第494話 閑話…淑女同盟会議(後編)
今章は最初におまけの間章(491話)があります。
491話と492話の同時更新だったため、更新チェックからでは最新話になる492話に行ってしまい、491話が気づかれないままという状況が起こりうる(実際に起こった)ため、ちょっとご報告を。
ひとまず主の誕生日会に関する確認と報告が終わると、とたんに会議は雑談の様相を呈し、やがてこれまで何度も話し合われた話題が今回も出てくることになった。
「ニャーさまはもうちょっと女性に興味があってもいいと思うニャー」
と、今回先陣を切ったのはリビラ。
「侍女を特別扱いするから、きっと好き者と思ってた頃が懐かしいニャー」
などと、とぼけた感じで喋るリビラは以前の会議で発言した「機会があったらちょっと働きかけてみるニャ」をエルトリア王国の騒動のどさくさに有言実行した猛者である。
これによりリビラは淑女同盟の名誉会員となり、多少なら仕事をさぼってのほほんとしていても見過ごされるようになった。
さらに、このリビラに続き名誉会員に列せられたのはティアウルだ。
ついひと月ほど前、新たな仮面の怪人が増えたことに恐れおののき、恐慌をきたした主を落ち着かせるために言った一言が皆の利益へと繋がったための選出である。
ただ、このティアウルの機転によって希望者は主と一緒に就寝できるようになってはいたのだが、当の主は安心して安らかに眠るばかりであったため、逆に半同衾状態になった乙女たちの方がもやもやするという状態になっている。
とは言え、セレスも一緒に寝ているため何かありすぎてもそれはそれで困るのだが、就寝前のお喋りもそこそこに「すやぁ……」と即座に寝てしまう主に乙女たちはちょっと思うところがあるのである。
「ニャーさまが皆と親しくなっていることは確かニャ。ただそれは友人としての親睦で、異性に対しての感情ではないニャ。もちろんそれが悪いとニャーは思わないニャ。ただ、仲良くするだけなのを素直に喜べない者もいるような気がニャーにはするのニャー」
リビラの言葉に参加者の多くは真面目くさった表情で「なるほど」とか「居るかもしれません」とか呟きながら頷くのだが、それが茶番にしか見えないヴィルジオはやれやれとため息をつくばかりだった。
「ただ仲良くなることの問題は……、そうニャ、例えばニャーさまとお付き合いしたいと思ったとして、でもニャーさまにとっては半分家族のようなものになっていて、お付き合いの対象として見てもらえないということが起こりうるニャ」
このリビラの発言に参加者の多くは「うむむむ……」と深刻な表情で悩む。
一方、ヴィルジオは「いつまでも待っとらずにとっとと告白せい、まどろっこしい……」と呟くのだが、迂闊に反応すれば標的にされかねないため誰も触れようとはしなかった。
「うーん、ご主人様は女性に興味がないんでしょうかね? こんな可愛くてぴちぴちしたのが揃っているんですから、もうちょっとにっこりしていてもいいと思いますよ?」
「興味がないと言うより、そのあたりが欠けているように感じます」
リオの発言にアエリスが補足する。
「でもいっぱい助けてくれましたよ?」
「それはおそらく善意でしょう」
「善意、か……」
と、アエリスの言葉に反応したのはヴィルジオだ。
「ただの善意にしては大ごとすぎるな。だがまあ、確かにそうなのかもしれん。主殿の本質はそこだろうが、それをただ『善意』の一言にとまとめてしまってよいのかどうかは怪しいところだ」
「と、言いますと?」
「善意にしては苛烈すぎる。自分の身を燃やすほどの……、『助けるためならばどんなことでもやってのける』という覚悟はどこから来るのか。主殿には『どうしても助けたい』というよりも『助けずにはいられない』ような必死さがある。そういうものは後悔に裏打ちされたものであることが多いのだが……、そんなものが宿るような人生は送っておらんしな。むしろ主殿よりもお父上の方がそうだろう」
ヴィルジオはそう言ってシアを見る。
「シアは何か知らないか?」
「んー、わかりませんねー」
シアが首を傾げながら答えると、皆はさっとアレサに顔を向けた。
アレサは静かに頷き、これによりシアの発言が嘘ではないことが証明される。
そんな様子にシアは苦笑いを浮かべながらもふと思う。
何故、主がそうなのか。
それは彼が転生者であることを知るシアでもわからないことだ。
シアとて彼のすべてを知っているわけではない。
むしろ転生者であることを知るからこそ、わからないこともある。
例えば、あの日、突然現れたお爺ちゃん子が、どうしてジジイと罵るような少年へと成長したのか、そして、罵りながらも心の底では慕い続けていられるのはどういうことか。
シアの想像できた一つのストーリーとしては、祖父のつき続けた『嘘』が限界を迎え、やり場のない憤りが祖父へと向いた、というものだ。
祖父はそれを受け入れ、彼は――、成長のなかでそのどうしようもない『嘘』の意味を受け入れた。
この想像はひとまず彼の状態を説明することができる。
だが――。
それだけでああはならない。
ヴィルジオが指摘した『狂おしい善意』が形成された原因についてはシアでも推測できず、そしてそれを尋ねるのはまだ気がひける。
場の空気が少し重くなり、ここで一旦沈黙が下りることになったのだが……、そこでティアウルが言った。
「ただみんながあんちゃんの好みじゃないだけじゃないかー?」
ビシッ、と場にヒビが入ったような錯覚を皆は覚えた。
「で、ではティアさん、どんな女性が好みと?」
サリスに尋ねられ、ティアウルは「うーん」と考えてから言う。
「年下? それとも年上とかか?」
「好みが御主人様の年下となると世間的にちょっと問題ですよ。それに御主人様は普通に子供好きな方ですから、誤解を受けるようなことを言うのはやめましょう」
「そだなー」
ティアウルがサリスに注意されるなか、ふと、もくもくとお菓子を食べていたジェミナが言う。
「じゃ、年上?」
「年下でないなら年上というのは安直すぎませんか……? ですがそうですね、アレサさん、御主人様はどうですか?」
「もっと甘えてくれてもよいと思います」
「それはアレサさんの望みなのでは……」
キリッとした表情のアレサに、サリスは皆のツッコミを代弁するように言い、次にヴィルジオに話を振る。
「ヴィルジオさんはどうですか?」
「妾か……。懐かれてはおらんな。何故か」
何故か。
何故、何故かと問うか、と多くの者が思った。
それはもはや哲学的ですらあったが、誰もがそれ以上は踏みこもうとしなかった。
うっかり「あはは」と笑ってしまったティアウルのように、ヴィルジオに顔面を掴まれてぷらんぷらんするのは誰だってごめんだからだ。
「あー……、じゃああれニャ、もうちょっと枠組みを広げるニャ」
「枠組みですか……、例えばどんな?」
リオに尋ねられ、リビラは言う。
「異性が駄目なら……、同性かニャ?」
そのリビラの一言にパイシェに視線が集まったが、そこでサリスがちょっと声を荒らげる。
「そ、そういうのはいけないと思いますっ」
「いやあのサリスさん、いけないもなにも、何もありませんからね?」
パイシェはちょっと疲れたように言う。
「ふむ、では主殿はパイシェとは正反対、もっと逞しい者が好みか?」
「…………」
「ああっ、パイシェさんの目から光が……! ヴィルジオさん、さりげなくパイシェさんの心を折りに行くのはやめましょう。あとそろそろティアウルさん下ろしてあげてよいのでは?」
シアに言われ、思い出したようにヴィルジオはティアウルを解放する。
そのまま床にくてんと倒れたティアウルの瞳からは光が消え失せていた。
これで脱落者が二名。
この淑女同盟会議では、心を折られ脱落する者が出るのも珍しいことではない。
「それにあれですよ、ご主人さまって逞しい男性を恐がりますから」
「ふむ……、ではシア、おぬしずっと一緒なのだから、主殿の好みとか聞いたりしたことはないのか?」
その質問は核心的なものに迫る可能性を秘めた問いかけであったが、皆から期待の目を向けられたシアは首を振って言った。
「それなら皆さんももう御存じですよ。ほら、可能な限り毎朝お祈りしている相手です」
このシアの発言。
あー……、と誰もが納得せざるを得ないものであった。
もちろん、それがそのまま女性の好みに通じるものではないと皆は理解していたが、それでも納得せざるを得ないのだ。
そこからはこれ以上話し合っても埒があかないため、もうネタに付きあうような感じで話が進む。
「実力主義にしても、ちょぉーっとご主人様の理想高すぎでないですか? それこそご主人様に肩を並べられる人じゃないと駄目ってことじゃないですか。いくらなんでも無理すぎですよ」
「ニャーさまが女の子になったらちょうどいいニャ。……あれ、なんか出会ったら大喧嘩が始まりそうな気がしてきたニャ」
それからも混迷の会議は続き、最終的な『好みなんて気にしていても仕方ないよね!』という結論に達するまでにはもうしばし時間がかかるのであった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/30




