第49話 7歳(春)…シアの才能2
果たして、シアはどんな武器が得意なのか――
まずはお約束の剣を確認してみた。
【剣】……ひとたび振るえば己のケツに刺さる。
ちょっと意味がわからない。
槍を調べてみる。
【槍】……ひとたび振るえば己のケツに刺さる。
やっぱり意味がわからない。
ほかにも弓やら斧やらと調べてみたが、どれもこれもケツに刺さるという結果がでた。
「どうです?」
シアは期待に満ちた目でおれを見ている。
見ている……
「えっとな……」
「はいな!」
「色々調べてみたんだ……」
「ほうほう?」
「全部おまえのケツに刺さるそうだ」
「意味がわかりません!」
「同意見だよ! おれだってわかんねえよ!」
叫ぶシアの気持ちはわからんでもないが、だって本当にそうでてるんだもん!
「またイジワルですね! ご主人さまはなんでそうイジワルばっかりするんですかもー!」
「イジワルじゃねえよ!? だって全部あれだぞ? ひとたび振るえば己のケツに刺さるって出てるんだぞ? つーかどうして鈍器まで刺さるんだよ!」
いやまあ頑張ったら刺さる穴はあるんだけど、だとしてもおかしいだろう。
「そんな適当なこと言ったって誤魔化されませんよ! あれですね!? わたしがすごく才能あるからって嫉妬してるんですね!」
そう言ってシアはどこかへ駆けだしていき、やがてナイフを握りしめて戻ってきた。
おれが木を加工するのに使っている扱いやすい小振りのナイフだ。
「おまえそんなん持ちだして……危ないぞ?」
「見ててくださいよ! わたしの華麗なナイフさばきを!」
謎のポーズを決めると、シアはナイフを振ろうと一歩踏み――だせない。
右足が左足のかかとにひっかかり、ダイナミック五体投地。
ぺろん、とスカートがめくれあがり、さらけだされるおパンツ。
そこに――、あたふたと手を振った拍子にぽーんと上空へ放りだされていたナイフが落下。
バスッとシアのケツに刺さった。
「んぎゃばばばぁぁ――――!?」
小振りのナイフといえど尻に刺さればそりゃあ痛かろう。
シアがうつぶせのままじたばた暴れ始めた。
「……ホントにケツに刺さった……」
「ちょちょちょ、ごご、ご主人さま! 感心してないでどうにかしてください!」
「どうにかって……どうすんだよ……」
引っこ抜いてすぐ治療したほうがいいから、まずは母さんを呼んできてスタンバイさせておくべきか?
しかしこの状況をどう説明したら……。
と思っていたら、シアの悲鳴を聞きつけて両親そろってやってきた。
「シアちゃん!? どうしたのこれ!?」
「おいおい息子よ、シアちゃんが可愛いからって刺すものが違う――ぐほっ」
父さんがなんか言いだして母さんに寸打を喰らっていた。
説明しても理解してもらえる自信はなかったが、おれはとにかく事情を話す。
自分には才能があると過信したシアがナイフを持ちだしてきて、いざ振ったらこうなった――、と。
「……どうしてお尻に刺さるの?」
そんなんおれが聞きたい。
まあ見てなきゃ信じられないよな、そんな話。
「なあシア、あそこにある薪割りの鉈でもう一回やってみてくれるか?」
「鉈とかどんな大惨事を期待してるんですかご主人さまは! お尻真っ二つですよ!」
「もともと割れてるから大丈夫だよ」
「それのどこが大丈夫なんです!? 真の意味での真っ二つですよ!? もしくはジューモンジに割れます! 絶対にお断りです! というか早くこれなんとかしてくださいぃぃ!」
「へいへい」
おれはシアの尻からナイフを引っこ抜き、母さんがすかさず回復魔法をかける。
「シアちゃんは武器に触るの禁止ね」
騒動のあと母さんにそう注意され、シアはしょんぼりと受けいれた。
「るーるるー、るるるー……」
さすがにちょっと堪えたか、笑顔で空の彼方を眺めたまま固まっているシアはそこはかとなく不気味であった。これをきっかけに〈気狂い姫〉が再発しても困るため、おれはシアが扱える武器はないかとこっそり調べ、そして――
【鎌】……だいしゅき!
見つけた。
見つけたのだが……武器か?
まあ武器になる道具ではあるか。
それに死神といったら大鎌だから、たぶん……大丈夫だろう。
少なくとも尻に刺さるということはないはずだ。
このことを伝えると、シアは大いに喜んだ。
「当然と言えば当然ですね! そう、わたしが使うとなったら鎌以外にあるわけがないのですよ! いやはや、つい取り乱してお恥ずかしいところをお見せしました!」
まったくだ。弟が見たら軽くトラウマものだったぞ。
とはいえ、シアが鎌を武器にすることを母さんが許さなかった。
まああの失態からすれば、武器ですらない鎌を武器にしようなんて危なっかしすぎて許可できるわけがない。
仕方ないので、とりあえず木剣ならぬ木鎌を作ってやることにする。
シアの要望で普通のサイズの木鎌を二丁だ。
「死神といったら、なんかやたらでかい大鎌だと思ったが普通の大きさなんだな」
「大鎌は元々のものだけと決めていますから。あれの代わりはありませんし、あれ以外を手にとるつもりはないのです」
死神なりのこだわりがあるようだ。
「ふふっ、どうですかこの一途さ。ぐっときませんか?」
無駄に得意げでイラッとしたので、おれはぐっと拳を握りしめた。
「なんで真顔で拳を握りしめるんですかね!」
△◆▽
数日後、シアが木鎌を器用に操っているのを父さんが見つけ、おれとの試合を提案した。
「手加減してあげますからね!」
得物を手にいれたシアは完全に調子に乗っていた。
おれと対峙するシアは両手にそれぞれ木鎌を持ち、とくに構えるでもなく自然体のままゆらゆらしている。
やはり普通の鎌を二丁よりも、背丈くらいあるでっかい大鎌のほうが絵面的には栄えるようだ。あれでは実際の鎌を持ったとしても、これからお庭の草刈りを始めます的なものにしか見えない。
そもそも鎌でどう戦うんだか。
その構造的に、斬るためにはまずひっかけて引かなければならない。うまく引っかけたとしても、自分の無防備な懐に相手をもぐり込ませていることにもなるわけだし、やはり武器としては色々と欠陥があると思うんだが……。
「んじゃ始め!」
父さんの掛け声に、とりあえず勝負開始である。
と思ったら、シアがすでに目の前にいた。
「ふぁ!?」
驚いて、とっさに距離をとろうとしたところでシアが目の前から消える。後退しようとしていた勢いはとまらず、足を後ろへ送ろうとしたらなにかに引っかかりつんのめった。体勢が崩れたと同時におれの首――顎下あたりになにかがひっかかり、そのまま引き倒されながら首にぐるりと線を引かれるようになぞられた。
「ご主人さまー、油断しすぎですよー」
それこそ気づいたら仰向けになっていた、という状態のおれをシアが見下ろす。
「……今、なにした?」
「ふぇ? なにって、回り込んで、足引っかけながら首に鎌をかけて、そのまま後ろに倒しただけですよ?」
あっけらかんと言う。
おれは自分の首にふれ、倒れながら鎌の刃で首をなでられていたことにぞっとする。
本物の鎌だったら死ぬ攻撃だよねそれ。
おれの瞬殺は父さんも予想外だったのか、腕組みして首をひねっている。
「ここまで一方的か……、だがまあ、速い相手になれるのに丁度いいか」
そして模擬戦は継続され、結局、その日はシアにボロ負けだった。
まず単純にシアの動きについていけない。
これはまずいと〈針仕事の向こう側〉を使ってみたが、それでもシアの動きを捉えられない。目の前にいるのに消える。そして消えたと思ったらおれの脇やら首やらに木鎌がするりとひっかかり、ころりと転がされるのだ。
シアがなにをやっているのか?
鎌を使っての柔術のようなことだ。
斬りつけたり刺したりなど最初から考えていない。相手に肉薄し、鎌を引っかけて体勢を崩す。腹の立つことに、シアは自分の力はあまり使わず、対処しようとするおれの力を誘導しておれをすっ転ばせる。
そして、どうやらシアは本当に手加減してくれているようだった。
本気ならもっとえぐい体勢の潰し方もあるだろうし、そもそも、もしこれが刃のある本当の鎌なら、ひっかけられて転がされるだけでもざっくりと肉をいっているだろう。鎌を引っかけられ、転ばされるたびにその木の刃の当たり具合から、実際に想像してしまってタマタマがヒュンとなる。えぐい。実にえぐい。
「……ちょっと、やりすぎました……?」
模擬戦終了後、地面にぐってりしてしまったおれを見下ろし、シアは困惑顔で言った。
もし〈雷花〉を使ったとしたら、おれはこいつに勝てるだろうか?
――いや、そもそもあのメイド服が雷撃を無効にするんだった。
ってことは……あれ?
おれってどうあがいてもこいつに勝てないんじゃね?
専属のメイドが対主人戦に特化してるってどういうことだよ。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/18
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/01




