第47話 7歳(春)…メイド服を作ろう2
「よし、じゃあさっそく着てみろ」
全身全霊で作りあげた傑作である。
このメイド服を身に纏うことにより、シアはこの世界において初めてのメイドとなるのだ。その、世の終わりまで語り継がれるであろう栄誉をシアにくれてやるのは少し癪だが、見てくれだけは自称どおりの美少女、メイド服がよく似合うに決まっている。であれば、おれのわだかまりなどどうでもいいことである。
「これ本当に大丈夫なんですよね……?」
不安そうな顔をしながらも、シアは完成したメイド服をそっと手にとろうとして――
「まったく大丈夫じゃなーい!」
登場した闖入者の大声にビクッと身をすくませた。
そいつの登場――、予想していなかったわけではないが、実際にこうして現れたとなると実に面倒だ。
「またてめぇかこのパンツ野郎!」
「パンツじゃねえヴァンツだ! 装衣の神だこの馬鹿め!」
状況がわからずぽかんとするシアをほったらかしに、おれとパンツは怒鳴りあう。
「本気だすなって忠告したのにおまえなに前回を超える危険物こしらえてんの!? どんだけ神気注ぎ込んで仕立てたんだよこれは!」
「もちろんおれのすべてを注ぎ込んで作った!」
「いばるな! たかが使用人の衣装ごとき――」
「くたばれやぁ!」
「ぐぶるぁぁぁぁッ!」
怒りの豪雷撃――今おれが放てる最大威力の雷撃を喰らい、パンツは全身を痙攣させて倒れこんだ。
「ちょ、ちょっとー、なんですか、なんなんですかこれは!?」
パンツ神を知らないシアは突然の事態に当然ながら困惑した。
「こいつ――、〝こいつはあれだ、悪い神だ。だからとっとと追っ払わないといけない。ほっとくとおまえ、パンツとか盗まれるぞ〟」
「〝マジですか!? うわー、こっちの世界にもいるんですねぇ、そういう残念な神さまって……〟」
「おいちょっと待てやこら! 言っておくが私はおまえがなに喋ってるかわかるからな!? 神なめんじゃねえぞ!」
パンツ神が怒りをあらわにする。
日本語わかりやがるのか、こいつ……。
「ったく、祝福までもらった神をこの扱い……、すこしは敬えよこの馬鹿が」
「あ? おまえどうせメイド服を奪いにきたんだろ? どうして盗人を敬う必要がある」
「普通の服ならわざわざ回収にきたりするか!」
言い切り、それからパンツはたたずまいをなおしてシアに向きなおった。
胸に手をあてて丁寧に跪く。
「お初にお目にかかります。わたくし、装衣の神をしているヴァンツと申します」
「あ、そうでしたか。わたしは以前、死を司っていたものですが、今はシアという普通の女の子にすぎないのでそんなに気を使わないでくださいな」
シアは簡易お辞儀のカーテシーで対応。
え、なにこの会話……。
「それで、ご主人さまが作ったあの服は危ないものなんですか?」
「危険です。深刻な事態を引き起こす可能性があります」
「深刻な事態というのは?」
「その服を着たが最後、そこのアホの望みをなんでも叶えようとするようになってしまうのです」
「なんでも……!?」
シアは愕然とした表情になり、おれを睨んだ。
「このエロリスト!」
「なんで!?」
こいつの頭の中どうなってんだ。
シアの反応はパンツも予想外だったのか、ちょっと困惑した顔になっていた。申し訳なさそうに言う。
「いや、あの、そういうことではなくて、いやまあそういうことも含むのは確かですが――」
「エロリスト!」
「だからなんでだよ!」
どちらかと言えば、おまえの方がエロリストだろうが。
シアの錯乱具合にパンツは困り顔でいたが、埒があかないと思ったのか、そっと耳元でなにかを囁いた。
「……!?」
シアがびっくりした表情でパンツを見る。
なにを囁かれたのやら。
「ご理解いただけましたか?」
「はい……、わかりました。どうぞ回収していってください」
「ありがとうございます。ではさっそく――」
「なに勝手に話すすめとんじゃボケがぁ――――ッ!」
おれ、怒りの強雷撃!
「「んぎゃばばばば――――ッ!」」
シアは激しく痙攣して倒れこんだがパンツは堪えた。
「おれは悲しい! 服の神ともあろうものが、こんないたいけな子供が丹精こめて作った服を理不尽に奪い去ろうとすることが! おれは悔しい! 専属のメイドともあろうものが主が贈ったメイド服をあっさり不審者に引き渡そうとすることが!」
「いたいけな子供は神に雷撃ぶっぱなしたりしない!」
「専属のメイドだからってなんでも許容できるわけじゃないです!」
まったくまったく、とぶつくさ言いながらシアは起きあがる。
パンツはそれに手を貸してやりながら真面目な表情で言う。
「あのな、いいか、今回はかなり危険ってことで、いざとなったら戦神や闘神といった物騒な奴らが踏みこんでくる手はずになってる。あいつら冗談とか通じないから、大人しく引き渡しとけ」
その言葉には有無を言わせない迫力がこもっていた。
さすがにそんなのが突撃してくるような事態はごめんだ。
「あのー、ヴァンツさんの力で、この服を危なくないようには出来ないんですか?」
「無理です。それこそあなたの抹消対象になるようなものですから」
「そうですか……。危険物とはいえ、ご主人さまがせっせと作った物なのでちょっとおしくもありますが……」
「これに関しては仕方ないというほかありません。まあ、このバカは妙にこの衣装に執着があるようですし、これに懲りて今度は普通に仕立てることでしょう。ああ、そうそう」
と、パンツはどこからともなく、黒と白の生地をひっぱりだすとシアに渡した。
「こちらで仕立てさせるとよいでしょう。ずっと昔、私に献上された品でもう現在では再現不可能という代物です。あなたにふさわしい良い生地ですよ」
「そんな貴重な物を……、ありがとうございます」
野郎、シアに対して妙に親切だな……、ロリか?
パンツはメイド服を消し去るようにどこかに仕舞いこむと、おれを睨んだ。
「おいくそガキ、今度は普通に作るんだぞ。普通に作るだけで充分な代物が出来上がるんだから――、っておまえ聞けよ!」
「あ? ああ、聞いてる。今ちょっと重要なことを思い出してた」
「おまえ神が目の前にいるのによそ事考えてるとか……、そろそろ無礼通りこしてて感心するぞ」
「いや、今度もし神に会ったら尋ねてみようと思っていたことがあったのを思い出したんだよ。っていうのは導名のことなんだが……」
すると、おれの言葉を聞いてパンツは難しい顔になる。
「それについては教えられんな」
素っ気なく断られた。
教えられないとはどういう意味合いなんだろう。
やはりシャロ様の仮説にあるように、神々に関係するからということなのだろうか。
「あの、助言のようなものでもダメなんですか?」
シアがそっと尋ねると、パンツは逡巡し始めた。
やがて、パンツは仕方ないと言いたげな表情で口を開く。
「では少し助言をしましょう。そいつがやっていることは間違いではありません。――が、自分自身を知らしめる覚悟がまったく足りていません。このままではシャーロットと同じ失敗をするだけです」
「――ッ!?」
失敗!?
シャロ様と同じ失敗ってどういうこと!?
唖然としているおれを見てフンと鼻で笑うと、パンツはシアに微笑みかけた。
「それではこれで失礼します」
「あ。ありがとうございました」
「いえいえ、それでは」
そしてパンツは消えうせた。
△◆▽
渾身のメイド服は失われたが、かわりに導名についての助言をもらうことができた。しかしそれはひとつの謎としておれに取り憑き、寝ても覚めてもその助言の意味を探ることをしいられた。
自分自身を知らしめる覚悟?
シャロ様と同じ失敗?
わからん。
まったくわからん。
おれはその日からしばらく考え続けたが、まったく進展がないのでひとまず保留することにして、頓挫していたメイド服の製作に取りかかった。今度は祭壇は無し。もらった生地をそのまま使う。心はこめた。そして完成したメイド服は――
〈最後の砦〉
【効果】不朽(極大)。
復元(大)。
清浄(大)。
成長(大)。
雷撃無効。
神撃無効。
大げさな名前と色々な効果が付随したなかなかの一品であった。
完成したメイド服をシアと並んで眺める。
「朽ちることがなく、損傷は修復され、いつも綺麗な状態でたもたれる。着ている人にあわせて成長する? あと雷撃無効と神撃無効って……なんでおれが作ったのに対おれ仕様になってんだこれ?」
「あれじゃないですか? 武器なら追加の属性攻撃になって、防具ならその属性の耐性が追加されるー、みたいな。でもすごいですね、これ一着あればもうほかの服いりませんよ」
「そうだな、修繕も洗濯の必要もないみたいだ。あ、試しにおまえ、ちょっとこれ着てからウンコもらしてみろよ」
「おるぁ!」
「のぐぉっ!?」
言った瞬間、シアのタイキックがおれのケツに炸裂した。
「なんでご主人さまは女の子にむかって平然とそういうこと言うんですかね!」
※雷撃の威力の表現を若干修正。
(2016/10/13)
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22




