第469話 閑話…天を穿つ光の柱
ヴィヨルド地下大洞窟、古代遺跡――。
外輪山に出現した九つの光の柱について話し合われた結果、この柱の破壊が邪神誕生――世界樹計画の阻止に繋がると判断された。
ならば直ちに破壊に向かいたいところ。
が、オーク仮面により地上で問題が発生していることが判明する。
一部市民の邪神兵化――これもまた捨て置けない問題であるが、事態の深刻さを考慮すれば優先すべきは光の柱の破壊だ。
どうすべきか迷う時間すらもおしい状況のなか――
「王都の問題は我が対処しよう。皆はその間に柱の破壊を頼む」
そう切り出したのはオーク仮面。
するとレディオークは「あれっ」と声をあげた。
「私も柱の方なの?」
「そちらを頼む」
「むー……、むぅ、仕方ないわね。ここの人たちに活躍を披露できないのは残念だけど、柱をどうにかしないとあの……カマ魔導師も強いままなわけだし……」
柱の破壊はカロランへの魔素の供給を絶ち、弱体化させることにも繋がる重要な役割だ。
オーク仮面の発言によって、王都の問題に対処する者、そして光の柱を破壊する者と部隊が二つにわけられる。
まずはオーク仮面を始めとした王都に残る者たち。
混乱する市民を静めるべく、国王、リオ、アエリスが同行して城の地下から地上に出る。この三名の護衛としてアレサ、ティゼリア、ディアデム団長が選ばれた。
次に光の柱破壊はレディオークを始めとした者たち。
シア、リィ、リビラ、パイシェ、デヴァス、エドベッカ、ストレイの合計八名。
この八名はアスピアル公爵の案内のもと、外部へと繋がる洞窟の一つを通じて外に出ることになった。
△◆▽
レディオーク一行は急いで洞窟を進み、最後は水場に潜って王都郊外に存在する湖の穴から出ることになった。またしてもずぶ濡れとなったが、これが外へ出る一番の近道となれば致し方ない。
公爵とはそこで別れ、一行は竜化したデヴァスの背に乗り、そのまま一番近い光の柱へと向かう。
辿り着いた山頂部にはそこだけ木々の存在しない丸い広場があり、光の柱はその広場の幅で天へ向かって伸びていた。
広場の中心には高さ3メートルほど、太さは大人二人が手を繋いで作る輪くらいの石柱があり、表面に複雑な模様が刻まれていることからして重要な役割を担っていると推測された。
到着はしたものの発光する広場へ迂闊に立ち入るのは躊躇われ、まずはリィが火の魔術で中心の石柱を狙い撃つ。
が、火球は石柱に辿り着く前に霧散してしまった。
「けっこう力込めたんだが……、対魔か? ってことは中に入ってみるしかね――って、おい!? ストレイ!?」
入って大丈夫かとリィが思案していたところ、ストレイが平然と光の広場へと侵入していく。
ストレイは自分の体の具合を確かめると言う。
「なんともないようです」
「そ、そうか……、知ってたのか?」
「いえ、私が役立てるとしたらこれくらいと思ったので」
「無茶すんなよ……」
少しあきれながらリィも広場の内部へ、続いてレディオークも中へと立ち入る。
「壊せるか試してみるわ」
レディオークはそのまま中心部へ向かい、石柱の前で剣を抜いて構える。
そして――
「〝魔導剣ッ!〟」
放った魔技により石柱を破壊。
石柱はへし折れ、破片を辺りにまき散らす。
が――
「へ!?」
わずかな時間で石柱はひとりでに復元された。
折れて倒れた上部、散らばった破片が集まり、何事もなかったかのように。
レディオークがさらに、今度はもっと力を込めて石柱を破壊してみたが、やはり同じように復元される。
「も一回!」
「待て。壊すたびに変な波動が出てる。体の調子が狂うから無闇に壊すのは不味い。破壊する方法がわかったとき、何もできなくなっていたら困るだろう?」
「む、それもそうね……」
レディオークが剣を収めると、リィはしばし石柱に刻まれる複雑な模様を観察し、それから一旦広場の外に出る。
「守り手かなんかが居ると予想してたが、こうきたか……」
呟き、目視だけでなく魔力感知で魔導的な観点からも調べつつリィは広場の外周をぐるっと一周する。
結果、この場について新たな発見もあったのだが――
「どんな馬鹿どもがこんなもん作りやがったんだよ……!」
思わず口をついて出たのは悪態であった。
「くそっ、あーもー……、しゃあねえ。――みんな、ちょっと集まってくれ!」
それからリィは皆を集め、地面に図を書いた。
描かれたのは円の内部にある星形九角形である。
「便宜的にこの九角形の頂点に数をふる。時計回りで1から9だ。まずここの柱を1として、九角形を構築するために両方向に伸びる辺、これが辿り着くのが3と8だ。さらに円の外周経由で辿り着くのは2と9。どうも一つの頂点に対して、図形を構成するうえで隣り合っている四つの頂点が魔導的な『路』で結ばれているっぽい。あの石柱は九つがまとまった一つの形……、って、まあ魔法陣を構成してるんだからそりゃそうだろって話なんだけど、要はあれだ、一つぶっ壊しても他の八つがそれを認めず、復元しちまうってことだ」
そうリィが説明したところ、シアが嫌そうに言う。
「リィさん、もしかしてそれって……、九ついっぺんに壊さない限りどうにもならないって話になるんでしょうか?」
「それは困ったわね。人数が足らないわ」
レディオークが集まっている面々を眺めると、ストレイが申し訳なさそうに言う。
「すまない、私では柱の破壊は無理だ。持っている魔道具もそういった類の物は無い。エドベッカが持っていれば借りてどうにかするのだが……、信用してもらえれば」
「生憎と手持ちにはないね。そもそもそういった品はあまり無い。有るには有るが、破壊活動に使用できる品となるとどうしてもギルドから制約がつく。今回は君の捕縛が目的だったのでそこまでの装備は無いのだ。そうだな、私とストレイは二人で柱一つだろう」
「ニャーも頑張るニャ? 団長から剣借りてきてよかったニャ」
「ということは私もですか。竜になって空から体当たりすれば壊れるでしょうか?」
「さすがに壊れるでしょう。となると、同時に破壊できるのは七箇所ですか。あと二人……」
パイシェが考え込んだところ、リィが首を振る。
「破壊できる奴が九人いたとしても、離れた場所でほぼ同時ってのはけっこう難しいぞ? まあ復元する端からぶっ壊していればいいんだろうが……、そうなると波動が問題になるか」
「じゃあどうしたらいいの?」
むぅー、とレディオークは唸っていたが、ふと思いついたように顔を上げる。
「なら柱の下におっきな穴を作って落とし……、あ、広場だと魔法とか魔術が駄目だったわね、なら外側から」
「ミ――、じゃなくてレディオーク、魔力感知でこの辺りのことをよく調べてみるといい。魔素がごちゃごちゃしてるが、それでも広場の大きさそのままの馬鹿みたいにでかい柱が、地中深くまで埋まっているのがわかるはずだ。あの中央の石柱は言ってみれば地中から突きだしてる塔の先端なんだよ」
「えぇ……、じゃあ、どうするの?」
「良い方法があればいいが、そんなのを思いつくまで待ってられない。だからまず私がなんとかここの柱を復元不可能なまでに壊すよ」
「そんなこと出来るの?」
「たぶんな。派手にやるから、お前たちはそれを確認してからそれぞれで柱を壊してくれ。これで一気に壊せるのは七つだ。これで復元機構は瓦解するか、それでもなんとか復元しようとするか……、まあ一つは消滅、六つは破壊となれば効率は下がるだろう。その間に私は隣の柱に向かってこれも壊す。残る一つは任せていいか、レディオーク」
「引き受けたわ」
「よし、じゃあ壊す柱の割り振りを決めてすぐに行動だ」
△◆▽
短い話し合いがあり、それによって各自が破壊する柱が決定された。
最初に訪れた柱――1番はリィが破壊し、そののち時計回りに数をふった2番へと移動してこれも破壊する。
3番はミーネが負ぶって運んだシアが担当。
ミーネは4番を破壊したのち、5番へと移動してこれも破壊。
そして他の面子は反時計回りでデヴァスが運ぶ。
9番はエドベッカとストレイのコンビが担当。
8番はリビラ、7番はパイシェ、そして6番は皆を運んだデヴァスが担当である。
皆が他の柱へ向かったあと、リィは飛んで山の麓近くへと下り、それから改めてこれから破壊しなければならない1番の柱を、そして遠くにある他の柱をぐるっと見回した。
「まったく……、まともな発想じゃねえぞ……」
盆地とそれを囲む外輪山を魔法陣にするなど、思いついても馬鹿げた想像と笑い飛ばすレベルである。
しかし古の魔導師たちはそれを実行した。
真の目的の規模を知っていれば、あるいは気づけただろうか?
いや、目的はもともと開示されていたのだ。
邪神教徒の目的はずっと邪神の復活だったのだから。
「本当にろくなことしねえ……」
ため息まじりに呟く。
そしてそんな連中の中でも本気中の本気、本当に邪神を誕生させようとしている馬鹿に関わることになったこの状況にもため息を一つ。
まさか森から出て一年足らずで世界の趨勢に関わる問題の渦中に放り込まれることになるとは思いもしなかった。
しかしながら、ここに至るまでの縁を辿っていくと気まぐれにみなし子の面倒を見始めたことに、さらに遡れば師匠に拾われたこと、森から飛びだしたことへと繋がっていく。
もちろん、それは現状に意味を持たせようとするただの後付なのかもしれない。
たまたま巡った奇縁なのかもしれない。
けれど、リィは運命のようなものを感じ、また、例え自分の勘違いであろうと運命の導きであるということにしたかった。
そのためには――
「――ぶっ壊す!」
この古の妄執を阻止しなければならない。
今この場で、自分にしかできないことをやりとげなければならない。
まずリィはアース・クリエイトの魔法で自分を中心として広い範囲に魔法陣を構築する。それは一般に見られる魔法陣とは一線を画すもの――回廊魔法陣である。
描かれた魔法陣はリィが師と共に編み出した、とある条件を満たしていなければ無用の長物でしかないとても特殊な代物――『神威簒奪』と最近になって命名した代物だ。
神の恩恵を一時的に我が物として使うことを可能とする、傲慢かつ不敬極まりない魔法陣である。
師であるシャーロットと別れてから三百年ほど記憶の奥底に眠っていたこの魔法陣は、リィが育てた娘の息子に必要とされることになったが、まさか自分が使うことになるとは――、いや、使えるようになるとはこれっぽっちも想像していなかった。
だが、ここにきて得られた錬金の神の加護。
ならば使える。
そして、神の恩恵を使うことで初めて使用できる禁呪もまた――。
魔法陣の構築を終えたリィはそこで一度瞑目し、深呼吸を繰り返して精神を静めようとする。
しかし、胸にくすぶり続けている怒りはいっこうに鎮火せず、気を抜くと思わず怒声をあげそうになる。
師匠が守った世界。
師匠が礎を築きここまで発展した世界。
師匠が自身の幸せを投げ打って残してくれた世界。
それを台無しにしようとすることはとても許せるものではないのだ。
『よいか、魔法を使う者は冷静でなければならん』
未だそんな基礎中の基礎すらもままならぬ弟子であれど、それでも遣り遂げられることがあると、あったと、伝えたい――、例え遺体であろうと、リッチと化していようと、伝えたいのだ。
私はちゃんとやれている――、と。
そしてリィは目を開き、叫ぶ。
「すべての親を殺せ! すべての親となるものを殺せ!」
回廊魔法陣『神威簒奪』の起動。
魔法陣はリィを神の力を使うための受け皿へと変化させ、そのなかでリィが願うは自身の魔導制御の強化だったのだが――
「(なん、だ……、これ!?)」
今日は抜群に調子がいいとか、そんな生やさしいものではなく、自分という器に巨大なバケツでこれでもかと力を注ぎ込まれ続けているような感覚であった。
「(加護一つでこれって……、あいつはどうなってんだ!?)」
複数の祝福でようやく押さえ込める『力』など想像を超える。
欠片とはいえ、さすが大神――死神の力ということか。
驚いて思わずよそ事を考えたが、リィはすぐに意識を切り替えてまずは上空に皆への合図――このしばし後に1番の柱を壊すと知らせるための魔法の光を作り、それを弾けさせる。
途端、カッ――、と、威力すらありそうな閃光が辺りを塗りつぶし、そののち、リィは使うべき呪文の詠唱にはいった。
「かつて饗宴のなかにあった我らが生はどこへ消えたか。記憶すら朧気でありながら、酒精に溺れようとも涙は涸れず、もはや美しきものを愛でることすら叶わぬ心らよ、湧き上がる卑しき想いを抱きしめ殺すことしかできぬ絞殺の日々よ――」
師匠ですら完全詠唱で行使する魔法。
であればリィが詠唱破棄などできるわけもなく、五分――、十分――、ひたすら朗々と呪文を唱え続ける。
「人を想い、世を想い、善意に充ち満ちて黄金紙に世界を描いた愚かしくも愛おしい賢者どもの末路、何の咎あっての堕落か、己が理想を零落させるに至ったか、語るがいい、何時までも、話す術を持たぬならば叫ぶがいい、それが許されざる冒涜と知り、なおも乞い願い探し求める罪ならば、何時までも吼え、吼え、吼え狂いて訴えよ。天の理、地の理、界の理すらをも、己が狂気が越えうると、信じることが出来るなら、信じることしか出来ぬなら――」
やがて詠唱時間が二十分に迫る頃、ようやく詠唱の終わりとなる。
「鍵穴よ、今こそここに。我らは世界を越えうる鍵を持つ」
そして最後の発動句――。
「ギルティ・ロアッ!」
攻撃魔法は基本目視にて標的を定める。
が、今回リィは魔力感知によって遠く離れた石柱を捕らえていた。
感知にて見ずとも狙い撃つのは魔法を使った戦闘法の妙であったが、そこで制限となるのは魔法自体の射程距離である。
しかし、この魔法に限っては射程というものが存在せず、そこ、と狙いをつけた場所に発動させることができる。
それは召喚に近いかもしれない。
これは『世界』に対しての『穴』を誕生――召喚する魔法。
神という世界に干渉できる存在より恩恵を授かったことで、その力の及ぼせる規模での穴が現出する。
そして石柱の広場にポッと現れた穴は小さなものであった。
小さな小さな、豆粒のような穴。
実のところ、この穴自体にそこまでの脅威は無い。
穴が出現するその場に居た場合、その穴の大きさだけ体の一部を消失する程度の話である。
が、問題は穴が出現したあとの世界の反応だ。
例えば水面に突然穴が空いた場合、当然の作用として穴は水で埋められる。
そのとき、穴を埋めようとした水がぶつかり合い波紋を作るのだが――、世界もまたこのような反応をする。
在ってはならぬ虚無を埋めようと。
その速さは計測できるようなものではなく、穴の出現から修正まで含めて人では認識できるものではない。
故に、すべてが終わってからの結果――余波だけを目にすることになる。
それは破壊の波紋。
その力の及ぶ範囲のすべてが分解され、リィの視界、その大部分をしめていた山が塵と化す。
続いて起きた余波の余波――衝撃波はさらに広い範囲へと及び、石柱のついでに分解された山の一角を、分解されなかった山の木々を土壌ごと吹き飛ばした。
それはまるで噴火によって発生した火山灰がすべてを呑み込むような状況で、リィは目を閉じ口を押さえて衝撃と共に押し寄せた塵の波に耐えた。
そしてリィが目を開けたとき、そこには一角をスプーンか何かで綺麗にくり抜かれたような外輪山があるのみ。
光の柱など、あるわけがない。
「あー……、ま、まあ世界の危機だし、山が吹っ飛ぶくらい、いいよな……、いいよな……」
使っておいて思わず引いたリィだが、この状況では致し方ないと自分に言い聞かせる。
それから他の柱がどうなっているのかと煙る周囲を見回すと、すでに七つの光の柱が消えていた。
今自分が破壊したのを含めるならこれで八つ。
「はぁ!? 八つ!? なんで一つ多いんだよ!」
本来であれば、この時点で破壊できているのは七つのはずだ。
にもかかわらず、このあとリィが向かって破壊するはずだった2番の光の柱がすでに消え失せている。
確認のためにリィは2番へと飛び立とうとしたが……、そこで膝の力が抜けて思わず地面へへたり込むことになった。
予想はしていたが消耗が激しい。
まだ動けなくなるほど、意識を失うほどではないが……、それでもしばし、少しだけ休む必要があるようだ。
△◆▽
リィがまず放った閃光によって空が瞬いてしばしのち、衝撃を伴う轟音が外輪山にある他の柱にて待機していた者たちに届く。
即座に石柱を破壊したのはシア、そしてミーネ。
わずかに遅れ、それに続いたのがリビラ、パイシェ、デヴァスの三名だ。
このとき、本来であれば破壊されるはずのない2番の柱が消滅したのだが、この五人がそれに気づくことはなかった。
そして五人にやや遅れたのが8番目の柱を任されたストレイとエドベッカの二名。
リィから合図となる閃光が放たれる前、二人は本番に備えて試しに柱を破壊してみようと試みていたのだが――
「駄目だな。まだ集中できていない。雑念を捨てたまえ」
広場に仰向けに倒れ、荒い呼吸を繰り返すストレイを見下ろしながらエドベッカは言う。
「私だけではこの柱を破壊することはできない。君の協力が不可欠なのだよ」
「本当にそうなのか?」
エドベッカならば一人で柱を破壊できるようにストレイは思えるのだが、何故わざわざ二人の協力技で破壊しようとするのか、真意がわからない。
ストレイが仰向けのままでいると、一瞬空が光った。
リィからの合図だ。
まだ試しに石柱を破壊することもできないのに、本番の時が来てしまった。
「間に合わなかったか。だが……、本当は私の協力などいらないんだろう? 一人で柱を破壊できるのだろう? もう私など捨て置いて柱を破壊してくれ……」
ストレイが諦めたように言うと、エドベッカは何か考えるように目を瞑ってしばし黙りこんだ。
やがて――
「ふむ……、君はそれでいいのかね?」
「なに?」
「助けようとした子供たちは助けられず、父親の首をへし折ることも叶わず、それを果たそうとするレイヴァース卿の助けとなることも君は放棄するというのかね? ――甘ったれるな!」
怒鳴り、エドベッカはストレイの胸を強く踏みつけた。
「所詮は父親のいいなりになるしかない木偶の坊なのか貴様は! なんだその目は! 違うと言うならば立て! いつまで無様に寝転がり泣き言を垂れ流すつもりだ! そんな姿を見た友たちが悲しむとは思わんのか! 貴様を許した友たちの想いに報いようと思うならば立て! 奴らはまだ戦っているのだぞ!」
立て、と叫ぶエドベッカであるが、まだストレイを踏みつけた足はそのままであり、むしろより体重をかけて立てないようにしている。
「犠牲になった子供たちを救いたいとまだ願っているならば立て! あの子らはもはや自分で死ぬ自由すらもないのだぞ! にもかかわらず貴様はいつまで不貞腐れて寝転がっているつもりか! ただ一つの償いすらも出来ぬと、貴様はあの子らに言うというのか!」
「……ッ!?」
エドベッカの叱責は自分が送り届けた子供たちの末路を見て折れかけていたストレイの心を強く揺さぶった。
しばし茫然としていたストレイであったが、ふっと目に光が戻った瞬間、自分の胸を踏みつけるエドベッカの足を掴み――
「お、うおおぉーッ!」
邪魔だとばかりに、力まかせにはねのけた。
「揺らいでいた……、覚悟が、この期に及んで……! すまない、余計な世話をかけた。壊す、私はこの柱を壊す! 壊さなければならないのだ!」
「ようやく目が覚めたか。いいだろう。ではこれを見ろ」
そう言ってエドベッカが示したのは石柱だった。
「これはなんだ?」
「……? 柱……、魔導の装置の……?」
「違う! これは貴様の父の首の骨だ! どうだ、へし折り甲斐があるだろう!」
「……!? く、くくっ……」
突然エドベッカが言いだしたことに、ストレイは思わず笑う。
そこに衝撃を伴う轟音が響き渡り、二人はリィが1番の柱を破壊したと判断する。
「さあ、次は我々だ。二人でへし折るぞ」
「わかった。必ず……!」
ストレイとエドベッカは柱を中心として対角線上に距離をとり、それぞれ掲げるように右腕を伸ばした。
「では行くぞ!」
「おおぉ!」
そして二人は駆けた。
それぞれがぶつかるその場所が石柱となるように。
この技は二人が同時に衝撃を与えることが重要となる。
しかし相手の動きに合わせて自分が無理をしてもいけない。
二人の渾身の一撃が、引かれ合うように繰り出されたとき初めて真価を発揮する。
これまではエドベッカの動きに必死に合わせていたストレイだったが、今回はまるで違っていた。エドベッカの動きが自分のことのようにわかる。おそらくエドベッカもこちらのことをわかっている。それはまるで魔法のように。
そして二人は同時に柱へ。
完成された合体技。
クロス・ボンバー――サンドイッチ・ラリアット。
石柱は挟み込まれた部分が破壊されるどころか、全体が粉砕されて粉々となり、周囲に破片をまき散らした。
そして技を繰り出したストレイとエドベッカは、互いの右腕をがっちりと組み合わせて動きを止めていた。
「ふむ、まあまあと言っておこうか」
組み合わせた腕の向こうでエドベッカが小さく笑った。
△◆▽
ストレイとエドベッカによって8番の柱が破壊され、予定通りであれば残るは2番と5番の柱となるはずであったが、すでに2番が壊されているため残るはレディオークが向かう5番のみであった。
「あぁ! もう! もう!」
飛翔ではなく、吹っ飛ばされるように5番の柱へと向かうレディオークであったが、目指す方向へ上手く自分を弾き飛ばすことができずに苦戦していた。
進行方向とは逆方向に飛ばされることはさすがになかったが、いちいち予想外の方向へ飛ばされてしまうため、空をジグザグ、滅茶苦茶に弾き飛ばされ、森に突っ込んだこともあった。
それは石柱を破壊したことで発生したノイズがレディオークの体に影響を与え、魔術制御を狂わせているためだ。
1番の柱を試しに破壊したときには発生しなかった、完全に機能を停止させる損傷によって放たれる強いノイズ――。
もうずっと光の柱が一本のままということからして、先に破壊された八つの柱はもう復元しないのだろう。
それとも遅れているだけか?
ともかく八つ、九つの内の八つという、ほとんどを破壊したことで魔法陣の効力はかなり減っている。
ならばここで無理をして破壊しにいかなくてもよいのではないか?
そんな考えを――レディオークは持たない。
引き受けた。
ならば遣り遂げる。
例え困難であろうとレディオークは諦めないのだから。
そしてようやく辿り着いた5番石柱の上空。
「こんのぉぉ――ッ!」
なかなか辿り着けずもどかしかった想いを叩きつけるように、レディオークは石柱に向かっての落下。
「〝しぃぃんくぅうがぁぁぁ――ッ!!〟」
感情にまかせて石柱に突撃。
とにかく破壊してやろうと放った突撃系の魔技により、レディオークは石柱を上部から根本まで木っ端微塵にして着地した。
「やったー! やったわー!」
うおおぉ、と剣を掲げて叫び、それからレディオークは地面に座り込んだ。
本当なら王都まで飛んでいきたいところだが、これで魔力の乱れに拍車がかかったとくれば、もうそれも望めない。
ならばオーク仮面を信じ、ここで迎えを待つだけだ。
だけなのだが――
「そう言えば迎えって私のところには来ないんじゃない? えぇ……、あー、もーいいわ。ひとまず食事でもしていましょう」
レディオークは剣を収めると、魔導袋からいそいそと料理を出して目の前に並べ始めた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/26
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに文書の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/18




