第498話 13歳(夏)…勇者大会初日・筆記
さて、勇者大会の開催である。
初日となる今日は午前中に筆記の審査――要はどれくらいの知識と教養、理解力があるかを判断するためのテストがあり、これが終了したのち昼食を挟んで午後から一人ずつの面談が行われる。
会場はどちらも善神の神殿内。
明日の実技審査は場所を移し、聖騎士たちの訓練が行われる演習場で執り行われることになる。
現在、参加者たちは善神の像がある広間に整然と並べられた席に着き、簡素な木製の机に齧り付いて筆記審査に臨んでいた。
会場には参加者の他、委員会から選出された審査員の方々、それから試験官たちが監督しており、それ以外の者は参加者の気が散るということで広間から退出させられていた。
静かな広間。
聞こえてくるのは、カッカッ、カリカリ、と参加者たちがペンを走らせることで響く、風情のない鳴虫による合唱のごとき音ばかり。
特に面白みも何も無い時間であったが、おれはその合唱によってひさびさに元の世界への懐かしさを感じることになった。
学校のテストなんてものは面倒なばかりだったが、まさかそれを懐かしむような日が来るとは……。
郷愁のなか、おれは暇つぶしのためにもらっていた問題用紙の束に視線を落とし、自分も問題に取り組むことにした。
出題は多岐に及ぶものの、内容は『勇者ならばわかっていないとまずい』程度のもので、専門的な知識や特別な記憶力、素早い計算能力を求められるものではない。
計算は小学生の算数レベルを超えないし、国語っぽいものはちゃんと文章が理解できているかの確認だ。
他にも歴史や政治といったものもあるが、歴史はかなり大雑把なものでこれまでに魔王は何人誕生したとか、その名前、誕生の周期といったもの、政治は爵位を順番に並べろとか冒険者ギルドの創設者名とかそんな感じである。
やってみるとクイズみたいでわりと面白い。
ほぼわかる。
ただ、地理がわからねぇ……。
星芒六カ国を中心とした周辺国はまあわかる。
行ったことのある国もなんとかわかる。
でもこれまで関係なかった大陸外周の国々はさっぱりわからん。
国境分けされた大陸図のすべてに国名を書けとか普通に惨敗だ。
これ、参加者はみんなできるんだろうか?
ちょっと参加者たちを観察してみたところ、筆記審査に対する反応は大雑把に三種類。
一番多いのは「むむぅ……」と顔をしかめて頑張っている者で、ミーネもここに含まれる。
まあミーネは例外だが、この審査で認定勇者となれば待遇ががらっと変わるからな、そりゃあ頑張るというものだ。
認定勇者たちの待遇、これは各ギルド、各国それぞれにあるが、目立つのはやはり星芒六カ国の支援であり、そのなかでも特に有益なのは聖都の支援――精霊門の使用許可ではなかろうか。
これはでかいと思う。
他にはメルナルディア王国の研究機関バロットが特殊な道具を、ヴァイロ共和国が錬成魔剣を提供してくれたりする。
でもベルガミア王国が提示するものの一つ、カレー食べ放題はなんか違う気がするのだ。
いや食料が重要なのはわかるんだが、腹が減ったからとわざわざ精霊門使ってベルガミアの首都までカレーを食べに行く奴はさすがに居ないだろう。
……。
居るかもしれないが、まあそれはどうでもいい話だ。
次に有益なのは主催である冒険者ギルドの支援品だろう。
なにしろ魔導袋の貸し出しだ。
あとは錬金術ギルドによるポーションを供給なども良いのではないかと思う。
回復手段を確保しておき、生存率を上げるというのは重要なことだからだ。
このように、認定勇者が普通の冒険者と比べかなりの好待遇であることは間違いない。
でもミーネからすればそこまで魅力的な話ってわけでもないんだよな……。
にもかかわらずミーネは真面目に取り組んでいる。
きっと何か思うところがあるのだろう。
頑張れ。
そんなミーネを始めとした頑張りタイプと違い、涼しい顔でさらさらと回答を記入している者も少数いる。
そしてごく少数――というか一人、この世の終わりみたいな顔を手で覆ったり、悲壮なうめき声をあげながら立ち向かっている者がいる。
エルフ勇者のネイだ。
あいつこれまで馬齢しか重ねてこなかったのだろうか?
△◆▽
筆記審査が終わると解答用紙はすぐに回収され、そのまま答え合わせが始まった。
この作業はチェックする側の人数が多いのですぐに終わるため、参加者はそのまま待機、閉め出されていた関係者は広間への入室が許可されてぞろぞろと入ってきた。
「ふむふむ、これが問題ですか。どれどれ……、ふむ、そう難しいことはないですね。どれも――、う、国の名前とかはちょっと……」
「私もそこはさっぱりだったわ……」
まずおれのところにミーネがやってきて、それから入室してきたシアとアレサもこちらへと集まった。
「関係ない国の名前なんて覚えてないわよ。どうしてあんな問題があったのかしら?」
ミーネが不満そうに言うと、アレサが微笑みながら言う。
「それは精霊門の使用許可と関係するのでしょうね」
「あ。あー、そういうこと……、なら知っておかないといけないわね」
アレサの言葉にはおれもすんなり納得した。
そうだよな、そりゃ知っておかないと困るわ。
それからもこの問題があーだこーだと、テストが終わったあと教室で自然と行われる反省会みたいなことをしていたが、やがてチェックの終わった答案が返却されることになった。
一人一人名前を呼ばれ、善神像の前まで行って解答用紙を受けとるとかちょっとしたさらし者ではなかろうか。
返却の順番はどうやら正解数順のようだ。
そして何人目かにミーネの名が呼ばれたのだが、そこでちょっとしたやり取りが発生した。
「ミネヴィアさん、確認したいことがあるのですが、この、これまで現れた魔王の名前を答える問題、三番目の魔王の名前が『アヴァンテとガーリィ・スラック』となっています。回答はガーリィ・スラック、またはガーリィだけでもよいのですが……、このアヴァンテとは?」
「本名よ」
「ほ、本名……?」
「もともとはアヴァンテって名前で、傭兵とかやるときはそのままそっちを使って、悪い仕事のときはガーリィ・スラックだったの」
「そ、そうでしたか、不勉強ですみません」
「いいのよ、あんまり知られて……て? あれ……、もしかしたらそっちはご先祖様が伝えてなかったのかもしれないわ……、私もほかでは聞いたことなかったし……」
ミーネは表情を曇らせて少し考え込み、それから言った。
「え、えっと……、内緒で!」
「内緒……!?」
それはこれまで知られていなかった三番目の魔王の真の名が、その魔王を倒した勇者の末裔によってうっかり判明するという、ちょっとした珍事だった。
「べつに秘密にしないといけないとか言われてなかったから……」
「しゃーないしゃーない、まずいことになったらおれが勇者委員会の人を集めて事情説明に行くから」
「お、お願いね?」
珍しいことにミーネはやけに弱気だ。
「魔王ガーリィについては、その国が滅んじゃったからご先祖様の日記しか詳しい記録がないの。その日記はうちではけっこう大事にされてて、代々当主以外は見ちゃいけなかったりするものなのよ。私もお爺さまからおおまかなことを聞いただけで、実際に読ませてもらったことはないわ」
「……。大会が終わったら事情を説明しに行った方がいいかもな」
「い、一緒に……」
「わかったわかった。行くから」
ミーネは戸惑っているが、本当に秘匿するつもりなら話して聞かせたりはしないので大丈夫だと思う。
とは言え、一応報告はしなければなるまい。
△◆▽
ひょっこり歴史的な事実が判明するという珍事も起こったが、それから答案の返却はとどこおりなく進み、そののちに昼の休憩となった。
昼食は神殿の向こうにある政庁の広間に用意されていて、参加者やその関係者それぞれのテーブルが準備されている。
料理は広いテーブルにまとめて用意してあり、各自そこから好きな物を皿にとって席に戻るという形式だった。
「食べ放題……、いいわね、凄く。でも、お皿が小さい……!」
「お嬢さんや、また取りに来ればいいから。ほら、こそっと自前の大皿を出そうとしないの」
「むぅ」
ミーネは取り皿の小ささ(別に小さくない)に不満を持っているようだったが、ひとまず盛れるだけ料理を持って席に戻り、一心不乱に「もごご」し始めた。
一方、他の参加者は食事もそこそこに、何やら紙の束を出して必死に読みこんでいる。
次は面談だが……、もしかして、どんな質問が来ても模範的な回答ができるようにと用意したものを読みこんでいるのだろうか?
うーん、悪いとは言わないけど、それってどうなんだろう。
考えていると、おれの側に寄ってくる者がいた。
馬齢勇者ネイのお仲間やってるリフィさんだ。
「あ、なにか?」
リフィはおれを睨むように見つめてくるため、何か文句でもあるのかと思っていたら無言のまま本を差しだしてきた。
冒険の書の一作目『廃坑のゴブリン王』だった。
そしてリフィはそのままの体勢で固まっている。
これをどうしたら、と思っていると――
「すみませんね、リフィは人見知りが酷くて、まだ会ったばかりの人とはなかなか会話することが出来ないのです」
少し離れたところにいたレトがやって来て言う。
「実はリフィは冒険の書の愛好家で、昨日から貴方のサインを貰いたくてもじもじしていたのですが、やっと覚悟が決まって……、まあそれはいいのですが、これが限界だったのです」
「あー、そうでしたか」
リフィはまだ本を差しだした体勢で固まっている。
本当にすごい人見知りらしい。
まあサインくらいならするのだが。
おれは本を受けとると、リフィは凄い勢いでペンとインク壺を出してきたのでそれも受けとる。
「レイヴァースと書くだけでいいですかね?」
うんうんとリフィは頷いたが、そこでレトが言う。
「そうだ、せっかくなので『恥ずかしがり屋のリフィへ』と」
「では、それで」
カバーを開き、さらさらっと書き付ける。
ふと顔をあげると、リフィがにやにやするレトをぽこぽこ叩いていた。
悪ノリしたかな、と思いつつも本を差しだすと、リフィはそれを抱きしめて「やたっ」と小声で言いながら小さく跳ねた。
人見知りだが、案外活きは良いようだ。
「……あ、あ、ありがとぅ……」
なんとかそう言い、リフィが逃げるように立ち去る。
「貴方の厚意に心よりの感謝を」
レトはうやうやしく礼。
「どういたしまして……、ってかさ、あんたらの勇者、凄いことになってるけどいいの?」
リフィを目で追って気づいたのだが、少し離れたテーブルではネイが口を開けて白目剥き、椅子から崩れ落ちそうな体勢でいる。
「ああ、いいんです、どうにもなりませんから。あれには筆記審査が過酷すぎたようです。――それではこれで」
そう言い、レトは逆ヘブン状態なネイの元へと戻って行く。
すでに戻ったウキウキのリフィは聞いて聞いてとばかりに放心したネイをぺしぺし叩く。
が、反応は無く、今度はガクガク揺すってみたがやっぱり反応が無いため、とうとうネイの頭を冒険の書でぶん殴って我に返した。
ネイは痛かったらしく文句を言っているようだが、リフィは嬉しそうに喋りかけていて知ったこっちゃない感じである。
「仲の良い人たちですねー」
「そだなー」
なんとなく様子を眺めていると、やがてネイはこっちを向き、それから軽く手をあげてきた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/20




