
そう言うと、イールのバランスボール的な体からぽこんと銀色ピカピカの砲丸みたいな玉がこぼれ落ちた。
玉は実に柔らかそうにもにゅもにゅ動いたあと、ちょっとおれの方へ伸び上がって挨拶をしてくる。
「オッス! おいらスライム! 仲良くしてくれよナ!」
「えらく友好的だが……?」
「取り込みましたからね。今はほぼ私の分身です。元は流暢に会話できるほどの意識を持つ分身ではなかったんですよ。それでもゴブリンを乗っ取って迷宮の奥へと進ませることくらいは出来たようですが」
「あの妙な行動はそれが理由か。ってことは、今回持ちこまれた魔剣ってのは威力偵察用の捨て駒ってところだったのかな……」
そう呟いたところ、メタルが言う。
「そうだゼ! 今回は情報を集めるのが目的だったのサ! あんたが報告した内容だけじゃ本格的な侵攻は出来ないからナ!」
「ん……? あ、おれの報告がきっかけになったのか」
報告は去年の春頃。
ならそれから一年ほど計画を練り、認定勇者を利用した、というところか。
「まあ来るなら来てみろって話ですよ。魔素溜まりを取りもどした私は超強いですからね」
「だろうな」
「あ、でも貴方が挑んできたらすぐ降参しますので、それで許してくださいね?」
「なんだそれ……、おれなんぞ相手にもならんだろうに」
「そういう問題ではないんですよ。貴方はおかしいんで」
失敬な奴め。
「それで……、元のおまえはコレを倒すのを諦めないのか?」
「ぜんぜん諦めてねーナ! 大工房を根城に、自分を強化するのに躍起だゼ!」
「大工房側はメタルスライムに協力する代わりに、魔剣の材料になってもらってるってことか」
「そういうこったナ! 元本体は現本体をブッ殺したいんダ! ドワーフたちはドワーフたちでスナークや魔王をブッ殺すために武器が欲しいんだゼ」
なるほど、本当に相互協力なんだな。
そうおれが納得していたとき、メタルスライムは言った。
「だから、ドワーフたちは特別な能力を持つ同朋を元本体に喰わせてるんだゼ」
……なに?
「待て。今、おまえなんて言った?」
「うん? ドワーフたちが同朋を喰わせてるって話カ?」
「喰わせてるって……、これまでにどれだけ――」
そう問おうとしたとき、唐突におれの中で繋がるものがあった。
おれが錬成魔剣に不快感を持つ理由。
そして――
地の恩寵。
剛力。
強靱。
活性。
治癒。
勇猛。
それまでそういう読み方だと思っていたもの。
違う。
これは人名。
その能力を持っていたドワーフたちの名前だ。
なら――、ならば、特別な能力があると認められてティアウルが引き抜かれたのは――。
「そういうことかよ……!」
ティアウルには特別な能力があり、そしてこのエミルスのダンジョンの最下層まで到達した経験を持つ。
メタルスライムにとっては絶好の人材――生贄だ。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/10
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/01/07




