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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章2 『心づくしの料理を』編
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第487話 閑話…我が名はヴァイス

 冒険者ギルド西支店の受付嬢として働くタリアは男爵家の三女として生を受けたが、成長し、どこかに嫁にやられそうになったところで家出して冒険者訓練校に入学、卒業後は冒険者業を始めた。

 しかし特別優れた能力があるわけではなく、それは自分でも自覚していたため、身の丈にあった仕事――市民が依頼してくる雑用のような仕事を好んでこなしていたところギルドの職員に誘われ、しばしの研修を経て受付嬢となった。

 基本は西支店勤務であるが、貴族の令嬢としてそれなりに作法を教えこまれていたこともあってか、受付嬢としての応対が評価されときどき貴族が利用する中央支店にも出向する。

 タリアの仕事ぶりは至って真面目であったが、趣味の読書に夢中になるあまり空想の世界に入り込み、しばしば休憩時間を超過することが玉に瑕であった。


「あぁ、このお話は何度読んでもいいわねぇ……」


 西支店の休憩室にて、昼の休憩時間を利用して今日も読書をしていたタリアはうっとりと言う。

 一緒に休憩をしていた同僚たちは「またそれか」と言ってくるがタリアは気にしない。

 タリアが読んでいたのは『オーク仮面物語』。

 文章の合間に挿絵があるような本ではなく、どちらかと言えば絵本に近い。状況を表す小さな絵が枠に収まって並んでいるという珍しい形式のものだ。この『オーク仮面物語』、タリアのお気に入りの上位にある本であるが、惜しむらくは話が一冊で終わってしまっていることだろう。

 通常、愛読者が多く、未だに人気が高いとくれば続編が作られるところだが、この物語に限ってはどういうわけか企画が持ち上がっているという話すらない。


「まあお忙しいようですから……」


 この『オーク仮面物語』の作者は正体不明の『ワーロス』なる人物である。

 が、愛読者たちはこのワーロスなる人物の正体がレイヴァース卿であると目星をつけていた。

 こんな斬新なもの彼以外の誰が作れるのか、という理由からである。

 おそらくこれは王都に現れた謎の怪人オーク仮面から着想を得て作られた物語なのだろう。

 このオーク仮面であるが、今度はエルトリア王国の王都ヴィヨルドに出現して人々を救ったようだ。

 そこで明らかになった事実は、現実のオーク仮面は『仮面』が本体であり、依代を得ることで活動できるようになるということ。

 エルトリアではレイヴァース卿の体を借りての活躍だったらしいが、となれば、このエイリシェでの活躍もまたレイヴァース卿だったのではないかと考察されるようになっていた。

 そして、であるなら、今回のエルトリアの騒動を契機として、『オーク仮面物語』の続編が製作されるのでは、と愛読者たちは勝手に盛りあがっており、もちろんタリアもここに含まれていた。


「(例えば……、そう、邪悪な魔導師に乗っ取られた王国から逃げだした姫が出会った謎の人物、それがオーク仮面。オーク仮面は彼女を助けるために活躍して……、それで……、そう、彼女がレディオークとしてオーク仮面と共に戦うようになる……)」

「タリアー、ターリーアー、休憩時間はもう終わってるわよー」

「あ、はいはーい」


 うっかり妄想の世界に旅立っていたタリアだが、同僚に声を掛けられて我に返り、開いたまま胸に押し当てていた本に栞を挟む。

 この栞は大切なタリアの宝物だ。

 一年半ほど前であろうか、タリアが中央支店へ派遣されていたときにレイヴァース家の人々がちょっとした旅行をした。そのついでにレイヴァース卿の弟君であるクロア、そしてそのご友人であるベルガミア第二王子ユーニスが薬草採取の依頼を受け、無事これを達成した。

 その報告を受けたのがタリアだったのだが、その時、レイヴァース卿の妹君であるセレスから「はい」と一輪の花をもらったのだ。

 野に咲くなんでもない花であったが、タリアはそれをずっと持っていられるよう押し花の栞に加工して大切にしていた。


    △◆▽


 タリアの午前中最後の仕事は託児所に行き、預けられている子供たちの面倒を見ること。

 元気の有り余る子供たちの世話はなかなかの重労働だが、タリアにとっては楽な部類にはいる。

 特にこの時間帯――早めの食事をすませた子供たちを寝かしつけて見守る仕事は得意と宣言することもできた。

 苦手な者はとことん苦手らしく毎度苦労しているようだが、タリアには読み聞かせという鉄板があるため、これまで子供たちがいつまでも起きているようなことはなかった。

 タリアがギルド裏にある託児所へ向かうと、給食係をしていた男性――ストレイが訓練場に出て子供たちの遊び相手になっていた。


「あらあら」


 その様子を見て、タリアは思わず微笑む。

 ストレイは左右に伸ばした両腕に子供を一人ずつぶらさげ、背中にも一人、両足にはしゃがみ込んだ子供をそれぞれくっつけたまま、訓練場を逃げまわる子供たちをのっしのっしと追いかけていた。

 大した筋力である。

 彼は最近やってきた雑用係であるが、普通の人とはちょっと違う空気を纏う、雰囲気のある人物だった。

 気性は温厚で物静か。

 幾つもの国を旅していたらしく、書物では得られない知識を披露してくれることもしばしば。皆は彼に知的な人物という印象を持つが、かと思えばあのようなこともできる力持ち。

 ただ者でないことはすでに誰もが認めることとなり、さらに彼を連れて来たのが支店長であるエドベッカということから、もしかしたら後継者として鍛えようとしているのではないか、と噂もされていた。


「ストレイさーん、交代です。おつかれさまでした」

「ああタリアさん、おつかれさまです」


 タリアが声をかけたところでストレイは子供たちに離れてもらおうとしたのだが……離れない。


「ストレイにーちゃん、もーいっちゃうのー?」

「もっといようよー」


 子供たちがストレイにしがみついて引き留めようとする。

 そう、ストレイについてさらに特筆するなら、彼は子供に好かれ、そしてストレイ自身も子供好きということだろう。


「ごめんね。でもほら、今日はタリアさんだ。面白いお話をしてくれるよ」

「そうですよ。今日はオーク仮面のお話です」

「オークかめーん!?」

「わー、オークかめん、やったー!」


 今日の読み聞かせが『オーク仮面物語』だとわかり、子供たちは嬉しそうに声をあげた。

 もう何度目にもなるが、子供たちもこの話が大好きであり、将来はオーク仮面になるとも言っている。女の子の場合、話には登場しないがレディオークになると言う子もいる。

 やっとのこと解放されたストレイは本館に戻り、タリアは子供たちに囲まれて託児所の中へと入ると、壁側に腰を下ろし、子供たちはその前に座り込んだ。


「それではオーク仮面物語、始まり始まりー」


 と、タリアは顔の横で本を開き、指で読んでいるシーンを示しながら物語を進めていく。

 しかし、その時だった。

 ドンッ、と外の広場で音がして、何事かとタリア、そして子供たちは出入り口へと向かう。

 と、すぐ外に居たのは逞しい銀色の肉体を持ち、頭部が切り分けられた肉の塊というわけのわからない存在だった。


「Are you hungry?(空腹かな?)」


 そして響くは聞きなれない言葉――。

 魔導言語だろうか。


「な、なんですか貴方は!」


 タリアは子供たちを背に庇いながら謎の怪人に問う。

 すると怪人は自分の顔である肉の塊を一部毟り、それを差しだしながらさらに言った。


「If you are hungry, eat my face...(もし空腹なら我が顔を食べなさい……)」

「な、なんですか、そんなのいりませんよ!?」


 タリアは拒絶するが、怪人は肉を差しだしながら迫ってくる。


「Eat what you are served, no buts about it.(つべこべ言わず食べなさい)」


 迫る怪人。

 タリアは身を翻して室内へ戻ると急いで扉を閉めた。

 こんなものではあの怪人を食い止めることは出来ないとわかっていたが、奴が扉をこじ開けようとしている間に子供たちを裏手から逃がすことくらいはできるはず。


「みんな裏から逃げなさい! あれは私が引きつけるから! うまく逃げられたら誰か呼んできてね!」


 そう告げ、子供たちを裏手へと急がせたそのすぐ後、怪人がバーンッと扉をぶち破って侵入してきた。


「Hello, everyone...(こんにちは……)」

「か、かかってきなさい!」


 すぐに本館にいる同僚や冒険者が駆けつけてくれると信じ、タリアは『オーク仮面物語』を鈍器に、怪人と徹底抗戦の構え。

 怪人は室内を見回し――、いや、目なんかないのだが、とにかく肉の塊を左右に振り、それから裏手から広場へと逃げだし、本館に掛けていく子供たちの声を聞いてふり返った。

 隙を見せた、とタリアは本を掲げて怪人に襲いかかり、その背を本でバシバシと殴打する。

 が、怪人はびくともせず、大きく腕を振って払うようにタリアを押し飛ばした。

 そのとき、タリアは持っていた本を取り落とし、床に落ちた本から栞が離れた。

 その栞を、タリアに歩み寄ろうとした怪人が踏みつける。


「な、な、なぁにしてくれてんのよぉぉぉ――――ッ!」


 いつも温厚なタリアであったが、これには激怒。

 瞬時に起立、そして数歩の助走から全身のバネを使って跳躍し、両足を揃え渾身の蹴りを怪人に叩き込む。

 が、しかし、それでも怪人はびくともせず、逆にタリアがその反発で体勢を崩し、受け身もとれず床に落下した。


「あぐっ!」


 せいぜい胸の高さ、大した落下距離ではないが、それでもしたたか体を打ち付ければ痛いもの。

 もんどりうつことになったタリアに、怪人は肉を食べさせようと迫ったが、そのとき――


「待てぇぇ――い!」


 凛とした声が響き、出入り口に人影が現れた。

 怪人が声に反応して注意を向けたとき、その人物はすでに怪人のすぐ横に迫っており――


「オォォーク・キィーック!」


 ゴウッ、と暴風と共に繰り出された回し蹴りは威力絶大。

 怪人の体勢を崩すどころか弾き飛ばし、怪人は錐揉み状態で壁をぶち破って広場にまで飛びだしてしまった。


「ふ、ふぇ……?」


 めまぐるしく変化する状況に頭がついていかず、タリアは倒れこんだまま茫然とその人物を見上げることになった。

 まず目を引くのは惜しげもなく曝される上半身。

 その鍛え上げられた肉体美。

 それから顔。

 被る仮面は猪――オークだ。

 この王都エイリシェではさまざまなバリエーションのオークの仮面が販売されるようになっているが、彼の被る仮面はそういった量販品とは一線を画すように仄かな光を帯び、美しくすら見えた。


「オ、オーク仮面……?」


 タリアはかろうじてか細い声で問うた。

 これがオーク仮面、本物なのだろうか、と。

 すると彼は告げた。


「我は悪徳。我は代行者。即ちヴァイス。故に我が名はヴァイス・オーク!」

「ヴァイス・オーク……?」


 オーク仮面とはまた違うオーク仮面ということだろうか。

 状況に思考が追いつかないタリアはヴァイス・オークを見上げるばかりであったが、そこで彼は尋ねて来た。


「怪我はないか?」

「え、あ、だ、大丈夫です」

「そうか。ではそのまま待て。すぐに片付ける」


 そう言い残し、ヴァイス・オークは壁の穴から広場へ。

 そんな彼を待つのは怪人と――


「オークかめーん、がんばってー!」

「がんばってー!」


 本館の裏口辺り、同僚たちに付き添われる子供たちだ。

 ヴァイス・オークと怪人は向かい合っていたが――


「Don't stand in my way!(邪魔をするな!)」


 吼え、怪人が両手を掲げてヴァイス・オークに向かって行く。

 ヴァイス・オークと怪人はがっちりと互いの手を組み合わせ、力比べを始めたが、突然ヴァイス・オークの体勢が崩れ地面に転がされてしまう。

 力の流れを狂わされたのだ。

 頭が肉の塊――まさに脳筋であるにもかかわらず、あの怪人は巧みであった。

 そして転がされたヴァイス・オークめがけ怪人は跳躍。

 その体躯で押しつぶそうと落下するが、ヴァイス・オークが地を転がって逃げたことで怪人はそのまま地面に激突することになった。

 大きな隙――。

 すぐさま立ち上がったヴァイス・オークは構え、腰まで引いた拳に炎が宿る。

 燃える拳。

 ヴァイス・オークは起きあがろうとする怪人めがけ叩きつける。


「オーク・フレイム・スマッシュッ!」


 拳が叩き込まれると同時、怪人の体が炎に包まれた。

 焚き火のような柔な炎ではなく、ふいごでもって燃焼を促進されたような高火力である。

 だが、怪人は気合いと共に体を震わせ炎を弾き飛ばした。

 その体――、その輝きには未だ一片の曇りも無い。


「並ではないということか……、よかろう!」


 そう告げ、ヴァイス・オークは後方へ跳躍。

 怪人から距離をとって右腕を高々と掲げ力を込める。

 引き締まった筋肉がますます引き締まり、力が集束する。

 そして迫る怪人を迎え撃つように駆けた。


「オォォーク・デスサイズッ!」


 繰り出された右腕。

 狙うは怪人の首。

 両者一瞬の交差、すれ違い、そして止まる。


「オーク完了ッ!」


 そうヴァイス・オークが告げると、怪人の首――肉の塊がごろんと地面に落ち、その体は煙となってボッと消え失せた。

 しばしの沈黙があり、その後、子供たちがヴァイス・オークを称える歓声をあげた。


    △◆▽


 パイシェとヴィルジオが冒険者ギルド西支店へ到着したとき、すでに事態は終息を迎えていた。

 ひとまず二人は『レイヴァース卿が食神に振る舞うための食材をより良い物にしようと祈りを捧げた結果、怪人となってお腹を空かせた子供を求めて逃げだした』と三回説明したが、残念なことに誰にも理解してもらえなかった。

 そこで二人は被害を与えてしまったという現実的な問題に話を切りかえ、後日、主からの謝罪と補償があることを説明した。

 西支店の職員はまずは支店長のエドベッカに相談し、それから対応を考えることにしたようだが、相手がレイヴァース卿であること、そして神が関わる案件ということもあり、公表はせず、特別罪に問うようなこともしないつもりでいるようだ。

 パイシェとヴィルジオは事情説明の後、この事件を引き起こした怪人の核――金色の光に包まれた肉の塊を受けとった。

 その後、二人は西支店から離れた場所で事態を収束させた立役者であるヴァイス・オーク――ストレイと話をする。


「闘士長殿、ご無沙汰しています」

「ああそんな固くならずに。大活躍だったようですね」


 ストレイがヴァイス・オークであることは、パイシェはエルトリア滞在中にエドベッカからの相談で知った。

 相談内容はろくに動くこともできず、幼児のようになってしまったレイヴァース卿にヴァイス・オークのことを伝えてよいものか、という実に困ったもので、皆も交えて話し合われた結果、今伝えるのは酷すぎるとしばらく伏せられることになっていた。

 そしてヴィルジオを含む居残り組は、帰還した遠征組からその話を聞かされた。


「ところでおぬし、ここで働いておるのだろう? そんな堂々と現れてよかったのか?」

「ああ、そのことなら大丈夫ですよ。認識を阻害する魔道具を使っていましたから、あれと私を結びつけるのは困難でしょう」

「なるほど、抜かりはないか」


 ヴィルジオは納得し、それから今回の騒動についての説明をした。


「なんと、大闘士殿が原因でしたか」


 事情を知ったストレイは苦笑を浮かべ、そして続ける。


「大闘士殿に関わるものでしたら、そこまで危険なものではなかったのでしょうね。実際、害意は感じませんでしたから。ただ子供たちを怯えさせるのはどうかと……」

「うむ、そこについては厳しく言っておこう。主殿も損害の補償は当然として、他にも詫びの品についても言及しておったからな、こういったものが欲しいなど、今なら注文を付けられるぞ?」

「いえ、さすがにそういうわけには。むしろ無事に収めたことで恩を少し返すことができたくらいです」


 そう言ってストレイは微笑んだが、ふと何かを思いついたように顔をあげた。


「あ、そう言えば宝物を台無しにされてしまった受付嬢の方が――」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/08

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/09/18


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