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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章2 『心づくしの料理を』編
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第488話 13歳(春)…料理は魔導

 金色に輝く玉菜を無事収穫したおれはひとまず屋敷に戻ったのだが、そこで待っていたのは先に戻っていた父さんによる説教であった。


「これまでは不思議なことになっても、内々でおさまっていたからよかった。でも今回はみんなに迷惑をかけた。まあお前だからあれくらい大目に見てもらえるだろう。でも、そういうのはよくないと父さんは思う。父さんの言いたいことはわかるか?」

「はい、わかります。ごめんなさい」


 金色に輝くブリを脇に抱え、コントで爆発オチやったみたいな姿に変わり果てた父さんにおまえの将来が心配だとマジトーンで説教される。

 いったい父さんの身に何が起きたのかとても気になるところであったが、今それを聞くとさらに説教が伸びそうだったので我慢した。

 説教が終わるまでブリは渡してくれないらしい。


「心配と言えば、実はもう一つある。ちょうどいい機会だからこのことも話そう。ってかこっちの方が遙かに重要だ。お前の将来だけの問題ではなく、この国――、いや、他の国々にも影響があることだ。父さんこのことを思うと酒無しには夜も眠れない」


 いったいどんな話だ、とおののいていたところ、魔導学園から帰ってきた母さんが父さんを見て笑いながら倒れ、倒れてなお笑い続けた。


「あー、懐かしー、昔はよくそんな感じになっていたものねー」

「それ全部お前がやったんだよ!?」


 父さんは急遽母さんに説教し始めたが、逆に懐かしんだ母さんが昔話を始めてしまうことになり、興味を持ったメイドたちがわらわら集まってきた結果、父さんはブリを置いてそそくさと逃げた。

 この集まり、興味を持ったリィも参加したのだが、話の途中で父さんのところへ申し訳なさそうに謝罪に向うことになっていた。

 どうやら育ての親として責任を感じたようだ。

 結局、父さんが何を言おうとしていたのかは謎のままとなったが、ともかくおれはブリを回収。

 それから説教が終わるのを待っていてくれていたパイシェとヴィルジオ――西支店で収穫にあたってくれた二人からブロック肉を受けとったのだが、一緒にそこで働いていたストレイからの苦言を伝えられる。

 大変申し訳なく思い、出来る限りのお詫びをしようと思った。


「それからですね、受付嬢のタリアという女性が大事にしていた栞が怪人に踏みつけられて台無しになってしまったようなんです。聞けばその栞、一昨年の冬に皆で森へ遊びに行った帰り、セレス様が受付をしていたタリアに渡した花を加工した物だったようで。とても落ちこんでいるようですよ」

「お、おおぅ……」


 色々と大失態だ……。


「セレスにお願いしてまた花を贈ったらいいかな?」

「あー、それなのですが……」


 と、パイシェは言葉を濁す。

 なんだろうと思っていると代わりにヴィルジオが言った。


「オーク仮面物語の続きを作って欲しいと言っておったぞ」

「なんで!?」


 おいおいちょっと待ってくれ。

 おれが作者だとは伏せられているはずだぞ。


「愛読者の間ではな、主殿が制作者だとほぼ断定しておるようだ。あんな斬新な物を作り出せるのは主殿しかおらん、ということらしい」


 や、やめてよー。

 そんなキャスティングから犯人を推測するようなことはー。


「まあ主殿が忙しいことも理解しての話だったからな、続編を求める声があることが伝わればそれで良いのであろう」

「そ、そうですか。少しずつ構想を練る方向で善処します……」


 考えることがまた増えたが仕方ない。

 これは自業自得……、いや、すべては食神のせいだいうことにして恨むことにしよう。

 ちょっと予定外の事も起きたが、ともかく食神のためのHQ食材は揃った。

 一応、念のため〈炯眼〉で調べ、さらにコルフィーの『鑑定眼』で確認もしてもらった結果、狙い通りの食材になっていると確認できた。

 もう口にした者が下僕になってしまうようなこともない。

 きっと食材超人の状態で倒されることにより邪悪な雑味が消え失せ、狙った通りの純粋なHQ食材と化したのだろう。

 これであとは食神が来る日を待つばかりだ。


    △◆▽


 そして食神との約束の日。

 朝方から準備に追われ、まずは何が起きるかわからないためクロアとセレスをミリー姉さんにお願いしてお城に避難させてもらい、次に訓練場に食神をお出迎えするための場所を用意した。

 広場のど真ん中に椅子とテーブルを置くだけではあれかと思い、ひとまず柱と布で囲うことにしたのだ。

 合戦の際、本陣を構築するための陣幕のような感じ……、というかそのまんまだ。

 食神を迎えるのはおれだけでよかったが、金銀赤にリィ、それからメイドたちも何かあれば手伝うということで参加することに。

 やがて昼頃になったところで食神が現れた。


「私を満足させられるものは用意できたのか?」

「はい、間違いなくご満足頂けるかと」


 おれはにっこり微笑んで食神を席へとご案内する。

 テーブルの側に控えていたメイドたちはちょっと緊張気味に食神が席に着くのをお手伝い。

 金銀赤とリィは離れたところでこちらを見守っていた。

 食神を席に着かせたところでおれは三名のメイド――リビラ、リオ、ヴィルジオを連れて調理場へと向かう。

 そして昨日一日かけて丁寧に丁寧に丸焼きにしたHQ食材――肉、魚、玉菜を魔導袋から出してそれぞれ皿にのせ、それを三人に運ばせて食神の前に並べてやった。


「…………」


 唖然とする食神の前に並ぶ三皿。

 丸ごと焼きブロック肉。

 丸ごと焼きブリ。

 丸ごと焼き玉菜。

 実にダイナミックで壮観な眺めであった。

 そして――。

 食神はブチキレた。


「き、貴様! な、なんだこれは!?」


 ズダンッと拳でテーブルをブッ叩き、厳めしい顔をさらに厳めしくさせて食神は睨みつけてくる。


「冗談であろうと度が過ぎておる! 他の神に配慮し、面倒とは思いつつもこうして来てやったというのになんだこれは! いや、食神であるこの私に、ただ食材を丸焼きにしたものをごろりと転がすなど貴様は正気か!?」


 激怒する食神の様子に、ちょっと青ざめているのがメイドたち。

 離れた所にいるシアとリィは『ですよねー&だよなー』といった顔、ミーネはホットドッグをシュレッダーみたいに口に放り込んでおり、アレサは手がメイスに伸びていた。

 大丈夫、大丈夫だから、とおれは手で示す。


「おやおやどういたしました、わたくしの料理に何かご不満でも?」

「不満しかないわ馬鹿者が!」


 食神はさらにズダンッとテーブルを叩くが、なかなかの衝撃なのかそのたびに料理の載った皿が「あらよっ」とジャンプする。

 うっかりテーブルから飛びだして地面に落ちようものなら、もったいないオバケが出てくると思うのでやめてほしい。

 いや、正確にはオバケじゃなくもったいない怪人か?


「料理? 料理!? これの、どこが、料理! この、焼いただけ――焼いただけ!? 焼いただけーッ!」


 ちょっと頭に血が上りすぎてしまったのか、食神はうまく喋れなくなってしまったようだ。


「まあまあ、見た目はあまりよろしいとは言えませんが、美味しさは保証しますよ。まずは一口どうぞ」

「誰が食べるか馬鹿が!」

「おや、食べないのですか?」

「食べるに値せんわこんなもの! こ、こんな、これほど馬鹿にされたことなど記憶にないぞ!」

「馬鹿になどしていませんよ? わたくしなりに、食神様のことを想い、真心を込めに込めて用意したお料理ですので」

「これが相応しい料理とでも言うつもりか!」

「はい。そもそも、神に捧げる供物――神饌とは?」


 おれは食神のいるテーブルをゆっくり回りながら説明を始める。


「源流を辿ればそれは魂を捧げることに行き着きます。しかし、あいにくと普通はそのようなことはできず、ならばと代わりに『生きたもの』の証たる『形』でもって取り繕うことになりました」


 それは獲物より滴る血、ざっくりと切られた野菜より滴る雫、縛られ反り返った魚。

 生きていたもの――という演出だ。


「ですがそれはあくまで儀式の一環、となれば原形そのままというのは芸がない。そこで一手間加えることにより食材を料理に、神饌を熟饌にしてご用意させていただきました」


 説明するおれを食神はじっと睨んでいたが、やがて深々とため息をついた。


「他の連中は貴様を買いかぶりすぎているようだな。そのような屁理屈で神を欺こうなどと、どうしようもない愚物である。他の神が貴様に甘いからと調子に乗っての愚行か、度し難いわ」


 侮蔑するような視線をおれに向けていた食神だが、もう付きあいきれないとばかりに席を立った。


「これまでだ。まったく、時間を無駄にさせおって」

「お気に召しませんでしたか。残念です。では最後に一つだけ確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「何だ」

「実はですね、今回のこの料理――調理法を世界に広めていこうと思うのですが……」

「こ、これを……? 貴様本当に正気か……?」

「まったくの正気でございます」

「とてもそうは思えんな! この料理を? はっ、勝手にひろめればよかろう! 広められるものならな!」

「ありがとうございます」


 おれは食神の答えに満足して微笑んだ。

 せっかく用意した料理であるが、まあ食べたくないなら食べなくてもいい。

 この調理法を広めていいというお墨付きをもらえたらそれでいいのだ。

 食神が食べようが食べまいが、後悔するのは同じ。

 早いか遅いかの違いでしかない。

 いや、食べずにあとでこの料理がどういうものか理解した場合の方が愉快なことになるだろう。

 しかし――。

 席から離れようとした食神がそこで動きをピタリと止める。

 そして何の気まぐれか、玉菜を一枚むしって口にいれた。


「ちっ」


 つい舌打つ。

 なんだよ、面白くねえ。

 食神は不機嫌な表情でもぐもぐと咀嚼し始めたが――


「……う、うまい?」


 まだ呑み込みもしないうち、ぽかんと空けた口の中に緑のなんかが見える状態でそう呟いた。

 食神は唖然として固まったが、やがてハッとして咀嚼した最初の一枚を呑み込むと、さらに一枚葉をむしって口に詰めこんだ。


「うまい……、そんな……、うまい、馬鹿な……」


 そこから食神は席に着くことすらせず立ちっぱなしで猛然とキャベツを喰らい始め、さらにブリ、肉にも齧り付いて食べ始めた。

 ここまで勢いよく食べる姿を見ていると、なんだかこっちも何か食べたいような気分になってくる。

 まあ食べるならコレではなく普通の料理だが。


「どれも美味い! 何故だ! ただ焼いただけの味、なのに途方もなく美味い! 美味すぎる! 焼いただけ、焼いただけなのに、なんだこれは! どういうことなのだ!」


 美味さの秘密を解き明かそうと食神は一心不乱に三品を貪り、貪り、最後にはきれいに食べ終えてしまった。

 玉菜は芯まで、ブリは骨も頭も残さずに。


「わからない……、何故美味いと感じるのかが……」


 すべて平らげた食神はわなわな震えていたが、ふとそこでお腹に違和感を覚えたのか、両手をそっとあてた。


「……ん、くっ、な、なんだ……、何が起きている……!?」


 食神はでっかいしゃっくりをするように、ビクンッ、ビクンッ、と体を震わし、崩れ落ちるように膝を突く。

 そして――


「う、うおおぉぉ――――――ッ!」


 天を仰いで吼えた。

 ただ叫ぶだけならよかったが、開いたお口から黄金の閃光が扇状――、いや、円錐か? ともかく金色のビームが放たれ、ぶっとい光の柱となってお空の雲に穴を空けた。

 さらに口からビームは余波として衝撃波を発生させたため、近くにいたおれやメイドたちはちょっと吹っ飛び、陣幕もきれいに薙ぎ倒されてしまった。


「くっ、これは予想外……!」


 せいぜい数メートル転がった程度なので怪我などはしなかった。

 他の皆はどうなったかと心配したが、金銀赤とリィの居た場所には土の壁が出現していることから、ミーネかリィが即座に対処したと思われる。

 そしてメイドたちだが、態勢を立て直せたパイシェとヴィルジオ以外は衝撃を受けてひっくり返っていた。

 あー、おパンツさまが見えてしまっていますね。

 何か見覚えがあると思うのも当然で、おれがデザインした普段使い用の下着である。

 ちゃんと使ってくれているのは嬉しいが、それを面と向かって言うことはこの先もあるまい。


「いいよー、いいよー、メイドおパンツばっちりよー」


 どこかから降ってきたルフィアが素早く撮影を行い、そしてすみやかに逃げていった。

 制止する間すらもない早業であった。

 それからおれは食神へと視線を戻したが、余波はおさまったものの口からビームは相変わらず天へと伸びていた。

 が、そこでさらなる異変が起きる。

 天を貫く光の柱に影が現れ、それが飛びだしてきたのだ。

 ぴょいん、と。


「……子供?」


 現れたのはセレスと同い年くらいの男の子。

 どうして性別がわかるかというと、すっぽんぽんだったからである。


「あ、こんにちは!」

「こんにちは……」


 なんか元気よく挨拶された。

 唖然としていると屋敷からシュババとコルフィーが出てきて、素早く子供に服を着せ、そして屋敷へと戻っていった。

 お礼を言う間すらもない早業であった。

 男の子が現れたことでひとまず口からビームはおさまり、ようやく自由となった食神は唖然とした表情で男の子を眺めている。


「ちちうえー!」

「父上!?」


 父と呼ばれて食神びっくり。


「ち、父!? いやそんな……、だが確かに私の……、これは属神か!?」


 唖然とするばかりの食神を眺めながらおれは考察。

 神から神がぽこんと生まれるという神話はけっこうあるが、今回の場合はギリシア神話的であるとおれは感じた。

 一例を挙げると、主神ゼウスが「なにこれ頭痛が超痛い。ちょっとカチ割って」とプロメテウスに言い、斧でカチ割ってもらったところ「おっす、おらアテナ」と女神アテナが誕生したという。

 うん、やはりこの意味不明具合が非常に近いと思う。

 おそらく今回の契機になったのは――


「きっとぼくの料理があまりに美味しくて、その感動が擬人化してしまったのでしょうね」

「そんな馬鹿な! 確かに不可解な美味しさがあったが、それだけでこのようなことが起きてたまるか! もっと魔導的、いや、神秘的な働きかけがあったはずだ!」


 となると……、三つのHQ食材が食神の腹の中で三位一体を果たし、神の力を吸収してその属神とやらに化けたのだろうか?

 まあ実際のところおれには関係ないのでどうでもいい話なのだが。

 なとど思っていたところ――


「そ、そうだ……、働きかけだ!」


 困惑の表情をクワッと険しいものにして食神はおれを睨む。


「貴様! この謎の美味しさ――、これは、魔術だな!?」

「ええ、その通りです」


 おれはにっこりして答える。


「なんであろうと、どうであろうと、必ず『美味しい』と感じてしまえるよう何日もかけて真心を込めました。命名するのであれば……、そうですね、『魔導調味術』とでも」


 魔導調味術――。

 それはこの世界の食文化に革命をもたらし、そののちに終わらせてしまう禁断の調理法である。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/03/15


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