第500話 13歳(夏)…勇者大会二日目・実技(前編)
大会二日目。
今日は場所を善神の神殿から聖都郊外、聖騎士たちの演習場へと移して実技審査が行われる。
参加者は対スナークを想定した軍事訓練を行うための広大な敷地、その一角にある平らな広場に集合しており、これから行う審査について再度説明を受けていた。
それを見守るのはおれをおまけとする審査員たち、それから勇者委員会や勇者保有国などの関係者、そしてこれから勇者たちの相手をすることになる聖騎士の一団である。
この審査は聖騎士を相手取っての一対一。
試合は同時に六組で行われ、参加者が三十六名なので計六回繰り返されることになる。
聖騎士に勝利した者が複数いた場合は余興としてトーナメント戦が行われるようだが、べつに優勝したからと特別な待遇を受けられるわけではなく、単純に武に優れていると証明されるだけの話だ。
まあ見守る関係者が関係者だから覚えが良くなるというだけでもメリットがあるのかもしれない。
準備は特に問題もなく進み、そして現在、第一組目となる参加者六人がそれぞれ離れた場所で軽装に剣、丸い手盾を持った聖騎士と対峙しており、そこにはミーネも含まれていた。
そんなミーネ、腰に剣を携えてはいるが、その右手に持つのはおれのハリセンである。
スパーン、スパーン、と。
ミーネはハリセンを自分の左手の平に当てて小気味よい音を響かせていた。
「ご主人さまー、ミーネさんがあれやってると、なんか緊張感が仕事しないんですがー」
確かに緊張した面持ちで試合に臨む他五人の勇者たちが醸しだす雰囲気は台無しである。
しかしあのハリセンはミーネがわざわざおれに「あの頭を叩くあれ貸して」と言ってきたので貸したものだ。
舐めプでもするのかと思ったが、あれならどれだけ力いっぱい叩いても相手が怪我しないから、という配慮であったため、おれは大人しくミーネにハリセンを貸し出した。
「相手の騎士さん、よく怒りませんね」
普通、自分よりずっと年下の女の子があんなもん武器にして試合に臨めば腹を立てるものだろうが、相手の騎士は落ち着いたものだ。
「ミーネさんの武勇は聖騎士の間でもよく知られていますから。むしろ剣を抜かせようと密かに奮起しているかもしれません」
アレサの言葉を受け、改めて相手の騎士を見る。
なるほど、ミーネが格上と認めた上で、その予測を上回ってやろうということか。
やがて開始の声がかかり、試験が一斉に開始。
参加者たちが「うおー」とか「でりゃー」とか声を張りあげながら聖騎士に挑むなか、ミーネはてくてく相手に歩み寄っていく。
実に自然に、である。
これは言うのは簡単だが、実際にやるとなるとなかなか難しい。
自分が進むすぐ先に『何か』があるとなった場合、普通はそれを考慮にいれた歩き方になるもの。
ましてそれが、自分に攻撃をしかけてくるものだった場合、普通に歩いてなどいけるわけがない。
進行方向にめっちゃ牙を剥いて唸っているワンコ、もしくは背中をこんもり山にしてフシャーッと威嚇するニャンコがいるだけでも、人はそこに向かって普通に進んでいくことなどできないのだ。
ミーネはまるでそこに相手が居ないかのように進んでいく。
これを誘いとはわかっていただろうが、聖騎士は自分の範囲に入ってきたところでミーネに斬りかかった。
まずは牽制――素早い一撃である。
それはミーネがぎりぎりで歩みを止め、攻撃をやり過ごすことも想定した攻撃だったのだろうが……、ミーネもまたそれをわかっていての接近だったのだろう。
ミーネは止まるのではなくムーンウォークした。
「――ッ!?」
周りで見ているぶんには妙な後退をしたと丸わかりだ。
が、すぐ正面に捉えていた相手にとってはそこに居るはずのミーネが『まだ来てなかった』という感覚の齟齬を引き起こし、剣を振りおろした体勢で一瞬動きが鈍る。
そこでミーネはやや前のめりになった相手の頭にスッパァァーンッと思い切りハリセンを叩き込み――、あっさりと勝負を決めた。
「……え?」
負けた聖騎士は状況が飲み込めず困惑。
それはこの試合を監督する審査員、さらに見学していた他の者たちも同じであり、みんな眉間にシワを寄せ、その様子はなんだか皆そろって急にお腹が痛くなったように見えた。
誰もが『前に歩くようにして後退する』という珍妙な動きを目撃したことで混乱しているようだ。
「まだやるの?」
ミーネが尋ねると審査員はハッとしはしたが、どうしたらいいかわからないようで困ってしまっていた。
イタズラが成功したような状態だからなー……。
「あーっと、有効な一撃ですので、ここはミネヴィアさんの勝利なのですが……、いいのかな……?」
審査員が自信なさげにミーネの勝利を宣言したところ、相手になった聖騎士は申し訳なさそうに言う。
「ミネヴィア殿。勝負は貴方の勝ちです。ただ……、これは私の我が侭なのですが、できればもう一度戦ってもらえないでしょうか? 審査は関係なく」
「いいわよー」
ミーネは再戦を受けるが――
「やめた方がいいと思いますよ?」
この人の傷が広がるだけになるのでは、とおれは心配になって口出しをした。
「いえ、レイヴァース卿、やらせてください。森林連邦でのミネヴィア殿の戦いぶりは聞き及んでいますから、本気を出せばとても私が敵う相手ではないこともわかっています」
「ならどうしてまた?」
「もっと痛めつけていただきたいのです。私はあのミネヴィア殿にボコボコにされたことがあると胸を張って言うために。頭を小突かれて終わったのではあまりにも」
「……」
思わず黙ったらシアがひそひそ囁く。
「……マゾなんですかね? そういや聖女も痛みとかバッチこいですし、聖都ってそういう傾向が――」
「……いけない、それ以上は……」
真面目に痛みに耐えてるんだから。
「そう望むならまあ……。ミーネ、あんまりやりすぎないように」
「わかってる」
こうして再試合が始まったのだが――
「ああぁぁぁ――――ッ!」
ミーネは対戦相手の聖騎士を魔弾の的――容赦なく、本当に容赦なくボコボコにし始めた。
石弾や水弾をバカスカ撃ち込まれたと思いきや、落穴に落っことされたり、落っことされたと思えばお空に打ち上げられたり、そこを狙い撃たれたりと大変なことになっている。
「ご主人さまー、そろそろ止めた方がいいんじゃないですか?」
「今始まったところなんだが……、あの様子じゃあなぁ……」
「猊下、大丈夫ですよ。聖騎士はあれくらいで音を上げるほど柔ではありませんから」
「けっこう悲壮な悲鳴あげてますよ……?」
シアは聖騎士の心配をしているが、アレサを始めとした聖都関係者は聖騎士がボコボコにされる様子をにこやかに眺めている。
同僚の聖騎士たちに至っては爽やかに笑いながら、ミーネの魔術に感心しているようだった。
「あいつ、地道に訓練してたからなー」
ミーネが指鳴らしで魔弾を丁寧に一発ずつ放っていたのも今は昔。
今では片手につき三発――薬指、中指、人差し指を親指で弾いての三連発が出来るようになっており、両手での六連発もできる。
この連続指鳴らしで使う魔弾は傾向が二つに分かれ、一つは同一属性の同じ魔弾――例えば非殺傷の水弾を三連発、といった具合だ。
そしてもう一つはあらかじめ設定しておいた『組み合わせ』を行使するもの。
魔弾の一発目が二発目の、二発目が三発目の、と布石となるよう考えられた連続魔術攻撃――コンボのようなものである。
例を挙げれば、まず強風弾で相手の動きを止め、次に水弾をぶつけて体勢を崩し、最後に足元に穴を空けて落っことす、といったことができ、さらにそこから落穴に落ちた相手を上空にぶっ飛ばし、石弾をぶつけ、そして地面に叩き落とすという次のコンボに繋ぐこともできるようだ。
ミーネは格闘家がコンビネーション技を繰り返し練習して体に覚えこませるように、幾つかの連続攻撃を意識に染みこませた。
結果、魔術の行使自体は指鳴らしにかかる一、二秒ほどとなり、それに遅れて魔弾が発動するようになった。
こうなると相手が魔導に長けていようと感知からの対処は間に合わず、実際に発動した魔術を目で見て対処するしかない。
結果、魔術・魔法となれば身体能力による防御や回避ではなく、まずは魔導的な対処をしようとする魔道士にとって実にやりにくいものとなっている。
この連続指鳴らしをもって、ミーネは『魔法を使われる前に走っていって殴る』以外にも魔道士に対処する方法を得たことになり、より優位に立てるようになったのだ。
が、もともとミーネが剣を抜いての本気の魔術であれば対処できる者なんてそうそう居なかったわけで、要はちょっとした小競り合いの場合にも相手を圧倒できる手段を手にいれた、という話なだけだったりする。
「あー。そろそろ充分かな? ――あのー、あのー、もう止めていいんじゃないですかね?」
もう望むだけボコボコになっただろうと、おれはぽかんとしている審査員に話しかける。
すると審査員はハッとして、慌てて試合を止めるべく声をあげた。
「あっ、ミネヴィアさん、そこまで、そこまでで!」
時間にすれば五分程度だったが、ミーネの相手――地面に倒れて動かなくなっている聖騎士もこれなら満足したことだろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/11/13
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/07/16




