第466話 閑話…大魔法陣
愚か者どもが地底湖へと落ちていったあと、安全が確保できたと判断したカロランは尻に刺さって抜けない鎌をどうするか本格的に考え始めた。
刺さったままであることが不幸中の幸いか、今のところ出血はそこまで酷いものではないが、油断はできないのでポーションを振りかけて誤魔化している状態だ。もしまかりまちがって失血死でもしようものなら、先祖に申し訳が立たないどころの騒ぎではない。
後ろ手で抜こうとしても抜けない鎌は、なんらかの魔術的な力を宿していると思われ、であれば、引っぱって抜けなくとも、この膨大な魔力によって行使する『デミウルゴス』であればその『力』を打ち破って引き抜くことができるはず。
が、それでも抜けない。
「馬鹿な!? 本当になんなんだこの鎌は……!」
ここまで来ると恐怖すら感じた。
所有者以外が触れる、または干渉することによって、その者に突き刺さるという効果を持つと推測できた今、城にいる誰かを呼び寄せて引き抜かせ、身代わりにするのが一番手っ取り早く効果的なのではないかとカロランは考える。
が、尻に鎌が刺さって抜けないから抜いてくれ、などと言うのはどうにもはばかられ、それ以上に、こんな巫山戯た代物に為す術がないと認めるのは我慢ならなかった。
要は意地である。
「まったく、何故よりにもよって刺さったのが尻なのだ! 腕や足でいいではないか!」
カロランは知らない。
この鎌はたまたま尻に刺さったのではなく、尻にしか刺さらないという事実を。
もしそれを知ったならば、そんな馬鹿な代物が存在することに激しい憤りを覚え、さらに心を乱されていただろう。
「ぐぬぬぬ……! ぐぉぉ……!」
うつ伏せのままでいるカロランは、尻に刺さった鎌に対し、この王都ヴィヨルドすべてを監視していた状態に匹敵する力と集中をもって働きかけたが、それでも鎌は抜けなかった。
「いや、おかしい! さすがにおかしいぞこれは!」
どれほど――、この身に集まる膨大な魔素を己のものへと変換した魔力をどれほど使おうと鎌がびくともしないことに、カロランは新たな仮説を立てる。
及ぼす力の次元が違っているのではないか、と。
例えばそれは因果や摂理にすら指をかける『何々殺し』と呼ばれる武具に宿るような力。条件が揃うことによって発動するとてつもない『呪い』か、あるいは特定の事柄に対する狂気的な執念――想いが結晶化した『奇跡』のような代物である。
であれば、それに対抗するためには同じ領域にある力でなければならないのだが、幸い、今のカロランにはそれが可能だった。
「まさか邪神誕生の儀を流用することになるとは……」
その身に取り込んだ子らを使い、魔素を魔力に、そして魔力を神撃に昇華する。
そして神撃を帯びることで、鎌はようやく引き抜くことができた。
カロランはポーションによって尻を癒すと、四つん這いになって鎌から距離を取る。破壊してやりたいところだが、もう同じ目に遭うのは避けたかったので、破壊された壁の破片を投げつけて部屋の隅へと追いやることだけで我慢した。
「まったく、忌々しい鎌だった!」
尻に刺さった鎌を抜く。
ただこれだけのことに、もうかれこれ二時間ほどはかけていた。
時間があれば調べてみたいと思う。
伝説級の効果も気になるが、それを留めておける素材も興味深い。ただの霊銀に見えて実はもっと特殊な代物なのかもしれない。
だが今のカロランには、これ以上得体の知れぬ鎌に割く時間はなかった。
すでに半月前から邪神誕生のための魔法陣は起動され、本格的に稼働するのを待つばかりになっている。
おそらく、そろそろのはずなのだ。
魔法陣の中心はこの城、この謁見の間、そして再びカロランが座り込んだその位置だ。
もう少しでこれまで以上に莫大な魔素がここに集束し、それはカロラン自身を世界樹の苗木――邪神へと変貌させる糧となる。
「千年の時を越え、楽園の門は再び開かれる……」
カロランは座して静かにその瞬間を待ったが、鎌が抜けた安堵、そしていよいよ悲願が達成されるという期待が油断を生んだ。
もし、これまで通り都市の様子をつぶさに監視していたならば、都市にある九つの物見の塔が破壊されつつあることに気づけていたのだ。
△◆▽
時はしばし遡り、王女を擁する第一部隊から離脱した九つの部隊は『獅子の儀』を達成した王女リオレオーラが王都へ帰還したことを触れ回りながらそれぞれが破壊する目的の塔へと向かった。
そのなかの第三部隊にレヴィリーとアーシェラはおり、担当となった市壁と一体化した高い塔へ到着すると、さっそく破壊を試みる。
魔道士であるアーシェラが居るため、第三部隊は人数が少なく三十名ほど。
塔の破壊はひとまずアーシェラに任せ、レヴィリーたちは近隣住民に事情説明を行い、塔を破壊するので注意するようにとの勧告を行った。
しかし、住民たちは避難するどころか集まり、塔の破壊に協力を申し出てきた。
これが国を取りもどすための役に立つなら、自分たちも協力したいというのである。
「あー、待ってくれ。塔の破壊は魔道士である彼女が行う。皆の申し出は有り難いが、危ないので下がってもらえるか」
塔の破壊は急務、だが、だからといって地面付近の側面を魔法で破壊して倒壊させるのは乱暴すぎ、周囲の建物に被害もでる。
そこでアーシェラは上部から積みあげられた天然石のブロックを崩していくのだが、これもまた高い位置から次々とブロックが降ることになるため危険。
レヴィリーたちはアーシェラが慎重に塔を崩していくのを見守りながら、集まった住民たちが近寄りすぎないよう注意した。
塔が何か魔術儀式で役割を果たすとリーセリークォートは推測していたが、まだそれらしい部分は見つからない。
だが、アーシェラが塔を半分ほどを崩したところで変化があった。
塔の上部へと続く螺旋階段の中央は円形の壁に覆われていたのだが、その内部に明らかに特殊な、塔の構造には必要のない柱が存在したのである。
柱には紋章と文字が刻まれ、仄かに光を放っていた。
「レヴィリー様、あれをごらんください!」
アーシェラに言われ、レヴィリーもそれを確認する。
「なるほど。あれか……。どれ」
レヴィリーは瓦礫を飛びこえながら塔へ向かい、途中までとなった螺旋階段を上ると、剥きだしになった柱をよく確認する。
ずっと塔の内部に隠されていた柱は未だにつるりとした表面で、少し壊すのがもったいなくも感じる。しかしこの破壊が課せられた務め、レヴィリーは転がっていた石のブロックを手にすると、それを思い切り柱に叩きつけた。
ガツンッ、と大きな音が響いたものの、塔にはまったく変化が見られない。
いや、わずかにぶつかった部分がくすんだか?
「こいつは固いな」
ブロックを叩きつけた衝撃で痺れた手をぶらぶらさせていると、アーシェラもやってくる。
アーシェラは柱に手を当ててみたが――
「これは……、少しやっかいなようです。アース・クリエイトの魔法で破壊しようと思ったのですが、干渉を受けつけません。どうやら外部から強い衝撃を与えて破壊するしかないようです。これを破壊できそうな魔法となると……、私の使える魔法では、その、周囲にも被害が……」
「はは、わかった。じゃああとは俺達に任せて休め。おーい! みんな来てくれ! 一緒にこの柱を叩いて削るぞ! あ! もし金槌や石ノミを持つ人がいたら借りてきてくれ!」
レヴィリーが指示を出し、そこからは石のブロックや借りた金槌や石ノミでもって、逞しい男たちが猛烈な勢いで柱を破壊すべく攻撃を続けるという状況になった。
ガッガッ、カンッカンッ、ガキンガキンッ。
なかなか体力のいる仕事で、それぞれ上半身裸になって取り組む。
「何だか楽しくなってきた!」
「よし、いっちょ歌うか!」
男たちは倶楽部の歌を歌いながら、懸命に塔を破壊しようと攻撃を続ける。
やがて、繰り返し歌っていたせいか、様子を見に来ていた住人たちまで一緒になって歌い始めた。
リーセリークォート殿にはひどく不評だったものの、エルトリアの人々には気に入ってもらえたようだ。
歌に合わせるように金槌を振りおろしながら、レヴィリーは屋敷を飛びだしてきたときのことをふと思い出す。あの時はまさかエルトリアの姫に従い、国を取りもどす戦いに参加することになるだなんてこれっぽっちも想像しなかった。良い感情を抱いていなかったエルトリアのため、エルトリア人と共に汗水垂らして働くなど、いったいどうすれば想像できるだろう。
自分の運命を変えた猊下との出会いを思い出すと、レヴィリーはつい苦笑いを浮かべてしまう。猊下の噂は聞いていた。以前はまったく面白くない話であったが、こうして出会い、そして猊下の持つ大きな力に巻き込まれた今となると、その噂すらも彼の持つ本当の凄さをこれっぽっちも伝えられていないことに歯がみする。
アーシェラと結婚することがこれまでの大きな目標だった。
領主になるのはそのついで。
しかし今は、上級闘士として、闘神に認められた闘士として、恥ずかしくない男にならねばならないとレヴィリーは思っていた。
そして過去の自分のように、悩みに押しつぶされそうになっている者たちを導くべく、闘士倶楽部を広く領内に広め、いずれは大陸中に広める手助けをしようと考えるようになった。
それが自分にできる、猊下への恩返しだとレヴィリーは信じていたのである。
まさかそれが当の猊下にとって大迷惑であるなど、これっぽっちも考えなかった。
すると、その時――
ペキッ、と。
これまでと違う音が響き、柱の表面に小さなヒビがはいった。
それがきっかけであったように、他の者たちが叩き続けていた場所にもヒビが入り、それはやがて柱全体にまで広がっていき、最後には柱に灯っていた淡い光が消え失せた。
「レヴィリー様! 塔に宿っていた魔力が消えました! これで塔の破壊という任務――、あっ」
そう嬉しそうに話していたアーシェラがふらつき、レヴィリーは慌てて抱き留めた。
「アーシェラ、どうした!?」
「どうやら塔が破壊された時に場の魔素を乱したようで、それに少しあてられました。体の魔力が少し混乱していますが、大事ありません」
「そうか。それならいいんだが。驚いたぞ」
「申し訳ありません」
「かまわんさ。ともかく破壊は完了したということでいいわけか。案外簡単だったな」
殴り続けて破壊できるなら、他の部隊も平気だろう。
まず柱を露出させるのに時間がかかるかもしれないが、それが終われば一斉にかかって破壊できるはずだ。
いや、むしろ他の部隊は人数が多いので、柱の破壊はこちらよりも早いはず、もしかしたらもう壊せているかもしれない。
「これで、あとは猊下たちがカロランを倒すのを待つだけだな」
「はい、そのとおりですね」
そう二人はほっとひと息ついた――、その時だ。
カッ、と遠くで何かが光る。
見やれば、この都市のある盆地――カルデラをぐるりと円状に囲む外輪山の数カ所から、天へと一筋の光が伸びていたのである。
その数――九つ。
「なんだあれは……?」
事態を飲み込めず困惑するレヴィリーだったが、一方のアーシェラはすみやかに光の柱の意味を理解した。
「ああ、そんな……!」
「アーシェラ? あれが何かわかるのか?」
「光の柱は九つ。塔の数と同じです。おそらく、あれこそが要となる魔術装置で、こちらはその補助だったのではないかと……」
「なに!? ではあれを破壊しなければならないのか!」
遠い、流石に遠い。
向かうまでにどれだけ時間がかかるのか。
集まった住民たちもこの異変に動揺を始めたが、そのうち周辺がゆっくりと煙り始めた。
「なんだこれは、霧か?」
「いえ、レヴィリー様、これは魔素です。視認できるほどに魔素が濃くなり始めているのです」
「異常事態……、これがカロランの目的だったってことか?」
「おそらくは。しかしこれに何の意味があるかは――」
とアーシェラが言いかけたとき、集まっていた住人の一人――男性が苦しみだして倒れた。
すると男性の周囲に煙るような魔素が集束し、彼の体を覆い尽くすほどに濃くなり、やがては繭のような塊になる。
誰もが唖然と見守るなか繭はさらに大きくなり、次第に人のような形へと変化を始めた。
そして最後にはのっぺりとした大きな人型の何か――魔素の塊たる巨人へと化し、ゆっくりと立ち上がったのだ。
大きさは四メートルほどといったところだが、成長は止まっておらず徐々に大きくなっている。
「ブォオォ――ゥ……、ヴォ――――ゥ……」
低く不気味な唸り声を上げながら巨人は酔っぱらいのように頼りない足取りで動き回る。
そして周辺の家屋に倒れこんで破壊、体勢を立て直そうと手をついて破壊、動き回る大迷惑だ。
「皆、避難しろ!」
レヴィリーが大声を上げると、集まっていた市民たちはすぐさまその場を脱し、それぞれの家へと戻る。
それはすみやかな避難のように思えたが、そのすぐ後、家へ飛び込んだ者たちのほぼ全員がそれぞれに武器を持って舞い戻り、千鳥足の巨人へと果敢に挑んでいった。
「おいぃぃ!? なんで突っ込んでいくんだ!?」
レヴィリーが度肝を抜かれるなか、住民たちは巨人に攻撃を加えながら口々に叫んだ。
「正気に戻れ! 戻れる、お前なら戻れる!」
「さっさと正気に戻れこのロクデナシめ!」
「戻れ! 戻らんなら死ね!」
「うぉぉぉ! くたばれーッ!」
誰もが乱暴な口調であったが、それはエルトリア人ならばこの異変に屈して終わりではなく、正気を取り戻せると信じてのものなのだ。
そしてもし――、もし戻れぬのならば、自分たちの手で葬ってやろうというエルトリア魂みなぎる行動なのである。
決して『もう面倒だからとっとと殺そう』などと考えているわけではない。
「あ、あれがリーセリークォート様から聞いた邪神兵というものなのでしょうか……、これがカロランの目的……?」
「――の、一つなんだろうな。アーシェラ、よく耳を澄ませてみろ、あちこちで破壊音と人々の叫び声が聞こえるようになった。この異変は都市全体で起きているらしいぞ」
「そんな……! では……、どうすれば!」
「わからん。だが、このような事態を猊下が見過ごすわけがない。まだカロランを倒せてはいないのだろう。俺達に出来ることは猊下の勝利を信じながら、この都市の混乱のなかで命を落とす者がいないよう手助けすることだ。行くぞアーシェラ!」
「はい! レヴィリー様!」
※魔法陣が魔方陣になっていたのを3章あたりまで遡って修正しました。
たくさんありました。
2018/06/23
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/07
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/04/20




