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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第473話 13歳(春)…猫のこだわり

 それからさらに二日安静にした甲斐があったのか、だいぶ体調は回復し、軽い運動をしても問題ない状態まで持ち直した。

 クールタイムはだいたい一週間のようだ。

 これまでの三日からずいぶん伸びたな。


「すっかり元気になられましたね」


 その日の朝、シャフリーンに起こされたおれは、そのまま着替えを手伝ってもらう。

 もう一人でも着替えられるのだが、シャフリーンは世話を任されたからと何から何までやろうとしてくれる。大丈夫だから、と断ればいいのだろうが、こういったサポートに関してシャフリーンは飛び抜けているため、つい流れに乗せられて任せてしまうのだ。

 慣れすぎるとシャフリーンがミリー姉さんのところに戻ったら困るので気をつけねば……。


「本日はどうなさいますか?」

「今日はちょっと魔術を使ってみようと思う」


 ただ、体に影響のある〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉は使うのが恐いし、お面が勝手に習得しやがった新能力二つなどもってのほか。

 新能力については、検証できる状態ではなかったということもあって未だ不明なのである。

 漠然とした認識では、一つは探知っぽい能力。

 ティアウルのミニマップに近いものかな?

 もう一つは……なんだろう?

 どうも精霊を物に取り憑かせる能力のような、違うような……。

 まあそれはもうしばらく体を休め、調子を見て検証を行うことにする。

 となると残る能力は〈精霊流しの羅針盤〉である。

 これなら失敗しても召喚しようとしたものが木っ端微塵になるくらいだろう。

 ということでおれはクマ兄貴の召喚を試みた。

 バチーンと雷が爆ぜ、クマ兄貴が出現。

 よし、大丈夫なようだ。

 クマ兄貴は突然の召喚にちょっと驚いてきょろきょろしたが、おれとシャフリーンの姿を見つけると、おいっす、と手を挙げた。

 そんなクマ兄貴、なにやら肩掛け鞄を装備している。


「なんだそれ?」


 尋ねたところ、クマ兄貴は鞄をごそごそ。

 そして一枚の、色紙を半分にしたような長方形の板を取りだして両手で掲げた。

 板には文字が書かれている。


『どうだ』


 一瞬意味がわからなかったが、すぐにはっとする。


「おお、その方法できたか!」


 遅すぎる筆談の解決策。

 あらかじめ汎用性の高い言葉を書きこんだ板を用意し、それを見せることでなんとなく意思疎通ができるようにしたらしい。

 感心しているとクマ兄貴は板を仕舞い込み、今度は違う板を掲げた。

 ちょっと時間がかかるが、筆談よりははるかに早い。

 ちなみに次の板には人の名前が書かれていた。


『サリス』

「サリス……?」


 ご丁寧にウサギの絵まで描かれている。


「サリスさんが考案されたということを伝えたいのではないでしょうか?」


 シャフリーンが言うと、クマ兄貴はうんうんと頷いた。


「あ、なるほど」


 伝えたいことに近い言葉を選び、そして肯定、否定の動作も組み合わせての意思疎通か。

 それからしばしクマ兄貴と新感覚の対話をしていたところ、国王とアスピアル公爵――リオとアエリスの親父さんたちがやって来た。


「んん!? なんだねそのかわゆいクマさんは!」


 国王はそのごつい見た目に反してこういう可愛げなものが好きらしい。この反応で嫌いってことはないだろう。

 たくさんの精霊によってシャーロット像が動き回っているのを見た人に今更魔道具だと誤魔化すのは意味があるとは思えず、ひとまず精霊の入り込んだぬいぐるみであるとそのまんまの紹介をした。

 するとクマ兄貴はさっそく会話プレートでの対話を試みる。


『我はクーエル』

「おお! 賢い! ちょっと抱きしめてもいいかね?」


 国王が言うと、クマ兄貴はびくっとした。


「ええ、どうぞどうぞ」


 おれがそう答えると、クマ兄貴はおれを二度見した後、急いで鞄にプレートを仕舞い込み、次のプレートを出そうとする。

 が、その前に国王ががっちり抱きしめた。


「んー、かわゆいかわゆい」


 国王が抱きしめ頬ずりすると、クマ兄貴はびくんびくんと痙攣するように震え、それでもなんとか鞄からプレートを取り出そうと藻掻くが上手く行かず、プレートを何枚も取り落として床に散らかすことになった。

 会話プレートは色々あるな。

 でもなんだこの『主の名は呼んでやるな』って。

 どこで使うことを想定したんだ。

 気持ちは嬉しいがわけがわからん。

 何か用があって来たのだろうが、国王はクマ兄貴に夢中なので半笑いの公爵に話を聞く。


「あ、ああ、実はね、君の体調もだいぶ回復したようだから、明日にでも表彰式を行おうと思うんだが……大丈夫かな? 予定ではリーセリークォート殿とアレグレッサ殿は、今日あたり帰還するということだし。遅れたならば日もずらすが、ひとまずということで」

「それなら、はい、大丈夫です。すいません、ぼくの回復をまっていただいて」

「いやいや、それは当然だよ。こうやって元の生活に戻れたのも、君の活躍あってのものだからね」


    △◆▽


 邪神関係の話をロールシャッハや六カ国に伝えに行っていたアレサとリィは、表彰式のことを伝えられたその日の昼前に戻って来た。


「ロシャがさー、たまには明るい話題が欲しいって泣いてたぞ?」

「そ、そう言われましても……」


 おれだって出来るならそうしたい。

 好き好んで深刻な話ばかり伝えているわけではないのだ。

 予定通りアレサとリィが帰還したことで、告知通り執り行われることになった。

 そして翌日――。

 案内されたのは戦いの跡が残る謁見の間で、リビラの獣剣が空けた壁の穴は修復中で布がかぶせられている。

 部屋の奥には玉座に王様が座り、その隣に立つのはリオ。

 二人の正面にて控えるのはおれを先頭としてシア、ミーネ、アレサ、リィ、リビラ、パイシェ、ティゼリア、それからせっかくなので戻ってもらったデヴァスである。

 デヴァスは国王の前に出られるような正装は持っていないとあわあわしていたが、王宮側から「大事なところが隠れていればそれで良い」という寛大を通りこしたお言葉があったので普段着での参加となった。

 まあ四年間裸族だったからな。

 他にも、部屋の両側面にはディアデム団長を始めとした騎士たち、それから大臣方が並んでおり、アスピアル公爵の隣にはアエリスが居る。

 そして肝心の表彰式だが、おれたちの功績を讃え、報奨を与える、という無難な進行で何事もなく終わった。

 もしかしたらリオが女王となった暁には、王配としてエルトリアへ来ないかとか言われるかと思ったが、そんなことは無かった。

 ミリー姉さんが牽制に来たからかな?


「おや、レイヴァース卿、どうなさいましたか?」


 おれが肩すかしをくらったような気でいたからだろうか、表彰式を終えて部屋からでると外で待っていたシャフリーンが尋ねてきた。

 シャフリーンはおれの杖となるべく手を取ってくれていたのだが、逆の手もアレサが取っているため、それはまるで『捕獲された宇宙人』――ではなく、『ご案内される宇宙人』のようであった。


「えーっとですね……」


 リオもアエリスもいないので、まあ内緒ということでこそっと考えていたことを話して聞かせた。


「べつにリオが嫌いとかそういう話ではなくてさ、ほら、そういうのはおれには早いし」


 普通の貴族からしたら早くないし、むしろ遅いと言われるかもしれないが、余所は余所、うちはうちである。

 すると話を聞いたリビラが言う。


「まあそこはミリニャの牽制があったからニャ。ちなみにニャーもあらかじめ手を打って置いたニャ」

「あらかじめ?」

「ロンドで団長さんと話をしたとき、ニャーさまにちょっかいかけるなら六カ国に喧嘩売るくらいの覚悟が必要ってそれとなく言っておいたのニャ。ニャーじゃ直接国王を牽制するわけにはいかないニャ。そこで話を聞くことになる団長の方にあらかじめ吹き込んでおいたニャ」

「んん? それってリオが儀を達成したあとの話し合いのとき?」

「そうニャー」


 あの段階でこの状況を想定してって……マジか。


「ニャーさまが関わるならきっとなんとかなるニャ。だからニャーはその後のありえる状況を予想したニャ。ニャーさまにはアレなところばっか見せてるニャーも実はけっこう頭を使うニャ。そこんとこわかってほしいニャ」

「そ、そっか……、でも、それってネビアの姉貴分みたいな普段の姿を改めればいいんじゃないの?」

「それは無理ニャ。そんなものはニャーじゃねえニャ」


 謎のこだわり、猫っぽい。

 そう、猫は謎のこだわりを持つものだ。

 例えばトイレの出待ち。

 おれがトイレにはいるといつの間にかドアの横にスタンバイしており、出ると同時に飛び掛かってきておれの足に猫パンチ。そのあと満足したのか尻尾をぴんと立てて、意気揚々と立ち去っていく、そんなこだわりだ。


「リビラはこっそり働いてくれていたのか……」


 今回、リビラは儀式に挑むリオのサポートもしていたし、他の面子が暴走気味ななかマイペースで状況を見ていた。


「じゃあ何か、おれからの報奨のような……」

「ニャーさま、これはニャーのニャーさまに受けた恩の返済ニャ。報奨とか逆に困るニャ。ニャーさまはよくやったって褒めればいいニャ。あれニャ、アレサにやってたあれをやるニャ。ニャーさまは気持ちを表す動作が控え目ニャ。もう普段からあれくらいでいいニャ」

「あれくらい……?」


 本当にあれでいいのだろうか、と周りを見る。

 頷いているのがシア、アレサ、シャフリーンの三名。

 半笑いなのがリィ、パイシェ、デヴァス、ティゼリアの四名である。

 いつのまにかどっか行ったのがいるが、肯定派にリビラを加えると懐疑派の四名と並ぶ。

 イーブンになってしまったが、まあ悪いことではなく、よく考えればクロアやセレスはそうやって喜びを表現しているし、おれの方も二人にはそうやっている。

 メイドたちには控え目すぎたのかな?


「じゃあ……、リビラ、よくやってくれた」


 ふふーんといった感じのリビラの頭を抱き寄せて撫で撫で。

 アレサみたいに唸ったりはしないが……、なんか硬直してない?

 解放すると、リビラは悟ったようなおごそかな表情で言う。


「今日のところはこれくらいでカンベンしてやるニャ」


 なんか許された……!?


「じゃ、ひとまずニャーはミーネでも捜しに行くニャ」


 そう言い残し、リビラは輪からはずれてどこかへ向かう。

 ミーネがどこ行ったとかわかるのだろうか?


    △◆▽


 表彰式が終わり、いよいよ明日はエイリシェへ帰還することに。

 さすがにこっそり帰還というわけにはいかず、大々的におれたちの帰還は市民たちに知らされ、王宮の裏手にある精霊門へ行くのに都市をぐるっとパレードしてからという遠回りになるようだ。

 ようやくの帰還だが、その前にもう一つ片付けなければならない問題がある。

 闘士倶楽部である。

 さすがに無かったことにして帰るわけにもいかない。

 筋肉痛からほぼ回復した筋肉たちは話し合いを行い、これから倶楽部はどうするべきか方針を決めたようなので、そのあたりのことをパイシェから報告してもらう。

 まず、筋肉どもは倶楽部の版図拡大を目論んでいるようだ。

 そのなかでネーネロ辺境伯領の責任者がレヴィリー、倶楽部発祥の地――聖地ロンドはバイアーが。


「聖地ですか……」

「聖地です。そして酒場の地下は神殿となります。ドルフィード様が降り立ったあの食堂は祭壇ですね」


 やったなミーネ、おまえ歴史的な建造物の制作者になったぞ。


「それから残る上級闘士七名は準備が整い次第、布教のため各地に向かうようです」


 そのうち一人はエルトリア王国で、残る六人はそれぞれ星芒六各国へと向かうようだ。

 版図の拡大は勢力の拡大となり、そうなると問題なのが――


「神酒をどうするか、となるわけです」

「なってしまいますかー」

「はい、なってしまいます」


 さすがに今のように使用することは控えられ、特別な時に飲むようにしようと話し合われているが、それであっても大量に必要となるだろう。

 これについては今後も話し合われるらしいが、まず聖地ロンドで薬草汁を一括で生産し、おれが仕上げのためにエルトリアの精霊門経由で出向くことが考えられている。デヴァスに送ってもらえるなら数日の話だし、まあ現実的である。


「でも輸送はどうするんです?」

「それは各支部の闘士たちが行うようです。聖地への巡礼にもなるのでむしろ喜ばれるだろうと」

「あー、なるほど……」


 輸送の途中で強奪されたりしたら困る代物だが、運ぶのが遠目でもわかる筋肉集団ならなんとかなる……、場合によっては襲撃者が心を入れかえて部員になることもありえる話だ。


「現在まとまっている話はここまでで、さらに進展があれば伝えるようにと言ってあります」


 今のところは版図拡大を考えつつ、そのためにどうしたらいいかと考える段階。本格的に動き出し、おれの迷惑になるのはまだもう少し先のことのようだ。

 やれやれ、ひとまずは安心かな。

 例えそれが問題の先送りでしかなかったとしても、今は筋肉から距離を置きたいのだ。


    △◆▽


 表彰式の翌日、おれたちはようやくエイリシェへ帰還することになり、その日の午後――昼食を頂いた後、立派なオープン馬車に乗せられ、左右が人々で埋め尽くされる道をゆっくりと移動していくことになった。

 それにつきあうのは騎士団と倶楽部の闘士たち。

 おれたちは長い列となり、都市をゆるゆると、ゆるゆると。

 やがて日が傾き始めた頃、やっとこさ精霊門へと辿り着く。

 ここでの見送りは同行してきた騎士と闘士たちだ。

 おれたちは皆に別れを告げ、精霊門をくぐる。

 そして目にするのは、そろそろ慣れ親しむくらいになってきたエイリシェ側の精霊門がある教会っぽい建物の内部。


「あぁー……、帰ってきたぁ……」


 ほっとして思わず長いため息がでた。

 なんか皆がふふっと笑っているようだったが、いいじゃないか。

 今回は大変で疲れたから。

 本当に疲れたんだから。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/07/24


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