第496話 13歳(夏)…勇者とは(後編)
「んで、やっと本題にはいれるわけだ」
ミーネに当初の疑問を思い出してもらったところで、おれは引き続き説明を行う。
「勇者ってのは基本的に敬称だ。けど周りはそれだけで勝手に勇者に相応しい人物なんだと勘違いしてしまいがちで、困ったことに名誉勇者の登場によってこれがさらに顕著になっていった」
だいたいの奴が記念勇者と名誉勇者を混同しているため、必要以上に敬意を払おうとしてしまうのである。
人は肩書きというものに弱い生き物なのだ。
「さて、勇者の称号を持っているだけで人々から尊敬され、優遇されるとなればその勇者さんはどうなると思う? そのことを真摯に受けとめ、勇者に相応しい生き方をするだろうか? それとも勇者としてちやほやされることを当然と感じるようになり、さらにはそれをいいように利用して好い目をみようとする? まあどちらにしても、勇者という称号に人生を狂わされることには違いないんだが」
勇者の称号を得たということは過去に何かそれに相応しい行動を起こしたということなのだが、ずっとその時の気持ちを持ち続けていればただただ重荷を背負うばかり、投げだして悪用するようになれば身持ちを崩し最終的には破滅。
なんだか宝くじで高額当選した人みたいである。
「これは称号持ちだけの責任ってわけじゃないんだ。人々の勇者という称号への無理解。そしてなにより、その称号を利用しようと考える者たちに責任がある。さてさてようやく核心だ。では、記念勇者を利用しようとする者たちのうち最大の勢力はなんだと思う?」
「それは……、冒険者ギル――、じゃない! えっと……、うん?」
ミーネが困った様に見つめてくる。
誕生から三百年ほどの『冒険者ギルド』と言いきらなかったことから、ちゃんと考えてはみたがわからなかったようだ。
まあミーネの場合は逆に気づきにくいかもしれないか。
「正解は国家だ。記念勇者が生まれた国だよ。国は『魔王という脅威に対抗できるのは勇者』という民衆の思い込みを利用し、その『勇者さまを保有している国』として他国に圧力をかけたりしたんだ。凄く大雑把に言うと、勇者という選ばれた存在が誕生した我が国は選ばれた国なのだ、ってことだな」
「なにそれ」
ミーネは呆れたようだが、大なり小なり、似た様なことはどの国どの世界でもやっていることである。
王の家系を辿っていくと神を代表とする超越的な存在に辿り着くというのは、支配者としての有りもしない権利が有るように見せかけるためのデタラメ、要は詐欺なのだ。
「記念勇者を見つけた国は、有りもしない正当性で周囲に脅しをかけた。この行いが一番流行したのは前回の魔王の頃だな。これは魔王ってのが繰り返し誕生し、そして勇者に倒されるものという認識が固定していた時代だからだ。けっこう好き勝手にやって、周辺諸国や星芒六カ国にうちを優遇しろとか迫ってあれこれ足を引っぱったらしい」
「誰も止められなかったの?」
「ん? ああ、シャロ様が止めた。ってか潰した。このシャロ様の行動によって国家規模では記念勇者はさほど重要な存在ではないと認知されるようになったんだが……、一般人にまでとなると難しかったようでな、浸透せず未だに有り難がる風潮が残ってしまっているんだ」
結局のところ記念勇者は未だ無視できない影響力を潜在的に秘めており、妙な気を起こされても、妙な勢力に取り込まれても面倒なことになるため、現代では見つかり次第その国の監視下に置かれることになっている。
そして記念勇者を強制外交のカードにしないという条件付きで保護し、育てることが認められているのだ。
「……どうして?」
「魔王の誕生が近いっていう不安が広まっているなかではさ、勘違いから始まった勇者を有り難がる風潮もそれをやわらげるのに役立つんだよ。やっぱ勇者って看板は強いんだ。特に一般にはな」
どれだけの訓練を積んだ兵がいるとか、対策は万全だと言葉を尽くすよりも『勇者がいる』という一言、わかりやすさには敵わないのだ。
「そこで冒険者ギルドはよりその安心感を強め、広げようと考えて勇者委員会を組織した。大陸各国、各組織が提携して記念勇者に対する民衆の勘違いを有効活用するための枠組みだ。でもだからといって記念勇者であればなんでもかんでも認定するわけにはいかない。なにしろろくでもない奴を『勇者』と認定してしまったら、委員会、ひいては提携する各国各組織への不信感に繋がる。ならどうすればいいか? まあ単純な話だが、まず委員会が認定するに相応しい『勇者』かどうか審査すればいい。ということで開催される運びとなったのが明日からの勇者大会。正式には……、アレサさん、なんでしたっけ?」
「資格称号『勇者』国際認定審査会です」
「そう、審査会。これに合格すれば参加者は国際的に通用する資格称号としての『勇者』を得ることができるんだ」
「ねえねえ、それって記念勇者と名誉勇者に続く三番目の称号ってことでいいの?」
「そうだな。じゃあこれは『認定勇者』と呼ぶことにしよう。で、この認定勇者になると、冒険者証の備考に『勇者』の表記が追加されて冒険者ギルドを始めとした各ギルド、それから星芒六カ国を始めとした各国から活動のための支援が受けられるようになるんだ」
「ああ、そのあたりのことは聞いたわ」
「そのへんだけは聞いてたか」
でも本当にちゃんと聞いていたのか怪しいのでざっと要点だけ説明する。
なにしろただ支援してくれるだけの話ではないからだ。
委員会から認定されることで記念勇者は国際的に活動するための許可――要はライセンスを手に入れ特別待遇を受ける身分になるわけだが、もちろんただ好い目を見るだけなんてうまい話では無い。
与えられた権利には義務――責任が伴うのである。
その国、その地域で何かあれば駆り出されるし、魔王が誕生したとなれば真っ先に突撃させられる。
その他、犯罪行為に対しての罰則が普通よりも重くなる。
そう説明していたところシアが横やりを入れた。
「つまりはあれです。勇者だからと民家に侵入して勝手にタンスをあさったり、壺や木箱を破壊して金品を奪っていくと普通に捕まって牢屋に入れられるわけです」
「私そんなことしたことないけど……」
ミーネはシアのネタに普通に反応してしまっているが、まあ無理もない話だ。
「でもおまえさん、おれんちに住みついてるよね?」
「……ッ」
ミーネはハッとして咄嗟に何か言おうとしたようだが、上手いこと誤魔化せるようなことは思いつけなかったようでしばし目を泳がせながら狼狽し、そして――
「えへっ」
満面の笑みを浮かべ小首を傾げた。
まさか全力で笑って誤魔化してくるとは……。
ここまでくるとむしろ清々しくすら思えるから不思議だ。
「……まあともかく、認定勇者であることを笠に着ての犯罪行為は厳罰の対象になるわけだ」
認定勇者とはぶっちゃけPRキャラクターのようなものだ。
後援会である各国、各組織の顔に泥を塗るような行為は破滅とイコールなのである。
これは問題行動起こした芸能人がテレビ局やCMのスポンサーから賠償金を請求されるのと同じだが、課される罰はその比ではない。
なにしろ犯した罪によっては死刑も有り得るのだ。
「まあ罪を犯している、犯罪計画を立てている、お天道様に顔向けできないような奴は困ったことになるが、まともな奴ならそのあたりのことはなんら不利益にはならないだろうな。認定勇者になることで制約も生まれるが、そこに折り合いをつけられるなら願ってもない良い話になる……、と思う。うん」
長い説明が終わり、ミーネは「むふー」とひと息ついたが、ふと思いついたように尋ねて来た。
「ねえねえ、結局勇者って称号はそんなに意味は無いものなの?」
「意味が無いってことはないさ。称号はその人がそれまで歩んできた人生の記念碑。勇者の称号があるってことは、それに相応しい行動をしたってことで、これは間違いないことだ。重要なのはそこから先をどうするかだな」
誕生というゼロから引かれてきた線の途中、印されるべき一点、それが称号というもの。
故にその傾向はその先の人生へと受け継がれる。
称号が連想ゲームのように変化したりするという話は、きっとこれが関係するのだろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/18
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/15




