第514話 13歳(夏)…このお家では飼えません
迷宮都市エミルス、夏の『死に戻り』祭り開催。
次々と排出されてくるのは、おれたちを置き去りに迷宮奥へと突撃していった勇者たちである。
認定勇者と一括りにされたくないというこだわりでもあるのか、勇者たちは実に様々な奇声を上げながらひり出されていた。
「あばばらばば!」
「にょぽぽろぼー!」
「てぃきぴぴぴぃー!」
にしてもなんと邪悪な祭りであろうか。
そのおぞましき叫びのハーモニーはもはや儀式めいており、タコっぽい邪神さんが『呼んだ?』とひょっこり現れてもおかしくない。
「おお、勇者たちよ、死んでしまうとは情けない……」
「やめてさしあげろ」
シアが悪ノリをするなか、このカオスのなかで必死に対処しているのは回収係のみなさんだ。
大わらわのてんてこまい。
なにしろ回収しても回収しても、まだまだ勇者たちはひり出されてくるのだから。
もうすでに回収が間に合わなくなり、放置される勇者も現れ始めている。
すると放置された勇者はぬるぬるのせいで、下り坂をナメクジみたいにゆっくりにゅるーんと滑っていき、用水のゴミ取り柵に引っかかった流木みたいに迷宮入口横に溜まり始めた。
これはもう回収係だけでは埒があかないということで、委員会・大工房関係者も一緒になって運ぼうとするのだが、なにしろぬるぬる、掴めない、運べない、終いにはぬるぬるに足を取られ勇者たちの固まりに突っ込んでぬるぬるの仲間入りするなど大惨事となった。
あの火かき棒みたいな道具は、よく考えられたものだったんだなぁーとおれは他人事に思った。
「私が魔術で水をばしゃーってやって洗ってみたらどうかしら?」
「うっかり迷宮内まで流れていきそうだからなぁ……、なあシア――」
「嫌です」
「まだ何も――」
「どうせ鎌でひっかけたら、とか言うんでしょう? 刃のところに布かなんか巻いて。嫌ですからね」
ぷいっとシアにそっぽを向かれてしまった。
そうか、嫌なら仕方ないな。
なんかアレサが指示待ちでワクワクした顔してるけど、下手するとぬるぬるの仲間入りなので迂闊なことは言えないしなー。
「じゃあここはネイが大自然の不思議な力でどうにかするしかないか」
「俺そんな力無いけど!? えっ、そんなエルフいんの!?」
「うちにいるリーセリークォートがな」
「すっげえ! さすが生ける伝説は違うな!」
「いや嘘なんだけどな」
「嘘かよ! やめて! 俺、純真だから信じちゃう!」
「こっちは信じそうでびっくりしたよ!」
となると残りは筋肉が二体だが……。
おれはちらりと阿吽像みたいなサーヴァスとダルダンを見やり、すぐにこいつらがぬるぬるてかてかになる未来を予測した。
うん、ダメだな。
それにその気色悪さを無視したとしても、だ。
こいつらが勇者たちを回収しようと、ぬるぬるが無効になるくらい力一杯抱きしめたらきっと勇者たちはスポーンッと発射されることになり、そのままお星さまになってしまうに違いない。
これは……、処置無しだな。
おれは大人しく回収作業を見守ることにした。
△◆▽
居ても暑苦しいだけなので筋肉二体は帰らせ、おれたちはぬるぬる勇者たちのぬるぬるが除去されるまで広場を囲む積層型商店街を何か良い物はないかと巡って時間を潰した。
と、その内の一軒でミーネが見つけたもの。
「ねえねえ! ほら、オークの仮面があ――……、ご、ごめん、まさかそんな悲しそうな顔になると思わなかったから……」
猛々しいオークのお面が商品として並んでいる様子を見たおれは深い悲しみに包まれた。
思わずミーネが謝ってくるくらいだ、それはそれは悲しそうな顔をしているに違いない。
「あのー、すいませーん、このお面ってなんなんですかー?」
よせばいいのにシアが店主に仮面のことを尋ねる。
すると店主は愛想良い笑顔で仮面について説明し始めた。
なんでもこれは委託販売の品であるらしい。
委託者は闘士倶楽部。
運営資金を稼ぐための一環であり、正確にはオークの仮面ではなく色々な種類のフォーウォーンの仮面だった。
ってことは、倶楽部の支部がある各国各都市でもこれが委託販売されているのだろうか?
闘士倶楽部が版図を広げていくと、世界はどんどんおれの生きにくい場所になっていくというのはいったいどういうことなのだろう?
おれが切なさに打ち拉がれているうちに、勇者たちのぬるぬる除去は片付き、やがてひとっ風呂浴びたみたいにすっきりした勇者たちが臨時本部前に集められ、迷宮内で何が起きたのかの聴取となった。
まあ起きたことは予想通り。
一層ボスの間まで皆で突撃していったが、そこに待ちかまえていたゴブさん一体にみんなやられてしまったというだけの話だ。
「奴はただのゴブリンじゃなかった! いや、ゴブリンの姿をしたもっと恐ろしい魔物であったに違いない!」
「そうだ! 我々がゴブリンなどという下等な魔物に負けるわけがないのだ!」
勇者たちは必死になってあのゴブさんがいかに強力な魔物であったかを説明するのだが、冒険者ギルド支店長は「そんな話これまでなかった」と困惑してしまっている。
「では無事帰還したレイヴァース卿にお尋ねします。ゴブリンはどうでしたか?」
「うーん……」
説明するもなにも、まともに戦ってないからなぁ……。
仕方ないので、ボスの間であったことをそのまま報告する。
ミーネの魔弾を避けるくらいに動きはよかったが、乱入してきた筋肉に踏みつぶされて倒された、と。
「嘘だ! 奴はその程度で死ぬような魔物じゃなかった! さては迷宮制覇者という面目を保つため、辛勝したのを隠しているのだろう! 本当のことを――、ごべらばっ!?」
勇者の一人がおれに食って掛かってきたが、突然飛来したメイスが腹にぶち当たったせいで話を中断させられることになった。
「申し訳ありません、手が滑りました」
アレサは微笑みならそう告げ、メイスを回収すべく倒れ伏してぴくぴくしている勇者の元へ。
「はい、もう治りましたよ。ところで……、貴方は猊下が嘘をついていると仰いましたが、そんなことはありません。猊下は真実を語っておられました。聖女たるわたくしの判断では不満ですか?」
全快した勇者はぶるぶる首を振ってそれきり黙った。
アレサのうっかりで勇者たちは大人しくなったが、その表情からはまだ苛立ち、感情がくすぶっているのがわかる。
たぶん勇者たちが妙に荒ぶっているのは、迷宮の一層ボスに全滅させられ公衆の面前でひり出されてしまったこと――恥への心理的な反作用だろう。
勇者たちは恥を掻くことに慣れていないのだ。
ったく、勇者じゃないおれですら、これまで散々恥ずかしい思いをしてきているというのに。
△◆▽
勇者たちの全滅を受け、委員会・大工房側は予定変更せざるを得なくなったようで本日の迷宮散歩はこれまでとなった。
いくらなんでもゴブリン一体にこの人数が全滅というのは普通ではないため、迷宮内で異変が起きていることも考慮して勇者たちの訓練を中止するか、それとも継続するか、委員や大工房関係者は一度ヴァイロに戻って協議するようだ。
解散となれば迷宮広場に長居する理由もなく、おれたちはベルラットさんちに赤ちゃんの様子を見に行った。
シャフリーンが世話をしてくれるおかげで赤ちゃんは大泣きして何かを訴えてくることが格段に減り、ベルラットとエルセナはひさしぶりにぐっすり眠る時間が確保できたことで生気が戻っていた。
「いやー、シャフリーンが来てくれて良かった。アストラも一日ですっかりシャフリーンに懐いてるしな。まあそれはいいことなんだが……、ときどきシャフリーンがアストラに『私と一緒に来ますか?』って囁いてるんだけどよ、あれって言ってるだけだよな?」
「だと思いますが……、まあもし連れて行っちゃっても、そのときはお二人もエイリシェへ来たらいいんじゃないですか?」
「あ、そっか。そしたらシャフリーンを育ててくれた恩人にも挨拶できるし、ちょうどいいな!」
がっはっはー、とベルラットは笑う。
冗談だったのに本気にされてしまっておれはちょっと焦った。
それからおれたちは日暮れ近くまでブサイク顔の赤ちゃんを眺めて癒され、ミーネがそろそろお腹空いたと言いだしたことで屋敷へと帰還、デヴァスが帰りを迎えてくれた。
「おかえりなさい。迷宮探索はどうでしたか?」
「なんて言うか……、散々だった……」
「そ、そうですか……」
自分の質問でおれたちの表情が暗くなったことに、本当に散々だったのだとデヴァスは悟り、空気を読んでそれ以上詳しく聞いてくることはなかった。
それからミーネが夕食の準備をすると言うので、デヴァスがこれを手伝う。
まあ魔導袋から次々出される料理をテーブルに並べる係というだけなのだが。
おれはシャロ様の書斎に向かい、ひと休みしようとしたのだがシアとアレサがついてきたので、ちょっと狂ってしまった予定について話しておくことにした。
「少し様子を見て、すぐティアウルに会いに行くつもりだったんだが……、あんな調子じゃ、何かあった時のためおれも残っていた方がいいかな?」
「どうでしょう。ご主人さまがいると勇者さんたちは張り合おうとして妙な行動を起こしかねないので、むしろ居ない方がいいのでは?」
そうかもしれない、と思っていると、アレサがため息をつきながらやれやれと首を振った。
「猊下と張り合おうとは……、嘆かわしいことです」
いや、言動がアレなだけで張り合うこと自体まで否定はしていないのよ?
「まあこれは明日もつきあって、それで判断だな」
もう一日様子見と決めたところでノックがあり、デヴァスが来客を知らせてきた。
もう日の暮れたこんな時間に誰だろう、と思ったら――
「なあなあ、俺たちをここに泊めてくんねえ?」
エルフ四人組――ネイたちだった。
「帰れ」
「そ、そう言わずさ、頼むって。大人しくしてるから」
「いやだってわざわざここに泊まる必要なんてないだろ? 伯爵がちゃんと宿を用意してくれてるんだから」
「それなんだがなぁ……、なんか空気が悪いんだよ。ほら、意気揚々と全滅した奴らがまとまってるわけでな? 俺って繊細だからさ、そういうのに影響されちゃうわけ」
それでいきなり居候とは図々しい話である。
いや、待てよ……?
そういやうちの勇者さんも居候……。
もしかして勇者の称号は人んちにぬけぬけと居候しようとする勇気によって得られるのか……?
「頼むよ。あ、ミーネちゃんからもお願いしてくんない?」
「んー……、泊めてあげてもいいんじゃない? 部屋は空いているわけだし。料理は私が出すし」
「お、ミーネちゃんの料理、いいねぇ!」
「いやおまえな、寝る場所借りて、食事用意してもらって、なんだ、おれらに飼われるつもりなのか? それでいいのか?」
「おう! 二日ほど飼ってくれ!」
「えぇ……」
くっ、無駄にメンタル強い奴は手強い……。
「いいんじゃない?」
「ダメです。うちでは飼えません。元の場所に戻してきなさい」
「うーん……」
なんかミーネが渋る。
ああ、勇者連中に絡まれたところを助けられた恩義からか?
なら泊めないわけにはいかないかなー、と思っていたところ、ネイがさらに言う。
「いやいや、聞いてくれって。俺、それなりに活動してきたから側に置いておくと何かと役に立つよ? もしかしたらミーネちゃん以上に活躍するかもしれない!」
「連邦に戻してくるわね」
「それちょっと戻しすぎじゃね!?」
などと、おれたち三人が喋っているうちに、シアはネイと一緒に来たリフィ、レト、ゼーレの三名を屋敷に招き入れていた。
「……! ……!」
「え? リフィさん、冒険の書をやりたいんですか? そうですね、特にやることもないですし、夕食の後にでもみなさんで」
「リフィ、ちゃんと喋らないことには冒険の書どころではないよ?」
「シア様、無理なお願いを聞き入れていただき、誠にありがとうございます」
そんな三名をネイは必死に指さして言う。
「なんかあいつらだけ普通に歓迎されてる! あいつらだけ! シアちゃーん! 俺も歓迎してー! シアちゃーん!」
「んー、ご主人さまー、夕食が冷めちゃうのでそれくらいにしたらどうですか?」
「ありがとうシアちゃん、愛してる!」
「ミーネさん、早く連邦に戻してきてください」
「シアちゃん!?」
ネイはこのわずかな時間で、本来であれば取り入るための仲介人とすべきミーネとシアに嫌われるという離れ業をやってのけた。
連邦の勇者はなかなか侮れないな……。
△◆▽
結局、このままネイに喋らせると本当に追い返すことになりかねないため、何故かおれが金銀に気を使いながらネイを招き入れるというよくわからないことになった。
まさかネイはこれを狙ったのか……?
だとしたらなかなかの策士である。
まんまと居候となったネイは上機嫌、夕食中はよく喋り、これまでの活動――武勇伝を語り、それが意外に面白くミーネも食事に集中できないくらいだった。
前に『こいつ馬齢しか重ねてきてねえのか』と侮ったのを内心謝り、そのお詫びというわけではないがクマ兄弟を召喚して見せてやった。
召喚され、始めはきょろきょろしたクマ兄弟であったが、おれたちの姿を見つけると「おいっす」と揃って手を挙げた。
「うお! 本当に動き回ってる!」
「ふわ……! ふわわ……! わ……!」
動き回る大小二体のぬいぐるみにはネイ以上にリフィが喜んだ。
もしかしたらこれでおれたちに対する人見知りも解けるのではないかと思い、ついでにピヨを召喚してみたが、こちらは物凄く複雑な表情をされた。
「ぴよー?」
『………………』
可愛い、でもこれ元は連邦を襲ってきたバンダースナッチ、ってかこんな姿になってたの、といった具合でエルフたちは困惑している。
ひとまずクマ兄弟には明日、シャフリーンのお手伝いをさせることにして、ピスカにはそのことを伝える手紙を持って帰還してもらう。
それからリフィたってのお願いで冒険の書を少し遊ぶことになったのだが……、実際に遊戯が始まることはなかった。
これはリフィがキャラクター作りに気合いを入れすぎてしまったためだ。
簡単にキャラのコンセプトを決め、能力値を定め、初期技能を習得して「さあ始めよう」とはいかなかったのである。
どの地域にあるどんな町、どんな家族、どんなふうに育ち、将来にどんな展望を持ち、どんな事情によって冒険者になることにしたのか、性格、趣味、好み、こだわり、そのキャラクターを構成する要素を事細かに作り始め、それに鑑みての能力値を定め、そのキャラクターならば習得していてもおかしくない初期技能を習得する。
ただ遊ぶためではない、そのキャラクターの人生を生きるためのキャラクター作りを始めてしまったのである。
そしてこれに感化されたのはミーネ。
二人はぶつぶつ言いながら、あれこれ自分のキャラクターの経歴やらなんやらを紙に書きこみ続け、ときどきおれに意見を求める。
制作者であるおれが認めるなら、そのキャラクターは真であるらしい。
キャラクター作りは深夜にまで及び、しかし、それでも完成に至らず明日へと持ち越されることになった。
たぶん、明日も遊戯は始まらないだろう。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/27
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/10
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/09




