第497話 13歳(夏)…勇者大会・前日
王都エイリシェの精霊門をくぐり、聖都側へ出たおれたちはそのまま善神の神殿へ、そして何故か善神の像前へと案内された。
大会はこの神殿が会場となるため、像のある広間では明日に向けての準備が着々と進められており、その様子を監督していた大神官ネペンテスはおれたちに気づくとすぐこちらへ来て歓迎してくれた。
「お久しぶりでございます。ようこそお越しくださいました」
善神のガチムチ像の前で挨拶ってのがちょっと気になったが、おれたちは挨拶を交わし、少しばかりの世間話をしたあとさっそく大会についての話になる。
そのなかで親しい者が参加者なのに、おまけとは言えおれが審査側にいても良いものかを今更ながら尋ねてみたところ――
「それとなく文句を付けてくる参加者もいましたね」
「ああやっぱり。なのにいいんですか?」
「ミネヴィアさんの功績を一つでも知っていれば、認定に有利となるよう働きかけることの無意味さは理解できるはずです」
ふむ、このあたりの見解は委員会側で共通なものなのかな?
冒険者ランクAは伊達ではなく、公表されているだけでもミーネの活躍は立派なものなのだ。
秘匿されている功績も開示されたら普通に名誉勇者候補である。
「それじゃあ……、ぼくは余計な刺激をしないよう、大人しく見守ることにしますね」
「ああそんなことを仰らず。猊下の意見はとても重要なのですから。そもそも、もし猊下の功績を公表できるならこのような催しを行う必要すらないわけですし」
魔王、それから邪神が誕生しかけたことについては、星芒六カ国と冒険者ギルドの上層部だけに伝え、混乱を招くという理由から世間には公表しないようにお願いしてある。
まあこれは半分は建前で、公表されると面倒くさそうというのがもう半分だ。
導名のことを考えると公表した方がいいのだろうが……、不安を煽って名声値を稼ぐようなことはあんまりしたくないのである。
「勇者の称号はそれこそ猊下にこそ相応しいのです。しかしその理由を説明できないため……、ええ、せめて審査員として参加いただき、もしかすると猊下の助けとなるかもしれない者たちを確認していただきたかったのですよ。そしてミネヴィアさんについても猊下に近いものがありますね。その功績に鑑みれば、すでに認定に足る充分な資格を得ているのですが……、公表ができないので……」
ネペンテスはもどかしそうな感じで、ちら、ちら、とこちらを見ながら言うのだが、おれもミーネも「ふーん」で流した。
面倒が増えるのはごめんだからである。
大会についての話をしたあと、ひとまずおれたちは二泊お世話になる宿へと案内されることになった。
べつに精霊門で日帰りもできるが、ぜひとも宿泊してくださいとお願いされたのでここは甘えることに。
しかし、宿へと移動すべく神殿から出たところで、おれたちは謎の団体による出待ちを受けた。
「お初にお目にかかる! 私はハーグロース王国の勇者ブレッドと申します!」
「あ、はい」
まず真っ先にやって来た青年がおれに挨拶する。
歳は二十五前後といったところ。
なかなか立派な服を着て身なりが整っているため清潔感はあるのだが……、なんかその表情が必死なせいでちょっと暑苦しい。
彼はどうやら大会参加の勇者さんらしく、その側には彼を擁する国の……、なんだ、付き人? 補佐役? まあ要は面倒見役とおぼしき人が居る。
「卿のご活躍はかねがね聞き及んでおります! 私はまだ無名の勇者ですが、認定を受けた暁にはめざましい活躍を見せ、いずれは貴方に並ぶような勇者となるでしょう!」
「は、はあ……」
こいつはいったい何が言いたいんだ?
それからも勇者ブレッドさんは照りつける夏の太陽に目鼻口を書いたようなカッとした表情で懸命に自分がどれほど立派な勇者になるかと喋り続け、やがて満足したのかおれの前から去っていった。
なんか気力をごそっと持ってかれた。
なのに――
「僕はトルクニア王国で勇者と認められているアハルといいます!」
「あ、はい」
次の勇者さんが挨拶してきた。
まさか……、ここに居る連中、一人ずつ最初の奴みたいな挨拶をしてくるつもりなのか?
いや挨拶してくるのはいい。
それくらい頑張って応対する。
でも妙な当てこすりはやめてほしい。
こう、使命に燃えています、あなたを越えます、凄い勇者になります、みたいな話がもう延々と続くのは本当につらい。
正直最初の奴でお腹いっぱいだ。
負けませんとかこれからとか知らねーよ、勝手にやってくれ。
まったく、どいつもこいつも何か妙に立派で見栄えのする服着ていやがって。
本当におまえらそれに伴う中身なのか?
おれは古き悪しき時代の暴走族がガソリンをちゃんとガソリンスタンドで買っていると知ってショックを受けた人間だぞ。
てっきりタンクローリーを襲ってると思ったのに。
「我こそはプロシアの誇る勇者レン・ヘッカートである!」
「あ、はい」
「わたくしはパルース王国の勇者アバローザと申します」
「あ、はい」
「俺はワイマールで世話になってる勇者のスタン・ダルドバード!」
「あ、はい」
「私はウィスト王国で勇者として訓練を受けているファーレンといいます」
「あ、はい」
「私はドレギア王国に所属する勇者パーシェロンであります」
「あ、はい」
それからおれは三十何人の面倒な挨拶を受け続けた。
だいたいが二十代くらいの若者で、それより上――三十代、四十代といった者は居なかったのだが、おそらくこれは魔王の季節の到来を本格的に警戒し始めたのがその年代――十年くらい前からということなのだと暇つぶしに推測する。
以前はただの野良勇者として放置していたが、その辺りから国も気を配るようになり、勇者を回収するようになった結果この年代が集まったのだと。
しかし――、なんでどいつもこいつもいい歳して希望いっぱい夢いっぱいなんだ?
夢を信じて生きていくことが悪いとは言わんが、ただ夢見がちなだけでは何も成し遂げることはできないと思うのだが……。
「お初にお目にかかる! 私はハーグロース王国の勇者ブレッドと申します!」
「あ、はい……、じゃねえ! おめえ一番最初に挨拶したじゃねーか!」
「大事なことですのでもう一度と思いましてね!」
「もういいよ! もうたくさんだよ!」
そろそろおれは限界だった。
まさか記念勇者たちのほとんどがお花畑――自分の称号について正しく把握しておらず、いずれ魔王を倒して名誉勇者になれるものと信じきっているとは思わなかった。
ちょっと信じられない気分で視線を彷徨わせていたら、ミーネの目と口が一文字になっていることに気づいた。
もしや、ミーネはこれを予想して参加を渋っていたのか?
なるほど、おれもミーネの立場だった場合、あんな連中の中に放り込まれるとなれば拒みもするだろう。
予想外の現状におれは心を乱されることになったが、そこでネペンテスが群がってきた勇者とその介護役にお引き取り願ったため、おれはようやく挨拶地獄から解放されることになった。
「あの、途中でやめさせるわけにはいかなかったんですか……?」
「申し訳ありません。ここで区切ると、挨拶できなかった参加者が宿に押しかけることになると思いましたので。ただでさえ交友のあった国の委員がご挨拶に伺うと思いますし……」
「あー……、ならここでまとめての方がいいですね」
あんなのが押しかけて来るとか迷惑この上ない話だ。
「しかし……、ネペンテスさん、あの人たちを勇者と認定するんですよね?」
不安になったおれはそう尋ねてみたのだが、ネペンテスは微笑みながら静かに言う。
「各国、各機関の思惑と面子がありますので、例え今どのような振る舞いをする者であろうと、ひと月した後にはどこに出しても恥ずかしくない勇者となっていることでしょう」
「…………」
息抜きがてらに見学、なんて思っていたおれはこの勇者大会の真意を理解していなかったようだ。
つまり、勇者委員会はほっとくと面倒しか起こさないような連中をまず一箇所に集め、勇者として認定・契約したのち、徹底した教育を施して民衆の信頼に耐えうる存在にまで鍛え上げるつもりなのだ。
ぶっちゃけると不要品のリサイクルみたいなもんである。
「あの、ミーネもそれに参加しないといけないんですか?」
「あー、いえ、ミネヴィアさんは今のまま猊下の側で活躍してもらうべき方なので……、始めの一週間ほどお付き合い頂ければ充分だと思います。その期間は支援の履行についての手続きになりますので」
「やたっ!」
ミーネは拘束期間が短くなったことを素直に喜んだが、ネペンテスは一存では決められないため、あとで了承してもらって改めてこちらに伝えると言ってきた。
と、その時――
「あ、居た居た。まだ居た。おーい!」
そんな声がして、ふと見やればなかなか立派なガタイをしたエルフの青年がこっちに駆けてきていた。
「よお、あんたレイヴァースだよな! 俺はネイバール! 一応、勇者の称号持ちだ! よろしくな!」
「は、はあ、よろしく」
ネイバールはおれの手を取ると上下にぶんぶん振る。
こいつも先の連中と同じく挨拶目的だが、その何も取り繕わず本当に挨拶しに来ただけという感じは相対的に好印象になった。
「実は森林連邦でスナーク戦に参加したときに姿を見たことがあるんだ。ほらあれ、戦い前の演説のとき」
「じゃ、さようなら」
「なんでいきなりお別れ!?」
あまり触れて欲しくないことを話題にされそうだったのでおれは早々に立ち去ろうとしたがネイバールは手を離してくれなかった。
逃げられないでいると、さらにやってきた者たちが三人。
三人は全員エルフ、おそらくネイバールの関係者だろう。
一人はネイバールとは違う爽やかそうな青年、もう一人は無表情でいる女性、最後は身なりの整った初老の男性だ。
「あ、紹介するよ。この三人は俺の仲間なんだ。いけ好かないこいつが剣士のレトラック。カーの森の『精霊守』、その守士団長の息子で剣の腕はなかなか、魔術はそこそこ」
「初めまして」
青年――レトラックはうやうやしく礼をして見せる。
「こっちのがカーの森の『森の隠者』――宮廷魔導師みたいなもんだな。その孫。名前はリフィザネルだ」
「……」
リフィザネルは無表情のまま、だがわずかに会釈する。
「んでもってこっちが俺の親父が無理矢理おしつけてきた世話役のゼーレだ」
「お初にお目にかかります。わたくし、ゼーレと申します」
老紳士……、と言うにはまだ早い男性は綺麗な礼をしてくる。
「ついでに俺もちゃんと自己紹介しとくか。俺の名前はネイバール・ベドウィン・ジャズィーラ・カー。森林連邦を構成するカーの森の首長の息子だ。勇者歴はもう二十年くらいかな。連邦周辺ではそれなりに有名でさ、もうこれで充分な気がしてたんだけど、連邦であんたの活躍を目の当たりにしてな、せっかく勇者の称号なんてもんを持ってるんだからもっと活躍の場を広げてもいいんじゃないかって思うようになって、面倒だけどこの……、なんだ? 忘れたからひとまず勇者大会と呼ぶけど、これに参加することにしたんだ」
あっはっはー、とネイバールは笑い、おれの肩をばんばん叩く。
先の連中は面倒だったが、こいつはまた別の意味で面倒そうだ。
「俺のことはネイと呼んでくれ。レトラックはレト、リフィザネルはリフィ、ゼーレはそのまんまでいいや。ってことでよろしくな!」
「あー……、うん、よろしくね!」
「……。な、なあ、あんた今、こいつとはこれきりだから愛想いい挨拶だけしとこうとか考えなかった……?」
「ちっ、確認してくるとは無粋な奴め……」
「あんた意外とひでえな!」
まあ、そうだな……、ちょっとひどいか。
「面倒な挨拶されまくって、ちょっと心がささくれているんだよ」
しかし、だとしても普通の相手ならそれを押し殺して無難な挨拶をするところなのに、こいつ――ネイに対してはそれが出来なかった。
いや、する必要がないと感じたのかな?
「あー、わかるわかる。あいつら妙に使命に燃えてるっていうか、肩に力入りすぎなんだよ。たぶんあれだな、まともに活動したことなんてねえんだよ。国の庇護下で気持ちだけ大きくなってるんだ。世の中の理不尽にぶつかりまくれば、あんな胸張って勇者なんて言うことはできねえんだけどな」
邪魔だから隔離している、とは国も言えないわけで、そこそこ良い待遇で……、言い方は悪いが飼い殺しにしていたら、変に勇者としての自意識だけが肥大してしまったのだろう。
あの当てこすりがなければ気の毒とも思えていたのだろうが、今となってはとっととブートキャンプに放り込まれてくれと思っている。
一人につきハートマン軍曹みたいな鬼教官が三人くらい付きっきりで指導すればきっちり仕上げてくれると思う。
「何人かと話してみたんだけどさ、活動は効率重視、衣食住は国が保証してるから冒険者レベルを上げるためだけの仕事だ。勇者の称号を得たってことは、あいつらだって何かそれに相応しい行いをしたことがあるはずなんだけどなぁ……」
ネイは少し物憂げな表情をしたが、すぐニカッと笑顔になって言う。
「ま、認定されて徹底的にしごかれたら少しはマシになんだろ」
「あれ、その辺りのことは知ってるのか」
「んお? ああ、親がお偉いさんなんでな、あらかた情報は集めてあるんだ」
カーの森の首長ということは、連邦最高評議会の一人。
森林連邦は連邦を構成する森が一つの国のようなものなので、ある意味ネイは王子とも言える存在なのだが……。
「ってか俺、二十年勇者やってるんだからさ、その辺りのこと免除してくれてもいいと思うんだよな。――なあなあ、ちょっとお願いなんだけどさ、あんたから委員会に話してみてくんねえ?」
王子だから我が侭なのか、ただ性格的に図々しいのか……。
記念勇者って変な奴しか居ないのか?
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/26
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/07
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/28




