第495話 13歳(夏)…勇者とは(前編)
勇者大会。
正式名称は何だったか……。
まあともかく、この大会は冒険者ギルドが音頭を取り、星芒六カ国を始めとする大陸の国々、それから各機関が参加して誕生した『勇者委員会』により開催される催しである。
その目的は勇者の称号持ちを一堂に集め、委員会による審査を受けさせたのち、問題が無ければ『委員会が承認した勇者』――国際的に『勇者』として活動することを認め、これを支援するという取り決めを交わすことである。
そんな勇者大会の前日、昼食をすませたおれと金銀赤の四名は皆に見送られて屋敷を出発し、大会の開催地である聖都に前日入りすべく王都エイリシェの精霊門を目指してくてくと道を行く。
この大会、おれは名誉審査員をお願いされての参加になり、集まった勇者の称号持ちを審査する役割を担うのだが、まあおれ自身本格的に審査するつもりも、あちらもさせるつもりも無いだろうから、実際はただの見学程度のものでしかないだろう。
一方、ミーネは冒険者訓練校の入学時に『勇者』の称号持ちと判明したので参加者として招待されている。
自由参加なので拒否することもできるのだが、ミーネはさんざん悩み、渋り、結局は参加を決めた。
アレサはそんなおれやミーネを聖都へ送り届けてくれる案内人。
そしてシアは……、シアは……。
「あれ、べつにいらないな……」
「ふとこっち見て『いらない』ってどーゆーことですかね」
む、いかん、ふとした思いつきがつい口から出してしまった。
「いや、他意はないんだ。ただおまえってついてくる必要がないなーって思っただけの話でな?」
「追い打ち……?」
「ああ、いやいや、待った待った。手を腰の鎌にやろうとするな。違うんだ。おまえが邪魔とかのけ者にしようとかそういうんじゃない。おれはつきあいで審査員やるだろ? ミーネは参加者だし……、要はあれだ。おれもミーネもおまえの立場なら屋敷で『いってらっしゃい』してるだろうな、と思ってだな」
「ふむ……、まあよしとしましょう」
シアが投擲態勢を解除、おれはひとまず胸をなでおろす。
「でも面倒なら断ればよかったじゃないですか」
「まあな。でも二日程度の話だし、息抜きがてらいいかなと。ここんとこ平和で、みっちり仕事に取り組んでいたからさ」
「むぅー……、私は息抜きにならない……」
シアと話していると、げんなりした表情でミーネがうめいた。
確かにミーネは承認を受ける側、参加者として審査される側なので息抜きにはならないだろう。
それに審査員のおれとは違い、認定を受けたら受けたでその手続きに一ヶ月ほど拘束されることになる。
これもミーネが参加を渋る理由になっていたようだ。
そんなミーネであるが、大会があるということでちょっと前に状態を再確認してみたところ〈勇者の卵〉が〈半熟勇者〉になっていた。
勇者って孵るものじゃなくて熟す(?)ものだったらしい。
最終的には〈完熟勇者〉となるのだろうか、それとも〈固茹勇者〉だろうか。
ちなみにこの〈半熟勇者〉は第三称号で、一番は〈渇仰の剣〉で二番は〈レディオーク〉だった。
一番目はよくわからんが、二番目については責任を感じる。
そしてこのミーネの〈レディオーク〉を確認したことで、おれは自分の確認はこれから先もしないでおこうと心に誓った。
恐いから。
どんなことになってるか、わかったもんじゃないから。
「ミーネさんは確かに審査を受ける側ですが、ちょっと遊びに行くくらいの気持ちでもかまわないと思いますよ」
消沈しているミーネを慰めるようにアレサが言う。
「ミーネさんは認定を受けるに充分な功績を上げていますから。認定を受け入れるとミーネさんが決めたなら、もう審査は免除してそのまま認定してもよいくらいなのです」
それはあからさまな特別扱いであるが、そもそもこの勇者を認定するという試みはミーネの参加が大きな意味を持つのでそれくらいしてもおかしくなかったりする。
「大っぴらには言えませんが、勇者の末裔にして勇者の称号を持つミーネさんを認定することでようやく勇者委員会に箔が付き、結果として他の勇者たちにも意味が生まれるのです」
そう、いくら委員会が『勇者』という看板を掲げても、そこにミーネという屋台骨を欠いては烏合の衆を『勇者』に仕立て上げただけの茶番となってしまいかねないのだ。
ミーネは『勇者の末裔にして勇者の称号持ち』という大陸でも唯一――ただ一人きりの存在なのである、実は。
「ふむー、私、もっと偉そうにした方がいいかしら?」
「偉そうに? やりたいなら止めはせんが、たぶんおまえすぐに面倒くさくなってやめると思うぞ?」
「……。そうね、わざわざそんな振りをするのは面倒ね……」
ミーネはわりとすんなり納得した。
まあこいつが「えっへん」してもどこにも威厳なんてものは見あたらないだろうし、周りからは『なんか偉ぶっていて可愛い』と思われるだけで終わることだろう。
「ですが、偉そうにするのは別としてもミーネさんは堂々としていればいいと思いますよ。なにしろ参加する勇者のほとんどは特に目立った功績をあげていませんし、例えそれらすべてまとめたとしてもミーネさんの功績の一つ目『コボルト王討伐』の前に霞んでそのまま消えてしまうというくらいなのです」
そう言うアレサはちょっと苦笑い気味である。
はっきり言ってそんな勇者なんて無理に活用しなくてもいいような気がするが、そこは腐っても勇者の称号、面倒な事情があって放置というわけにはいかないのである。
「はあ、どうして勇者を認定しようなんてこと考えたのかしら」
アレサに慰められていたミーネがふと憂鬱そうにうめく。
そんなに嫌なら委員会の思惑なんぞ無視して辞退してもいいと言ったのだが、何故かミーネは参加するという方針を変えない。
まあ頑張るつもりでいるなら、せめてちょっとした疑問の解消くらいはしてやろう。
ってかこいつ、勇者大会を行う理由とか、認定される意義とかそのあたりの説明は聞かなかったのか?
聞かなかったんだろうなぁ、この様子だと。
「それについては……、あれだな、こういう枠組みを作って認定しとかないと面倒なことになるってのが一番の理由だろうな」
「面倒って?」
「んー、それを説明するには……、そうだな、まずは『勇者』って称号についての説明からした方がいいか。実はこの称号ってちょっとややこしくなってるんだ」
「ややこしい? それって本当の勇者と称号の勇者……、んん?」
思いついたことを言いかけ、しかし、それが思いついたことを上手く表現できないと気づいたのかミーネは首を捻った。
「たぶんおまえが考えた通りだ。現在、勇者って称号は二種類ある。まずは生きていれば勝手にぽこぽこ増えていく人生の記念碑的な意味合いを持つ称号、そこに含まれる『勇者』。もう一つは魔王を倒した功績を讃えた名誉称号としての『勇者』だ。便宜的にこの二つを『記念勇者』と『名誉勇者』とでも呼ぶことにしようか」
ミーネは興味が湧いてきたようで「ふむふむ」と頷く。
「この二つの称号のうち、歴史的に古いのはどちらだと思う?」
「うん? うーん……、記念の方!」
「正解。由緒ってのとは違うが、古いのは記念勇者の方だ。なにしろ名誉勇者は魔王と共に誕生したものだからな。そしてこの名誉勇者の登場によって、記念勇者も影響を受けることになった。それはつまり記念勇者とは名誉勇者になるための資格を持つ者、と大陸全土で誤解されるようになってしまったんだ」
名誉勇者には記念勇者でなくとも成れる。
要は魔王を倒せばいいのだ。
ミーネのご先祖さまは記念勇者だったらしいが、そのほかの面子――シャロ様たちはそうではなかった。
いや、もしかするとなんちゃってである記念勇者がそのまま実績を得た名誉勇者になる事例の方がレアケースなのではないだろうか?
もっと過去に遡り、最初の、そして二番目の魔王を倒した者たちは勇者の称号を持っていた――記念勇者であったと言われているが、そこまで昔の話となると第三者によってその功績から遡って人生を創作された可能性が高いので信憑性はいまいちなのである。
「単純な話なんだけど、名誉勇者になるためには魔王を倒さなければならない。これはある意味で魔王が勇者を決めるとも言える。結論すると、勇者の称号がややこしくなってる原因は魔王を倒した者をそのまんま『勇者』と呼んじまったことに端を発するんだ。これを勇者とは関係のない名称にしとけばよかったんだが……、まあ仕方のない話でもあるんだよ」
「どうして?」
「だって勇者だからな。記念勇者の歴史は、勇者って言葉の発生とほぼ同じなんだろう。村に被害を出す森のクマさんを退治した若者が勇者であることは間違いない。まあこれは一例だが、普通は挑めないものに挑む者を人は勇者と呼び、それがずっと続いてきた」
それは日常の中の出来事から、大陸規模の出来事まで。
子供が転がっている野グソを握って示す蛮勇も仲間内では勇者だろう。
「勇者という言葉は思いのほか、人の心に当たり前に存在するんだ。自分には挑めないことに挑む者に対する気持ち、敬意、それが『勇者』という言葉に表される。だから魔王を倒した者はごく自然に勇者と呼ばれるようになったわけだ」
「なるほどー」
とミーネはちょっとすっきりした顔になったのだが――。
「ちょい待て、まだ説明のための説明をしただけだぞ」
「……? あ!」
よかった、ミーネは当初の疑問である『どうして勇者を認定するか』を思い出してくれたようだ。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/26
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/16
※ミーネの先祖について矛盾する部分を修正しました。
ありがとうございます。
2021/04/29




