第516話 13歳(夏)…勇者(笑)
朝、目が覚めたおれは身支度をしてからシャロ様像があるエイリシェの方角に祈りを捧げ、それから部屋を出た。
まだ早い時間だがすでに飛び込み居候のゼーレは起きており、屋敷を回って窓を開けて換気をしたりと雑務をこなしていてくれた。
「おや、レイヴァース卿は早起きなのですね。ネイバール様にも見習っていただきたいものです」
おれも何かしようとしたが、これは私の仕事、とゼーレは譲らなかったのでおれは皆の朝食を魔導袋から出して並べておくことにした。
やがてシア、アレサ、デヴァス、それからレトが起きてくる。
起きてこないのはミーネ、ネイ、リフィの三名。
きっとミーネとリフィは自室に戻ってからも、しぶとく冒険の書で使う自キャラの設定をねりねりしていたのではないだろうか?
何の予定も無ければ好きなだけ寝かせておくところだが、もうしばらくしたら迷宮入口広場へと向かわなければならない。
そこでミーネはシアが、リフィはゼーレが、そしておれは何故かネイを起こしに行くことになった。
「起きろー、おらー、起きろー、どぐされ勇者ー」
揺すってみたが、ネイは起きない。
細木にしがみついて離れない甲虫のように、薄い掛け布団に抱きついて「うーん、むにゃむにゃ」とのん気に眠っている。
下手すると父さんと同年代か、それ以上な野郎のむにゃむにゃとか誰得だ。
なんだか腹立たしくなってきたおれは、ちょっとアレサを呼んできてネイを叩き起こすようお願いする。
「はい、かしこまりました!」
しょうもない頼みを快く引き受けてくれたアレサは、ネイの枕元に立つとすっとメイスを振りかぶった。
いやそこまでは頼んでない――。
慌てて止めようとしたその時、ネイの目がぱちっと開かれる。
そしてメイスを掲げたアレサを見て固まった。
「え……、なに……、なんなの……?」
ぷるぷる震えながらネイは言う。
なかなか勘が鋭いな、とおれはネイを少し見直した。
△◆▽
主にネイがよく喋るせいで無駄に賑やかとなった朝食後、おれたちは準備を整えて迷宮入口広場へと向かった。
今日はネイがぼっちにされることはないようで、三人の仲間たちも同行しての迷宮散歩となるようだ。
ネイはちょっと嬉しそうである。
広場に到着してみると、今朝はサーヴァスを始めとした闘士倶楽部エミルス支部の闘士たちがドワーフたちの指示を受けながら、縁が金属で補強された頑丈そうな木箱を運ぶお手伝いをしていた。
「あれ何かしら?」
ミーネがちょいちょい服を引っぱって聞いてくる。
「例の魔剣だろ」
「ああ、そうなんだ。今日の探索で使わせるのね」
「たぶんな」
「たぶん……? 話を聞いてたんじゃないの?」
「いや、ただあれが魔剣だってわかっただけだから」
ミーネは不思議そうな顔をするが、おれはそれ以上、特に説明せずにおいた。
嫌な感じがするから、なんて言っていると、妙に熱い視線を送ってくる勇者連中がいちゃもんつけられたと勘違いして絡んでくる可能性があるからだ。
やがて準備が整ったのか集合がかかり、勇者たちに今日は錬成魔剣が提供されることが知らされた。
昨日、ゴブさんに負けて迷宮に放置されていた武器はおれたちが回収して返却されていたが、このままでは昨日の二の舞、夏の『死に戻り』祭り二日目となるだけだ。
そこで委員会と大工房で話し合われた結果、早々に錬成魔剣を提供することになったのだろう。
持ちこまれた錬成魔剣はグレードが一番下のランクC。
それでも魔剣を手にした勇者たちはその影響を感じるらしく「力が湧き上がる」とか「これで勝つる」と大喜びしていた。
なんだかなー、と思っていると、それを感じ取ったのかシアが言う。
「鋼鉄の剣を手に入れたことに喜び勇んで、この剣さえあればってウッキウキで魔王に突撃していって負けた勇者もいましたからねぇ」
「そいつは未開の部族の勇者だったのか……?」
とんだ勇者もいたものだ。
そんな喜ぶ勇者たちがいる一方、こちらの勇者二名は他人事にその様子を眺めるばかりだった。
「おまえは貰いにいかなくていいの?」
「私にはニルニルがあるもの。それにお揃いなのがイヤー」
嫌われたものだな、勇者御一行も。
「ネイも貰わないのか?」
「うーん、死なないとはいえ一応ダンジョンに潜るんだしさ、そこでいきなり渡された武器を使うのってなんか不安じゃん? 強制じゃないなら、俺は使い慣れた剣を使うよ」
なんかときどき真っ当なんだよな、こいつ。
△◆▽
昨日の無様が相当堪えたのだろうか、それとも魔剣に宿る『勇猛』の効果なのか、今日の勇者御一行からはこれまでにない気迫が感じられ、それでいてわりと冷静という良い状態だった。
迷宮一層で魔物と遭遇しても、目立つため我先にと飛びだすこともなく、三人チームになって油断無く退治している。
昨日、道中で出てくる魔物には苦戦しなかったが、それでも『もしかしたら強個体かもしれない』と警戒して戦っているのだ。
おれが偉そうに言うのもなんだが、死に戻りでずいぶん意識が変わったんだなー、と素直に感心した。
まあ実際に死んだわけだからな、そりゃ意識も変わるか。
同行している探索者の指示に大人しく従いながら、勇者御一行の迷宮散歩は順調に進み、やがて鬼門――昨日全滅の憂き目を見た一層階層主、ボスの間へと到達する。
二層への侵入を阻むのは昨日と同じく一体のゴブさん。
その姿を見つけたとき、勇者たちの緊張が一気に高まった。
もしかすると今日も死の感触を味わい、屈辱にまみれた再生を受けるのではないか――、そんな恐れが勇者たちの足を止める。
一方、ゴブさんは語らず(まあ喋れないのだが)、ただ黙して挑戦者が前に立つのを静かに待っていた。
どれほどの時間が流れただろうか。
少なくとも、退屈したミーネが魔導袋からヘルメットみたいな器に盛られたフライドポテトを出し、みんなで仲良く食べ終えるくらいの時間は経過した。
「勇者さんたち、なかなか戦おうとしませんねー」
待ちくたびれたようにシアが言う。
すでにミーネはフライドポテトのおかわりを用意し、引き続きネイたちは喜んでご相伴に与っている。
「戦おうとしないんじゃない。動けないんだ」
「動けない?」
「そう、あいつらは昨日、死の恐怖と再生の屈辱を受けた。本来であれば一生に一度、そして有るはずもない体験を同時に経験したんだ。それは深く心の底にまで爪痕を残し、いくら表面上取り繕おうとも、いざ行動を起こそうとした時、意識に強烈なブレーキを踏ませるトラウマとなっているに違いない」
「はあ、そうですか。で、実際のところどう思ってるんです?」
「とっとと突撃して勝つか負けるかしてくんねーかなと」
「ですよねー」
暇なので雰囲気にナレーションをいれたりしていただけである。
もういいかげん、シアかミーネに始末してもらおうかと考えたところ、ようやく勇者たちに動きがあった。
「わ、我々はもう昨日までの我々ではない……!」
そう言った勇者は誰か。
もう名前もほぼ忘れてしまったので勇者Aとしておく。
すると勇者Bもそれに続いた。
「そうだ。これしきの試練に恐れをなしていては、魔王討伐など夢のまた夢……! 今こそ我らが勇者たるその真価――勇気をもってこの恐怖に打ち勝ち、あの忌まわしき魔物を討伐する時なのだ!」
夢のまた夢ってレベルじゃなくね?
展望や希望としての夢と、寝て見る夢くらい違くね?
「行くぞみんなッ!」
『おおぉ――――ッ!』
盛りあがった勇者たちが気合いを入れ、ようやくボスの間へと立ち入った。
さて、誰が戦うのやらと見守っていると、勇者たちは全員が魔剣を抜いてゴブさんに襲いかかっていった。
いや、いいんだけど……、そんな一体に三十四人とかむしろ戦いにくいんじゃないのか?
「うぉぉ! 我が剣の冴えを見よ!」
「ギャギャッ」
「必殺! 魔王殺!」
「ギャッ、ギギャッ」
「神技! エターナルスラッシュ!」
「ギャギョーッ」
「奥義! 天心崩界剣!」
「ギョーン?」
勇者たちはせっせと攻撃を繰り出すが、どれもこれもゴブさんに華麗に回避されてしまい、誰も当てることが出来ないでいた。
ってか魔技ですらないただの剣撃に御大層な名前が付いているのは聞いていてちょっとつらい。
だがそれでも、三十四人が次々と、反撃する間も与えず攻撃を続けていれば避けるゴブさんも疲れてくるわけで、しばらくすると勇者たちの攻撃はゴブさんにかするようになった。
「敵は動きが鈍っている! みんな、もうひと息! 頑張るんだ!」
「そうだ! 俺たちはやれる! 俺たちは強い!」
「負けない! 負けられない! ここで私が負けては、いったい誰が世界を救うというのだ!」
「神よ、どうか我に力を!」
勇者たちは凄く盛りあがっていた。
一方、うちの面々は探索者やドワーフたちも加わって三杯目のフライドポテトを食べていた。
だが、いつまでも続くかに思われたフライドポテトパーティーであったが、四杯目が用意されることはなかった。
とうとう――、そう、とうとう勇者の一人がゴブさんの胸に魔剣を突き立てることに成功したのである!
「今だみんな! 力を一つに!」
『うぉぉぉぉ――――――ッ!!』
そこからは全員でゴブさんをなます斬りと相成った。
三匹が斬るなんて生やさしいレベルじゃねえ。
なにしろ三十四匹だ。
「ギャ……、ギ……」
ズタボロにされたゴブさんは床に倒れ、死体はすぐ沈み込むように迷宮に呑み込まれて消えた。
そして残るは小さな魔石一つ。
静寂――、やがて。
「や……、やった……」
「やった、僕たちはやったんだ……」
「や、やった……! 勝った、勝ったぞ!」
「うぉぉーッ、勝ったーッ!」
階層主の間に響き渡る歓喜の声。
苦汁を舐めさせられた因縁の相手を倒してのけた勇者たちは心から喜び、互いの健闘を称え合ってその勝利を喜んだ。
「喜んでますねー。わたしとしては誰かに『やったか!?』って言って欲しかったんですけどねー」
「やめてさしあげろ。もうこれはあれだ、ロッキーのクライマックスで流れる『ザ・ファイナル・ベル』流してエンドロールだ」
向こうがおれを嫌っているということもあり勇者たちとは相容れない感じだが、恐怖に打ち勝ち因縁の相手を倒してのけたことには違いはない、ここは素直に祝福してやろう。
おれは脳内で『ザ・ファイナル・ベル』を再生しながら、互いを称え喜び合っている勇者たちを眺めた。
……。
「あ、ダメだわ」
「どうしました?」
「ロッキーってあの試合、判定負けしてたわ」
「いや、どうでもいいじゃないですかそんな――」
と、シアが喋り始めた、その時――。
にょきっと。
にょきにょきっと。
階層主の間を埋め尽くすほどゴブリンが湧いた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




