第485話 13歳(春)…クッキングファイターはお好き?
王都にある東西南北の冒険者ギルド支店はまず基本業務を行う建物があり、裏手には小さな広場、そしてその片隅に納屋のようなこぢんまりとした託児所が存在するという構造になっている。
デヴァスに運ばれ北支店の上空まで来ると、広場ではすでに争いが起きており、その中心に食材超人――玉菜がいた。
「なんでみんなで争ってるんだ!?」
力を合わせて玉菜と戦っているならわかるが、冒険者四名が玉菜側に立って他の冒険者やギルド職員と戦っている。
おれはデヴァスに広場の隅――託児所の前に下りてもらい、魔導袋から出した武器をメイドたちに渡して地上へ降りた。
すると、託児所の入口付近で子供たちの前に立ち、押し留めるようにしていた受付嬢がおれを見つけて言う。
「レイヴァース卿ですね!? 助けに来てくれたのですか、ありがとうございます!」
「あ、いえ、助けにきたと言うか、責任をとりにきたと言うか……」
申し訳なさでいっぱいである。
「く、詳しくはあとで。子供たちは無事ですか?」
「無事です。ただ面白がって外に出ようとするので、おさえるのが大変です」
好奇心旺盛な子供たちは騒動を楽しんでいるようだったが、今度は降り立った竜に興味のすべてを持っていかれたようでデヴァスに群がり始めた。
「デヴァス、すまないが子供たちを引きつけておいてくれるか」
「わ、わかりました。ほらみんな、危ないから無理に登ろうとしないで。登りやすいように伏せるから。――あ、ちょ、鱗を剥がそうとしないで、それ地味に痛いから……!」
デヴァス、頑張れ。
おれは心の中で声援を送り、改めて受付嬢からこの状況についての話を聞く。
「それで、どうしてアレを守るように戦う人がいるんです?」
「詳しくはわからないのですが、まずあの怪人が突然空から降ってきて、こっちにやってきたんです。私の悲鳴を聞きつけて、本館にいた職員と冒険者が来てくれたのですが、怪人を押さえ込もうとした冒険者の一人が逆に抑え込まれ、そして無理矢理あの顔――野菜を食べさせられたんです。そしたらあの有様で……」
玉菜を食べさせられた者たちはしきりに「野菜を食べろ!」と叫んでいる。
なんてことだ、奴ら食材超人は自分の顔を食べさせることで人を自分の眷属にすることができるらしい。
そして最初の犠牲者の様子に戸惑っているところに玉菜が襲いかかり、眷属をさらに増やしてしまった。
眷属となった者は正気ではないものの、やることは飽くまで玉菜の邪魔をする者を牽制するだけに留まり、怪我人らしい怪我人はまだ出ていないようだ。
一方、取り囲んでいる者たちは、眷属にされてしまった者たちを倒してしまうわけにはいかず牽制を続けている。
眷属となった者たちを一発で昏倒させられるような実力者が居なかったことが状況の膠着を招いたようだ。
「え、えーっと……、では、あとはぼくらで何とかします!」
そう告げ、まずはアレサとメイドたちにやることを指示。
それから戦っている人たちに下がってもらうよう呼びかけ、巻き沿いの心配がなくなったところで〈雷花〉――パチンとな。
放った雷撃は眷属たちを一網打尽。
さらに、あばばば、と痺れる眷属たちへと襲いかかったのはアレサ、シャンセル、リオ、アエリスで、正気を失った四名をすみやかに気絶させた。
この行動に出遅れたのはティアウルとリビラ。
ティアウルは慣れの問題、リビラは得物の重量の問題。
しかしこの遅れを逆手に、二人は皆が眷属四人を片付けている間に玉菜へと襲いかかった。
「いっくぞー!」
とティアウルが振りおろした斧槍であったが、玉菜は左の握り拳――親指と人差し指でその刃を挟み込んで受けとめた。
「ニャァァッ!」
そこに獣剣を振るうリビラが。
ティアウルの攻撃を受けとめたことで足が止まっている玉菜を目掛け、背後から横凪ぎの一撃を加えようとする。
しかし、なんということか、玉菜はその重撃を右手で受けとめ、それでいてよろめきもしない。
そこからは皆も参加しての総攻撃となったが、玉菜はそのことごとくを受けながらまったく怯むことがなかった。
いくらなんでもおかしい――。
そう思い、おれは秘密のカラクリについて考えを巡らせたのだが、すぐに考えるまでもないことに気づいた。
あの銀色ボディはそもそも存在せず、おれの祈りと集束した魔素によって生えた代物。
ということは、あれはルーの森のジャイアントなネビア、もしくは邪神兵のような――魔素が集まった魔導的な存在なのだろう。
ならば効果的な攻撃は魔導的な――魔術・魔法、それから魔技ということになる。
「みんな! そいつには魔技による攻撃が有効だ!」
たぶん魔術とか魔法でもいいけど、そうなると頭の玉菜まで吹っ飛んでしまうのでなるべくなら魔技でお願いしたい。
おれはこのアドバイスによって皆が魔技の総攻撃を行い、すみやかに玉菜のボディを破壊して事態は終息すると考えた。
だが――
「ど、どうしたみんな! 普通に攻撃するだけじゃ倒せないのに!」
アドバイスが聞こえなかったというはずはない。
けれど皆は未だ魔技による攻撃を行わず、玉菜を囲んで牽制するように攻撃しては距離を置くといったことを繰り返している。
眺めているおれにはわからない、一気に攻めきれない要素があるのだろうか?
よし、こうなったら微力ながら協力しようと、おれは〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉にて身体強化を行い、そしていざ戦いに参加しようとしたところ――
「危ないので猊下は下がっていてください!」
「あんちゃんは見ててな!」
「ニャーさまはすっこんでるニャ!」
「ダンナは来なくていいから!」
「ご主人様はどんと構えていてください!」
アレサ、ティアウル、リビラ、シャンセル、リオから引っ込んでいろと言われてしまう。
何故だ……。
おれ、珍しく戦う気になったのに……。
どういうことだと困惑していると、ふと、何も言わなかったアエリスが戦闘から離脱しておれの方へとやってきた。
「ど、どうした?」
「私は参加していない方が良いと思いまして」
「うん?」
「よくご覧ください、誰かが畳み掛けようとすると、誰かが絶妙な間で邪魔をしています」
「それはつまり……、奴は皆の連係を阻害するような力を発揮しているということか!?」
「それはあ――」
と、アエリスは何かを言おうとしたが、それをぐっと呑み込んでから改めて口を開く。
「そうではなく……、いえ、何人かやられたら目が覚めると思うのでここはちょっと放って置きましょう」
「お、おう?」
よくわからないが、アエリスはいたって冷静……、いや、どこかうんざりしたような感じすらする。
そして再び戦いを見守ることになったが、確かに皆の動きが噛みあっていないと言うか、見ようによってはいい攻撃が入るのを邪魔しているようにも見える。
これは終息までもうしばらくかかるかと思われたが――。
ザンッ、と。
「舞い戻る大鴉!」
上からシアが飛来。
そして玉菜の頭を撥ねた。
『ああぁぁぁ――――ッ!?』
途端、戦っていた皆が大声をあげ、その声があんまり大きかったのでシアがビクッとする。
「あれ!? 何かまずかったですか!?」
ぽーん、と宙を舞った玉菜をキャッチし、シアが言う。
「いや、まずいことはない」
「そうですか? では……、はい、これ」
シアから受けとった玉菜は余計な部分が無くなったことで発光の仕方が変化していた。以前はギラギラと輝きを放っていたのが、今は包みこまれるような柔らかい金色の光を放つようになっている。
まさにHQ食材といった感じで、もはや神々しさすら感じさせる。
「よくやった」
「あぅ。ど、どうも」
玉菜を抱えながら、片手で抱擁して感謝を示す。
シアはちょっと照れた様子だったが、そこで何かに気づいたように「あ」と声をあげてメイドたちを見た。
「え、えへっ」
そして謎のぶりっこ。
皆はそれにイラッとしたのか「ぐぬぬぬ……」と唸ってる。
「でもおまえ、ミーネの方はどうなったんだ?」
「向かってたんですけどね、途中でエイリシェさんからこっちが苦戦しているようだから行ってくれって言われまして。ミーネさんの方には別の人を向かわせるようですよ」
「別の……? ふむ、そうか」
誰だろう?
まあシアの代わりに向かわせるなら、頼りになると判断した人物なことは間違いないと思う。
ともかく、これで一つ目――玉菜を収穫することができた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/28




