第511話 13歳(夏)…迷宮の洗礼
エミルス滞在二日目――。
今朝はシャロ様像へのお参りは無し。
不可能ではないが時間的な余裕が無いので断念せざるを得ず、せめてもとエイリシェのある方角に向いてお祈りをすませ、それからおれは朝の身支度を始める。
皆と朝食をすませたあと留守番のデヴァスに見送られ、おれたちは勇者御一行と合流すべく迷宮入口にある広場へと向かった。
「なんか本当に大人しい町になってるわね」
「ですねー、前に来た時は暇な方たちがぶらぶらしていましたが今は全然見かけません。もう前みたく絡まれることはなさそうですね」
「活躍の機会はありませんか……」
広場への道すがら、よく観察するまでもなく以前よりも都市の雰囲気が良くなっていることがわかった。
確かに闘士倶楽部はこの都市の役に立っている。
これは褒めるべきことだが、一方のヴァイロでは迷惑になっているため、褒めたあとでちゃんと注意せねばならないだろう。
やがておれたちは迷宮への通りに入り、そのまま進んで久しぶりの迷宮広場へと訪れた。
迷宮へは地下道路への進入口みたいに、通りがそのまま下っていって迷宮の奥へと続いている。
通路は右が突撃用、左が帰還用と分けられており、さらに下っていく関係で徐々に高くなっていく両側の壁には近寄らないようにと柵がされているのだが、まあそれについては考えたくないので無視する。
「あ! 見て見て! あれ!」
と、ミーネが指さしたのは入口の上。
そこには様々な紋章が刺繍された各探索者集団――クランの旗がずらっと並んで相変わらず賑やかなことになっているのだが、これは前回も見ていたのでミーネがどうして見せようとしたのかわからない。
するとおれの困惑を見て察したのかさらにミーネが言う。
「入口のすぐ上よ。ほら、エミルス大迷宮ってあるでしょ、その下」
「うん?」
あそこ、あそこ、とミーネが宙をつんつんして示す先にあったもの。
それは入口上にでかでかと刻まれた『エミルス大迷宮』という文字の下。そこには『迷宮制覇者』という小さめの文字が追加されており、さらに去年の春頃おれと共に訪れた面々の名前が刻まれていた。
まずおれ――行き届いた配慮で『レイヴァース』と記され、それからシア、ミーネ、アレサ、ティアウル、パイシェ、シャフリーン、そしてベルラットとエルセナとの名前が刻まれている。
「あらま、粋な計らいですねー」
「でもちょっと照れるな」
「これは……、聖都でも何か……」
「あの、アレサさん? 今おれの言ったこと聞いてました?」
迷宮入口のちょっとした変化に気づいたあと、おれたちは一帯の広場、その一角へすでに到着していた勇者御一行と合流すべくそちらへと向かう。
「ねえねえ、時間があったら周りのお店を見に行かない?」
そうミーネが言うのは、広間の周囲に存在する積層型商店街のことである。
この場で商売したい人々の知恵と熱意の結晶だ。
しかし今は繁忙期ではないため、そんなに人の入りは良くないようである。
「時間があったらな」
「うん。絶対よ」
そんな会話を交わしながら、勇者御一行、それから同行してきた委員会関係者、大工房から派遣されてきたドワーフたちが集まっている大型天幕の近くへとやってきた。
どうやらこの天幕を一時的な拠点――今回の試みを統括する本部とするようだ。
やがて勇者たちに集合がかかり、勇者たちはごちゃごちゃっと天幕前に集まった。
そこで天幕から姿を現したのは、探索者とおぼしき人物を三人伴ったエミルス冒険者ギルドの支店長だった。
「えー、えー、みなさんこんにちは。私はエミルスの冒険者ギルド支店長です。これから少し迷宮探索について説明を行います」
それは以前、おれたちが来たときに説明されたことだ。
基本、迷宮都市では探索者登録を行うのだが、登録のためにはまず現役の探索者に同行してもらっての体験探索――チュートリアルがある。
これは迷宮探索にまったく適性がない者――閉鎖空間に耐えられず精神の均衡を崩す者がときどきいるための措置だ。
散歩程度の体験探索に耐えられないのであれば、何日も、何週間も迷宮に留まり続けることなど不可能である。
ただ今回、勇者御一行は探索者になりにきたわけではないので、この集団には冒険者ギルドが選出した現役の探索者三名を同行させての体験探索とするようだ。
「この三名の指示に従ってもらえれば、迷宮内でも危ない目に遭うことは少ないでしょう。もしこの三名の手に余るような事態が起きたとしても、皆さんの中にはこの迷宮を制覇したレイヴァース卿とそのパーティメンバーの方々が居ますから心配はありませんね」
そう支店長が言うと、勇者さん方は集団の後方でぼさっとしていたおれたちをちらちら肩越しに確認してきた。
あまり好意的な視線でないのが残念だ。
まあシアが微笑んで小首を傾げたら、強力なバネでもしかけられていたみたいに凄い勢いで前に向きなおったが。
それからも簡単な説明は続き、御一行に同行するのは探索者三名だけでなく、大工房から派遣されてきたドワーフ六名も同行して勇者たちの実力を確認することが告げられた。
この探索、パーティで活動していた者は仲間の同行も認められているのだが、勇者連中は基本ぼっちで仲間がいるのはミーネとネイの二人だけだった。
まあ今回は勇者同士、気の合う奴と組めばいいんじゃないかな。
「よう、一緒に探索しようぜ!」
説明が終わり、各自準備となったところでネイがやって来た。
「あれ? おまえ一人なの? みんなは?」
「みんなは……、ここの観光をしたいんだってさ……」
「そ、そうか……」
ネイの表情が急に切ないものになったので、おれはそれ以上なにも言えなかった。
「でもおれたちは集団の後ろをついていくつもりだぞ? いいのか?」
今回の目的は勇者たちの実戦訓練なので、おれたちは集団の後方でのんびりついていく方がいい。
先頭だと魔物が出現した瞬間にミーネが葬ってしまうため、下手すると誰も戦闘が出来ないままという状況になる。
前回ですらそうだったし、魔弾がさらにパワーアップした今となってはもう確定したようなものだろう。
「あー、むしろ都合がいいぜ。べつに俺は張りきって戦う理由がねえからな」
と言ったネイは顔を寄せてひそひそ囁く。
「……実は俺も面倒な訓練免除なんだ。だから後は適当に合わせておけばいいんだよ、やったぜ……」
凄く嬉しそうだ。
「でも、こういうのには参加しないといけないんだよなー。俺も観光したい。リヤカーのレース見に行きたいなー」
「私もー」
ネイが言うと、ミーネもこれに同意。
まったく不真面目な勇者である。
△◆▽
そしていよいよ迷宮突入となった。
勇者御一行はそれこそ観光ツアーの団体さんのようにぞろぞろと、先導する探索者について迷宮入口への道、その右側を進んでいく。
と、そこで――
「なあなあ、あれってなんだ?」
下っていく道の両側、徐々に高くなっていく壁にある放射状の封をされた穴を眺めながらネイが言った。
「んだよー、気づくなよー……」
「え、気づいちゃまずい代物なのか? あんな堂々とあるのに?」
「そう言う訳じゃないが……、あれはな、嘆きの門って呼ばれてるもので、迷宮内から死に戻りしてくる奴が吐き出される排出口だ」
気が滅入るので詳しい説明はしない。
だが、どういう運命の悪戯か、そこで嘆きの門の一つに淡い光が灯った。
「お、なんか光ったぞ」
ネイは不思議そうに眺める。
前方の勇者御一行も門の異変に気づき注目した。
石のようだった排出口が生物の内臓のような状態に変化。
そして――蠢き始める。
初見となる勇者御一行は何をイメージしただろうか?
その眉間にシワを寄せまくった表情からして、なんとなく想像したものは推測できる。
やがて穴の中央部が盛りあがり、内部から押しだされたものがムニュニュムリムリムリッと捻りだされてきた。
まず現れたのは頭。
「あばらばばば! むぬぅるぽぽぽっ!」
光沢のあるぬるぬるした粘液まみれで、のたうつように悶えながら捻りだされて来たのは紛れもなく人。
「なんっだあれ!?」
「死に戻りだよ」
「え、あれが!? あれがなの!?」
ネイは度肝を抜かれたようだ。
「なんであんな叫んでんの!? 苦しいの!?」
「あー、苦しいらしいな。おれは体験したことないが、話によると凄く苦しいらしいぞ。なんか出す物がでかいわ固いわで、一向に出てくる気配がなくて、それでも出そうと全身全霊で踏ん張っている状態だってさ」
いつか野良エルフのシオンから聞いたことをネイに伝える。
「出てくる側なのに?」
「うんそうなんだけどさ、体験した連中が口を揃えてそう言うんだから仕方ないじゃん」
「う、うーん……」
ネイは納得できないと言うか、したくないと言うか、そんな感じだ。
「こ、これは死ねないな。死ぬつもりは無いが絶対死ねない……」
「うん、おれも前にそう思った」
やはりこれを初めて見た者の感想は皆同じになるらしい。
やがて死に戻りが完全にひり出され、ぬろぉんと地面に落ちた。
すると制服を着た男性二人組がやってきて、火かき棒みたいな特殊器具で死に戻りした探索者の服に引っ掛け、二人がかりでずるずる引きずって戻って行く。
「もうこの都市じゃ当たり前の光景なのか……」
ネイは愕然とした様子だ。
他の勇者たちも同じ、みんな顔が引きつっている。
絶対に死ねない――、と覚悟を決めているようだ。
でも勇者なんてものを目指すなら、これくらいのこと恥ずかしがってちゃいけないんじゃないかなー。
いやおれは絶対にごめんだけどね?
※迷宮入口に刻まれた名前に主人公が入ってない状態だったのを修正しました。
2018/09/30
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/09
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/20




