第467話 13歳(春)…フォーウォーン
変貌した人々――邪神兵に立ち向かうは騎士に闘士、果敢な市民たちであったが、この有効な手立ても無い状況、ただただ苦戦を強いられるばかりであった。
一方、戦えぬ人々は追い立てられるように王都の中心――王宮へと向かっている。建国からしばらく、諸国と戦い続けた歴史を持つエルトリア王都では、いよいよとなった際には王宮をぐるりと囲む広場へと一時避難することが周知されていたためだ。
しかし、それは外部の敵が攻めてきた場合の話、元凶そのものが王宮に居座っている状況においては推奨される行動ではない……。
カロランは謁見の間にて床に座し、大魔法『デミウルゴス』にて王都の状況把握を再開していた。
この邪神兵の出来損ないが多数誕生する状況はカロランにとっても想定外。
原因はカルデラ内部へと集められた魔素をさらに一点に集束させるための要、王都の塔が破壊されてしまった事による。
そのせいで高濃度の魔素が依代となりやすい者に勝手に集まり、結果として邪神兵が誕生してしまったのだ。
「被検体として飼われていた者どもの末裔か」
特別適性の高かった者が早々に邪神兵と化したようだが、時間経過と共に魔素はさらに集まり、やがて今の邪神兵はより強力に、そして新たに邪神兵と化す者も増えていくことだろう。
「まったく、面倒な……」
カロランにとっても邪神兵の存在は邪魔でしかない。
しかし、出向いていっていちいち潰すのもまた面倒な話だ。
どうやら魔素の流れにひかれ、この中心部を目指しているようなので……、集まったところで潰そう、そうカロランは考えた。
この大魔法陣――魔術装置における、魔素の集束点と設定されているのはカロランの持つ杖である。
本来であれば外輪山の柱が魔素を内へ内へと集め、都市の塔によってより中心――この杖へと集束するはずであった。
そして高濃度の魔素の中で杖を使い、天を目掛け魔素を解き放つ。
これにより、地表の魔素はカロランへ集束し、集束した魔素は天へ上り拡散するという循環にはいる。
それは魔素の竜巻のようなものであり、その形をして『世界樹』と呼ばれる。
そう、本来世界樹は地から天へと巡る魔素の流れなのだ。
瘴気領域――ヨルドの樹は重くなりすぎて落ち、流れが逆転してしまっている。
魔導的に見るとあそこは穴。
得体の知れぬ瘴気獣が煮えたぎる地獄の穴。
溢れださないのは逆転した流れにより、天を漂う魔素を吸い込み地へと流しこんでいるというのもあるが……、おそらく、星芒六カ国が封印になっているともカロランは考える。
計画のため、魔素を集める魔法陣の基本はヨルドも同じ星形九角形。
対し、星芒六カ国は六芒星となる配置。
六芒星――『9』の約数である『3』の多角形を二つ重ねる――掛けて形成される偶数の星。
これがただの偶然であるわけが無い。
無いのだが……、計画の邪魔にはならないため、カロランは推測を進めはしない。
ヨルドの世界樹は過去のものなのだ。
反転した魔素の流れ、瘴気領域、瘴気獣、大陸規模での計画であったために大陸各地に魔素に指向性を持たすべく用意された『柱』は逆流の影響で魔素溜まり――現在では資源型ダンジョンと化している。
そういった楽園の残骸は反省と改善を促すものであって、改めて興味を抱くようなものではなく、そもそもそんなことにかまけている時間はないのだ。
それでも注目すべき点があるとすれば、その構想の正しさを証明するように失敗してもなお存在し続けていることか。
であれば、この改良された世界樹は正しい形で存在し続けることになるだろう。
いずれは魔法陣も必要としなくなり、木は育ちその領域を広げ、やがては大陸を呑み込むのである。
不安があるとすれば、自身が世界樹の成長に耐えられるかどうか。
望めるのであれば、核となる依代には生まれつき魔素を自在に取り込めるといった天性の素質を持つ者を用意したかったが、『鑑定眼』を持つコルフィーを確保できなかった以上これは諦めるしかなかった。
依代には魔素に高い耐久性と、それを行使できる能力も必要であるが故、町で邪神兵となっているような者どもでは駄目なのだ。
そこでカロランは不足と知りながらも自身を世界樹の核とした。
素質の不足は魔素に高い適応性を持ち、土、水、風、火、とそれぞれ属性に優れた適性のある四人の子供を使うことで対処した。
だがこれも最低限の数。
万全を望むなら、あと九人――星形正九角形を描くための『柱』として魔素に高い適性を持つ者がほしかった。
これはヨルドの世界樹計画が失敗して以降、世界を巡る魔素は瘴気によって汚染されているため、それを浄化する濾過装置としての役割を担わせるためだ。
穢れた魔素は世界を覆い、それは人の魔力にも影響して魔術・魔法を使う場合には抵抗となる。
おそらく、古代の竜や魔物が強かったり、魔導師が超越的であった理由の一つは清浄な魔素なのではなかろうか?
ともかく、完璧に近付けるならば魔素の浄化は必要である。
しかしもはやそれを望める状態に無い今、最低限の数となった子らのみで挑戦するしかなかった。
いや、子らに土、水、風、火の適性があったことが、かろうじて希望を繋いだのだ。
魔素は子らに取り込まれ、土から始まる昇華は水に、風に、火に、そして神撃へ至る。
この循環の保持にまで到達できれば魔素の穢れも問題ではなくなり、神撃の塊となったカロラン――世界樹は神性を得ることができるのだ。
△◆▽
都市のあちこちで響く破壊音と悲鳴、上がる火の手、立ち上る黒煙。
勇猛果敢なエルトリア人であっても、まったく敵わぬとなれば逃げるしかなく、怯え戸惑い、わめきながら王宮の広場へと集う。
しかし次第に数を増やしつつある邪神兵もまた、都市の中心――王宮へと向かっていく。
それはまるで王宮へと避難する人々を追っているようであったが、実際は集束する魔素の流れに導かれているだけであり、もしここで避難する集団からはずれ、邪神兵の隙間を縫うように都市の外へと向かうならば危機を脱することも可能であった。
にもかかわらず王宮へと向かうのは、この混乱にあってそこまで冷静になれる者が少ないということもあるが、何かあれば王宮へ、と幼少よりの教育が裏目にでてしまっているからであった。
一方、多くの人々が避難する状況になっても、まだ抵抗を諦めぬ者たちがいる。
この都市の衛兵、今日帰還したばかりの騎士、そして訪れた闘士たちである。
彼らは敵わぬと知りつつも果敢に立ち向かい、有りとあらゆる手を使って邪神兵の進行を阻もうとした。
殴りかかる、しがみつく、そんな当たり前の手段から、よじ登った建物から跳躍しての蹴りを喰らわせる者、道に油を流す者、罵って威嚇する者、終いには集まっての組体操でもって大きさで対抗したりもしたが、そのすべてが徒労であった。
それでも男たちは諦めなかったが、次第に押され、都市の各所から集まった人々によって道が混雑し始めたことで、安全に誘導するための誘導要員として人数を割かれていき、最終的には人々のしんがりとなって共に王宮へと撤退することとなった。
城壁の正門は流れ込むように避難してきた人々でごった返していたが――
「む?」
と、そこでカロランは気づく。
人々が押し寄せる正門のど真ん中に突っ立っている馬鹿がいる。
普通なら混乱した人々に押し流されるところだが、どういうわけかその者は流れに呑み込まれることなく、抗うようにそこに居る。
まるでそれは激流を砕く巌のごとく。
「なんだ、あいつは……?」
あれがレイヴァースであることはわかった。
だが、違うのだ。
レイヴァースであるがレイヴァースではない。
カロランにはあれがレイヴァースの姿をした何か、人の形をしたなんらかの『力』のように感じるのである。莫大な力を圧縮して人の形にしているような、得体の知れぬ存在であり、もしその『力』を解き放とうものなら、この王宮周辺という狭い範囲だけに行使している『デミウルゴス』ですら穴を開けられそうな、そんな予感を感じさせるのだ。
カロランは立ち上がり、謁見の間から出ると、広場を見下ろせるバルコニーがある場所へと急いだ。
肉眼で見ても広場の様子は大差なく、避難してきた市民たちで混雑しており、今もまだ正門から流れ込んできている。
だがやはりそこに立つ者――レイヴァースは未だ動かず。
逃げてきた者たちはレイヴァースの前に来ると自然と左右にわかれ、彼を避けて門を通っていく。それはあの異様な力が気配として伝わり、混乱する人々を我に返しているようであった。
そして城の玄関前では集まった人々に対し、大声で呼びかける者たちがいた。
リオレオーラ姫、アエリエス公爵令嬢、聖女二人に、ディアデム団長、そして監禁していた国王が。
「皆、聞け! 今この王都は危機的な状況にある! しかし絶望するにはまだ早い! 何故ならば我らの危機を救うべく、伝説の猪――フォーウォーンが現れたからだ!」
国王が叫び、それにリオレオーラが続く。
「恐れることはありません! 我らにはフォーウォーンがついています! そう、あの方です!」
見よ、と指し示す先にいた人々はおのずと身を退き、結果として門の前に立つレイヴァースへと一本の道が出来る。
人々の視線を背に受けるレイヴァースが見据える先には邪神兵が迫っていた。
にもかかわらず、レイヴァースはそこで肩越しにふり返り返った。
顔には猪の仮面。
あれは私を見ている――、カロランはそう直感し、魔法によって声を届けた。
「貴様は何者だ?」
唐突に声が届けば驚くものだろうに、レイヴァースは平静を保ったまま答える。
「聞くがいい……、そして知るがいい……。我は幼き子らにオーク串を届ける配達人。されど、幼子らを喰らう悪しき者に届けるは怒りの鉄拳である。我はオーク仮面、我こそがオーク仮面……ッ!」
「オーク仮面だと!?」
それはストレイの報告にあった、コルフィーを手にいれる計画を決定的に邪魔した謎の怪人の名であった。
オーク仮面の妨害により、せっかく秘密裏に運んでいた計画が明るみとなってしまい、そしておそらく、これが自分の企みであると絶対に知られてはならぬ者に知られてしまった。
故にカロランは世界樹計画を急いだ。
オーク仮面の邪魔さえなければ、おそらく計画はもっと万全の状態で始められたはずなのだ。
「そうか、貴様か、貴様だったのか! 貴様が余計なことをしなければ私は安全に鑑定眼を手にいれ、計画はより確実性を増していたのだ! それを貴様が……! この邪魔者がッ!」
「邪魔……? はっ、心地よいわ」
レイヴァース――オーク仮面はそれだけ言うと、カロランから視線を外し前方――いよいよ王宮にまで辿り着いた邪神兵の一体へと向きなおる。
そんな邪神兵の前にはささやかな抵抗を試みながら、王宮へと退いてくる騎士と闘士たちがいたのだが、彼らは進行方向で待ち受けるオーク仮面を見つけると、まるで希望を見つけたように叫んだ。
「大闘士殿ッ! 猪の仮面を被っておられるッ!」
「やる気だ……! 大闘士殿はやる気だッ!」
「ぬぅ……! なんということだ、前が、涙で前が見えぬッ!」
邪神兵の周り、たかるように集まっていた男たちは散開し、オーク仮面への道をあける。
「奴め、何をするつもりだ……?」
カロランにとっても邪神兵は邪魔な存在だ。
片付けてくれるならそれにこしたことはなく、ついでにあのオーク仮面という得体の知れぬ存在の力量を確かめることもできる。
とうとう避難所にまで辿り着いた邪神兵に、立ち向かおうとするのは猪の仮面をつけた一人の少年。彼が巨人に打ち勝てることなどありえるのかと市民たちは半信半疑であったが、国王が示し、姫が信じ、危機に立ち向かう使命を負う騎士たちが、そして団長が、疑うことなく見守っているのであれば、そんな奇跡も起こるのでは、とわずかに希望も抱いていた。
そして――オーク仮面は動いた。
「オーク・ファング!」
細く長い、珍しい形をした短剣を手にし、邪神兵へとオーク仮面は駆ける。
「救出準備! 野郎ども、即座に動け!」
周りで見守る騎士・闘士に声をかけたのち、オーク仮面は跳躍すると、その短剣を邪神兵の胸に突き立てた。
それは一見なんでもない攻撃であり、カロランは訝しむ。
「ふむ……?」
その程度の攻撃でどうにかなる邪神兵ではない。
あれは魔素の塊であり、例えるなら水が詰まった革袋のようなものである。それを破壊するためには物理的な攻撃ではなく、魔術、魔法、魔技といった広義的な魔術、その干渉力が必要なのだ。
と、そこでオーク仮面がさらに叫ぶ。
「オォォーク・ダイナミックッ!」
そして、一瞬であった。
閃光――ほとばしる雷と共に邪神兵が爆ぜ、核となっていた者が放りだされたのである。
「な……ッ!?」
たった一撃――、これにはカロランも驚きを隠せなかった。
「ただの変人ではないということか……、忌々しい!」
集まった人々は突然のことに唖然としていたが、どうにもならなかった邪神兵が一撃のもとに倒され、さらに核となっていた者も周囲にいた騎士・闘士たちに救出されたという事実を理解すると誰からともなく声をあげ、それは大歓声となっていく。
だが、邪神兵は一体だけではない。
倒した一体がただの先触れであったように、邪神兵は都市全体からこの中心の王宮へとぞくぞくと集まってきた。
当然、律儀に正門に訪れるようなことはなく、多くは立ちはだかる城壁を殴り、殴り、破壊して侵入しようとしてくる。
王宮の広場が取り囲まれたことを理解した人々は、先の喜びも醒め再び恐れおののくことに――。
だが、この絶望的な状況にあってもオーク仮面は臆さない。
「さて、忙しくなるぞ! 野郎ども、準備はよいか!」
『おおぉぉ――――ッ!!』
騎士・闘士たちに声をかけ、オーク仮面は邪神兵を片っ端から破壊すべく、戦いを開始する。
※誤字脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/09/18
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/19




