第476話 閑話…弟
炯眼と称号について5話を少し修正・加筆しました。
要点をまとめるとこうなります。
①炯眼は主人公が使うといまいち。
②上位存在に特殊な関わり方をしている場合、それが第1称号に固定される。
これによりいまいちな炯眼でも敵対者を発見することはできる。
シアの〈暇神の使い〉は変動しまくってますが、一応は死神、暇神と同格なので例外となっています。
時は遡り――。
カロランの死によって危機が去ったことをエルトリア国王が人々に説明している頃、ザナーサリー王国の宮廷魔導師であり、魔導学園の学園長を務めるベリアは王都エイリシェにある屋敷へと帰宅した。
「ただいまー」
「帰ったか。早かったな。片付いたのか?」
にこやかなベリアを迎えたのは使用人として働き始め、まだ一年もたっていないエルフの少女。年の頃は十五、六。少しきつい感じのする顔立ちであるが、とても美しい少女である。
「もうすっかり。これで安眠できるというものだよ。レスカさんの方は何かあった?」
「屋敷に籠もりきりの私に何かあるわけなかろうが」
ぶっきらぼうにエルフの少女――レスカは言う。
「たまには外に出ればいいのに」
「出られるわけなかろう! もしうっかり誰かに出くわそうものなら大問題だろうに! そうなったら貴様とて困るだろう!」
「そこは他人のフリで誤魔化せば」
「役者の真似事などできるか!」
「使用人の真似事はだいぶ板に付いてきてるし、たぶん大丈夫じゃないかな? 初めの頃だって、森から出てきたばかりの不器用なエルフ少女が慣れない仕事に翻弄される姿を的確に表現できていたし」
「ふざけるな! そして昔の事は言うな! 最近はそれなりにできておるだろうが!」
くわっとレスカは食ってかかるが、ベリアはにこやかなまま。
「まったく、いちいちからかいおって……」
「レスカさんが可愛いもんで」
「うっさい! 遊ばれるこっちは気が気でないわ! そのうち学園にも付いてきて欲しいとか言いながら、よりにもよってリィを学園の教師に誘うなど意地悪が過ぎるだろう!」
「いやあれはリィさんならああ言えば絶対に学園には近寄らなくなるとわかっていての誘いだったんだけど……」
「あー?」
説明してみたがレスカは胡散臭そうに見るばかりで、ベリアは苦笑するしかなかった。
「信用無いなぁ……」
「どうして有ると思えるのか」
「いや、それはほら、大人しく言うこと聞いてくれているし……」
「しれっと同志を始末してくるような奴に逆らえるわけがなかろうが!」
「ええぇー……、まるで私が悪いように言うけど、先に手を出してきたのはあっちだよ? あいつが私の生徒を陥れ、手中に収めようとしたからさ。私はね、懸命に努力する者を踏みにじる奴を許せない質なんだ。回りくどい手を使っていたし、バレたら私に殺されることも覚悟しての行動だった。自業自得というやつだよ。まあ、余計なことを喋られたら困るというのもあるんだけどね」
ベリアが肩をすくめてみせると、レスカは渋い顔をして言う。
「私の場合はどうだったのだ?」
「え? 別にレスカさんには特に何もしてないよね? むしろ協力してあげたじゃないか。当時はレスカさんを若返らせるには力不足だったし……、あ、もしかしてレイヴァース家御一行が向かうのを止めなかったから怒ってるの? いや、理由が無いのに無理に止めるのはさすがに……」
「ふん、すっとぼけおって」
「すっとぼけ?」
「ここで暮らすようになって考える時間はあったからな、忌々しい出来事を思い返すうちに気づいたのだ。あ奴らのなかでロークという者だけ転移したにもかかわらず結界の外にいた。私が女王の座を追われたのは聖女を転移させ損ねたのが一番の原因となったが、では、聖女を飛ばせていた場合はどうなる。あのロークという者が邪魔を……、ってなんだそのアホ面は」
「いや、レスカさんってちゃんと考えることができたんだなって。もしかしたら環境が変えたのかな? 踏まれて伸びる人?」
「うっさいわ! で、どうなのだ! あの森の結界はすべてお前の手によるものだろう!」
「うーん……、困ったな……」
ベリアは腕組みして唸り、どうしたものかと考え込む。
「レスカさんの納得がいくように説明しようとすると、知られるとよろしくないことも話さないといけなくなるのがなぁ……」
「はっ! 信用だのなんだの言っておいてそれか。まあ話したくないのならばそれでよいわ。下僕は下僕らしく黙って言われたことをこなしていけばよいのだろう!」
「黙ってないし、そもそもこなせてないけど……」
「うっさいわッ! もう知らんッ!」
「あ、待った待った」
ぷいっ、とそっぽを向いてレスカは奥へ行こうとしたので、ベリアは慌ててそれを止めた。このまま放置すると数日は口を利いてくれなくなる、これは実証済みなのだ。
「うーん、そうだね、ちゃんと説明することが信用を築く第一歩かもしれないし、よし、じゃあ聞いてもらおうか」
「ふむ?」
本当か、と疑うような表情をするレスカ。
たぶん今からかうと凄く怒って楽しい――、そんな誘惑を断ち切ってベリアは事実を口にする。
「あのロークという男性はね、実は私の兄なんだ」
「……は?」
予想外の言葉が飛びだしてきてレスカは呆気にとられた。
「あ、兄? ではお前……、あ奴らの親族なのか?」
「そうなるね」
「そのロークはそれを知っているのか?」
「知らないよ。私は生まれてなかったし」
「うん?」
レスカはよくわからないといった顔。
もしロークの遍歴を知っていたならばその程度の表情ではすまなかっただろうが、それもまた時間の問題、早いか遅いかの違いでしかなかった。
「私はね、魔導を究めるために時間が必要だったんだ。人の生涯程度ではとても足りず、死を越え不死者となり、さらに素質の限界を感じたところで新しく生まれ直すことにした。そのためには生まれる前の赤子が必要だったんだ。まだ母親の胎内にいる胎児の段階で、あらゆる手を尽くして魔導に高い適性を持つ、新しい体を作りあげるためにね」
「お、おまえ……、なにをいって……」
「とは言え、罪もない母子を攫うのは気がひけてね、準備が整ってからは、ちょうど良く胎児が生きたままの母親の死体がないかと世界を放浪する日々だった。そんなとき、ゴブリンの軍団に襲われた村を見つけてね、とうとう目的の母子を発見したのさ。そのとき側にいた子供がロークだったんだけど……、おや、顔色が悪いよ?」
尋ねられたレスカだが、いつもの調子で怒鳴り返すことは出来なかった。
ルーの森の結界を作った時からベリアが並の魔導師ではないことはわかっていた。
危機に瀕した自分を回収に現れ、転移魔術によってこのエイリシェへと連れ込み、その後、若返りの魔法で自分を若返らせてくれた時からは、おそらく世界で一番の魔導師だろうと思っていた。
だが、このベリア、どうやらそんな生やさしい存在ではなかったことをレスカはようやく理解した。
「そ、そんな話を聞かされれば顔色も悪くなるわ。死を越えた魔導師だと? つまり貴様は――リッチだったのか」
「うん、そうそう。でもほら、今はちゃんと人になってるからそう嫌な顔しないでほしいな。でだね、ロークを助けたのは、やっぱり弟なら危機に陥るとわかっている兄とその家族を助けたいと思うだろ? でもレスカさんにも悪いし、だからぎりぎりの妥協点としてね、転移先を君と同じ、屋敷の地下に変更する首飾りを渡しておいた」
本来なら怒るところなのだろう。
が、ちょっと突いたらとんでもない話を聞かされることになったレスカは気が気ではなくなっており、そんな気力は湧いてこなかった。
「このことを知る者は他におるのか……?」
「レスカさんだけかな」
「……」
「あれ!? 怯えてる!? いやいや、待った待った。ほら、これは信用してもらおうと思って話したことだからね? 知ったからには生かしておけないとか言わないからね? そんなさ、自分でぺらぺら喋っておいてそんなこと言いだすのは頭おかしすぎるじゃないか」
「あ、ああ、そうだな……」
「こ、困ったな……、えっとね、レスカさんは今、私から魔導学を学んでいるだろう? つまり私の生徒だ。いつか復讐してやろうという気持ちはあまり褒められたものではないけど、これまで努力なんてしなかった君が、懸命に学ぶ姿は私の心を打つんだよ。私は向上心を持ち、努力する者の味方だ。本来、そういった人たちが崇めるべき神がシス様なんだけどね」
「私の口を封じようとは思わないと?」
「まあ裏切ろうとしたら私もそれなりの対応をしなければいけなくなるけど……、復讐のためにもそんなことするつもりはないだろう?」
「まあな。それに、これでも若返らせてくれたことには恩義を感じているのだ」
「なら問題ない」
そう言い、ベリアはにっこり微笑む。
「ふう、よかった。怯えられるくらいなら、いつもの邪険な扱いの方がましだからね。できれば信用してもらって、もう少し態度が柔軟になるのが望ましいんだけど」
「……善処しよう」
「お! おお! これは秘密を打ち明けた甲斐があったかな!」
「やかましい! ほれ、ととっと部屋なり風呂なり行け。私は食事の用意をするからな」
「わかった。じゃあ部屋で少し休んでから、風呂で汗を流して、それから食べられるものになってきたレスカさんの料理を頂こうかな」
「いちいち余計なことを言うな!」
くわっとレスカが牙を剥く。
レスカがいつもの調子に戻ったのを確認したベリアは逃げるように自室へと向かい、椅子に腰掛けると緊張がほぐれたことで「あぁー」と声を漏らした。
「さすがにあの距離を跳ぶのは堪えるなぁ……」
今回、レスカに自分の秘密の大半を喋って聞かせたベリアであったが、それでもまだすべてではない。
リッチとなる前、ただの魔導師であった自分が、いったいどういう名であったか、誰に魔法を教わり、そしてその背を追ったのか。
「やっぱり、姉さんのようにはいかないか」
呟きながらベリアは目を瞑り、憧れと共に過ごした日々に思いを馳せた。
遠かった背中はもはや追うこともできず、しかし、もし叶うなら伝えたい。
ぼくはこんなに強くなりました――、と。
これにて7章『獅子と猪』は終了です。
次章――間章『心づくしの料理を』は20日からの更新を予定しています。
まだ1話目すら出来上がっていなくて……、すいません。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/09/16




