第491話 閑話…古きものに告ぐ
更新のお休み初日にデータドライブが吹っ飛び、小説のデータを次元の狭間へ道連れにするという地獄のサプライズがありましたが、なんとか更新再開です。
定期的なバックアップの大切さをひしひしと感じました。
まあそれでも数日分の更新されたデータは消えたのですが……。
2話同時更新ですが、最初の閑話はちょっといれてみたくなったおまけのようなものなので、最終的に「やっぱりいらなかった」と判断した場合は差し替えるか、無かったことにするかもしれません。
最後に訂正箇所の報告を。
3章、ベルガミア武闘祭の本戦出場選手のなかにフォーウォーンなる方がいますが、ただのうっかりなので名前をブレルッドに変更しました。
「わかるか、あんたは腕一本ですんだかもしれないが俺は――、俺は獣どもにすべてを持って行かれたんだ……! 家族も、友も、故郷のすべて、すべてをだ! 何故だ、何故こんなことが起きる!? こんなものいったいどうすればいいというのだ! どうやって抗えと言うのだ! どうやって!」
△◆▽
何故、魔王の季節にはスナークの暴争が起きるのか。
実のところ、スナークの暴争は魔王の季節と呼ばれる、魔王の誕生が近いと予想される時期と明確な因果関係を持つものではなく、それは魔王の誕生により暴争が多発するという事実から遡っての思い込みであると思われる。
魔王誕生前の暴争は魔王とはまた別の、世界を巡る魔素の揺らぎが関係すると推測されるが、しかし、魔王誕生後となるとこれらは途端に密接な関係性を持つことになる。
そもそも魔王の誕生によってスナークの暴争が起きる理由は、天を巡り瘴気領域の中心へと集まった魔素が地表へくだり、さらに地表より地の底へ、そしてそこから世界へと巡るという循環が関係する。
瘴気領域の中心は魔導学的な穴。
水面に存在し続ける海底への渦。
魔素に強く影響を受ける存在はその渦に囚われる。
そして魔王とは、そんな穴とはまた別の穴。
この新たなる渦の出現は、千年以上そこに有り続けた瘴気領域の渦にも影響を与える。
穴へと収束する魔素の量が減少するのだ。
これはスナークを捉え続けていた渦の弱体に繋がり、結果としてスナークは渦の拘束を振り切り地に溢れるのである。
そして――余談。
何故、魔王の誕生には三百年ほどの年月がかかるのか。
それは悪神が魔王を選定するための準備、そこにかかる期間であると推測される。
そう、魔王を選ぶのは悪神だ。
悪神はまず魔王へと転じさせられる者――候補者を見つけだす。
そのために悪神は何をするのか?
答えは自らの腕を世界を巡る魔素に溶け込ませる、である。
三百年とは悪神がその腕を世界の魔素に溶け込ませるのにかかる期間なのだ。
そして悪神に見いだされた候補者は〈悪神の見えざる手〉なる称号を手にいれることになる。
そう手、手だ。
悪神は己が手を巡る魔素に溶け込ませることにより、世界中に遍在させ、故に魔王に相応しき者を選んでおくことができるようになる。
そして魔王候補者がきっかけを得た際には手を収束させることで候補者を魔素の穴へと転じさせ、魔王へと変貌させるのである。
わかるだろうか。
悪神の手はどこにでもあり、それはつまり、誰もが魔王の候補者として選ばれる可能性があるということを。
そして、これまで確認のされた候補者はどちらも悲劇のなかにあった。
悲劇――、そう、悲劇。
悲劇こそが魔王の候補者を生みだす鍵であり、絶望がそれを育む。
そしておそらく、魔王へ変貌するきっかけは孤独。
心が他者との繋がりから断絶したとき、もはや心の拠り所――一片の希望すらも無くしたそのとき、候補者は魔王となる。
これまで三度の『絶望』があった。
魔王を魔王たらしめた絶望と、その魔王の誕生により生まれた数知れぬ絶望が。
しかし人はそのたびに立ち上がり、今日の繁栄を築き上げた。
それは素晴らしいことだ。
――が、しかし、その原動力は輝かしい精神だけではない。
深い悲しみの反作用としての強い怒り、憎しみもあった。
二度とこのような悲劇に負けまいと、また誕生するであろう魔王を見据えての取り組みはこれを根源とするのだろう。
だが、その身に降りかかった悲劇に打ちのめされた者による、もう悲劇を許すまいと決意し始めた取り組みが、さらに別の悲劇を生むというこの皮肉は何か。
耳を覆い、目を伏せ、事実に身を縮こまらせて、気づかぬように振る舞いながら人々が従う致し方のない正義のようなもの。
それに弄ばれた者にとってこの世とは地獄、絶望でしかないだろう。
そう、絶望。絶望だ。
魔王を魔王たらしめるための糧が喜劇のように現れてしまう。
魔王に抗するための取り組みが魔王の糧となり、すでにその一つが実際に魔王を誕生させかけたというこの皮肉を何と呼べばいいのか。
おそらく、それは呪いと呼ぶべきものだろう。
すべては魔王に抗するためという名目、良識無き正義が人々に課した呪い。
古きものの呪縛。
ならば――
△◆▽
「仕方のない犠牲ってなんだよ! なんでお姉ちゃんが犠牲にならなくちゃいけないんだよ! 僕を守ることになるって、そんな、僕はそんなふうに守ってもらいたくなんかない! 誰だよ! こんなことを始めたのは! 誰だよ! 誰なんだよ!」




