第48話 7歳(春)…シアの才能1
完成したメイド服に身を包み、シアは完全なるメイドとなった。
「あらためて、よろしくお願いしまーす」
シアはにっこり微笑んだままクルクル回り、スカートをふんわりさせる。それから左手を胸に、右手はスカートをつまみあげて優雅にカーテシー。うむ、そこはグッジョブと言わざるをえない。
メイド服姿になったシアは両親にも好評だった。
しあ~と言いながらしがみつく弟にはメイド服関係なしに好評である。
その様子を両親は微笑ましく眺めているが、おれは非常に気に入らない。
忌々しいことに、今までにーちゃんにーちゃんだった弟はすっかりシアに懐いてしまっていた。それもこれもシアが自重することなく、元の世界のお歌や遊びでもって弟を楽しませるためだ。おれがやりたくてもできなかったことを、シアは遠いところからきたという適当な言い訳でもってすませ、やりたい放題やっている。
このままでは弟が籠絡されてしまう。
危機感を抱いたおれは、弟を庭に呼ぶと起死回生の一手として渾身のロボットダンスを披露した。
父さんの訓練により、体を器用に動かせるようになっていたおれのロボットダンスは自画自賛ながら見事なものであり、動画サイトに投稿しようものなら人気を博すこと間違いないというレベルであった。
が、弟は泣いた。
なぜだ!?
「いやー……、あのですね、ご主人さま。それってスゴイと同時にキモイじゃないですか。初めて見るクロアちゃんにしたら、お兄ちゃんが壊れちゃったように見えたんじゃないですか?」
しがみついてビービー泣いている弟をあやしながらシアが言う。
なんということだ。
おれは膝から崩れ落ち、敗者の四つん這いになった。
やがて、シアは泣き疲れておねむになった弟を寝かしつけに家へ引っ込み、それからまた庭に戻ってくる。
おれはそのまま四つん這い状態。失意のどん底にあった。
「え、まだその状態て……。ちょっと恐いんで立ってくださいよー」
よっこいしょーとシアがおれを引っぱり起こす。
「ご主人さまって弟さん好きですねー」
「おれを兄と呼んでくれる大切な存在だからな。それに弟はおれよりはるかに才能豊かで、将来は大成する人物だ。やがておれが足もとにもおよばなくなったとき、それでも兄として優しく接してもらうためには今のうちから媚びをうらねば……」
「動機が利己的すぎる!?」
「おいおい、もちろんそれだけじゃないぞ。純粋に可愛がっているに決まっているだろうが」
「ま、まあそうですよね、さすがに。でもご主人さま、才能を妬んで〝兄より優れた弟なぞ存在しねぇ!!〟とか思わないんですか?」
「あのな……、そもそも〝おれの名をいってみろ!!〟なんて言う奴とおれのそりがあうわけねえだろ」
「それとこれとはちょっと違うような気がしますが……。まあご主人さまが変な危機感を抱いているのはわかりました。来たばかりのわたしがあまり目立つのもあれですからね、少し自重することにしましょう」
ふふん、と偉そうに笑う。
おのれ……。
「それとご主人さま」
「なんじゃい」
「ご主人さまのあちらの知識なんですけど、わたしから聞いたとか言えば少しは活用しやすくなるんじゃないですか? あちらとこちらを比較して気になったことも、わたしを通せばご両親に尋ねやすくなるでしょう?」
自分は貴族の隠し子ではないかとシアは推測しているが、確信にたる情報はなく、結局のところその生い立ちは曖昧なままだ。そのあたりのことは両親にも話してあるので、シアはあちらの世界の知識について尋ねられたとしても、いつのまにか身についていた、で説明を終わらせることができる。おれには出来ない荒技だ。
「そうだな。そのあたりは難儀してたから、活用させてもらう」
「どうぞどうぞ。わたしはご主人さまのサポートをしにきたわけですから」
えっへんとない胸をはるシア。
「ところでご主人さま、さっきクロアちゃんが才能豊かって言いましたけど、それって調べてみたんですか?」
「ああ、あのアホ神の敵を捜す能力でな。ただあれって家族以外だと名前と称号くらいしか――、あれ? そう言えば、おまえは家族と同じくらい情報がでてきたな……、なんでだ?」
「あ、それは家族かどうかじゃないくて、対象がどれくらいご主人さまと親しいかどうかで変化するんです」
「おまえとは親しくないけど?」
「うぐ、そういうことをさらっと真顔で言う……。えっとですね、親しいというか、心を開いているというか、まあ……好感度? そんな感じととらえていただけると……」
「そのわりにミーネは――、あ、そうか、出会い頭で使ったきりだったわ。じゃあ別れ際に使えば、詳しい情報を知ることができたかもしれないんだな。……いや、べつに知りたくねえからどうでもいいか」
「その言い方はちょっとあんまりな気が……、まあミーネさんのことは置いておくとして、わたしの情報はどんなことになってるんです?」
「さあ」
「さあって!?」
「覚えてない」
「んもう! 今ちょっと見てくれればいいじゃないですか!」
シアが怒りだしたので、仕方なく〈炯眼〉で情報を読み取る。
《シア》
【称号】〈セクロスのメイド〉
〈暇神の使い〉
〈元死神〉
【神威】〈暇神の興味〉
〈群体の関心〉
【秘蹟】〈喰世〉
【身体資質】……優。
【天賦才覚】……有。
【魔導素質】……並。
「ちっ」
「ちょ!? なにいきなり舌打ちしてるんです!?」
あまり説明したくなかったが、気になってしかたないのかシアがしつこかったので、しぶしぶおれの名前つきの称号が追加されていたことを教えてやる。
「あー……」
シアはやや嫌そうな、そして気の毒そうな顔になった。
「わたしとしても複雑ですが……、ま、まあ、そこは、ね? いつかどうにかするとして、ほか、ほかにわかることは?」
「称号があとふたつあるな。えっと……〝暇神の使い、それから元死神になってる〟」
ほかに〈気狂い姫〉というのがあったが、たぶん名前をシアに変更したことで消滅したのだろう。
あれは教育に悪いから消えてよかった。
「そのまんまの称号ですね」
「〝んでもって神威って項目、ここになんかふたつある〟」
「〝ああ、神の威光ですね〟」
「〝暇神の興味と群体の関心ってなってるがなんだこれ?〟」
「〝暇神の興味は……たぶん神さまが気にかけてるってことじゃないですか? でもそれって恩恵なんですかね……?〟」
「〝知らんがな〟」
「〝群体の関心はたぶん……大きなわたしが分離したわたしに関心を持ってるってことだと思うんですが……、これもはたして恩恵なのかどうか〟」
「〝大きなわたし?〟」
「〝えーっと、どう説明しましょう。例えば、あちこちにある影が分離したわたしなんです。それで夜の闇が大きなわたしです〟」
「〝さっぱりわからん。まあどうでもいいからわかったことにする〟」
「〝だから関心ないにしてももうちょっと言葉を選びましょうよ!〟」
むきーっとシアが憤慨していたが、おれは無視して次に。
「〝あとは秘蹟って項目がある。えっと、喰うって字に世の中の世ってなってる。これってクゼって読むのか? クウヨって読むのか? それともあれか、クセーか?〟」
「〝こんな可愛らしい女の子に向かってクセーとはなんですか!〟」
「〝でもおまえ出会ったとき焙煎に失敗したコーヒー豆の――〟」
「あーあー、なに言ってるかわかりませーん。わかりませーん」
「でもおまえ出会ったとき――」
「言語切り替えてまで言いなおさなくていいんですよそこは!」
つまらん小芝居するからだバカめ。
「たぶんこれがエナジードレインっぽい能力なんだろうな。実際、その能力ってどうなの?」
「どうといいますと?」
「触れた相手をキュッと萎びさせるとか、そういうレベルなのかなと」
「そういうレベルですね」
「…………」
おれはそっとシアから距離をとった。
「いやなに離れてるんですか! 地味にくるんでそういう行動やめてくださいよ!」
「だって……」
「誰も彼も見境なくやったりしません!」
「わかった。わかったからにじり寄ってくるな」
「むぅー……」
変に機嫌をそこねて「じゃあやってみましょうか!」とか言いだされたら命がけの鬼ごっこが始まってしまうので、この話題はこれくらいにしておこう。
「んで、あとは身体能力が優れてる、なんか才能があるらしい、魔術とか魔法に関しては普通っぽい」
「才能はどんなです?」
「それはわからん。そこまで万能な能力じゃねえんだよこれ」
「ふむー、そこは自分で試行錯誤ですか。あ、武器はどうなっていますか?」
「武器か」
一発で出る情報以外は個別に診断である。
面倒だが、まあやってやろうか。




