第468話 13歳(春)…邪神兵
恐れ惑う人々を救うべく現れた一筋の希望――オーク仮面。
迫り来る邪神兵たちに果敢に立ち向かい、倒すことで変貌した人々を救い出す。
そんな彼の助けになろうと騎士・闘士たちは敵わぬながらも城壁を破壊して広場へと入り込もうとする邪神兵を牽制し続けていた。
しかし、状況は芳しいものではない。
やはりオーク仮面一人では手が足りないのだ。
さらに――
「一瞬とはいえ超出力……、さすがに体がもたんか」
もう何体目となるか、邪神兵を破裂させたとき、オーク仮面は体に良くない兆候を感じ取った。
オーク仮面に限界はない。
が、この肉体となると話は別だ。
今の段階でこれ以上の負担を強いるとなれば切り札に頼るほかないが、使うにはまだ早い。下手をすれば最も救わなければならぬ者たちを救うことができなくなる。それは避けなければならない。
「ならば……、信じるしかあるまい!」
今、共に戦う騎士を、闘士を。
この力に耐えうると。
「高まれ……、我がオークよ……!」
呟き、オーク仮面は目を瞑る。
閉ざした瞳、その闇に浮かび上がる光がある、炎がある。
それは今共に戦い続けている騎士・闘士――、いや、もはや区別する必要はない。
この戦いに臨む誰もが闘士だ。
オーク仮面はそのすべての闘士たちに狙いをつけた。
「届け雷! 目覚めよ闘士!」
今一度、耐えよ、体よ。
「魔女よ、打ちて鍛えよ! 闘士たちの魂をッ!」
オーク仮面が空を殴りつけるように拳を突き出した瞬間、すべての闘士たちを雷が撃った。
何事か――、闘士たちは驚いたが、本当の驚きはそこからだ。
殴り合いの後に『悪漢殺し』を飲んだような――、いや、もしかしたらそれ以上に、体の奥底から力が溢れだすのを感じたのである。
そして気づく。
今のは雷撃――、そう、これは大闘士の雷だ。
不甲斐ない自分たちを見かね、大闘士がさらなる力を授けてくださったのだと。
闘士たちの肉体はバチバチと放電を続け、逞しい肉体がより逞しく膨れあがる。まだ上着を身につけていた者はその服が筋肉の膨張に耐えきれずはじけ飛んだ。
みなぎる力――。
もう闘士たちは居ても立ってもいられず、ちょうど良いことにたくさんいる、どれだけ殴っても文句の来ない邪神兵めがけ襲いかかった。
「あーたたたたたッ!」
「フォウオゥッ!」
「ヒョォォォ――、シャウッ!」
体から溢れんばかりの力は悦楽、それを思う存分叩きつけられる相手がそこにいてくれることを幸運と、闘士たちはあらん限りの力を振り絞って攻撃を続ける。
その姿は修羅のごとく、この世界に準ずるならば狂戦士であった。
そんな闘士たちの中にレヴィリーもいたのだが、我すら忘れて攻撃を続ける彼はやがて無我へと至り、その瞬間、これまで闘士として鍛え上げてきた肉体が、精神が、闘神の加護の影響もあって一つの段階を打ち破った。
そして放たれた一撃、その拳は単純な強打系であれど並の修練では体得できぬほどの威力を秘めた魔技となった。
忘我の果てに繰り出された渾身の魔技は、これまでなんの影響も与えることができなかった邪神兵を見事破裂させたのである。
すると、それが皮切りであったように、他の闘士たちのなかにも邪神兵を倒す者が現れ始めた。
それは他の上級闘士たちであり、さらには元々魔技を体得していた者――獅子王騎士団に多く現れた。
邪神兵を倒せる者たちの誕生――。
この者たちの活躍により、形勢は瞬く間に逆転していく。
が、しかしだ。
覚醒した闘士たちでも相手にできぬ個体がいる。
それはこの王都の異変の始まりに変異した者たち、より大きく強力な邪神兵たちだ。
大型邪神兵は他の邪神兵よりもゆっくりと広場へ向かってくるが、ただその歩み、踏み出す一歩で建物は破壊される。
先に広場へと集まってきた邪神兵をあらかた倒し終わった闘士たちも、さすがに大型邪神兵には考え無しの突撃をすることができなかった。
すると、その時だ。
カッ――、と。
遠方からの閃光が。
誰もが光った方向を見やったが、そこには天へと伸びる光の柱があるだけだった。
何も……、起きない。
しかし、それが何かの合図であったかのようにオーク仮面は声を張りあげて闘士たちに告げた。
「もう充分だ! 下がるがいい!」
しかし、と声をあげる闘士たちに対し、オーク仮面は言う。
「このままお前達に任せきりでは我の見せ場が無くなってしまうのでな! ここは譲ってくれぬか!」
この状況にあっての軽口。
大闘士殿は何かやるのだと闘士たちは理解し、これから起こるすべてを眼に焼きつけるため大人しくオーク仮面の背後に集った。
一方――、カロランは口元を不自然に引きつらせ、本来であれば好都合である邪神兵の殲滅を不機嫌そうに眺めていた。
あのオーク小僧はやるだろう。
残る邪神兵も倒してのけるだろう。
それは当然――、そう当然のことなのだ。
未だ底の見えぬ、得体の知れぬ力を秘めた存在が、あの程度の脅威に屈するわけがない。
にもかかわらず、多少苦戦をして見せたり、暑苦しい者どもをわざわざ駆り出したりするその演出がかった行動――ペテン臭さがどうにもこうにも鼻につく。
「見せ場、見せ場か。そこまで言うならさぞ愉快なものを披露してくれるのだろうな……!」
皮肉の言葉を届けると、オーク仮面は「無論」と告げ、それから目を瞑ると独白するように言葉を紡ぐ。
「これより披露するは人々にとっての喜劇、されど、貴様にとっては比類なき悲劇。さあ始めるぞ……、古より続く忌まわしき愚者どもの妄執を断ち切り、別れを告げる神聖喜劇を。その演目は……こうだ!」
カッ、と目を見開いたオーク仮面が上着の前を開け放つ。
現れたのはわずかに緑がかった淡い金色のバックルだ。
そしてオーク仮面は告げる。
「さらば古きものよッ!」
瞬間、オーク仮面の叫びに応え、バックルが目映い光を放つ。
そこでオーク仮面が大きく仰け反ったため、一筋の光は天へ伸び、結果として上空に巨大な猪の顔を模した紋章を浮かび上がらせた。
彼を後ろから見た場合、まるで股間から光が伸びているようにも見えたが、この際そんなことは大した問題ではない。
『猪だ……、猪だ!』
天に浮かぶ猪の顔を見た人々は口々に言う。
オーク仮面の身につけていたバックル、それは生ける伝説、かつてアーカリュースと名乗っていた回廊魔法陣の第一人者リーセリークォートが手がけた、神の恩恵を制御する一点物にして専用品。
人々は想像した。
あの紋章がオーク仮面にとてつもない力を与えるのであろうと!
――が、実際のところそんな機能は無い。
制作者であるリーセリークォートが悪戯っ子に唆されてなんとなく入れた、ただの演出のための機能である。
だが、何の効果もないと思われたこの演出はオーク仮面のテンションを押し上げた。
「おお我がオークよ、高まれ、そしてほとばしれ!」
するとオーク仮面の身につける服に変化が。
コートの裾がみるみる伸びていき、風も無いのにはためき始める。
さらには襟が立ち、裾とおなじく伸びて正面以外の頭部を覆うほどになった。
どう考えても視界の邪魔だ。
しかしオーク仮面は気にしない。
「見よ! そして知れ! これこそがオーク仮面ハイパーモードである!」
進化した衣装の秘めたる力……!
もちろんそんなものは無い。
ただ見た目が派手になっただけである。
伸びた襟、それは外傷を負った犬猫が傷口をなめることで傷を悪化させることを防ぐ為の円錐台形状の保護具――エリザベスカラーと大差ないのだ。いや、エリザベスカラーは必要性があって装着することを考慮すると、伸びた襟はそれ以下の代物だろう。
だが、犬猫であればしょんぼりするエリザベスカラーめいた代物であっても、オーク仮面のテンションをさらに押し上げることには貢献したため、完全な無駄であるとは言い切れない。
それこそがオーク仮面の力となるなれば!
「ふ、巫山戯おって……! 何がハイパーだハイパー馬鹿めッ! もう邪神兵どもに踏みつぶされてくたばるがいいッ!」
カロランは呆れとも憤りともつかぬ不愉快な衝動にかられ、吐き捨てるように言った。
しかしカロランはすぐに知る。
オーク仮面の起こす怪奇、それはこれからであった――、と。
「来たれ……! 来たれ精霊よ!」
オーク仮面の訴えに応え、頭上に出現するは巨大な雷球だ。
「な、何だあれは……!?」
魔導に長けたカロランにはわかった。
あれはただの雷の魔術ではない。
もっともっと得体の知れぬものである、と。
そして雷球が爆ぜ、雷をほとばしらせながら女性の像が出現したことにカロランは度肝を抜かれた。
「しょ、しょ!? 召喚だと!?」
あの像についてもまた報告にあった。
オーク仮面はシャーロット像を使いネーネロ家の魔道執事と戦ったのだ。
「まさかこんなことまで出来るとは……!」
魔導師たるカロランですら愕然とする事態だ、避難してきた市民にしたらもはや理解の外、ただただ唖然と眺めるしかない。
が、だというのに――。
事態はそれだけに留まらない。
シャーロット像の側には浮遊する二つの光があった。
それぞれ「わんわん!」「ぴよよよ!」と鳴く、まったく得体の知れぬ謎の光である。
そこでオーク仮面はさらに叫んだ。
「我が内に、今こそ目覚める新たな力! ――合体せよ!」
「わおーん!」
「ぴよー!」
オーク仮面から放たれた雷撃が二つの光とシャーロット像を結びつける。
瞬間、目映い光が放たれ、人々が思わず目を瞑り、そして再び目を開いたときそこにあったもの、それは胸に凛々しい犬の顔を持つシャーロット像であった。
それを見た人々は口々に叫ぶ。
『獅子だ! 獅子だ!』
否、犬である。
誰がどう見ても犬である。
加えて言うなら、わりと愛くるしい顔をした柴犬である。
『獅子だーッ!』
にもかかわらず、人々は獅子と叫び続ける。
ふざけているわけでも悪ノリしているわけでもなく、真剣に叫んでいる。
理外の状況が立て続けに起きたため、人々は精神の均衡を崩し、もう自分がそうあって欲しいと願うことを勝手に信じるようになってしまっているのだ。
もしかすると、なかには犬の顔をした獅子を見たことがあると言い張る者がいるのかもしれない。
が、きっとそれはただのでかい犬だ。
獅子ではない。
人々が見つめるなか、遅れてシャーロット像の背からは蕾が開くように翼が広がった。
『うぉぉーッ! 獅子だぁーッ!』
否、獅子ではない。
重ねて言うが獅子ではない。
それでも獅子に重ねてしまうほどに、人々の精神は限界なのだ。
例え蛇であろうが馬だろうが魚だろうが、もうなんでもかんでも獅子に関連づけてしまうのである。
後遺症が心配されるため、すみやかな事態収拾が求められた。
「……な、なんだあれは、なんだ!?」
もはやカロランですら平静ではいられなかった。
胸に犬の顔、背に翼を生やしたシャーロット像が誕生した瞬間、カロランの『デミウルゴス』は打ち破られた。
あの像がただそこに在るというだけで――。
つまりそれは、あの像がある限り、もう『デミウルゴス』は使えなくなってしまったということに他ならない。
大型邪神兵と比べると、シャーロット像の大きさは胸にも届かぬ子供のようなもの――、しかし、シャーロット像が自分よりもずっと大きな大型邪神兵の股間をぶん殴ると、その一撃だけで邪神兵は爆ぜ、中からは核となっていた者が現れた。
「なんだとぉ!?」
あの像が強力な力を秘めていることはわかっていたが、だとしてもただの一撃であそこまで育った邪神兵を葬り去ったことにカロランは驚き、その秘密を探るべく魔力感知を試みた。
そして知り、息を呑む。
あの像は魔素が集まっただけの邪神兵とは根本的に違う。
あれは精霊の集合体だ。
精霊を一粒の砂として、それをあの大きさになるまでより集めたような常軌を逸する存在なのである。
精霊を使役するらしいとの報告もあった。
だが、これほどとは想像もしなかった。
このシャーロット像に大型邪神兵はまったく歯が立たない。
次々と破裂させられ、中からは核となった者たちが飛びだしては救出されていく。
おそらくオーク仮面にはまだ明らかにしていない能力もあるのだろう。
ようやく叶いかけた悲願を、ここで邪魔されてはたまらない。
邪神兵が相手にもならぬ以上、自分の手で倒さねばならぬとカロランはバルコニーから飛びだした。
△◆▽
カロランは宙を舞い、オーク仮面、そしてシャーロット像の前に降り立った。
「ほう、とうとうご老体のお出ましか」
「黙れ小僧」
吐き捨てるように言うカロランであるが、もうオーク仮面をそこらの有象無象ではなく、悲願達成の邪魔をする忌まわしき敵であると認識していた。
しかし、まさかこうもわけのわからない力を持つとは予想外。
おまけに、わけがわからないにもかかわらず強大であり、頼みの綱である『デミウルゴス』はシャーロット像が在る限り展開できないとくる。
忌まわしい像であった。
いくら魔素の供給により莫大な魔力を使えるカロランとて、普通に魔法を使うだけではシャーロット像を破壊するのは難しい。
尋常でない数の精霊と、さらに大精霊二体が渾然一体となったシャーロット像。
あそこまでくると、よほどの大魔法でもないかぎり受けつけすらもしないだろう。そしてそんな馬鹿げた存在となれば、その動作がすでに魔術的であり、その攻撃ともなればカロランの使える防御魔法で防ぎきれるか怪しいところだった。
「……仕方あるまい」
オーク仮面にシャーロット像。
やっかいではある。
が、カロランは己の勝利、悲願の達成を疑うことはなかった。
相手が精霊の集合体であり、強力な『力』を有しようと、自分には無尽蔵の魔力が半永久的に供給される。ならば、それをシャーロット像に匹敵する――、いや、それを超えるほどに、この身に纏えばいいのだ。
つまりは邪神兵化。
濃密な魔素にあてられての不完全な紛い物ではなく、その力を制御しての本当の邪神兵だ。
市壁の塔を破壊され魔素の集束力が落ちているなか、膨大な魔素を消費するとなれば、悲願の達成がしばし遠のいてしまう。
だが、オーク仮面はここで倒さなければならぬ者。
カロランは覚悟を決め、杖を使用する。
と、煙のように漂う魔素が、渦を巻きカロランへと集束。
瞬く間に繭のようになると、それは肥大、そしてやがては巨大な人の形へと成長した。
大きさはシャーロット像とほぼ同じ。
それ以上には大きくならないが、魔素は未だ注ぎ込まれ、遠巻きに見守る人々ですらひりつくような感覚を覚えるほどの超密度魔力存在へ変貌する。
「私にここまでさせた事は褒めてやろう。確かに貴様はなかなかのものだが、私には無限の魔力があり、どれだけであろうと強くなること――」
そうカロランが語っていた、その時。
衝撃を伴う轟音が王都のある盆地全体に響き渡った。
何事かと驚く人々は、やがて膨大な粉塵によって外輪山の一角が覆い隠されてしまっていることに気づく。さらにはそれに遅れ、天へと伸びていた光の柱が消失していることを知った。
人々の多くは山が噴火したと考えたが、事実は違う。
何が起きたのか人々がわからないでいるうちに、残り七つの光の柱も追うように消失した。
「――なっ!?」
この事態にカロランは愕然としたが、そんな彼に対してオーク仮面は満足そうな口ぶりで言う。
「無限の――、何だ? 言いたいことがあるならば早くせよ。我も暇ではないのでな」
shinhalbyon様、レビューありがとうございます!
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/18




