第520話 13歳(夏)…善なる変態
勇者たちが怪しい薬を飲んでムキムキになった。
「えっ……、おれに対する嫌がらせ……?」
だとしたらそれは実に的確、もう脱帽するしかないところだが、いくらなんでもそんなわけが無いと思い直す。
つか、勇者たちはあんな代物をどこから入手したのだろう?
勇者委員会から『いざという時のため』と提供されたとは考えにくい。
なにしろ――
「ま、ままま、間違いない! 最強! 俺最強!」
「私もももも最強! せせ、世界サイキョッ!」
「僕も僕も僕も僕も最強ぉーん!」
もうその発言だけで察せられる著しい知性の低下。
各国・各機関を代表して集まった者による組織が、わざわざ委員会の評判を落とすような代物を提供するだろうか?
そう、世間一般に誤解されている『勇者』という称号を活用して人々の不安をやわらげようというのに、その勇者をあの有様にしてしまう代物など提供するわけがないのだ。
では、いったい誰があんな薬を――……、薬?
そう言えば……、おれ、錬金術ギルドに恨ま……。
いや、全然わからないな!
「あいつら、いったいどこであんな薬を手に入れたんだ! まったく予想がつかないぜ!」
とりあえず部外者にも聞こえるよう叫んでおく。
さて、事実確認は事態を収拾してからゆっくりやることにして、今はとにかくあの錯乱ムキムキ状態の勇者をどうにかしなければ。
もう決闘も終わったことだし、ここは薬の効果が切れるまで範囲雷撃で麻痺させ続けてやろうかとおれは考えたが――
「ぬぅ、面妖な! 薬物に頼り得た筋肉など言語道断!」
サーヴァスが突っ込みどころ満載で憤った。
「あのような連中、大闘士殿がお手を煩わせる必要はありません! どうかここは我々にお任せを!」
「え、いいの? じゃあ頼む」
もういいかげん疲れたしね、面倒だしね、それに筋肉恐いしね。
「ハッ、ありがとうございます! 喜べ皆の者! 大闘士殿より闘いのお許しが出たぞ! 大闘士殿の闘いぶりに疼いた肉体を思う存分にぶつける機会だ! 行け! そしてぶつかり合うのだ!」
うおー、と闘士たちが雄叫びを上げ『体は超人、頭脳はおサル』となった勇者たちに突撃していく。
やがて焚きつけたサーヴァスも猛然と突撃し、ダルダンはおれを肩から下ろしてサーヴァスに続くべく言う。
「惜しむらくは誰も彼もが育ちすぎていることであるが……、しかし! この様な機会はそうそう無い故、我が輩、張りきって行くのである!」
大乱闘などダルダンにとってはご褒美でしかないのだろう。
おれは勇者たちが魔法を使おうとしたら雷撃で止めようと考えていたのだが――
「ぐひっ、ここ、こいつら! 勇者に逆らうか! ゆゆ、許さーん! 喰らえぇぇぇ、ファイヤァァーボォォォ――――ルッ!」
と叫んだ勇者はバンザイして闘士に突撃。
そしてカウンターのラリアットを喰らってバック転するように一回転して地面に叩きつけられた。
が、勇者、すぐに起きあがり、懲りずに魔法名を叫びながら闘士に突撃していく。
「……、ほっといてもいいな」
どうやら勇者たちは力まかせに突撃することしかできなくなっているようで、もう魔法を使用する知能どころか、武器を使う知恵すら無くしているらしい。
あの薬は力、速さ、さらに耐久力までも向上させるようだが、いかんせんそれを活かすための知恵を潰してしまうため、勇者たちは向上した身体能力をまったく活かせてはいなかった。
あの薬って、何を考えて作られた物なんだろう?
△◆▽
こうして始まった勇者たちと闘士たちのバトル。
雄叫びに奇声、そして妄言。
どごーん、ばちこーん、と響く肉体のぶつかり合う音。
この広場で広げられる肉弾戦――夏の男祭りを、気づけばさらに増えていた見物人たちは大いに楽しんでいる。
もともとここは荒くれ者たちの都市、これくらいは許容範囲内なようだ。
おれは巻き込まれないように、そっと臨時本部近くで見守っていたみんなの所へ戻った。
「お疲れさまでしたー」
「本当だよ……」
「頑張ったわね、はい、これあげる。食べながら見守りましょう」
と、差しだされたのはカキ氷で、ミーネはシアやアレサ、そしてネイたちにもカキ氷を配る。
みんなでシャクシャクしながらの観戦。
闘士たちは基本勇者の攻撃を避けず、あえて受けとめ、その後で反撃をするというスタイルで戦っていたが、それは『貴様の攻撃ではおれを倒すことはできない!』というプロレス的な強さを誇示するためのものではなく、『おまえのすべてを受け入れる』という闘士の懐の深さを示すものであるのだが、そんなもの知っていたからどうなのだという話であり、要は脳の容量の無駄遣いでしかなかったりする。
「それにしても大騒動になりましたねぇ」
「んだなー」
「まあいつも通りと言えばそれまでなんですが」
「嫌ないつも通りだ……」
カキ氷を食べ終えたおれとシアがのほほんとしている一方、ミーネはこちらを仲間になりたそう――ではなく、興味津々で見つめていた子供たちにカキ氷を配ってカキ氷のお姉ちゃんを始めていた。
「ちょっとミーネさん手伝ってきますねー」
「では私も」
そう言ってシアとアレサが離れ、代わりにまだカキ氷をちびちび食べているネイが寄ってきた。
「あんたって格闘もできるんだな。正直意外だった」
「あれくらいはな。小さな頃に教えこまれたから。つっても才能は無いからあれくらいで限界ってのもあるんだが」
「でも『スナーク狩り』なんだよな。なるほどなー」
「あ? 何がだよ」
「ああいや、その間はあの子たちが埋めてるんだなって思っただけ」
ネイが見た方には、カキ氷が品切れなので代わりのお菓子を出しているミーネと、それを子供たちに配っているシアとアレサがいる。
盛大にたかられていた。
「大事にしてやれよ?」
「言われなくても――、と言いたいところだが、実際のところそれってどうやればいいのかね? ちょっと後学のために教えてくんない?」
「……」
尋ねたらネイがそっぽを向いた。
言ってみただけかよ。
「大事にって言われてもね、漠然としすぎてるんだよ」
眠っている子供をそのままにしといてあげようとするのと、起こして連れて行ってあげようとすること、どちらが大事にしているということになるのだろう?
ただ大事に想うだけで相手が幸せになれたならそれはめでたいことなのだが、結果の伴う現実がそれを難しくする。
何が正解か、それがわかればおれはいくらでもそのように大事にするだろうに。
そんな、おれが考えごとをしながらカキ氷を食べている間にも乱戦は続き、ますます激しくなっていった。
もう臨時本部となっていた大型天幕もぶん投げられた勇者が激突して潰れてしまっていたりする。
そして戦況なのだが、意外や意外、闘士たちのワンサイドゲームとはならず、双方それぞれにダウンして動けなくなる者が現れていた。
「あんた一人に敵わなかった連中があのゴツイ連中相手にあそこまで戦えるんだから、案外あの薬って凄いものだったのかもしんねーな」
「言われてみればそうだな……。もともと強い奴に飲ませたらそれこそ凄いことになるかもしれない」
服用した者の正気を奪い、狂戦士へと変貌させる薬――。
そう聞く分には凄そうだが、こうして錯乱した勇者たちを実際に目にすると……、あれってただ薬が不完全なだけじゃないのか、という予感もしてくる。
それからもわりと拮抗した状態で戦いは続いたのだが、勇者たちにとっては残念なことに、闘士たちの中にはエース――類い希なる変態がいた。
傷つけば傷つくほど喜ぶド変態だ。
勇者たちと闘士たちの違いはそこで、戦い傷つくことでますます元気になるダルダンという変態の圧力は、いくら知能が低下した勇者たちでも無視することはできず、やがて徐々に士気が下がり、次第に闘士たちに押されていくことになった。
そして――。
この『勇者チームVS闘士チーム』の戦いは、闘士チームの勝利で幕を閉じた。
サーヴァスとダルダン、その他数名の闘士たちが生き残り、見守っていた観客たちの歓声を浴びている。
やがてサーヴァスとダルダンは満足げな表情でおれの元へと向かってきた。
勝利報告だろうか、そんなのいいのに。
そうおれがぼんやりとしていたとき――
「あああぁぁぁ――――――ッ!!」
潰れた天幕の辺りから絶叫があがり、何者かが凄い勢いでこっちに突っ込んできた。
それは天幕に突っ込んだ勇者の一人――ブレッドで、その手には錬成魔剣が握られている。
正直、これには虚を突かれた。
おかげで〈針仕事の向こう側〉を使うのが遅れ、使おうとした時にはすでに目の前。
しかしそこでネイがおれの前に滑り込み――、しかししかし、そのネイをダルダンが吹っ飛ばしておれの前に立った。
ズンッ、とブレッドの魔剣がダルダンの腹部を貫く。
切っ先が背中側へと突き出すほどに、だ。
突然の凶行を目撃した人々が息を呑み、騒がしかった広場からは剥ぎ取られるように喧噪が消えた。
視線が集まる。
観衆だけでなく、倒れていた勇者や闘士たちも、座り込んだり半身を起こした状態で。
「あ……」
ダルダンを刺したブレッドはそこで正気に戻り、自らの行いをようやく理解したのだろう、急に怯えた表情となった。
「おい」
静寂を破ったのはおれの呼びかけだ。
いくら傷つけられるのが喜びとなるコレでも限度というものがある。
しかし――
「待つのである」
おれが何か続ける前にダルダンがそれを止めた。
「我が輩はなんともない。むしろ心地よいばかり。それにこれほど多くの人々から好奇の目を向けられ、我が輩……、逝きそうである!」
「逝くなボケ!」
「ぬぅ! こ、ここで焦らすとは……、流石である! さては心得ておるな!」
「いやそうじゃなくてね!?」
普通なら重傷だが、こいつはまだ平気そうだった。
「少年、この通り我が輩なんとも無い故、ここは怒りを静め、あとは我が輩に任せるが良いのである」
肩越しにそう微笑みかけ、ダルダンは自分を刺したブレッドへと向きなおると腕を大きく広げそっと包みこんだ。
「怯える必要はないのである。ほら、恐くない。恐くない。汝は怯えていただけなのであろう?」
ダルダンは優しげな声でブレッドに語りかける。
シアが「なんて嫌なナウシカ……」と唸っていたがそれは無視。
それからダルダンは周囲を見回し、さらに続けた。
「心を落ち着けて聞くのである。勇者の称号を得し者よ、者たちよ」
ダルダンはこちらを見つめるばかりとなっていた勇者たちにも語りかける。
「汝らが勇者であるかを問われる必要はないのである。誰に認められるでもなく、汝らは勇者の称号を持つ。思い出すのである、汝らが勇気を振り絞ったときのことを。そのとき、汝らは無欲であり、ただ心の奥底より溢れだした衝動に突き動かされたはずである」
静まる広場にダルダンの声はよく通った。
「そこには純粋な善意があったはずである。善意とは儚いもの。善意からの行動が良い結果を生むわけではなく、常にそれが感謝を受けるわけでもない。ただ少しずつ、己が魂に積みあげる善意。それは雪のように、気をつけねばすぐに溶けてしまうのである。そして善意を失ったその時、汝らは勇者では無くなるのであろう」
この騒ぎで唯一の犠牲者となった者が、それでも勇者たちを諭そうと厳かに語る姿は人々に、そして勇者たちにどう映るだろうか。
おれも初対面でこれだったら心を動かされたかもしれない。
「汝らも苦しかったことであろう。勇者の称号が枷となり、面倒なことにならぬようにと国に飼い殺される日々に、されど人々の期待を受けてしまうことに、どうしたらいいかわからず、いつか立身する日を思い描き耐えていた。それは確かに気の毒なことである」
ふむ、民衆に対し変に影響がある勇者の称号持ちだ、国がそういう対応をするのも仕方ないだろう。
ある意味、勇者たちは三番目の魔王の時代に横行した『記念勇者の悪用』の犠牲者とも言えなくもない。
「しかし、汝らは本当に何もさせてもらえなかったのであるか? 岩に縛り付けられていたわけではないのであろう? ならば何かはできたはずである。例え部屋に閉じ込められていようと、腕立て、腹筋、体を鍛えておくことくらいはできたはずである。何もさせてもらえないのに体を鍛えてどうなると思うであるか? 違うのである。何かすべき瞬間が来た時のことを考え、汝らはそれをやっておくべきだったのである。昨日よりも一歩、明日は今日よりも一歩、何かを積みあげておくべきだったのである。望むようにならぬといじけ腐る前に、今その状況のなかで出来ることを、やらねばならなかったのである」
まあそうだな。
勇者たち弱すぎるもんな。
「天を見上げるばかりでは、届かぬと失望するばかりである。それでは大切なものを見失ってしまうのである。気づかぬであるか、汝らの足元にうずくまる、あの日の汝ら自身を。その子らを泣かせてはいけないのである。笑わせるのである。そのためにはどうしたらいいか……」
「どうしたら……?」
ブレッドが尋ねると、ダルダンは頷いて言う。
「まずは体を鍛えるのであるな。その子をひょいと担ぎ上げられるようになるまで、徹底的にである。どのように鍛えたらよいかわからぬであるか? 安心するがいいのである。まさに体を鍛えようと願うその者を受け入れる団体があるのである。それこそが闘士倶楽部。倶楽部の門はいつも開かれている故、安心して訪れるがいいのである」
おい、なんか洗脳めいた勧誘が始まったぞ……。
おれは突っ込みをいれたかったが、困ったことに今はそれができる雰囲気ではなかった。
「いずれ汝らが逞しき者となり、足元にうずくまる遠き日の汝を抱えあげた時、その子は大切な宝物を差しだすように、汝らに汝らが目指した勇者の姿を教えてくれるはずなのである」
ダルダンが語り終えたとき、勇者たちの纏う空気が変わっていた。
マゾも極めるとこんなに凄いのか……。
それからダルダンはこちらにふり返ると、ふと、お菓子目当てに集まっていた子供たちにニカッと微笑みかけた。
その微笑みは慈しみか、それとも悦楽か。
腹に剣がブッ刺さった古傷だらけのガチムチの笑顔は恐かったらしく、子供たちは怯え慌てて金銀赤の背に隠れてしまう。
しかし、その反応もまたダルダンにはご褒美であるらしかった。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/27
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/10




