第460話 13歳(春)…隷属の首輪
「この都市を作りあげた魔導師たちは、地下に存在したこの空間にも目をつけ地下都市も作りあげた。エルトリアが建国されてからこの場所はいざというときの避難所、そして外に通じる洞窟もあることから避難経路にもなっていた」
幽閉されている人々が暮らす遺跡への道すがら、アスピアル公爵――アエリスの親父さんがこの場所のことを簡単に説明してくれる。
「ここでずっと暮らせていたんですか?」
この地下大洞窟で四年、けっこうな期間である。
四年前のおれといったら、父さんと王都に来て冒険の書の試遊会をした頃だ。
「奴は我々を殺すつもりはないようで食料や医療品といったものは与えられていたからね。ただ問題もあって……、食材をよこされてもまともに料理が出来る者が居なかったんだ。とりあえす焼いてみる、煮てみる、味付けも適当。いいかげん慣れたが最初の頃は厳しかった」
大変だったのだろうが、公爵の口調はそれほど苦労を感じさせない朗らかなものである。
「あとは服装だが、こうなっては着飾る理由も無い。それでどんどん簡素なものになっていって……、終いにはこうなった。気温が温かいのも助長した要因だ」
「ここに世話役や監視といった者は居ないんですか?」
「居ないね。我々だけだ。それは都合が良くも、悪くもある。逃げる算段がつけば好都合なのだが、誰かがここでは対処できない怪我や病気になったときどうしようもない。幸い、重傷者や重病人は出ず、全員生存できている」
「まだ居るということは、逃げることはできなかった、と」
「ああ、外へ通じる洞窟が潰されているいないに関わらず、そもそもこの首輪がこの場所を離れることを許さないのでね」
「その首輪は……?」
「この場所で働いていた奴隷に身につけさせていた魔道具らしい。この辺りならまだいいんだが、遺跡からさらに離れると縮まり始めるんだ。ちなみに壊そうとしたらどうなるか、カロランはご丁寧に実演してくれたよ」
「どうなったんです?」
「一気に縮む」
と、公爵は人差し指と親指で輪を作って見せてきた。
首の骨より小さい輪である。えぐい。
下手にいじるとえらいことになる。
「なるほど、うかつに触るのは――」
と言いかけ、ふと思いつく。
「エドベッカさん、これどうにかできたりしません?」
「はは、もちろんできるよ」
「おおぅ!?」
試しに尋ねてみたら笑いながらできるときやがった。
「え、それ、すぐできることだったりしますか?」
「ああ、ただそのためには君の魔導袋を借りないといけないのだが」
「ちょっと待ってくださいね」
おれはいそいそと魔導袋を腰から外してエドベッカに渡す。
エドベッカの方も自分の腰につけていた小さい鞄――おそらく魔導袋――を外して手に持っていた。
「では、まずどなたが試してみますか?」
「それでは私が」
立候補したのはアスピアル公爵。
初対面、会ったばかりの者に命を預けることになるというのに、なかなか肝が据わった人だ。
「ではでは、失礼して……」
エドベッカは公爵の正面に立つと、両手に持った魔導袋のかぶせを上げてその入れ口を首輪――左右首筋あたりに押し当てる。
すると、バキンッ、と金属音をたて首輪は壊れた。
地面に落ちた首輪の残骸は二つ、喉とうなじにあった部分だけだ。
左右首筋の部分は魔導袋に収納されたのだろう。
「この通り。縮小しようとしても、魔導袋に収まった部分は変化しないため勝手に破損する」
「うおぉ……」
エドベッカの鮮やかな手並みにみんなびっくりだ。
公爵が自分の首をぺたぺた触りながら言う。
「まさかこんなにあっさりと……、では皆の首輪もこのように?」
「もちろん。時間があればさっさと破壊してしまいましょう」
にこやかに言うエドベッカ。
この人、魔道具に関しては頼りになるな……。
「でもエドベッカさん、この首輪って大昔の魔道具ですよね? ぽんぽん壊してしまっていいんですか?」
「魔道具ギルドとしては良くないね。しかし私はこの『隷属の首輪』という魔道具がさらなる罪を重ねるのは我慢ならない。人を隷属させるために生みだされ、そして着けられた者からは忌み嫌われ、そんなのはあんまりだろう? 私ならば壊して欲しいと思う。だから壊す」
「お、おう……」
魔道具好きな者だからこその考えだな。
まさかカロランもおれたちによって人質がすっかり自由になってしまうとは思うまい。もしかしたら生き延びて人質たちと会っているなんて想像も……、いや、あいつはそんなぬるい考え方はしないか?
「君たちが来てくれたことで展望が開けた。ひとまず陛下に話を伝えたあと、ここから脱出するために力を――、ん? どうしたんだい?」
おれがだいぶ離れた地底湖の方を見ているのが気になったか、公爵は尋ねてくる。
「おそらくカロランはぼくらがここにある地底湖へ落ちたと想定しているはずです」
「ふむ、ではこちらに来ると?」
「来てもおかしくはないんです。ただ、場所がわかるのに来なかった場合……、それはそれでまずいな、と」
「まずいというのはどういうことかね?」
「もうぼくらが生きていようと、人質を助け出そうと、どうでもいい段階――、準備が整い、ただその時を待っているという可能性が高いですね。早急に対策を考えて上に戻ったほうがいいのかも……」
「奴が何を始めるのか、具体的なことはわかっているのかね?」
「それが……よくわからないんです。予想できるのは魔素を集束させて『邪神兵』と呼ばれる巨人を生みだすことです。過去にも邪神教徒がそれで問題を起こしたそうですから。ただ、だからなんだという話でもあるんです。魔素の巨人を生みだして都市を破壊する? 確かに大迷惑ですが、そんなことをしてなんの意味があるのか?」
カロランが傭兵団に都市を奪われた邪神教徒の末裔ならば、復讐というのが最もわかりやすい目的である。
しかし、ならばもっと手っとり早い方法があったはずだ。
すでに国を乗っ取ったような状態であり、やろうと思えばいくらでも滅茶苦茶にできたにもかかわらずそれをしない。
ならば……、なんなのか?
「確かなのはその企みがろくでもないこと、ということくらいですね」
「ここまでのことをやってのけた奴だからな……。では遺跡へ向かったらさっそく対策を話し合う場を設けよう。その後、君たちはすぐ上に戻るといい。物資搬入のための……、いや、君たちならそこはどうとでもなるか」
△◆▽
到着した遺跡は石作りと言うよりも打放しコンクリートによる建物に見た目が近く、それが密集している光景はなんだかビル群を眺めているようだった。
高さはさすがに四階建て程度だが、この実用一辺倒な長方形がずらっと並んでいる感じは元の世界のオフィス街を彷彿とさせる。
「城の地下にこんなものがあることは、王の補佐役をずっと負ってきたアスピアル家だけの秘密だったんだがね、今回の事で大勢に知られてしまった。まあそれも王族の身の安全のためという話で、こんなことになってしまった今となっては意味のない話だ」
「普通は王族のみとか、国王のみに伝わる話なのでは……?」
「この国の王になる人物は少しアレでね、教えておくとろくなことをしないんだ。実際、過去にはこの場所のことを知った国王がこっそり国外に遊びに行ってしまったという事件も起きた」
「あー、そうでしたか……」
「この国の王となられる方は、人々をまとめ上げる資質は高いのだけどね、それ以外は……、まあ、アレなんだ、おかげで周りが苦労するのだが、そこは惚れた弱みでね」
カリスマに全振りなのか。
リオを見ているとなんとなくその傾向が……。
「あ、そう言えば例外もあったな。これは君やリーセリークォート殿に縁のある話だ。私の先祖が精霊門を設置しに来たシャーロットをここに招いたこともあるらしい」
「師匠はこれを見に行っていたのか……」
公爵の話に、リィがふむふむと納得する。
「シャーロットは何か調べようとしたのかもしれないね。ここは古代の魔導師たちの研究施設だったとも伝えられている。ただ、残念ながら資料や魔道具といったものは、邪神教徒たちによって持ち去られたようでほとんど残っていなかったということだから、何か成果があったとは考えにくいかな」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/26
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/07
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/09/27
※間違いの修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/12




