第512話 13歳(夏)…迷宮散歩
エミルスの迷宮は全七層。
階層数は少ないが、各層がそれぞれ都市と同じだけの広さなので規模としてはとても大きな迷宮だ。
七層の内、六層までは魔物が跋扈するダンジョンであり、最下層となる七層は自然溢れるのどかな地下世界となっている。
そんな迷宮にいざ突入、というまさにその時、どうやって『死に戻り』が行われるのか目の当たりにしたせいで勇者たちが引きまくるという一幕もあったが、その後、案内役の探索者に導かれ、渋々ながら御一行はぞろぞろと緩やかにくだっていく道を進んだ。
迷宮の入口からもくだり道は続き、くだるに従い外の光が届かなくなって通路は徐々に暗く暗くなっていく。
「アークを連れてくればよかったかしら?」
「呼ぶこともできるが、今回は無しだな」
前回はプチクマを照明代わりに使っていたが、光るクマのぬいぐるみはちょっと目立ちすぎる。
ミーネとそんなことを話していたら同行するネイが興味を持った。
「アークってのは?」
「ただのぬいぐるみだよ。発光して明かり代わりになってくれるんだ」
「一言目と二言目で言ってること矛盾してね?」
「魔道――、じゃなくて、あー、おれが作ったぬいぐるみに精霊がもぐりこんでるんだよ。それで勝手に動き回るようになってるんだ」
おれたちの隠された功績を知っているネイにいちいち隠すのも意味が無いように思え、おれはそのままの事実を伝えた。
「可愛いのよ。クーエルって大きいお兄さんクマもいるの」
「そっちも動くのか? うわー、見たい。リフィとか絶対喜ぶやつだ。さっき呼べるとも言ってたけど、まさか呼んだらここにまで来てくれるのか?」
「呼ぶって言うか、召喚なんだがな」
「え、そんなこと出来んの? ならさ、あとで呼んでくんね?」
「気が向いたらな」
クマ兄弟の召喚は何でもないことなので、本当に気分がのったらとかそういう話になる。
やがてくだりが終わり、道が平らになったところで先頭の探索者が大きな声で指示を出し、各自で魔導灯を灯して光源を確保した。
照らし出されるのは岩場をくり抜いたような天井の高い広い通路。
それが明かりの届かないずっと向こうまで伸びている様子は明らかな非日常であり、その空気に当てられたのか勇者御一行はちょっと動揺して尻込みしたような感じだった。
この、明かりが無ければ真っ暗になるような場所で、長い時間滞在して魔物との戦闘を行う――、話を聞くだけではイメージできなかった『恐さ』が実感できるようになったのだろう。
「ご主人さま、なんか懐かしいですねー」
まあそんなもの微塵も感じない奴もいるのだが。
シアはのほほんとそんなことを言っていたが、逆にアレサは表情を改めるとおれの左手をぎゅっと掴んだ。
「うん……?」
「前回は猊下とはぐれてしまうという失態をおかしましたので、今回はそのようなことが無いよう、こうして手を繋いで片時も離れずにおこうと思います」
キリッとした表情で言うアレサの手を振り払う気にはなれず、そのままにしていたところ――
「じゃあ私はこっち」
と、空いていた右手をミーネが握った。
お待ちなさい。
これって、なんか正面から攻撃が来たら二人がそれぞれおれを引っぱって避けようとして、結果、おれがど真ん中に固定されてもろに攻撃喰らうやつじゃねえ?
「…………」
ミーネかアレサ、どちらかに手を離してもらおうとしたら、黙っていたシアがおれの背後にまわって裾を摘んだ。
まさかの三方固定、もうダメだこれ。
おれ死ぬわ。
「ははっ、レイヴァース卿はもてもてだな」
おれの危機感など知らずネイは笑っている。
いざとなったら、なんとかコイツを盾にしてやりたいが……。
『…………ッ』
あと、先を行く勇者御一行からの敵意が強まるのを感じる。
どういうわけか、おれの迷宮探索はスリリングな感じで始まった。
△◆▽
広々とした道を進んでいくと、やがて大広間に辿り着く。
冬場など、迷宮の繁忙期は上の広場が混雑するためこの広間でも探索者たちが集まったり物資の受け渡しが行われるようだが、閑散期となる現在は勇者御一行以外に人はおらず、無闇やたらに広々とした空間ということも相まって謎の居たたまれ無さを感じる。
ここで御一行は一旦立ち止まり、探索者の指示で各自地図を広げ、説明を受けながら再度これから進むルートを確認した。
せいぜい二層をうろちょろとするだけのこの迷宮探索で、一番の死因となるのは迷子になっての餓死ということもあり、探索者は口を酸っぱくして勇者たちに指導する。
さらに――
「まあ筋金入りの探索者ともなると、無駄に長く苦しむよりはと自ら命を断ち、さっさと排出される者もいたりするが、二層を徘徊する程度の者ではそこまでやれる者はいないだろう。死に戻りを経験していない君たちとなればなおさらだ」
脅しなのだろうが、もしもの時のため、そういう手段もあるのだと探索者は説明する。
わざと死んでリスタート地点まで戻る、これはゲームでは面倒だったり時間短縮のため用いられる方法だが、エミルスの迷宮には現実でこれをやれる奴までいるのだ。
やがて再確認も終わり、いよいよ本格的な迷宮侵攻が開始された。
「なんかこんな人数で進んでいると、あんまり迷宮を探索しているって感じがしないわね」
ミーネはみんなでぞろぞろ進んでいくことに違和感を覚えた様子。
「でもクランでの迷宮侵攻ってのはこんな感じみたいだぞ?」
それは『大侵攻』と呼ばれる迷宮攻略法の一つ。
探索者のグループ――クラン全員が参加、または冬場の出稼ぎ探索者も含めての大人数による迷宮侵攻だ。
これは全員で行けるところまで突撃するわけではなく、迷宮各層に拠点を構築して補給経路を確保しつつ、攻略組をサポートする方法なので下に行けば行くほど人数は減っていく。
ベルラットがボスを務めていたクラン『迷宮皇帝』では臨時雇いも含めると二百人ほどが作戦に参加していたらしい。
「でもそう考えるとこれは数が少ないから……、そうだな、ちょっと人数多めの、迷宮探索みたいになるのか」
「でも迷宮探索ってもっと慎重に行うものですし、この雰囲気はなんか迷宮散歩って感じですね」
確かにシアの言うとおり緊張感はあまり無い。
最初こそ非日常な場所への恐れを抱いた勇者御一行だったが、徒党を組んでいるという安心感からかその緊張感はすでに薄れ、残るちょっとの不安をカラ元気で誤魔化しているような状態だ。
集団でお化け屋敷――、いや、よく『出る』と評判の心霊スポットに遊びに来たような感じかな?
そんなことを考えていたらネイが聞いてきた。
「一層は脅威になるような魔物はいないってことだけど、実際はどうなんだ?」
「その通りだな。階層主をやっているのもゴブリンだし。危険なのはうっかり迷子になることくらいだ」
前回、おれたちは一層で魔物に遭遇することは無く、そのままボスの間まで到達、そしてボスのゴブさんをミーネが瞬殺したくらいの出来事しかなかった。
今回は最短ルートではなく、迷わないようわかりやすいルートでの侵攻となったので魔物との遭遇率は違ってくるのだろうが、それでも一層が平和という事実には変わりない。
なにしろこの都市の子供たちがお小遣い稼ぎに突撃していけるレベルなのだ。
だがしばらくした頃――
「魔物だ!」
前方から声があがった。
何が現れたのかは集団が前にいるのでわからないが、一層はぎりぎり魔物、といった程度の敵しか出てこないはずなので任せても問題ないだろう。
イールのおもてなしとやらは二層からなのかな?
「よぉーし! ここはハーグロースの勇者、このブレッドに任せ、皆は下がっていてもらおうか!」
なんか意気揚々と声をあげる奴がいた。
「何を言う! 迷宮最初の敵はこのワイマールの勇者たる俺、スタンが屠るべき相手だ!」
「いやいや、いずれこの迷宮を制覇する、プロシアの誇る我、レン・ヘッカートこそが相応しいのである!」
おれがおれが、と勇者たちが言い争いを始めてしまった。
「なあネイ、面倒だからちょっと行って倒してきてくれる?」
「えぇ……、ヤだよそんなの。絶対恨まれるやつだろ。ここは制覇者であるレイヴァース卿が行くべきだろ」
「おれ今自由に動けないんだよ……」
「あー、なんかごめん……」
ネイをけしかけようとしてみたが、そこで前方から声があがる。
「最初の魔物はドレギア王国の勇者、パーシェロンが討ち取ったであります!」
宣言した勇者に対し、他の勇者は「ふざけんなー」とか「ぬけがけすんなー」と非難囂々だ。
ともかくこれで散歩は再開されたのだが、ときどき魔物と遭遇するたびに勇者たちの醜い争いが勃発し、やがていち早く魔物を捉えようと集団の前へと出る者が現れ始め、最終的にはみんな小走りになって魔物を求め突き進み始めてしまった。
そしてそれを追う、案内役の探索者たち。
「こらー、待ちなさーい!」
「迷宮内では勝手な行動は控えなさい!」
呼びかけるが勇者たちは聞かず、さらに加速していく。
ここで探索者たちは我が侭連中の面倒を見るのが馬鹿らしくなったのか、足を止めて集団を見送った。
「ほっといていいんですか?」
「いいんですよ。いずれは必ず戻るわけですからね」
「むしろ、それを一度体験してもらった方がこちらの言うことを聞くようになるでしょう」
「そうだな、その方が都合がいい」
探索者たちはにこやかにキレていた。
まあわかりやすいルートだし、まとまって進んでるから迷子にはならないだろう。
こうして残ったのはおれたちと、案内役の探索者、それから確認役のドワーフたちだった。
つか、確認役置いて行っちまって、あいつら誰に戦いぶりを見てもらうつもりなんだろう?
※誤字の修正と文章の追加をしました。
2018/10/02
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/15




