第493話 閑話…淑女同盟会議(前編)
夕食後、少しの休憩をとったのち、主がまた仕事に戻ったのを確認してからメイドたちは食堂へと集った。
「皆様、お忙しい中ご出席いただきありがとうございます。ただ今より第八十三回淑女同盟会議を開催します」
淑女同盟――。
一昨年の秋ごろ発足した集まりで、その会議はだいたい週に一度くらいの頻度で行われてきた。
進行役は会議毎の持ち回りで、会議の雰囲気もそこに大きく左右される。
八十三回目となる今回の進行役はパイシェ。
そのため少しお堅い感じのする進行となっていた。
「本日、コルフィーさん、ミーネさん、シャンセルさん、シャフリーンさんは欠席です」
食堂のテーブルについているのはシア、アレサ、サリス、ティアウル、ジェミナ、リビラ、リオ、アエリス、ヴィルジオの九名。
欠席者はシャンセルが主の仕事部屋で雑用兼冷房係をしているため、シャフリーンは城を抜けだせなかったため、となっている。
そしてあと二名――ミーネとコルフィー。
この二名のうちコルフィーの出席率は高いが、対してミーネはこれまで居たり居なかったり、居てもお菓子を食べているばかりだったりという状態で建設的な意見を述べたりするようなことは希であった。
ただ、今回に限っては気乗りするしないの欠席ではなく、淑女同盟にとって重要な計画遂行のため、コルフィーと共に裁縫室で作業をしているのである。
「出席者は十名。定員の過半数を超えているため『会議の進め方・その2』の規定により今会議が成立していることをご報告します」
こうして開催された会議であるが、さて、そもそも淑女同盟とはなんなのであろうか?
考えるにあたり、まず組織名として冠している『淑女』に着目してみる。
意味合いは『気品のある女性』というものであるが、なんということか、これを厳格に捉え判断した場合、この集まりはただそれだけで壊滅してしまうのだ。
いや、そもそも女性でない者が参加している(させられている)という有様では目も当てられないのではないか。
が、結局のところ『淑女』とはただそう言い張っているだけのものであり、要は『そうあればいいな』という希望を掲げているだけなのでこの点については真面目な指摘をしてはいけないところなのである。
では次に『同盟』とはどういうことなのか?
一般には結束を促す核となる何らかのもの、例えば目的、思想、もっと即物的に言うならば利害、これらの一致により、個人、または勢力同士が協力関係を約束することであり、取り纏まって活動を始める場合には組織名につけられる場合の多いものである。
とすると『淑女同盟』とは『上品な女性を理想とし、それに近づけるよう努力する乙女(一名例外)たちの集い』となるところであるが、実際は『淑女としてあるまじき行動――例えば裏切りや抜け駆け――をしないように』という同盟者たちに暗黙の強制力を持たせるためのものとなっている。
結論すると、この『淑女同盟』なるものは名称自体がすでに詐欺であり、実態を正しく表現するならば『淑女同盟という名称のレイヴァース卿ファンクラブ』というのが最も近く、この会議はいわゆる『お喋り会』とするのが誤解も少なくすむだろう。
このような集まりであるため、本来の同盟にあるような厳格な規約があるわけではない。
お互いが協力者であり、場合によっては競争相手。
しかし敵視はしないように。
ちょっと好い目を見たからとやっかまない。
好い目を見たら、なるべく他の会員にもお裾分けできるような心配りを忘れてはならない。
規則――ルールはあるものの、絶対ではないし、罰則も存在しない。
ただ、会議のこと、そして議論された内容は絶対に口外しないということだけが唯一の法として存在してる。
この淑女同盟会議で話し合われる議題の内容は多岐にわたる。
それも当然、年頃の乙女たちのお喋り会なのだから、話題は方々へと飛び、笑い声、たまには怒声なども混じり、ただただかしましく続けられるのだ。
しかし、ここしばらく、このお喋り会はそこそこまともな話し合いの場として機能していた。
淑女同盟の会員が真剣になる理由――。
「ではさっそく、まずはレイヴァース卿の誕生日会についてです」
彼が王都に訪れてから、すでに二回、会員たちは主の誕生日を祝う機会を失っていた。
一度目はアレサが十五歳となり、正式に聖女となることを祝って贈る品――法衣の製作をティゼリアから依頼され、それを仕立てている最中ということで彼自身が放棄した。
これを知ったとき、アレサはちょっと魂が抜けかけるという状態に陥ったが、皆で懸命に押し戻して事なきを得ることができた。
そして二度目はルーの森へ遠出したときだったため、祝いようがなかったというのもある。
だから今年こそはちゃんと誕生日を祝おう、そう淑女同盟に属する乙女たちの多くは燃えているのであった。
「シアさん、レイヴァース卿の七月の予定は変わりありませんか?」
「無いですね、今のところ明後日からの勇者大会だけです」
シアが発言したところ、アレサがそっと訂正しようとする。
「あの、シアさん、資格称号『勇者』国際認定審査会であって、大会ではないのですが……」
「ご主人さまは勇者大会としか覚えてませんけど……」
「ではそれで。あとで聖都経由でかけあってみます」
「いやそこまではしなくてもいいですよ!?」
場合によっては本当に『勇者大会』になりかねない。
実際はただの称号でしかない『勇者』を国際的に通用する資格称号として認定するための審査が競技大会のようになってしまう。
「えー、審査会についてはあとでシアさんとアレサさんの二人で話し合ってもらうとして、現在のところ、誕生日の予定は空いているようです。ですが油断してはいけません。レイヴァース卿に予定が無いとしても、いつどんな問題が転がり込んでくるかわからないからです」
パイシェの言葉に何人かが、うんむ、と深く頷く。
「さすがにスナークの暴争などが起こった場合、ボクたちで引き留めるわけにはいきませんから、こうなった場合は以前話し合われた通り、もう誕生日当日でなかろうと祝ってしまう方向でいきます。数日で片付く問題ならば後日、問題が大きく、日があまりに空きそうな場合は、もう誕生日前に祝うということですね」
突発的にでも誕生日会が出来るよう、料理などはすでに用意され、リセリーの持つ魔導袋に収納されている。
「そして誕生日のお祝いの品についてですが……、コルフィーさんに聞いたところほぼ完成。現在は最終調整に勤しんでいるようです。あとはレイヴァース卿に実際に着てもらい、細かな微調整をする予定と」
贈り物については最終的に『皆からの』ということで落ち着いた。
個別にすると後ろ盾による差が出てしまうため、ここは平等にいちメイドとしての贈り物とすべく、給金からお金を出し合うことになったのである。
そして贈る品であるが、これは一着くらい主のために仕立てられた立派な衣装があった方がいい、ということで礼服一揃えとなった。
集めた資金で生地を買い求め、コルフィーはお金を出さない代わりに服を仕立てる。
労力としてはコルフィーの負担が大きいが、服作りが生き甲斐であるため問題はなく、むしろ資金提供もしてさらに良い生地を揃えたいと意気込むのを宥めるのに皆は労力を使った。
そんななか、ただ一名、皆での贈り物の他、さらに個人でも贈り物をする予定の者もいた。
ミーネである。
これは唐突な思いつきではなく、すでに一年以上かけて少しずつ刺繍を施したマントを用意しているのだ。
実のところ、礼服一揃えもこのマントに相応しい服を――、というところから生まれた話だった。
誕生日には礼服とマントを身につけてもらい、英雄に相応しい出で立ちとなった主の姿を見ることも皆の目的になっている。
「ようやく、ですね」
しみじみとサリスが言う。
サリスはすでに感慨深さを感じているようであるが、それを「気が早い」と笑う者は出席者の中には居なかった。
なにしろ、この『礼服一揃え』に辿り着くまでに長い時間がかかったのだ。
どうにも議論が紛糾し、一筋縄ではいかない話題だったからである。
皆で協力して何かを贈る派。
個別に用意して贈る派。
皆で用意してさらに個別でも贈る派。
自分にリボンを結んで「私が贈り物」と突撃する派。
このうち突撃派はほとんど冗談のようなものであったが、本日は欠席しているとある国の王女が、すでに困った様子で遠慮された経験があることを思い出して半泣きになったため、早々に却下されることになったという経緯があったりする。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/05




