第509話 13歳(夏)…新しい命
迷宮都市エミルスに向かうことにしたおれたちは、まずエイリシェの屋敷に戻ってデヴァスを連れ、そして再び精霊門へと戻った。
デヴァスを同行させたのは移動時間の短縮が目的だ。
竜化してもらい、エミルスの門から都市――フリード伯爵の屋敷まで乗せていってもらうのである。
竜に乗ってお空からの訪問となったが、フリード伯爵家はおれたちをすんなり応接間へと案内してくれ、少し待ったところで伯爵が会いに来てくれた。
「ひさしぶりだね、勇者殿」
再会した伯爵は嬉しそうである。
「ゆ、勇者はやめてくださいよ……、今は面倒なことになりかねないんですから……」
伯爵はこの都市のダンジョンでおれたちがシャフリーンの魔王化を阻止したことを知っている一人だ。
自分の領地――それも住んでいる場所の真下で魔王誕生とか冗談ではない――、いや、もう笑って諦めるしかない状況なわけで、それもあって伯爵はおれたちに対し友好的なのである。
「ふむ、相変わらず謙虚だね。面倒とはあれか、勇者委員会か。もしかして今日の訪問はそれに関連してのものなのかね?」
「あ、話が早くて助かります。実は午前中ヴァイロ共和国にいたのですが、明日から委員会関係者がこちらに訪れ、勇者たちが迷宮で訓練を行うと聞きまして、そのあたりのことを聞きにお邪魔させてもらいました」
「ああ、そのことか。うん、なんでも聞いてくれたまえ」
「何でもというほど多くないのです。お尋ねしたいのは一点。このことをイールはちゃんと把握しているんでしょうか? 迷宮掌握のためにしばらく籠もるようなことを最後に言っていたので……」
「なるほど、何か問題が起きてはいけないと確認に来たのか。だがそれなら大丈夫。イールは今年の春頃からこっちにも顔を出すようになっている。今度のことも報告済みだ」
「死なないダンジョンという方針は相変わらずで?」
「ああ、変わらずだ。一度、冬場に来てみたらいい。日に何十人と排出されてくる様子を見ることができるよ」
「いやそれは見たくないです」
何が悲しくてわざわざエミルスに来てそんな邪悪な風物詩を見物せねばならんのか。
しかし排出システムが健在なら最悪迷宮内でやられたとしても、トラウマを刻まれるという代償はあれどちゃんと戻してもらえる。
ならまあ……、大丈夫なのかな?
そう考えていたところ伯爵は妙なことを言った。
「あと君にはお礼を言わないとね。君の取り組みによって都市の治安が良くなり始めている。清潔ではあったが、やはり荒くれ者たちが集まるだけあって他の都市に比べるとどうもね。私が無理に押さえつけても反発を生むのでどうしたものかと思っていたのだが、また君に助けられるとは」
「はい……?」
「ん? ほら、君が組織した闘神を祀る団体の司祭がね、しばらく前からこの都市で布教を行っているんだよ。その教えが広まり始めた結果、これまで飲む打つ買うしかなかった連中が体を鍛えることに目覚め、その教えに従い健全に振る舞うようになっている――、っと、その顔は知らなかったという感じだね」
おれはしばしぽかんとしたあと、額を押さえて少し考える。
そうか、ヴァイロ支部を任されていた上級闘士サーヴァスが布教に向かった都市って……ここか!
ってかなんでここ!?
「め、迷惑にはなっていませんか……?」
「迷惑だなんてとんでもない。今も言ったとおり助かっているよ」
「ならいいのですが……、あ、責任者がどこにいるとかわかりませんか? ちょっとお話をしないといけないんですよ」
「もちろんわかるよ。活動のためにと場所を提供したからね」
「それはまたすいません……」
「いやいや、助かっているからいいんだよ。実は私も少し体を鍛えるようにしてね。やはり男たるもの、逞しい肉体に憧れるのさ」
ヴァイロでは会いに行ったら居なかった。
でも後回しにしてエミルスに来たらここに居た。
なんでこう倶楽部はおれと噛みあわないのか。
ともかくそのエミルス支部となった場所を聞き、このあと向かうことにしよう。
「君たちは明日からここに滞在するのかな? なら以前のようにシャーロットが滞在した屋敷を提供するんだが」
「あ、それはありがたいです。お願いします」
「うん、じゃあそうしよう。すぐに向かうかね?」
「その前に一度、闘士倶楽部の活動拠点へ向かおうかと」
「ではまずそちら――、と、いきたいところだが」
「はい?」
「その様子だと手紙はまだ届いていないようだね」
「手紙?」
「うん、実はベルラットとエルセナの間に男の子が生まれたんだ」
「おおう!?」
「ふわ!?」
「あらま!」
「それはめでたいことですね」
「……?」
この突然の情報にはみんなで驚いた。
まあデヴァスはピンとこないか。
「名前はアストラ。まだ一ヶ月もたっていないくらいだ。私はもっと早めに手紙を送れと言ったんだが、ちゃんと生まれてからとベルラットは言い張ってね」
「そうでしたか。じゃあシャフリーンも知らないままでしょうね」
「ご主人さま、これ、シャフリーンさん連れて来てあげた方がいいんじゃないですかね?」
「そうよ、連れてきてあげましょう」
「そうだなぁ……」
となると……、アレサとデヴァスにエイリシェへ戻ってもらい、王宮でシャフリーンに弟が誕生したことを報告、ミリー姉さんからシャフリーンを連れて行く許可を……、とれるのか?
「ミリー姉さんがなんて言うか……。弟が生まれたとなれば無理に引き留めようとはしないだろうけど……、これはおれも一緒に行った方がいいかな?」
こうなると闘士倶楽部への訪問は一旦後回し。
こっちの方が重要だ。
「じゃあ私もいくー!」
「え……、じゃあわたしも」
考えていたらミーネとシアも同行することになり、エミルスに来て早々、みんなでまたエイリシェに引き返すことになった。
「デヴァス、なんか乗り回して悪いな……」
「いえいえ、これくらいなんてことないですよ」
デヴァスに感謝しながらおれたちはエイリシェに引き返し、王宮まで乗せていってもらってミリー姉さんとの面会を願い出る。
そしたら何故かミリー姉さんの爺さま――国王が出てきた。
「うむ、元気なようで何よりだ。ところで……、ほれ、依頼している剣はどうなっておる?」
そわそわしながら尋ねて来たのは、魔導機構剣と名付けたガンブレード製作の進捗だった。
あんたホントこればっかだな……。
王様は武具の神から貰った加護を祝福にランクアップさせたくて仕方ないらしい。
ランクアップしたからと、そう何かが変わるものではないと思うのだが、『欲しい』という執着は人それぞれだ。いくら周りが言ったとしても本人がそう望むなら仕方ない話である。
まあもしかしたらおれも祝福を貰えるかもしれない機会なので、なるべく取り組みたいとは思っているのだ。
ひとまず現在の状況――『魔導』に関わる部分は専門家のリィに頼み、『機構』の部分はヴァイロ大工房にお願いすることになるかもしれない、と説明しておく。
一応計画は進んでいることを聞けて納得したのか、王様は満足げに去っていき、それから少ししたところでミリー姉さんとシャフリーンが来てくれた。
そしてやはり揉めた。
「シャフを連れて行くんですかー!? ちょっと話が急なので二、三日ほど待って――」
「ふんっ!」
「――ぐふっ!」
シャフリーンはミリー姉さんの脇に手刀を突き刺して黙らせると、ずいっと前に出ておれの手を取った。
「さあレイヴァース卿、ミリメリア様から許可がおりました! すぐにエミルスへと参りましょう!」
「ま、待って、待って、心の準備が……、せめて明日……」
「ミリメリア様、長い間お世話に――」
「あー! わかりました! わかりましたから! 認めますから!」
観念したミリー姉さんは交換条件としてしばらくうちに住みつくことになった。
と言うのも、生まれたばかりの赤ん坊の世話は大変ということで、シャフリーンがある程度の期間エミルスに滞在することを決めてしまったからである。
どうしておれがミリー姉さんに譲歩するかは謎であるが、まあシャフリーンにはエルトリアで介護してもらったし、そのお礼ということにする。
それからおれたちは一旦屋敷へ向かい、皆にミリー姉さんの引き渡しついでに事情を説明した。
さて、これでエミルスへ向かう準備が整った、と思われたが、そこでシャフリーンがお土産を持っていった方がいいのではないかと言いだした。
赤ちゃんに必要なものを買い揃えたいという話だったが、それはもう用意されているだろうし、下手に持っていってもダブる可能性もあるため、それはエミルスで確認してから用意すればいいと説明して納得してもらう。
冷静に見えてシャフリーンもけっこういっぱいいっぱいだったようだ。
こうしておれ、シア、ミーネ、アレサ、シャフリーンの五名はデヴァスに乗ってエイリシェの精霊門へとまたまた向かった。
おれたちのあまりにせわしい様子に、精霊門を管理・警備してる人たちはもう苦笑いである。
今日はなんか妙にわちゃわちゃする日なんですよ……。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/11/13




