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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
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第492話 13歳(夏)…冷房係のお姫さま

 食神のいちゃもんに対応した五月が終わり、季節は春から夏へと移りかわった。

 夏の始まりである六月はレイヴァース家にとっての大きなイベント――セレスの誕生日がある月だ。

 これでセレスは六歳。

 めでたい。

 実にめでたい。

 重い病気や酷い怪我を負うことなく、すくすく育ってくれたことをめでたいと言わずになんと言おう。

 セレスの誕生日会は時間をかけて準備したかいもあってか、賑やかに、そしてつつがなく終えることが出来た。

 なんか食神ジュニア――ティグレートも参加していたが、二日に一度はこっちに来て食事に同席したり、クロアやセレスと一緒になっておやつを食べる姿を見るようになっていたので違和感が無かった。

 いつもにこにこと笑顔を振りまくティグレートは皆からティグと呼ばれ親しまれているのだが、おれとしてはまた屋敷に妖怪が増えたと少し困惑するところもあった。

 まあティグは基本は無害なので、能力の無い座敷童のようなもの、と考えて好きにさせている。


「なあティグ、よくこっち来るけど、もしかして親父とうまくいってなかったりする?」

「そんなことはありません。父上とはなかよしですよ。こちらによくおじゃまするのは、善神さまがよくいらっしゃるからです」

「善神が……?」

「はい。それで、父上はむずかしいお話をしないといけないから、そのあいだこちらに遊びにいきなさいと」


 善神がねぇ……。

 あれか、おれと関わったから何か相談するような案件が生まれたのだろうか?

 となるとティグはそのせいでこっちに来させられているのか。

 ……。

 もうちょっと優しくした方がいいかな?


「んー、まあうまくいっているならいいんだ。さて、今日はちょっと暑いから氷のおやつでも用意しようか」

「氷のおやつですか!」

「雪を食べるような感じのもので……、って雪は見たことないか。まあいいや、すぐ用意するからクロアとセレスを呼びに行ってくれ」

「はい、よんできますね!」


 嬉しそうにぱたぱた走って行くティグを見送り、おれはかき氷を用意すべく準備にとりかかることにした。


    △◆▽


 六月は何事も無く終わり、そしていよいよ夏らしくなる七月。

 気温の高い日が続くので氷菓子を楽しむにはもってこいの季節となったが、最近ティグの出没回数はぐっと減り、週に一度くらいの頻度に落ち着きつつあった。

 まあこちらに来ないということは親父さんと一緒ということなので良しとすべきなのだが、急に来なくなってしまったのはちょっと寂しい感じもし、ふと、おれはほんの数年前までクロアもあんな感じだったな、と感慨を覚えた。

 最近のクロアはしっかりしてきて甘えてくることが少なくなり、さらにリィに師事していることもあって触れ合いも減っている。

 まあ仕方のないことだとはわかるが、弟離れできない兄ちゃんはちょっと切ない。

 そんなクロアだが、去年は七月八月まるっとルーの森へ遠征に行っていたため都市で夏を過ごすのはこれが初めてになる。

 遠征中も暑いには暑かったが、日中の日差しによく熱せられた石作りの都市――石焼き窯のような暑さはそれとは別物であり、生まれてからしばらく森の中で涼しい夏を過ごしてきたクロア――当然ながらセレスも――はちょっときついようだ。

 しかし、そんなぐったりな季節を歓迎する者も屋敷にはいた。

 ベルガミア第一王女シャンセルその人である。


「へへっ、まああたしに任せなって」


 ちょっと得意げなシャンセルはアイス・クリエイトを応用して冷気を放ち、屋敷を巡回して温度を下げて回る。


「シャンねえさまー!」

「にゃーん!」


 そんなシャンセルにセレスとネビアがついて回る。

 涼しいからである。

 もちろんシャンセルの冷気を有り難がるのはセレスとネビアばかりではない。

 現金な、と言っては意地悪いかもしれないが、シャンセルは各所で歓迎されていた。

 やはり快適にすごせるというのは大きいのだ。

 去年の夏も屋敷で活躍していたらしく、この時期は仕事の多くが免除され、シャンセルは冷房係として活躍する。


「クロアとセレスがつらそうだしな、今年は張りきって行くぜ」


 おれの弟妹のために……、ありがとう。

 抱きしめて感謝を伝える。

 シャンセルはさらに張りきった。

 尻尾を扇風機みたいにぶるんぶるんして冷気を拡散してくれるほどにだ。

 しかし、そんなシャンセルに反感を覚える者も屋敷にはいた。

 まあリビラなのだが。


「どうせ夏だけニャ。せいぜい今の内に人生の絶頂を謳歌しておくがいいニャ」

「ふーん、ってことは毎年絶頂がくるわけだ」


 リビラに嫌味を言われることもあるが、今のシャンセルはそんなこと気にも止めず屋敷を快適な状態に保とうと頑張った。

 ただ、ちょっと頑張りすぎた。


「ぜー、ぜー……」


 冷房係を始めて三日目、シャンセルはその顔色まで涼しい感じの色合いにさせていた。


「シャンセル、もういい、休め! 休め!」

「ダンナ、大丈夫だって、ちょっと疲れてるだけだからさ。たまにはあたしもやるってところを見せとかないといけないしな……」

「わかったニャ。ニャーが悪かったから休むニャ。屋敷の冷却を頑張りすぎて王女が冷たくなるとかさすがにアレすぎるニャ」

「なぁーに、あたしはまだまだこれからさぁ……」


 と言っていたシャンセルだったが夕方前にダウン。

 しばらく第一和室で一緒に寝てもらっていたので、ひさしぶりに自室のベッドで安静にすることになった。

 もう原因なんてわかりきっていたが、一応アレサとリィに診断してもらったところ原因は魔力枯渇による疲労。

 屋敷中が常に涼しい状態に保たれていたからな……、ある意味、シャンセルは夏と戦っていたのだ。

 いくらなんでもそりゃ負ける。

 シャンセルがダウンしたことで屋敷の気温は急上昇し、涼しかった反動もあってかセレスはつらそうだ。

 ネビアはすたこら地下室に避難した。


「あつーい」


 くてんとしたセレスは、でっかくなったピヨに翼で扇いでもらって暑さをしのぎ、ぬいぐるみたちはそれを遠巻きに見守っている。

 いつもならくっつきに行くところだが、どうやら自らの存在が暑苦しいということは自覚しているようで、ぬいぐるみたちはセレスにしがみつくのを自重しているのだ。

 夏はこれからが本番だし体調を崩してしまわないかと少し心配したが、シャンセルがダウンした翌日、リィがペンダント型の回廊魔法陣を用意してクロアとセレスに与えていた。

 身につけた者の魔力でもって冷気を発生させる優れものである。

 今はとりあえず二つで、これからさらに増やすようだ。

 これでシャンセルも楽ができるようになると思ったのだが、冷却のペンダントのことを聞いたシャンセルは拗ねた。


「リィにゃん、それは駄目ニャ。いや、わかるニャ。シャンが大変だから助けようとしてくれたリィにゃんの気持ちはよくわかるニャ。ただ問題を一気に解決しすぎニャ。唯一の取り柄を奪われた者の悲しみは深いニャ。そこのとこ、わかって欲しいニャ」

「す、すまん……」


 リビラがリィに説教をするという珍しい光景を見た。


「どうしたら機嫌が直るかな? あ、あのカタナを改良してやろうか。シャンセル用に」

「折れた心の打ち直しには足りないと思うニャ」

「そっかー、困ったなぁ……」


 うーん、とリィが項垂れる。

 良かれと思ってやったことなのに、裏目に出てしまうというのは悲しいことだ。

 だが、リィが冷却のペンダントを用意しなければシャンセルが無理を続けることになっていたかもしれないし、シャンセルとしては不本意かもしれないが、これでいいのではないだろうか。

 誰か一人が苦労して得られる快適さというのも考えもの。

 例え本人がそれを望んでいるとしても、周りからすれば気遣わしいものである。

 なのでシャンセルにそれとなく「もう頑張らなくてもいいんだよ」と言おうとしたのだが、リビラに慌てて止められた。


「ニャーさま、それは駄目ニャ。トドメになるニャ」

「じゃあどうすれば……?」

「なんかシャンが無理しない程度にやれることをやらせるニャ」

「なんかって……」


 わりと丸投げな事を言われ、おれはリビラに引っぱられてシャンセルの部屋へ連れて行かれることに。

 シャンセルはベッドで薄い掛け布団かぶって小山になっていた。


「シャンセルー? おーい、シャンセルー」

「……ダンナか、今ちょっと話をできる気分じゃないんだ……」


 重症だな。

 これはもう少し時間をおいた方がいいかと思ったが、リビラが身振り手振りで「行け」と指示してくるのでもう少し粘ることに。


「え、えっとな、リィさんが便利な首飾りを作ってくれたけど、シャンセルの仕事がなくなったわけじゃないからさ」

「みんな涼しくなるならあたしの出来ることなんてないぜ……」


 うん、まあそうだけどね。

 ふと見やれば身振り手振りで指示してくるリビラはもう謎の儀式状態、下手すると動物霊が召喚されそうな勢いだ。

 なんとかせねば。


「うーん、でも……、あれだ、自分の魔力を使っての冷却となると疲れもするわけで、おれとしては仕事のための集中力を削らないようにしたいからさ、シャンセルに仕事部屋を冷やしてもらえたらなーと」


 提案を捻りだしてみたがどうか。

 く、苦しいか?


「いいんだダンナ、そんな気を使わなくてもさ」


 さすがに無理かー……。

 どうしようとリビラを見ると、尻尾がもっふもふになるくらい気合いをいれてさらに押せと指示している。


「おれはシャンセルに部屋を涼しくしてもらいたいんだ」


 もう完全に冷房扱いである。

 これさすがにシャンセル怒るんじゃないか?

 でもリビラは「それでいい」とうんうん頷いている。

 いやダメでしょう、と思っていたが――。

 ひょこっとシャンセルが顔を出し、見た目が小山から亀になった。


「わかったぜ、ダンナ。あたし頑張る」


 あれ持ち直した!?

 この娘はもしかしてアホなのだろうか……?

 ともかく今日はゆっくり体を休めてもらい、翌日からシャンセルはおれ専属の冷房係として仕事部屋に常駐することになった。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/08

※脱字と魔法使い系統のシャンセルが魔術を使っていた部分を修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/28


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