第513話 13歳(夏)…ダブル
先行した勇者御一行に遅れていることなど気にせず、小集団となったおれたちはゆっくり予定のルートを進んでボスの間までやってきた。
ここで先走った勇者たちと合流できるかと思ったが、広間には毛のないサルのようなゴブさん一体が、おれたちの向ける明かりにぼんやり照らし出されるだけで他には誰もいなかった。
「ええぇ、あいつら二層まで行ったのかよ……」
「ちょっと逸りすぎですねー」
ボスのゴブさんがああして復活してるってことは、けっこう前に通過したということである。
「じゃあ、ひとまず私たちも行きましょう」
そう言ってミーネはパチンと指を鳴らし魔弾を放つ。
魔弾は無難に風の斬撃。
前回はこれで秒殺だったが――
「ギャギャッ!」
ゴブさんは華麗な横っ飛びで魔弾を躱して見せた。
「あれ、避けたわね。前より強めなのかしら?」
「たまに出てくるっていう亜種なんじゃね?」
「なかなか素早く避けましたし、そうかもしれませんねー」
のほほんと話していると、魔弾を避けたゴブさんは落ちていた剣を手にとり、果敢にもこちらへと突撃してきた。
が、そこでおれを拘束するアレサ、ミーネ、シアがそれぞれの方向に避けようとしたことにより『おれ殺しフォーメーション』が見事その効果を発揮、おれはその場に縫いとめられることになった。
「やっぱり……」
残念な予想が的中したことにちょっとげんなりしたが、相手はゴブさんなのでそう焦ることもない。
とりあえず雷撃でも喰らわすか、と思ったその時――
『――!?』
ゴガガガガガッ――と。
二層へと降りるための階段入口から謎の轟音が響いてきた。
それは何かが階段を強引に駆け上がってくる音で、おれはこれに聞き覚えがあった。
これは――、そう、リヤカーだ。
おれの目の前にまで迫っていたゴブさんだったが、この異変に動きを止めておれたちと同じように階段入口を見ている。
と、そこで現れたもの。
いや、リヤカー引っぱって現れた変態は――
「我が輩にかかればこのような階段、造作もないのである!」
幼児偏愛マゾ奴隷ダルダンであった。
さらに――
「むっ、あそこに御座すは大闘士殿では! なんと、私を迎えに来てくださったのか!」
変態の引くリヤカーの荷台、そこで仁王立ちしていたのはさらに別種の変態――闘士倶楽部ヴァイロ支部責任者、上級闘士サーヴァスだった。
「な、な――」
なんてことだ。
一人でもやっかいなのが揃って来やがった。
上級闘士と幼児偏愛マゾ奴隷、極めつけの変態がダブルで、だ。
もうこの都市は終わる。
「むっ、いかん! 大闘士殿が魔物に襲われている! ダルダン殿!」
「任されよ!」
叫び、ダルダンがリヤカーでドリフトをかました。
するとそれに合わせ――
「とう!」
放りだされる勢いを味方に、荷台のサーヴァスが跳躍。
高々と跳び上がったサーヴァスは、なだらかな弧を描いてこちらに突撃してきた。
それはさながら筋肉の砲弾――。
アレサはこれを避けようとした。
ミーネも避けようとした。
シアも避けようとした。
おれを掴んだまま。
「ちょっ!?」
おれ避けようが無いんですけど!?
やばい、降ってくる!
筋肉が!
おれを目掛けて降ってくる!
「うぉぉぉぉ――――ッ!」
「いやぁぁぁ――――ッ!」
奏でられる雄叫びと悲鳴。
迫り来る筋肉を正視できなくなったおれは固く目を瞑る。
次の瞬間、ゴメシャッ、と耳に届く嫌な音。
一瞬おれが潰された音かと思ったが、恐る恐る目を開けてみたところ、そこにはしゃがんだような着地姿勢でゴブさんを下敷きにしているサーヴァスの姿があった。
どうやらサーヴァス、ゴブさんを踏みつぶすという攻撃と、おれの前に跪くという動作、この二つを同時に行ったようだ。
恐かった……。
うっかりチビりそうになった。
「大闘士殿、お久しぶりでございます」
「あー……、うん、久しぶり」
まだ心臓がバクバクするなか、ひとまず挨拶を交わす。
「私は迷宮で新人の訓練に付きあっていたのですが、そこで全裸の紳士から大闘士殿がこの都市に訪れていると聞き、こうして急ぎ戻ってまいりました」
全裸の紳士……?
あ、イールの人型形態か。
あいつ服を着るっていう習慣が――……、ん?
「ちょい待った。新人? もしかしてその新人ってのはあそこにいるアレか?」
「はい。なんでも大闘士殿とは旧知の仲だとか……」
「知り合ったのは六年くらい前だが旧知と言うほどの仲じゃねえ」
深刻な誤解を正しつつ、リヤカーを引きながら近寄ってきたダルダンを見る。
「つかおまえ、エイリシェの奴隷商んとこにいたのに、なんでこんなとこにまで来てんだ?」
「我が輩、まったく買い手が付かなかったのである。そこで主人は一考し、我が輩自身、自ら買い手を求め旅することを認めたのである」
「……」
邪魔なんで出て行ってもらうことにしたわけか。
「実は我が輩、ひと月ほど前、主に相応しい幼子と巡り会ったのである! が、いかんせん父親が我を認めなかったため、ならばまずは幼子に気に入られ、そこからなし崩しに取り入るべく贈り物を用意しようと考えたのである! しかし我が輩無一文……! そこでこの迷宮都市でデリバラーとして一稼ぎすることにしたのであるが、どのクランも我が輩の加入を認めようとせず、途方に暮れていたところをサーヴァス殿に拾われたのである!」
そっかー、拾っちゃったかー……。
「サーヴァスはここで本格的にクラン活動すんの?」
「この都市はやはり探索者の都市であり、デリバラーが尊敬を集めます。であれば、倶楽部の会員を増やすためには倶楽部の特色を持ったクランとしての運営が良いと考えました」
うーん、割と真面目に考えてるんだよな、困ったことに。
「ってか、どうしてこの都市を選んだんだ?」
「支部を増やすならば、まずは大闘士殿が足跡を残す場所にこそと思いまして。詳しいことは闘士長殿へ報告しておりましたが……」
「…………」
闘士長であるパイシェには倶楽部の本拠地である国境都市ロンド、それからエルトリア王国や星芒六カ国各国に散った上級闘士がどんなことをやっているか報告がいっているようだが、関わりたくないおれは報告を受けての判断を丸投げしていた。
つまり、パイシェとしては支店が増えること、その場所がおれが活躍した場所であることになんら問題を感じなかったということだ。
つまりはこれっておれの自業自得ってことなの?
「大闘士殿は視察に訪れたとばかり思っておりましたが、ではどうしてこちらへ? 協力できることはありますか?」
「それについてはだな……」
おれは簡単に勇者委員会の説明をする。
それからこのエミルスでの活動を褒め、次にヴァイロ支店の会員であるドワーフたちが野放しになっており、そのせいで都市に迷惑がかかっていることを説明して改善を求めたのだが――
「申し訳ありません、その問題についてはもうしばしの間、お目こぼしをいただきたいのです」
「なんでまた?」
「それについてもまた、説明が出来ないのです」
「うーん……、そうか、わかった」
変に忠誠心が高い上級闘士が大闘士たるおれに対して口を閉ざすとか相当な理由なのだろう。
「しばしってことは、そのうちちゃんと対処するんだろ?」
「はい。その時は……、大闘士殿もすべてを知るところとなっていることでしょう」
解決するならなんでもいいけど、おれが悲惨なことになるフラグじゃねえだろうな……。
「また何かあったら話を聞きにいく。あと二日はこの都市に居る予定だし。じゃあおれは先に行った勇者たちを追うから」
「あの、大闘士殿……」
「うん?」
「ここに来るまでにその勇者たちには出会わなかったのですが……」
「来る道が違ったんだろ?」
と、おれは地図を見せてルートを教えてやるが――
「はい、我々はまさにこの道を辿ってきたのです」
「あれ? じゃあ勇者たちはどこ行った?」
疑問に思っていると、広間を一人うろうろしていたネイが落ちていた武器を幾つか集めて戻って来た。
「なあ、もしかしてなんだけどさ……、先行った奴ら、ここで全滅したんじゃね?」
「は……? いやそんな……、アレサさん、すいませんがちょっと魔法で広間を照らすくらいの明かりを用意してもらえますか?」
「はい、かしこまりました」
こうして暗かった広間の全体がぼんやりとながら見通せるようになったのだが……、散らかってるよ、武器やら盾があちこちに。
こういった落とし物は見つけた者のものになるが、小遣い稼ぎに一層を駆け回る子供たちがずっと残したままとは考えられない。
これらの武器は……、ごく最近、いや、ついさっき放置されることになったものなのでは……。
つまり――
「え、えっと……、じゃああいつら、あのゴブリンに全滅させられたの……?」
いくらなんでも、と思ったが、広間に散らかった武器を集めてみたところ、だいたい勇者たちの人数分くらいあった。
それからおれたちは少し話し合い、探索者を一人ここに残して残りは入口に引き返すことに決めた。
そして迷宮から出たところで――
「あぁ……、なんてこった……」
すべての嘆きの門が蠢きだし、おれは思わずうめくことになった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/09
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/20




