第470話 13歳(春)…裁きの時は今
そして――。
最後まで残っていた光の柱も消え失せた。
「そんな……、馬鹿な……」
巨人と化したカロランはしばし茫然。
すべてをかけて進めていた計画が潰えてしまったことにはカロランといえど――、いや、だからこそ放心する。
今潰えたのは自分だけの望みではない。
新世界を招来し、より良き世界へ人々を導く、それだけを望み、賢者たちが築き上げたもの、理解のない愚者の迫害と殺戮にも屈せず、受け継がれてきた希望が踏みにじられてしまったのだ。
もはや、これで終わりなのか……?
「(――いや、いや、まだだ! まだ私は生きている! ならばまだ希望は潰えていない……!)」
邪神誕生の直前までこぎ着けられた成果を誰かに託す、そのためにこれからの人生を費やすべきだ。
これまで犠牲となった賢者たち同様に、自分もまた礎のひとつ、楽園へ通ずる道に敷かれる一片の石となる――。
が、その前にまずやらねばならぬことがある。
殺す。
このふざけたオーク小僧――レイヴァースを殺す。
絶対に殺す。
計画の狂い、もとはと言えばすべてこいつから始まった。
そう、こいつだ、こいつこそが人々を楽園から遠ざける忌まわしき害悪――悪魔なのだ。
そしてこの悪魔を殺した後に、協力した者どもを殺す。
市民どもも殺す。
誰も彼も殺し、殺し、都市を死で埋め尽くす。
光の柱が消え失せたことで魔素の集束がなくなり、力の供給が絶たれることになったが、それでもやらなければならない。
「許さん……! 許さん! 許さんぞー!」
憎しみを込めてカロランが叫ぶ。
しかしオーク仮面は涼しいものだ。
「ほう、気が合うではないか。我も同じだ、――貴様は許さん!」
人々が見守るなか、戦いは最終局面を迎える。
「捻り殺してくれるわ!」
怒りにまかせ、握りつぶしてやろうとカロランはオーク仮面に迫るが、それを阻止すべくシャーロット像が立ちはだかった。
巨人と像は抱き合うように組み合う。
それは単純な力比べではなく、集束した莫大な魔素と膨大な数の精霊たちによる魔導的なせめぎ合い。ぶつかり合う力により、二体の周囲は歪み、それは空を伝う激しい振動を発生させ、前列で見守る者たちは思わず身を縮こまらせ耐えねばならぬほどであった。
「石くれごときがぁー! 邪魔をするなぁぁー!」
憎しみの化身となったカロランだが、その憎しみの深さとは裏腹にシャーロット像に押されつつあった。
無尽蔵の魔素に支えられていた強さはすでに破綻し、それでいながら我を忘れ憎しみのままに力を使うことで蓄えられていた魔素も急速に失われ、その巨躯も徐々に萎みつつある。
「裁きの時は近い。さあ、己が罪を数えるといい」
「……罪? 罪だと!? この私に罪!? 有るとすればそれは貴様の存在を軽んじ早く殺しておかなかったことだ!」
「はっ、何を。それこそ貴様の唯一の善行だろうに!」
「巫山戯た姿でどこまでも虚仮にする……! もういい! 貴様はこの手で捻り殺してやるつもりだったがもうかまわん! 消えろ! 一刻も早くこの世から消え失せろ! この都市もろともにな!」
カロランは残る魔素のすべてを使い、この都市ごとオーク仮面を消し去るべく破壊の力を解き放つ。
「消・え・さ・れぇぇ――ッ!!」
莫大な魔素に己の憎しみを乗せたそれ。
分類するならば魔術――物理的な干渉をする『呪い』のようなものであった。
近いものはシャーロットの作りだした禁呪『告死』であるが、体内の魔力に干渉して自死へ向かわせるそれとは違い、カロランの魔術は生物、非生物問わず物理的に崩壊させる。
だが、崩壊魔術が解き放たれた瞬間、それを阻止すべくシャーロット像――精霊たちが力を振り絞った。
カロランの崩壊魔術を無効化しようとする働きかけは、魔導学においてのディスペルとはまた違うもの。
発動の抑え込みではなく、発動した魔術に干渉しての無効化。
このために潰すべきは魔術の核となるカロランの怨念。
その意志は狂っているが故に強力である。
しかし、ここに集う精霊たちはただの精霊ではなかった。
千年を越える狂気を超えて精霊と化した魂たちは無邪気であり至高。
百年すら越えていない怨念に屈するほど柔な存在ではない。
故に、カロランから解き放たれた崩壊魔術は瞬時に解呪され、何一つ破壊することなく発動を終えることとなった。
「馬鹿な……!?」
邪神兵という殻が消え去り、地に下りたカロランは呆然として立ちつくした。
都市すべてとはいかずとも、広い範囲の何もかもが塵と化し砂の広場が誕生すると予想していたのだ。
それがまさか何の変化も起きないとくれば放心もする。
溜め込んだ魔素を吐き出したカロランはすでに生身をさらけだし、こうなると彼はただの優秀な魔導師でしかなかった。
一方、崩壊魔術の解呪に力を使い切った精霊たちはシャーロット像をその形に留めておくことができなくなった。
精霊たちの補助を失ったシャーロット像は砂どころか粉塵となって流れるように崩れ、一部は風に流れていく。そこには多くの精霊たちも伴い、人々の目には役目を果たした聖なる像が天へと還っていくようにも見えた。
「こんな馬鹿なことが……、どれほどの魔素だったと思うのだ。それが……、何も起きぬだと!? なんだ、なんなのだこれは、なんなのだ貴様は!」
「我はしがない小悪党……、されど、貴様にとっては断罪者! 行くぞ邪神官カロラン! 覚悟せよ!」
叫び、オーク仮面がカロランに迫る。
「来るな!」
ただの魔導師となったカロランは迫り来るオーク仮面を迎え撃とうとファイア・クリエイトで手から炎を吹きださせるが――
「効かぬ!」
オーク仮面は縫牙にて炎を縫いとめ、一時的にカロランの魔法を使う能力を封じるとそのまま駆けた。
「バケモノか!」
魔法が縫いとめられるという想像を超える事態を目の当たりにカロランは驚いたが、それも一瞬、すぐに次の手を打とうとする。
ここでやられるわけにはいかない。
敗北してもかまわぬが、ここで倒されては邪神誕生のための手段を誰かに託すことができなくなる。
「ああああぁぁッ!」
だが、迎え撃とうにも妙な干渉によって魔法が使えない。
ここにきて危機を感じ、必死になったカロランは主に魔力の供給、そして『デミウルゴス』を使い続けるための補佐をさせていた、体に移植した子供たちを使ってのウィンド・クリエイト――風を纏い、上空へと逃げた。
が、その結果、これまで揺るぎない狂気に支えられていたカロランがとうとう追い詰められていることを子供たちは知った。
『――――』
空へ逃れたカロランを追うようにオーク仮面が飛翔。
それはオーク仮面の力ではなく、精霊の働きかけでもなかった。
狂気の犠牲となった子供たちが、自らの仇を討たせるべく死神を引き寄せたのだ。
「なんでぇ!?」
もはや威厳も何も無く、困惑と絶望に顔を歪ませるカロランにオーク仮面は迫る。
許されざる者に裁きを。
が、それはオーク仮面にとってついでにすぎない。
邪神の誕生阻止すらもが果たすべき使命のついでなのだ。
「我がオークよ形を為せ!」
叫んだオーク仮面の右手から黒雷が溢れ、それは瞬く間に集束して黒き大鎌となる。
「――すまぬ、子らよ。我ではこうすることでしかお前たちを救ってやれぬのだ」
『――――』
声なき声。
カロランが討たれることだけを望まれる場にあってただ一人、自分たちを哀れんでくれるオーク仮面に子供たちが伝えたのは感謝。
「な、何故だ! 何が起きた!」
制御が不能となり、宙に縫いとめられることになったカロランは鎌を振りかぶり突っ込んでくるオーク仮面から逃れる術はなかった。
「うおおぉぉぉ――ッ!」
「嫌だぁぁ――ッ!」
わめくカロランに振りおろされる黒き大鎌。
「ああぁぁぁぁ――――ッ!?」
鎌がカロランの体を通り抜けた直後、カロランはバチバチと黒雷の放電を始め、その後、吊っていた糸が切れたように地面に落下した。
「ぐへぇ!」
カロランが落ちたのはシャーロット像が残した粉塵の小山。
遅れて地面に着地したオーク仮面は大鎌を消し去ると、のたうち回ったことで粉塵にまみれ、像のように灰色となったカロランに歩み寄っていく。
が――。
カッ、と。
ほんの一瞬の出来事であった。
遠方より放たれた閃光がカロランを呑み込み、光が収まったときそこにあったのは融解して陥没した地面のみ。
そして一瞬遅れ、カロランの魔導袋に収められた品々が虚空よりばらばらと周囲にばらまかれ始めた。
「なッ!?」
オーク仮面は慌てて光の出所へ視線を向けたが、そこには誰の姿も見つけることが出来なかった。
「口封じ……、若い方の魔導師か?」
心当たりとなればそれくらい。
助けようとしなかったことからカロランも、その目的も、その者にとっては重要ではなく、そしてカロランだけを狙い撃ったことからこちらに特別敵意を持っているわけではないと推測された。
「締まらない幕切れとなったが……、致し方あるまい」
エルトリアを乗っ取り、邪神誕生を目論んだ魔導師の最後。
それは塵すらも残らぬ――消滅であった。
△◆▽
裁かれるべき者が消え失せたとなれば役目も終わり。
そう悟ったオーク仮面は戦いを見守っていた国王たちに告げる。
「エルトリア国王よ! 我が務めはこれまでだ! これより先は貴方にお任せするとしよう! ではさらばだ! エルトリアの人々よ!」
オーク仮面がそう言うと、その体からひとりでに仮面がはずれて宙に浮かび、衣装と共にふっと消え失せた。
残ったのはぼんやりとした顔の黒髪の少年。
少年はふらふらとしており、今にも倒れそうである。
「猊下!」
赤い髪の聖女が飛びだし、それを追うように――
「ご主人様!」
リオレオーラ王女が必死に駆けていく。
二人は傾き始めた少年の体を抱えるように支えた。
やがて国王も彼のところへと向かい、状況をしっかりと把握しきれていない市民たちに向かって喋り始める。
「皆もよく知る通り、このエルトリアは邪神を崇める者どもとの戦いから始まった。――が、それは邪神教徒との因縁の始まりでもあったのだ。邪神教徒がどれほど危険な存在か、それは今し方、討ち滅ぼされたカロランによって皆も理解することだろう。そう、カロランは邪神を崇める邪神教徒――かつて建国王が討ちもらした者どもの末裔であったのだ!」
市民は宮廷魔導師が王宮を乗っ取ったくらいの情報しかなかったため、この国王の話には大いに驚き、思わず呻きをあげるほどだった。
「それに気づいたのは、すでに囚われの身となった後であった! 皆に不安を抱かせ、苦労をかけたことをここに詫びよう!」
国王が大勢の前で謝罪するという事態に、市民たちはさらに驚く。
「そして、国を想うが故に囚われた者を助けようと動き、カロランの呪いを受け死んだ者たちの勇気を称えよう!」
と、そこで国王は一旦喋るのをやめ、両手を掲げるように広げた。
「最後に、このエルトリアの危機に我が娘リオレオーラの願いを聞き入れ、駆けつけてくれたこの少年とその仲間たちに心からの感謝を! おそらく皆の方がよく知るであろう! この少年こそがレイヴァース! フォーウォーンが認め力を貸した者、この国を救った英雄である!」
国王の話が終わると、市民たちはようやくエルトリアが正常に戻ることを理解し、歓声を上げる。
腹の底から声をあげ、喜びと開放感から大いにはしゃぎ、叫び続けた。
レイヴァース、またはフォーウォーン、市民たちは称え続ける。
「……もー、やだー……」
そんななか、称えられる本人は死にそうな声で呟いたが、歓声に掻き消されて彼を支える二人の耳にすら届かなかった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/18
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/28
※さらに文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/12




