第464話 13歳(春)…猪は囁く
遺跡中央の円形広場ではひさびさに口にできるまともな料理に喜ぶ人々で賑わっていたが、おれの話によってとたんに誰もがしょぼくれるお通夜になってしまった。
うーむ、申し訳ない。
だが一刻を争う状況なのだ、ここはかんべんしてほしい。
説明はルーの森での騒動と今回の騒動を関連づけ、カロランが本当に邪神を誕生させようとしていることくらいのものだったが、それだけでも充分状況の深刻さはわかってもらえた。
「現在、予定通りであれば別行動をしている九つの部隊が塔を破壊していると思うのですが……、実際のところはどうなっているのか」
早いところ上へ戻らなければならない。
いや、戻るのはどうにでもなる。
城の地下へと通じる道は閉ざされ、結界もほどこされているようだがそんなもの横穴を開けてしまえばいいのだから。
問題はいまだにカロランにどう立ち向かえばいいのかわからないということ。
まだ奴のケツに鎌が刺さっているのかどうかはわからないが、刺さっていても抜けていても、もう奴はおれたちに容赦などしないだろう。
それを踏まえ、これならば奴を倒せる、という作戦が必要だ。
「これはあれね、やっぱりシアの鎌をぶつけて隙を作るのよ。もう一つあるし。見せるだけでも牽制になるんじゃないかしら?」
「効果はあると思うが……、一度体験したからな、対処は考えられていると思う。鎌をぶつけようとした瞬間、おまえが引き寄せられて盾にされた場合――」
「この案無しで!」
「う、うん、まあ一つの手段として今は置いておこう。シアが泣きそうな顔になってるしな」
「へぐぅ……」
置き去りにしたアプラは無事だろうか?
なんとか無事であってほしいと思いながらも、あんな物騒な物は消滅すべきなのではと考える自分もいる。
それから皆で作戦を考えるが、なかなか妙案は出てこなかった。
状況を作るのが巧みで、自分に手出しできないようにしていたカロランであるが、腹立たしいことに魔導師として純粋に強いとくる。
うぬぼれかもしれないが、うちの面々をあしらうとか相当だ。
少数精鋭で挑んであしらわれたならば、今度は数の暴力で挑んではどうかとも提案があったが、そうなれば広範囲の攻撃で薙ぎ払われるだけである。
では超長距離からの攻撃はどうかと思ったが、皆が牽制するなかカロランだけを狙い撃つのはスナイパーライフルであっても難しい。
ここはやはり――
「まずは塔の破壊を試すべきですかね」
「だな。あいつの強さを支えるのは無尽蔵の魔力だ。ならばその供給元を断つのがいい。他の奴らが壊してくれていればいいんだが……、上に行ってみないとわからないからな」
「ではまずは壊れていないことを想定して作戦を立てましょう。それから壊しても意味がない場合の対処なども必要です」
「そうだなぁ、塔の破壊については九つもあるんだ、あいつが単独である弱みをついて、一斉にとりかかってそれぞれぶっ壊せばいい。でも関係なかった場合がなぁ……、結局、あいつとやりあうための作戦がなけりゃ動くに動けん」
なんだか振り出しに戻ってしまった。
あいつに対抗できるような力か。
そう考えたとき――
『……力が欲しいか……』
声が聞こえた。
なんだこの声は、と驚いたとき、辺りが異様な気配に包まれる。
そして空間を歪ませ、黒い雷を纏いながら頭上に現れたもの――
「な!?」
それはオークの仮面であった。
装衣の神ヴァンツに回収され、もう二度と目にすることはないと思っていた、あの忌まわしき仮面だ。
おれが驚いて何も言えないでいるなか、集まっていた人々がおののきながらも声をあげた。
「まさか……、フォーウォーン!」
「フォーウォーンが現れた!?」
フォーウォーン、フォーウォーンと怯え混じりに叫ばれるなか、あれがなんなのか知っているおれたちはまた別で困惑している。
「おまえはヴァンツに封印されたはず……!」
『愚かな、神ごときに封じられる我と思うたか……!』
作った仮面に愚かとか言われた!
地味にショックなんだが!
『では再び問おう、この危機を打ち砕く力が欲しいか……?』
力って……。
この状況でおれがオーク仮面になって何か意味があるのか?
そもそもおれが強くなるわけではないのでは?
しかし、もし本当にこの状況を打破できるというのなら、おれは一生背負うことになった恥を、さらにここで追加することもやぶさかではない。
けれど――、思うのだ。
「今必要なことは皆で力を合わせて危機に立ち向かうこと。だから答えは決まっている。おまえの力なんていらない!」
そう、ここに居る仲間たちの力を合わせればどんな危機だって乗りこえられるはずなのだ。
おれは毅然とした態度でハッキリと断った。
が――
『よろしい! ならばくれてやる!』
「あっれぇぇぇッ!?」
断ったにもかかわらず、仮面はくるっと裏返しになると、おれの顔めがけてずもももっと迫ってくる。
びっくりして動きを止めていたおれだが、両腕を伸ばして仮面を受けとめ、すんでのところで装着を阻止することができた。
「いらねーつっただろうがぁぁぁッ!」
『この危機にあって力を求めぬその心意気に免じ、我は力を貸すことにしたのだ……!』
「ふざっ……! じゃあ力くれ!」
『よかろう! ならばくれてやる!』
「一緒じゃねーか!」
選択肢バグってんぞ!
「くっそおぉぉ! 被らねえ! おれは被らねえぞ……! もうあんな思いはごめんだ!」
断固たる決意でおれは抵抗する。
『諦めよ……、そして受け入れるのだ、運命を……!』
「ざっけんな、被るもんか……! こんなふざけた……、ってかなんでオークなんだよてめえは……!」
『それを貴様が言うか……! もう許さん……!』
なんか怒らせた!?
迫る力が……強くなる!
おれの腕力ではもう抑えられなくなり、じりじりと仮面が顔に迫ってきた。
「誰か助けてぇー!」
もう恥も外聞もなく、おれは助けを求める。
だがシアは半笑いで眺めるばかりで、ミーネはというとすでにレディオークの仮面を装着して準備万端だ。
あとで覚えてろ!
「猊下、くっ、近付けません……!」
最後の希望――アレサは助けてくれようとするのだが、謎の斥力によって近づけないでいた。
『聖女アレグレッサよ、これは我々の問題だ。ここは控えてもらおう』
何が我々だこのお面め、ふざけやがって。
「おまえが滅茶苦茶して邪神の誕生が阻止できなかったらどうすんだボケがぁ……!」
『邪神? 邪神か。――は、笑わせてくれる』
「なに笑ってやがる……!?」
『ずいぶんと大それたものを見据えるようになったものだと思ったのだよ。まるでヒーローではないか』
「……ッ!?」
『違うだろう。そうではないだろう。いつの間にか身の程を忘れ、傲り高ぶるようになったのか? 思い出せ、まずすべきことは何か。まず救わんとすべきは誰か。それを見誤った時、貴様はただのヒーローだ。貴様が妬み憎んだヒーローだ。結局は同じ結末を迎えることになろうとも、そもそもの矜持だけは忘れるな。よかろう、我が思い出させてやる!』
「ぐおぉぉぉ……!」
迫る仮面の力がさらに強くなり、とうとう力負けしておれは再び忌まわしき仮面を被ることになった。
が、まだだ。
まだ負けていない。
仮面は顔に被さったが、精神は乗っ取られていない。
負けられない。
今は大勢が見ている。
この話が広まり、うっかりクロアやセレスに知られたらもうおれの威厳など木っ端微塵となるだろう。
こんな仮面つけて跳んだり跳ねたり、恰好つけたり偉そうなことを叫んでみたり、もう大惨事だ。
おれは藻掻くのをやめると全身全霊で精神統一する。
何者にも揺るがすことのできない『おれ』を今ここに。
「ご主人さまー? それともオーク仮面になっちゃいました?」
おれが動かなくなったからだろう、シアが恐る恐るといった感じで尋ねてくる。
否、おれはおれ。
オーク仮面なぞに乗っ取られはしない。
そう、おれこそが……、って名前は言いたくねえ!
って、あ、しま――
「ぬぐぉぉぉ――ッ! シアおまえ覚えてろー!」
「なんで!?」
均衡を崩したおれの精神、塗りつぶすは高揚感。
「や、やめろぉぉぉ――……」
おれの絶叫は高く高く。
そして――声音は裏返る!
「……――ォォォオオッ! チェーンジッ! オークッ!!」




