第490話 13歳(春)…叩いてないのに仮面は増える
食神をギャフン(?)させた翌日の早朝。
いつものごとくアレサと犬を同行させ、正門広場にあるシャロ様像へとお参りへ向かったのだが、今日は訓練校と冒険者ギルド支店へ謝罪回りしなければならないためちょっと気分が重かった。
事のきっかけは食神だが、怪人を生みだしたのは間違いなくおれであり、その怪人がよそ様に迷惑をかけたとなれば、おれが行って謝るのが筋というものなのである。
ということで今朝はおれが憂鬱という以外、普段とそう変わらない朝であった。
その声を聞くまでは。
「オーク仮面、オーク仮面が出たよー! 詳しくはこの新聞に書いてあるよー!」
ほわぁっ!?
正門広場に到着したところ、新聞売りが声を張りあげており、その宣伝に興味を惹かれた市民が集まっていた。
「レディやエルダーならわかるがオーク仮面ってのはどういうことだ……!? ア、アレサさん、すいませんがあの新聞を買ってきてもらえませんか……!」
「かしこまりました」
おそらく屋敷にも届けられるのだろうが、ここでその内容を明らかにしなければおちおちシャロ様にお祈りもできない。
そしてアレサが買ってきた新聞には――
【オーク仮面、再び王都に!?】
噂話に耳ざとい読者ならばすでに先日の冒険者訓練校襲撃事件については聞き及んでいることだろう。しかし、襲撃事件はその一件きりではなく、同時に他の二箇所――冒険者ギルド北支店および西支店でも発生していたのである。
【襲撃者――〝怪人〟】
この三件の事件の共通点は、まず襲撃者が一体であること。一人や一匹ではなく『一体』だ。これはそれ以外に表す言葉がなく、そしてそれが最も適当であるという判断において使用する。なにしろ襲撃者は人型で、その逞しい肉体は銀色、そして頭部はそれぞれ玉菜、魚、肉の塊だったからである。屈強な男性を丸裸にし、銀色に塗りたくったあと、頭部を玉菜、もしくは魚か肉とすげ替えた存在、と表現するのが最も近い。この人でも魔物でもない、得体の知れぬ存在――これを便宜的に『怪人』と呼称するが、この三体の怪人は魚が冒険者訓練校を、玉菜が冒険者ギルド北支店、肉が冒険者ギルド西支店をそれぞれ襲撃したのである。
【怪人の奇っ怪な行動】
突如として現れた怪人は魔導言語を喋り、そしておもむろに自分の頭部を毟り取ると、それを誰かに食べさせようとしたらしい。不幸にも怪人に捕まり、この想像するだにおぞましく猟奇的な行動の餌食となってしまった犠牲者――食べたのは犠牲者の方だが――はその怪人の頭部となっている食材の信奉者となり、怪人に従属して事態の混乱により拍車をかけることとなった。
【怪人に挑む者たち】
このうち北支店を襲撃した玉菜怪人は駆けつけたレイヴァース卿と彼に従うメイドたちにより討伐されたが、我々が特に注目するのは訓練校と西支店の二箇所である。訓練校に出現したのは魚怪人であり、これを討伐したのはレディオークとエルダーオークであった。そう、一昨年の秋ごろ、オーク仮面と共に現れたあの二名である。そして西支店、こちらを襲撃した肉怪人を討伐したのはオーク仮面であったが、彼はオーク仮面であってオーク仮面ではなかったというのである。本人自ら『ヴァイス・オーク』と名乗った彼を目撃した人々の協力を得て姿や似顔絵を描きあげてみたところ、彼は逞しい肉体を持つ成人男性であり、その仮面は我々の知るオーク仮面のものではなかった。そう、仮面が違ったのである。
【新たなる仮面、その意味】
エルトリア王国での活躍により、オーク仮面はオーク仮面となっている人物が被る仮面こそが本体であることが明らかになった。では、つまり、西支店に現れたヴァイスは最初の仮面、そしてレディ・エルダーに続く、四つめの仮面ということになるのだろうか? このオークの仮面について、魔導学園の学園長を務めるベリア氏から話を聞くことができた。
「オークとはシャーロットによる魔物の名称統一によって三百年ほど前から使われるようになった呼び名ですが、これにあやかったオークの仮面は一体いつの時代から存在したのでしょう? 私が気になるのは、もし百年、二百年という期間にわたり『仮面』が人知れず活動していた場合、何故ここ最近になって人々の前に姿を現すようになったのかということです。思いつく理由としては『そうせざるを得ない時期が訪れた』というのが有力ではないでしょうか。即ちそれは世の乱れ、つまるところ『魔王の季節』というわけです。前魔王からの三百年、来たる四番目の魔王との戦いに備え、大陸では各国、各機関が対抗手段を模索してきました。もしかすると『仮面』はこの取り組みの中の一つとして誕生した存在なのかも知れず、すでに複数の『仮面』が確認されている現状を踏まえて考えるなら、これより先、第五、第六の仮面が出現してもなんら不思議ではないでしょう」
【オーク仮面の資格】
ベリア氏の話は実に興味深いものであり、もし『仮面』が魔王に抗するため何者かによって生みだされたものとすれば、その依代にと選ばれた人物にも意味があると考えるのが自然である。言わばそれはオーク仮面となるための資格だ。一昨年、エイリシェにおける活躍ではその依代となった人物が明らかになることはなかったが、エルトリア王国で仮面はレイヴァース卿を依代とした。いや、もしかすると実はエイリシェの時もまたレイヴァース卿が依代だったのではないだろうか? もしこの推測が正しかった場合、初めて表舞台に現れた『仮面』はレイヴァース卿――史上初となる『スナーク狩り』を依代とし続けているということになる。魔王を倒すべく生みだされた『仮面』が選んだ存在、それがたまたま『スナーク狩り』であったという事実は、果たして偶然で片付けられるものなのだろうか?
「な・ん・だ・こ・れ・は!?」
ミーネとバートランの爺さんがはっちゃけたのは聞いていた。
だがなんだヴァイス・オークってのは!
つかルフィア。
あいつおれになんか恨みでもあんの?
なんで変に煽るの?
あと推測を事実みたいにどんどん歪めてくのやめてくんねえかな!
そして学園長!
なんでこんなゴシップに真面目なコメントをするの!
おれは素早くお祈りをすますと大急ぎで屋敷へ戻り、冒険者ギルド西支店へ向かってもらったパイシェとヴィルジオの二名を呼んで事情を聞いた。
そして明らかになった事実は、おれの心胆を寒からしめるに充分なものであった。
きっかけはエルトリアでの騒動。
ヴァイス・オークの正体、それは邪悪なお面からフォーウォーンの仮面を与えられたストレイだったのである。
その仮面には彼が攫い、カロランの生贄にしてしまった四人の子供の魂が宿り、ストレイはその償いのためヴァイス・オークとなって子供を脅かす者たちに立ち向かうことが運命づけられている。
どうやらこの話、おれ以外の皆はだいたい知っていたらしい。
「事件解決直後の、幼児退行してしまったようなレイヴァース卿にこれを報告するのはさすがに躊躇われたとエドベッカさんは言っていました。落ち着いた頃に話してくれと」
なるほど、確かにあの状態のおれにこれを報告したらトドメになっていたかもしれない。
そこはエドベッカの心遣いに感謝すべきだろう。
でも、でも……!
「主殿、そう落ちこまなくても良いのではないか? 考えようによってはストレイが主殿の代わりにオーク仮面として働いてくれるのだから、人々の目はそちらへ逸らされるだろう?」
床に崩れ落ち、四つん這いになったおれにヴィルジオが言う。
確かにそれは都合がいいと思う。
ヴァイス――。
この言葉は『悪』とか『邪悪』とか『悪徳』といった意味に注目しがちだが、役職の前に付くと『代理』といった意味合いになる。
ヴァイス・プレジデントならば副大統領。
まあ企業においては部長レベルの話になるのだが。
ってかオーク仮面って役職なのか?
どうでもいい謎は深まるが、それよりも問題は――
「増える……、仮面が増える……、おれの知らないところで……!」
封印されてなかったってだけでも災難なのに増えるのは反則だろ!
呪いのビデオテープかよチクショウ!
ただでさえお面が野放しでいつ再び現れるかと怯えているのに、大陸各地でどんどんパチモンが増殖中とくればこれはもう現実に侵食してきた悪夢に他ならない。
恐い!
もう夜も眠れない……!
どうしたものかと考えていたらティアウルが言った。
「あんちゃん、ならあたいと一緒に寝るか? もし仮面が出てきたらあたいがやっつけてやるぞ?」
「それだ!」
思わず跳び上がってティアウルに抱きついてしまうほど素晴らしい提案であった。
おれはさっそく今夜からティアウル、それから他の誰かと一緒に眠ることにした。
お願いする側なのに文句をつけるのはあれだが、提案者のティアウルだけではちょっと心許ないので……、他に誰か。
複数人となればベッドで一緒は無理なので、メイドたちの休憩室になっている第一和室に布団を敷いて並んで寝ることになるだろう。
「というわけで他にも誰か一緒に寝てください。お願いします」
恥を忍んで? なりふり構わず?
まあともかく、おれは皆を集めて一緒に寝てくれと頼みこんだ。
集まってくれたのは金銀赤とメイドたち。
「ここは従聖女である私が」
まず名乗り出てくれたのはアレサだ。
やけに厳かな表情である。
おれを守ろうという従聖女としての決意がうかがえる。
「及ばずながら私もご一緒します」
「ジェミも。ジェミも」
「お世話になってるおかえしニャー」
「そだな、ダンナには世話になってるからな」
「私も凄くお世話になりましたので!」
サリス、ジェミナ、リビラ、シャンセル、リオも参加。
ありがとう、みんなありがとう。
「ねえねえ、シアはどうする?」
「わ、わたしですか……? いや、わたしはべつに。皆さんがいるなら大丈夫でしょうからね。ええ」
「うーん、そうね……、ねえねえ、私は居た方がいい?」
「居てください」
「じゃあそうする」
「…………」
こうしてミーネも参加。
シアは不参加か。
「これだけいるとなれば、私は必要ありませんね」
そう言ったのはアエリスだ。
「妾もやめておこう。さすがに狭くなるからな」
「ボクも……、いえ、レイヴァース卿を軽んじているというわけではないのです。ですがさすがに、ええ、すいません」
断ってきたのはアエリス、ヴィルジオ、パイシェの三名。
まあ無理強いはしたくないのでかまわない。
あとは犬とヒヨコ、ついでに猫を配置しよう。
こうしてひとまず安心して眠れる体勢を整えることができた。
これでなんとかなる、そう安堵したおれは予定通り謝罪回りに出掛け、その後はいつも通りお仕事に勤しんだ。
しかしその日の夕方、セレスがシアに付き添われながらやってきて言った。
「セレスもいっしょにねます!」
「い、いや……、セレスは……」
恐いお面が現れるかもしれないところに一緒というのは……。
「ねます!」
セレスの決意は固い。
まるで焼き入れされマルテンサイト組織を得た鋼だ。
これはお姫さまが二人いるからかな?
こうなったら――
「シア、セレスを守ってもらいたい」
「はーい、ではわたしも参加ですねー」
のほほんと応じるシア。
まあセレスが「みんなと一緒に寝る」と言い始めたところでそれを止められる者などおらず、そしてその行動に対しておれがどのような対処をするかは予想がついていたのだろう。
こうして急遽セレスとシアが参加することになり、第一和室で一緒に寝るのは総勢十名となったのであった。
これにて間章『心づくしの料理を』は終了です。
8章『砕け星屑の剣を』は23日からの更新を予定しています。
『今回増えた人物』
タリア…冒険者ギルドの受付嬢。読書が趣味。
アムレード…食神。ジュニアの名前を考え中。
食神ジュニア…食神から誕生した属神。
※誤字を修正しました。
2018/08/15
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※文章中の間違いを修正しました。
ありがとうございます。
2019/05/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/19
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/28




