第471話 閑話…悪徳、あるいは代行者
外輪山にある石柱を破壊したストレイとエドベッカはその場に留まり、デヴァスが迎えに来てくれるのを待っていた。
「おお、どうやら片付いたようだぞ」
頭にウサギを模したような、妙な帽子型魔道具を被ったエドベッカが言う。
その魔道具はどうやら音がよく聞こえるようになるものらしく、エドベッカはそれを使って王都から届く微かな音を捉えていた。正確には音そのものではなく魔力の波動らしいのだが、ストレイに詳しい説明を聞くような余裕はなかった。
「カロランは討たれたようだな。人々が歓声をあげている。レイヴァース、フォーウォーン、ふふっ、彼は嫌がっているだろうな」
カロラン――。
自らの手で葬ることはできなかったが、それでも、あの邪悪な存在はもう無辜の人々を苦しめることはない――、その事実だけでストレイの胸には安堵が広がり、と同時に、あんな奴のために手を汚させてしまった大闘士に対して申し訳なさが湧いてくる。
複雑な心境にストレイが浸っていると、エドベッカが言った。
「さて、これから君はどうするのかね?」
「私は大罪人。どうするもなにも、罪を償うより他は無い。望めるなら処刑ではなく犯罪奴隷として売られるのがいい。自由など無いつらく厳しい環境で働き、やがては迷い犬のように惨めに死ぬ。それが相応しい末路というものだ」
「いや、それは……どうだ? 確かに君は罪を重ねた。だがすでに悔い改めていることは聖女二人によって確認されている。なにもそこまで厳罰を求めることもないと思うのだが……」
「駄目だ。そんなことは。私が引き渡した子供たちが許すはずもない。私は苦しまなければならない」
そうストレイが告げた時――
『それは逃げだ』
声が。
ストレイとエドベッカがハッとして見上げると、そこには禍々しい黒雷を纏うオークの仮面があった。
「フォーウォーン……!」
「オーク仮面……!」
二人はそれぞれ別の名を口にして驚くが、仮面は構わず言葉を続けた。
『ストレイ、貴様、犯した罪の重さに耐えかね、自らに苦しみを課すことで罪を償っている――と、そう己を慰めるつもりか?』
「それは……」
『己の罪深さを悔いることと、償いをせずにはいられないことは同じではないどころか正反対である。貴様に与えられるべきは、肉体的な苦痛ではない。償うことも許されずに続く、荒野のごとき生だ』
「のうのうと生きていけというのか! 私に! そんなことが許されるものか! いや、私自身が……、許せない!」
『ならば、なおのこと相応しい罰となる。罪の意識に苛まれ、迷いに翻弄されながら生きてゆくのだ』
「では、罪の意識を忘れたらどうなる! 日々の生活に幸福を感じながら生きていくようになったらどうなる! 私は弱い! やがて罪深さすら忘れ去り、人生を謳歌するようになってしまうのではないか!? 子供たちの未来を奪った私に未来があっていいわけがないのだ! そんなことを子供たちが許すわけがない!」
『確かに、そうかもしれん……』
と、そこで仮面が理解を示す。
それがストレイの運命をねじ曲げる始まりとなった。
『しかし、我や貴様がいくら論議しようと、当の子供たちの気持ちを代弁することなどできはしない。子供たちが貴様を許すのか、許さないのか、それは子供たちにしかわからないことだろう』
故に――、と仮面は言う。
『ここに子らを喚ぶ』
「「――ッ!?」」
仮面の発言にストレイとエドベッカは目を剥いた。
『来たれ、流れし精霊よ。我はこの座、天と地の狭間にて待つ』
仮面がそう告げたところ、パチッと爆ぜるような音を響かせたのち四つの小さな光が現れ、仮面の周囲をふわふわと漂い始めた。
「ま、まさか……、その光が……?」
『我が刈り取った子らの魂である』
それを聞くやいなや、ストレイは跪き懺悔を始めた。
「すまなかった! もちろんもう謝っても遅いだろう! だから私をどうしたいか示してくれ! せめて気のすむように……!」
四つの光はストレイの周りを数回まわり、それから仮面の元へと戻った。
『この子らに貴様を罰するつもりはないようだ』
「な!? 本当にその子たちの本心を伝えているのか!?」
『無論。おそらく、この子らは誰かを恨む以前に恨めるような状態ではなくなったのだろう。悪い夢を見続けていたのだ』
「そ、そんな……」
『これで貴様への罰は決まったな』
そう仮面に告げられたストレイは絶望的な表情になったが――
『しかし、悪夢ばかりを見続けた子らは実に不憫。ならば今度は良い夢を見させてやろうとは思わぬか?』
「よ、良い夢……?」
『そう、良い夢だ。例えばそれは、自らに訪れなかった希望――、それを近い境遇にある子らへと届けるような、あるいは、その希望そのものとなって救うような』
ストレイには仮面が何を言いたいのかよくわからないでいたが、仮面は構わず続ける。
『しかしこの子らにそこまでの力はない。故に誰かがその夢を実現させなければならないだろう。いつまでもいつまでも続く幸せな夢のため、その人生をかけて走り続けられる者が必要だ。これは並大抵のことではない。ただの善意で果たすことのできぬこと。思うにそれは、後悔に裏打ちされた償いの意志を持つ者でなければ耐えられぬ務めに違いない』
「……!?」
ここでようやく、ストレイは仮面が何をさせようとしてるのか理解した。
「やらせてくれ、それを、私に……! どうか……!」
『子らが満足するまでやめることはできぬ。それでもか』
懇願するストレイに仮面は言う。
「構わない! この命が尽きるまでであろうと!」
『よかろう……、ならば!』
仮面が言うと、今度は激しい雷音を響かせて二つの大きな光がフォーウォーンの仮面を左右から支えて出現した。
二つの光はフォーウォーンの仮面をストレイの前にもってくる。
ストレイが受けとると、光はオークの仮面へと寄っていく。
『ご苦労であった』
「わん!」
「ぴよー!」
そして二つの光は登場した時と同様、雷音を響かせて消える。
『子らよ、その仮面に宿るがよい』
促され、四つの小さな光はストレイの持つフォーウォーンの仮面に入り込み、すると仮面は仄かな光に包まれた。
『貴様も知る通り、その子らには魔導的な才能があった。特にそれぞれが四大属性のうちの一つに長け、そんな子らの宿る仮面であるが故に、被ればそれなりの魔術を使うことができるようになるだろう』
「魔術を!?」
「んなっ!?」
これに驚いたのはストレイよりもエドベッカの方だった。
「魔導器――、いや、四属の魔術を使えるようになるともっと凄いものだ……! ほし――、いや、ああしかし、ぐぬぬぬ……ぬぅ」
エドベッカは空気を読んで黙った。
『ストレイよ』
「は、はい」
『これより貴様は貴様だけのものではない。貴様の生き方はその子らの導きによって決まる。子らが望むのであれば、貴様は穏やかな生活を送ることを甘んじて受け入れなければならない。それは子らが叶えられなかった夢であるが故。そして、子らが猛るなら、貴様は全力でもって戦わなければならない。幼子を喰らう邪悪な獣、それを喰らう魔獣となるのだ。魔獣の名はヴァイス・オーク。――魂に刻め!』
そう告げたとき、オークの仮面の周囲が歪み始め、仮面はその中へと消え始める。
『さあ行け。そして――、救え。貴様の渇きが癒えるまで。闇が星空に変わるまで……』
そう言い残し、オークの仮面は消え失せた。
ストレイは仮面のあった虚空を見つめていたが、やがて残されたフォーウォーンの仮面を胸に抱き、涙をこぼし始め、終いには大きな声をあげての号泣となった。
人は泣きながら生まれる。
ストレイの涙は今まさに生まれなおしたが故の涙であったが、それは道化どもの舞台に引き出されて泣いているのではなく、むしろそれを喜んでのものであった。
今ここに、新たなる怪人が誕生したのである。
一方――
「どう報告したものか……」
成り行きを見守っていたエドベッカはため息まじりに呟いた。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※文書の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※さらに文書の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/04
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/10




