第5話 神との対話5
「では、こういうのはどうでしょう。あなたは生まれかわった先の世界で、ひとつ、わたしからの仕事をこなしてもらう。そのかわり、記憶を残したままでも名前がセックスではなくなる」
「それっておれが出来るようなことなのか?」
魔王をぶっ殺せとかそんなんじゃないだろうな。
いや、魔王はいないようだからその心配はないか。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ。要は人捜しです。接触する必要はありません。ただ見つけるだけで結構です」
「わざわざあんたが捜すって、いったいどんな奴なんだ?」
「悪戯っ子ですね。わたしに攻撃をしかけてくるんですよ」
「……悪戯なのか、それは……?」
「まあ、頑張っているとは思いますが、わたしにとってはこう、いきなり脇をツンとつつかれるようなものですね」
「そんなのほっといてもいいんじゃね?」
「ときおり、失敗すると困ったことになる作業をするんですが、そこに攻撃がくると困るんです。あなたにわかりやすく例えますと、自家発電中にツンとされてしまって予定のタイミングとずれてしまってファ――」
「ファァ――――クッ!」
三度目の雷撃!
「ンキャパパパ――――ッ!」
神は死神バリアを使用した!
「まずは死神を粉砕しないとダメか」
「……ヤ、ヤメテー、ヤメテヨー……」
ぴくぴく震えながら死神はうめく。
テレビをぶっ壊す威力の雷撃を三発喰らってもまだわりと平気そうだ。もしかしたら死なないというだけで、とっくに瀕死なのかもしれないが、まあそこはお相子というやつだ。
「理由はそんなところですが、どうでしょう、引き受けてもらえますか?」
「どうして自分でやらない」
「やれなくはありませんが……、とても面倒なのですよ。面倒でない手段もありますが、その場合、その世界に甚大な被害がでます。あなたにわかりやすく例えますと――」
「例えなくていい。というか例えるな」
どうせろくでもない例えをするに決まっているので、おれは神の言葉を遮った。
「仕事を引き受けたら名前は別のものになる、これはわかった。だがその別の名前ってのはどうなんだ? またろくでもない名前だったりしないだろうな?」
「ちゃんと許容できる名前になりますよ」
「それって許容しなくちゃいけないような名前ってことじゃねーか」
「ではこうしましょう。もし攻撃者を見つけてくれたら、お礼としてなにか願い事を叶えてさしあげましょう。もし名前が気に入らなければ、そこで好きな名前に変更してください。名前が許容できれば他の願い事を仰ってください。あまりに無茶なものでなければ叶えましょう。これでどうです?」
まだ救いがある話にはなる……、か?
「それに簡単ではありませんが、その世界で特別な名前を取得することもできます。この場合、名前を変更するのではなく、名前を増やしてそちらを名乗るようにする、という方法になりますね。その世界特有の制度のようなもので、偉業をなしとげた者が伝えられるべき名前を自分で選べるというものですが……まあ、詳しくは生まれかわってから調べてみてください」
「見つけられなかった場合はどうなるんだ?」
「罰則はありませんよ。そこは安心してください」
まったく安心できないんだが……。
ひとまず条件を整理する。
神の依頼――敵対者を発見する。
敵対者の捜索は強制ではない。
依頼をうけた場合、記憶を残しても名前がセックスではなくなる。
名前が気に入らなかった場合、敵対者を発見すれば変更できる。
その世界で新しい名前を取得してそちらを名乗ることもできる。
ぎりぎり許容範囲内の条件……といった感じだ。
ならば、ここから……
「神に攻撃してくるような物騒な奴なんだろ? 見つけられるようなところまで接近したら、襲われておれ死ぬんじゃないか? そもそもどうやってそんな奴を見つけるんだ? なんか印でもついてるわけじゃないんだろ?」
なるべく依頼に協力的な姿勢をみせて、待遇の向上をはかる。
「そうですね。では〈炯眼〉の能力をあたえましょう」
お、能力ひとつゲット。
名称からして相手の正体を看破するとかそんな感じだろう。
「それを使えば相手の正体とかを見破れたりするのか?」
「その通り、と言いたいところですが、あなたが期待するほど有力な情報は得られないでしょうね」
「舐めてんの?」
ちょっと水脈探してきてくれ、ただし道具はこのダウジングロッドだ――、みたいな話じゃねえか。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。あなたが使う場合はそうなってしまうのです。とはいえ心配はいりません。もし観察した対象が攻撃者であれば、そうとわかる称号がまず出てくるので」
「称号……?」
「はい、称号です。称号というものは自身の心、取り巻く状況、周囲からの評価など、さまざまな要因によって生まれ、流動的に入れ替わるものです。しかし上位存在と特殊な関わりがある場合、まずはそれが称号として表れます」
ならまあ……、発見器にはなる、か。
強力とは言えないが、この際だ、もらえるなら喜んでもらおう。
「あと、襲われた場合の対処ですが、あなたは死神の力を少し扱えるようなので、戦いになったらそれで対処してください。便宜上の名前をつけておきましょうか。憤慨して発現したものなので……、そうですね、〈厳霊〉とでもしておきましょう」
おお、雷を持っていけるのか!
「ただその力は普通ならば扱えるはずのない強力なものです。今は特殊な状態なので平気ですが、生まれかわってから同じ調子で使うとあなた自身が粉々になるのでくれぐれも注意してくださいね」
「いやそんな使いにくいんじゃ、おっかなびっくりで襲われても反撃できねえだろ」
「おそらく安全に使える使えないは感覚的に判断できると思いますが……、念のため回復するための能力もあったほうがいいですね」
これで能力ふたつ目――いや、三つ目か。
「さて、〈回復〉では心許ないですね。〈再生〉にしても再生しようのない状態になっていたら意味がありませんし、となると……」
神は眉間に皺をよせたままおれを見つめ、ぽつりと言う。
「あなたならば〈廻甦〉でも平気かもしれませんね」
「それはどんな能力なんだ?」
「簡単に言うと、死んでなければ元に戻ります。強力な能力ですが、それを十全に発揮するためには存在の格が必要になります。人の身では発揮すらされない能力ですが、あなたは鎌によってわずかに神格をえていますから、それなりに期待できるかもしれません」
なんだか軽い調子で決定される。
「大丈夫かおい」
「まあ死んでしまっても次があります。ひとまずこれで対処できるでしょう。あとは生まれかわってから努力して身につけてください」
持っていける能力は三つ。
なんだか身についた〈厳霊〉。
敵対者を捜すための〈炯眼〉。
そしてやや不安が残る〈廻甦〉。
「んー、まあ、やってみるか」
「ではあなたの目的を整理します。最も重要なことはその世界で寿命まで生き延びること。そしてそのついでに、出来ればわたしに攻撃をしてくるものを見つけだすこと。もし見つけてくださった場合には、なにか願い事を叶えるという報酬があります。名前を変更したい場合は頑張ってその何者かを見つけてください。変更ではなく別の名前を名乗れるようになるだけでいい場合は、その世界の制度を利用して新しい名前を取得するという方法があります。前者は運が大きく影響し、後者は努力がものを言います。もちろん両方達成してもかまいませんよ。例えば、偉業をなしとげる自信のある場合は攻撃してくるものを見つけても、名前を変更せずそのとき叶えたい願いを希望してもらってもなんの問題もないということです。――さて、なにか質問はありますか?」
「どこから質問すればいいかわからないくらいあるが……」
今その世界について知っていることは西洋風ファンタジーということくらいだ。魔物がいて竜がいて魔法があって君主制があって、とそれくらいである。どのような魔物がいるか、竜は動物の延長か知性体か、魔法の種類や文化への浸透具合、君主制は絶対王制にちかいほど王権が強力か、ただの調停者並か、――と、実際はなにも知らないのと同じだ。
「慎重ですね」
「まあなにもかもを知っておきたいわけじゃねえけど……」
向こうにいって生活していればすぐに知ることができるようなことを、ここで学んでいく必要はあまり感じない。逆に、知っていてはいけないようなことをうっかり熟知していて、よけいなところでポロリしてしまうような状況になるのはさけたい。
神は「なるほど」とうなずく。
「あまり知りすぎているのはよくないかもしれませんね。あなたは特殊な魂であるため、受け入れられる器は限られます。さらにその器は死産してしまうものでなければならないため、現在のところ、とあるひと組の夫婦のところだけなのですが、その夫婦は人里離れた森のなかでふたりきりで暮らしています。つまり、あなたの知識の入手先は両親に限られるわけです」
「知りすぎていてもごまかすのに面倒ってわけか……」
「とはいえ、その夫婦はその世界においては成功者であり、普通の人々よりも多くの知識を持ち、経験も豊かな実力者です。あなたの知りたい情報は、きっかけさえあれば両親から得ることができます」
親元にいるあいだは安全そうだ。
それに子供は三歳くらいから猛烈な「なんでー?」攻撃をはじめるもの。おれの知りたがりもごまかせるだろう。
「となると、特別きいておかなくちゃいけないことは……、ないか」
「それではもう生まれかわってもよろしいですか?」
神にきかれて、おれは静かに答えた。
「ああ、やってくれ」
転生を了承する。
「ではさっそくいきましょうか。徐々に意識がぼんやりしていって、気づいたときには赤子になっているはずです。赤子ですから、まだはっきりと周囲のものを認識できませんので、そのあたりは覚悟しておいてください」
そう神が言うと、おれの意識は次第にぼやけていく。
ゆっくり眠りに落ちていくように、考えがまとまらなくなる。
「ア、アノ……エット……」
ぼんやりしたおれに死神の声がとどく。
もう手放しそうな意識を向けると、死神はモジモジしつつ言った。
「マ、マタネ……!」
あん?
それはど――……・・・ ・ ・ ・ ・ ・
△◆▽
・ ・ ・ ・ ・ ・・・……――ッ!?
んあ!?
気づくと、世界が光に包まれていた。
何もかもが光にかき消され、ぼやけ、はっきりと像を結ばない。
混乱しつつも、おれは転生が完了したのだと理解した。
とすると、これが赤ん坊の世界というわけか。
まいった。光の刺激が強すぎる。
音もしぼるということができない。
周囲の音がすべて一緒くたになってごうごうと聞こえてくる。
どうにかしたいが、どうすることもできない。
おれは光と音の渦のなかで悶えるしかなかった。
そんな混沌とした状態のなか、ぼんやりとした輪郭の曖昧な顔がおれをのぞき込むようにしていることに気づいた。
おそらく親だろう。
母親か?
声は――、ああ、呼びかけてくるような音がある。
ただの音とは違う、おれを呼ぶ声が。
声はおれに呼びかける。
何度も何度もくり返しくり返し。
かろうじて声だと気づいたが、その声でなにを言っているのか、それはさすがにわかるわけがない。
なにしろ赤ん坊だ、そもそも言葉が違うんだ。
けれど――、でも……、なぜだろうか。
おれにはその言葉がわかった。
言語としてではない。
理解したのではなくて、ただわかった。
それは母と子の繋がりのようなものが起こした奇跡か。
坊や。
わたしの坊や。
あなたの名前は――
「セクロス」
あんの神ゃぁああああああああぁぁ――――――ッ!
「おんぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」
神を呪う憎しみのほとばしり、それがおれの産声だった。
※炯眼と称号について加筆しました。
2018/07/12
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/05