第484話 13歳(春)…フードハンター乙女伝
完成した超食材が食材超人と化して逃走するという予想外の事態が起きた。
逃げてしまったものは仕方ない――なんて考えてまた今から聖別をするのでは食神が来る日に間に合わない。
そこで皆に収穫を手伝ってもらうことにしたのだが、そのためにはまず食材超人たちがどこへ行ったか調べねばならず、そこでおれはジェミナに頼んで大精霊エイリシェにお越し願った。
「成り行きは見ていたんだけどね……。あのさ、君は一体何を考えているのかな?」
「すいません……、まさか食材が人型になって逃げ出すとは予測できなくて……」
「うんまあ予想できていたらそっちの方が恐いんだけどね! ……まったく、君が来てからというもの、私の記憶にすら無いような珍事が目白押しだよ」
エイリシェはちょっとお冠だ。
現在、食堂を臨時の作戦会議室とし、金銀赤、そしてメイドたちとデヴァスに集まってもらっている。
実はリィにも協力を要請したのだが――
「行ってもいいけど屋敷の守りが手薄になるぞ? 奴らにとってはここが生家なんだから戻ってくるかもしれないし」
「あ! ……なるほど、その通りですね。リィさんは残ってクロアとセレスをお願いします」
父さんと母さんはそれぞれ冒険者訓練校と魔導学園へお仕事に行って不在。
ならばリィは屋敷に居てもらった方がいいだろう。
こうして屋敷の守りはリィとティアナ校長、それから犬、ヒヨコ、猫、ぬいぐるみ・精霊・妖精たちに任せることになった。
さて、そしてエイリシェであるが……。
「どうでしょう、協力してもらえませんか」
「王都が混乱に陥るのはよろしくないし、協力はするよ。ただし、あとでちゃんとジェミナを褒めるように。言葉だけでなく態度でもね。私がここで捜索と連絡を請け負うと、ジェミナは活躍できないからさ」
「態度とは……?」
「君がセレスを可愛がるようにすればいいよ」
「抱っこと撫で撫でくらいですが?」
「うん、それでいいよ。ちゃんとしてあげてね」
「はい、それはもちろん」
「ならよし。じゃあさっそく捜そうか」
それからエイリシェは顔をあげてあっちを眺めたり、こっちを眺めたり。
「それぞれわかれて行動しているようだね。君が生みだしたものだからかな、悪意のようなものは感じないけど……、だからって放置できるものではないか。あんなのが跋扈してたらこの町が魔都と呼ばれるようになりかねないし」
冒険の書の参考資料として持っていた王都の地図をテーブルに広げ、エイリシェに食材超人たちが移動する方向を示してもらう。
「どこかを目指している……? この先にあるものは……、冒険者ギルドの支店、それから訓練校――、そうか、そういうことか」
「ご主人さまー、なんかわかったんですかー?」
「ああ、奴らの目的がな」
集まった皆にも知っておいてもらうため、簡単に説明をする。
「まず、この三体の目的は腹を空かせた者に自分の顔を食べさせることだと推測される。これは奴らの第一声が『空腹なら私の顔を食べろ』みたいなことを、そして逃走する前に『空腹な者が居ないからここに居る必要はない』みたいな発言をしたことから判断した」
しかし、うんうん、と頷いたのはシアだけだった。
皆はおれの言ったことが理解出来なかったようにぽかんとしている。
「なんで顔を?」
代表するようにミーネが言う。
そうか、アンパンなヒーローについての予備知識がないと困惑してしまうか。
「あー……、ま、まあ、そういうものなんだ」
が、説明のしようがなかったため、ここはそういうものと納得してもらうしかなかった。
まあ冷静に考えれば猟奇的だしな。
あっちの世界でも、外国の人からすればあれって理解不能な狂気らしいし……。
ってことはやっぱりアレはおれの影響なのだろうか?
うーん、祈ってる最中、一度もアンパンなヒーローについて考えたことなんてなかったんだが……。
「ともかく、奴らは自分の顔を誰かに食べさせようとするんだ。でもあんなの食べたらどんなことになるかわからない。だから速やかな収穫が求められる。現在、『魚』が冒険者訓練校、『玉菜』と『肉』がそれぞれ冒険者ギルド北支店、西支店へと向かっている」
三箇所を示すと、そこでサリスが手を挙げて発言した。
「御主人様、何故その三箇所なのでしょう? 冒険者に関わる場所ということはわかりますが……」
「いや、冒険者に関係する場所なのは偶然だな。奴らはクロアとセレスを狙っていただろう? つまり一番の目標はお腹を空かせた子供なんだ。ほら、この三箇所にはそれぞれお腹を空かせた子供たちがいる。訓練校は言わずもがな、ギルド支店にはそれぞれ片親の冒険者などが子供を預かってもらう託児所がある」
「ああ、なるほど。御主人様の提案で父も少し関わったことがありますね」
冒険者ギルドの託児所は小屋程度の建物でしかなく、そこにベッドやテーブルが置かれているせいでこれまで窮屈なことになっていた。
そこでおれはちょっと資金提供して、試験的に靴を脱いであがる和室風に改造させた。これにより背の低いテーブルは壁に立てかけ、子供たちを就寝させるときは布団を敷けばいいという状態になり、室内が広く使えるようになった。
これはおおむね好評で、現在はこの都市だけに留まっているがいずれは各地の託児所もこの和室風が採用されるのではないかと思っている。
「奴らの目的が子供たちのお腹を満たすことだとして、だがだからといって自分の顔を喰わせるような相手を子供たちが歓迎するわけもない。むしろ得体の知れぬ存在の顔を食べさせられたことが心の傷となってしまうだろう。……いや、おまえが原因だろうと言いたいのは重々承知なんですけどね、今はあれ、子供たちのため、力を貸して欲しいなって思います」
改めて頼むと、集まった皆は頷いてくれた。
「不幸中の幸いなのは、この三箇所には奴らに対処できる大人たちがいることだ。訓練校には教員――父さんも居る。そしてギルドの支店には職員と、仕事探しなど手続きを行っている冒険者がいるだろう。もしかしたらその人たちの手によって事態は収拾しているかもしれないが……、ひとまず皆にも向かってもらいたい」
「はい! じゃあ私は訓練校に行くわ!」
そう元気よく言ったのはミーネだ。
いつの間にかレディオークの仮面を着けていた。
「え。そ、それで行くの……?」
「行くわ!」
「行くかぁ……」
今ちょっとそれ関係で賑わしくなっているので出来れば控えてもらいたかったが……、おれがあれこれ言える立場ではない。
ここは快く送り出してやるべきだろう。
「じゃ、じゃあ頼む」
「まっかせて!」
張りきって答え、ミーネは「うひょー」とすっ飛んでいった。
屋敷から出たところで、本当に空を飛んで。
頼りにしていないわけではないが、ちょっと不安が残る。
「シア、悪いけど訓練校を担当してくれる?」
「いいですよー。じゃ、わたしもぼちぼち向かいますね」
こうしてミーネとシアが一足早く収穫に向かい、残る二箇所、冒険者ギルドの北支店と西支店へ誰が向かうか決めることにする。
残った者たちのうち、エイリシェに状況把握と連絡仲介をしてもらわなければならないのでジェミナは居残りが決定している。
そしてサリスは次の段階――、事態が収拾してからのことを考えて別行動をするらしい。
「私は荒事に向きません。ですから捕縛に協力するのではなく、ご迷惑をかけたことへのお詫びの品を準備するため父のところへ向かいます。どのくらいの品が必要になるかは被害状況次第ですので、事態が落ち着きましたらお知らせください」
「お、お願いします……」
まあ突然あんなのが現れたら混乱が起きるだろうしね、お詫びはいるよね。
となると残るメンバーはおれ、アレサ、ティアウル、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、パイシェ、ヴィルジオ、デヴァスの十名だ。
「ひとまず皆はどちらに行きたいとか希望はある?」
尋ねてみるが、皆からの発言は無い。
あれ? どしたの?
困惑していると、やがてヴィルジオが尋ねてきた。
「あー……、主殿、ちょっとよいか?」
「なんでしょう?」
「主殿はどちらへ向かうのだ?」
「ぼくですか? では……、北支店で」
「そうか、では妾は西支店だな」
このヴィルジオの選択がきっかけとなり、それから一気に割り振りが決まった。
まず北支店へと向かうのがおれ、アレサ、ティアウル、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、そして皆を運ぶデヴァスで八名。
西支店へ向かう者はパイシェとヴィルジオの二名だ。
「え、えっと……。協力をお願いしておいてなんなんですけど……、人数がちょっと偏りすぎじゃないですかね?」
それとなく、二名くらい西支店チームに参加してもらえないか話したところ、メイド五名による牽制合戦が始まった。
何故だ、何故ここで啀み合う……。
終いには訓練場で生き残り戦が始まりそうになり、見かねたヴィルジオが言った。
「まあこちらは二人で問題なかろう。望むならパイシェもあちらに参加してもよいのだぞ?」
「変に活躍してしまうと後が恐いので遠慮します……」
いや活躍してもらっていいんだが?
ともかく時間が惜しいということで、北支店の七名は竜化したデヴァスに乗って(二名は摘まれて)向かい、西支店はヴィルジオとパイシェにダッシュで向かってもらうことになった。




