第474話 13歳(春)…ご当地お姫さま
「それじゃあ私はここでお暇するわ」
エイリシェの精霊門がある教会っぽい建物から出たところでティゼリアがそう言った。
てっきり一緒に屋敷へ来るものと思っていたのに。
「うちでちょっと休んでいきませんか?」
「うーん、魅力的なお誘いなんだけど……、早めにやらないといけないことが色々と……、ほら、もともと誘拐事件は私が担当していたでしょう? だいたい二年分の調査を文書にまとめ直して……」
話ながらティゼリアの表情が曇っていく。
それは……、大仕事だな……。
系統は違うが、おれもまたせっせと文字を綴っていく仕事をしているから気持ちはよくわかる。
「では片付いたら遊びに来てくださいよ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
微笑み、それからティゼリアはおれの前に跪いた。
「ティゼリアさん?」
「ここはちょっと真面目なところだから」
「真面目?」
「ええ、貴方が関わらなければ、この一連の事件の結末は悲劇的なものになって犠牲者も多数でたはずよ。私だけではどうにもならなかった。だから――、本当にありがとう」
「あ、いや、えっと、どういたしまして」
急に改まったティゼリアにちょっと驚き、そしてちょっとテレる。
「ふふ、あの日、貴方に出会えたのはお導きだったのかもしれないわね」
△◆▽
ティゼリアと別れたあと、おれたちは屋敷へと帰還した。
屋敷では皆が玄関前で帰りを迎えてくれ、そこには犬とヒヨコも混じっていたが、その他――ぬいぐるみ軍団や妖精、先に帰還していた精霊たちは人目につかないようにと玄関奥に集まっている。
そんななか、ぴゅーん、とすっ飛んできたのはクロアとセレスで、それぞれがおれとシアにがっちり抱きついた。
「兄さん、おかえり!」
「ただいま」
うんうん、帰ってきたという実感が湧くなぁ……。
「たいへんだったって聞いたけど、兄さん大丈夫だった?」
「もちろん、この通りだ。――あ、そうそう、前に兄ちゃんと試合したことあっただろ? 今回はあれがあったおかげで、危ないところを助けられたんだ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。凄いぞ、兄ちゃんの自慢の――」
と、言いかけたところでスパコーンッと背後から頭を叩かれた。
なにごとっ、とふり返ると、そこにはハリセンを手にしたリィが。
「え、なんで?」
きょとんとしていると、リィは深々とため息をついて言う。
「そうじゃねえだろ。お前それじゃいつも通りクロアを褒めてるだけじゃねえか。ほれ、まず言うことがあるだろうに」
まず言うこと?
はて、と思い、それから気づく。
「あ、そうか。……えっとな、今回、クロアのおかげで兄ちゃん命拾いしたんだ。ホントにありがとうな」
「……」
するとクロアはぽかんと黙りこんでしてしまう。
あれ、と思っていると、ふいにその瞳からぽろっと涙がこぼれ、クロアは突然のことにびっくりしているおれに改めて抱きついてきた。
肩越しにふり返ってみると、リィはうんうんと頷いている。
そうか、これまでたくさん褒めたけど、こうやって感謝を伝えたことってあまりなかったな……、至らぬ兄ですまない。
おれはクロアが落ち着くまで撫で撫でし続け、周りにいる皆はにこやかにおれたちの様子を見守っていた。
△◆▽
お出迎えをされたあと、一度みんなで食堂に集まって今回の出来事をざっと話して聞かせることに。
すると――
「おひめさまー?」
リオがエルトリアの王女であった事実にセレスが食いついた。
「そうです! 実は私もお姫さまだったのです!」
「おひめさまー!」
セレスは席を立ち、ぐるっとテーブルを迂回してリオに抱きつきに行く。
セレスは本当にお姫さまが好きだが……、各国の『姫』という存在をどんな感覚で捉えているのだろう?
ご当地のゆるキャラみたいな感じだろうか?
「リオはお姫さんだったのかー。でもメイド続けるのかー?」
「姫、くびになった?」
そう言うのはティアウルとジェミナの二人。
「違いますよー、メイドを続けるのは色々と事情があるのです。詳しくはあとでアーちゃんから聞いてください」
そう言ってリオはセレスときゃっきゃし始める。
くっ、おれも姫だったら……!
「リオねーさま、おひめさま」
「はい、お姫さまですよー」
「シャンねえさまもおひめさまー」
「おう、姫だぜー」
「ほかにもおひめさま?」
と、セレスがメイドたちを一人一人見つめていく。
皆はそれぞれ違うと笑いながら否定していったのだが……
「ん……、んん、え、えっと……」
そう言葉を濁したのはヴィルジオだ。
「ヴィーねえさま、おひめさまー?」
「う、うぅ……、よ、よしセレスよ、ちょっと妾と違うところでお話しようではないか。すまぬがセレスを借りるぞ」
ヴィルジオはそう言ってセレスをひょいっと抱え、食堂から逃げるように出て行った。
絶対に明かさないつもりなら「違う」と否定できるが、いずれ明かすつもりだと嘘つきになっちゃうからな、それで困ったのだろう。
皆は知っているのか、感づいているのか、特に追及するつもりはないようで、おれはそのまま話を続けることにした。
△◆▽
話はお面に乗っ取られたことにも触れることになったが、ここは断固として伝説の猪フォーウォーンであったことを強く推した。
乗っ取られていたときのことはよく覚えていないので、ここは説明のしようがなかった。寝ているときに見た夢をはっきりと思い出せないようなもので、となると前回のときは明晰夢のようだったと言える。
まだ前回は自分の意志もあり、仮面をはずせたからな……。
このオーク仮面のくだりで心配したのはコルフィーの反応だったが、特に質問してくるようなことはなかった。
それはそれで恐いのだが……、まあ頑張って誤魔化していこう。
エルトリアでの出来事を聞かせたあと、ひとまず集まりを解散しておれはひと休みしようと寝室へと向かった。
そしたらセレスを連れたヴィルジオに遭遇。
「あ!」
セレスはおれを見つけるやいなや、ハッとして両手で口を押さえ、てけてけどこかへ逃げて行った。
「セ、セレスや、さすがにそれは」
セレスのあからさますぎる反応に、笑顔になるのが堪えきれない。
見ればヴィルジオも揃えた指で額を押さえながら笑ってしまっていた。
「ま、まああれだ主殿、いずれ機会がきたらだ。さすがにこのままなし崩しではあまりにも締まらん」
「わかりました」
お互いにちょっとにやけた表情で会話を交わし、おれはそのまま寝室へ。
まずはベッドにバフーッと倒れこもうと考えていたのだが――
「……猫さんや、そこはおれのベッドなんですけどね……」
姿の見えなかったネビアが、ベッドのど真ん中で丸くなっていた。
「これこれ、ちょっとおどきなさい。おどき……、って怒んなよ!?」
ちょいちょい突いてどかせようとしたらフシャーッと威嚇された。
くっ、おれのベッドなのに……!
仕方ないので、おれは足元に横からバフーッと倒れこむ。
そしたらネビアがおれの背中に乗ってきた。
「なんでわざわざ狭い背中にくるんだよ……!」
言うが、ネビアは知ったことかとおれの背中にのっしり伏せ、へぶるるる……と百分の一馬力くらいのアイドリングを始めた。
嫌がらせだろうか、それとも仕留めたでっかい獲物の上でポーズ決めて黄昏れてる主人公ごっこ?
困惑しているとドアがノックされ、サリスが入ってくる。
「あらネビアちゃん、さっそく御主人様に甘えているんですね」
「甘えて……? これ甘えてるの?」
「きっとそうですよ。御主人様が出発してからしばらく、ネビアちゃんは御主人様を捜してこちらと仕事部屋をうろうろして鳴いていましたから」
サリスの言葉に、エプロンのポケットにおさまって顔を覗かせているウサ子もうんうんと頷いている。
「そっかー……」
それは悪いことをしたと思う。
でもこれ、甘えてるんじゃなくて拗ねてるんじゃないかな?
「サリスさん、ちょっとどかしてもらえませんかね?」
「御主人様、そう言わず、もう少し甘えさせてあげましょう」
サリスはそう言ってにこにこ見守るばかりだ。
ここで無理に起きあがろうとすると、抵抗にあって背中に爪を立てられそうな予感がするため、そろそろ、とサリスがどかしてくれるまで、おれはもうしばし背に毛玉を乗せたままでいることになった。
まだ子猫だからいいが、これが癖になってでっかくなっても乗ってくるようになったらさすがに苦しいだろうな。
きっと座布団代わりのクマ兄貴はぺしゃんこだぞ……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/11




