第456話 13歳(春)…魔導師カロラン
カロランの姿、その異様さは後ろ姿からでもわかり、普通とは違う妙な輪郭をしていた。特に肩や背中の異様な盛り上がりは団長が言っていた通り何かを仕込んでいる――例えば鎧を着込んでその上からフード付きのローブを纏っているようであった。
他に目に付くのは、床に座り込むカロランが自分の正面に立てている杖だ。上部はまるで大槌のようで、ルーの森のイーラレスカが持っていた杖より大きく、そして複雑な装飾を施されている。
カロランは未だ床に座り込んだまま、こちらに振り向こうともしない。
そんなカロランに対し、おれは得体の知れない気持ち悪さを感じていた。
記憶を辿ってみればそれはスナークと遭遇した時に近いものであったが、あれほどの不快感ではない。この微妙な嫌な感じはどこかで感じたことがあったような気もしたが……思い出せない。
ともかく今はど忘れよりも目の前のカロランが優先だ。
カロランがあまりに無防備であり、そしてこちらに害意を見せないため少し調子を狂わされた感はあったが、そんなものおかまいなしと叫んだのはリオだった。
「カロラン、お父様はどこですか! 私はお父様と王座をかけての決闘を行わなければなりません!」
「これはこれはリオレオーラ様、お久しぶりでごさいます。王座をかけての決闘とはおかしなことを……、まさか、貴方が獅子の儀を達成したと?」
「その通りです! ロンドに獅子王騎士団が派遣されてきたのは好都合でしたよ!」
「ふむ……、なるほど……、まいりましたな。この可能性も考慮はしていたのです。しかしいくらなんでも……、いや、これは素直に認めねばなりませんね、私の油断であったと。それにしてもまさかリオレオーラ様に邪魔をされるとは……、リオレオーラ様の御転婆にも困ったものでごさいますな。大事な席ですから、今日はお城を抜けだしてはなりませんと申したでしょうに。おかげでこれこの通り、私の長年の計画、その締めくくりが台無しでございますよ」
カロランは深々とため息をつく。
そしてそれがきっかけであったように、カロランの口調はとぼけた感じのものから、重く唸るようなものに変化した。
「まったく……、ようやくここに至ったというのに、無粋な。ところでストレイ、貴様何故そこに居る」
「貴様と語る言葉はない! 覚悟するがいい!」
「やれやれ、魔導の才が無いばかりか、この父に刃向かう――、いや、それはいい。だが計画の邪魔は許せぬぞ。度し難いわ愚か者め」
「黙れ狂信者! 貴様の野望はここまでだ! 大人しく幽閉している人質たちを解放しろ! 私が送り届けた子供たちもだ!」
「子供たち……?」
ふと、カロランはきょとんとしたような声をあげた。
そして――
「ほ、ほほっ! これはおかしい、ふはははは!」
楽しげに笑う。
この状況にあって本当におかしくてたまらないといった感じであったため、おれたちはその笑いにむしろまとわりつくような怖気を感じた。
「無理だな。国王たちは可能だとしても、子供たちは不可能だ」
そう告げながらカロランは杖を支えに立ち上がり、ようやくこちらを向いた。
立ち上がってみると、その体型は上半身だけが異様に盛りあがっているという、不格好なことがよくわかった。
「子供たちは……、殺したのか!」
「殺す? 何を馬鹿なことを。殺して何になる。子供たちならちゃんとここに居るだろう。ほれ――」
と、カロランが示すと、そのローブは裂け、剥がれ落ちるようにひとりでに脱げて足元へ落ちる。
「このとおり」
ようやく露わとなったカロランの顔。
白髪まじりのくすんだ茶髪、目の周りは黒ずみ、頬はこけ、枯れた樹木のごときシワに覆われた顔は死相そのものといったところだが、そのなかにあって目だけが見開かれ強い光を湛えている。
だが、そんな凶相などさして驚くに値しなかった。
その、下に何も身につけていなかった上半身の前では。
『……』
誰もが言葉を失った。
カロランは下に鎧など着込んでおらず、あの異様な輪郭を作りだしていたのはその体に埋めこまれるように存在する、胸像のようになった子供たちの体であった。両肩のあたりと、胸と背、それぞれ一人ずつ、目と口を縫いとめられた子供が埋めこまれていたのだ。
それを目の当たりにしたことでおれはようやく理解する。
気持ちの悪さの正体――、それは子供たちの魂がまだそこに囚われているからだったことを。
「そ、そんな……、子供たちはすでに……」
「だから死んではおらんと言っているだろうが、わからん奴め。貴様はもう少し思慮というものを身につけるべきだな」
類い希なる狂気と、その狂気の犠牲になった子供たち。
あまりに陰惨で理解を超えるものを披露されてしまい、皆の思考が止まる。
目の前にあるものが信じられない――、いや、信じたくないのだ。
そんななか、一番早く立ち直ったのはリィだった。
「この都市で起きた不可解な事故死。それはてめぇがデミウルゴスで引き起こしたものだな?」
「ほう、少しは知恵の回る者がいるのか。……ふむ、エルフ? リーセリークォートか。ならば納得だ。ご推測の通り、私が少しばかり働きかけてのものだよ」
「都市全体なんてばかげた話だと思っていたが、てめえ子供たちを触媒にしてやがったのか。魔導に秀でた子供を自分の力を高めるための犠牲にしやがったのか……!」
「犠牲ではない。救済だ。この子供たちは私の一部となったことで、その恩恵をいち早く受けられたのだよ。これは実に名誉なことだ」
「ざけんなボケが!」
とうとうリィが激昂し、おれの肩を軽く殴る。
「ぼさっとしてんな! やるぞ! あの野郎を叩きのめす!」
「……そうですね」
おれは呟き、一歩前へ踏み出す。
背後で皆が臨戦態勢に移行したのがわかったが、おれは軽く手をあげてそれを制止。
「下がってろ」
そう告げたところ、戸惑いの声が返ってくる。
「下がってろって、ご主人さま……?」
「一緒に戦うんじゃないの?」
「いえ、むしろ猊下が下がられた方が……」
シア、ミーネ、アレサと何か言ってくるが、おれは再度強く言う。
「下がってろ……!」
とっくにおれはキレていた。
ブチキレすぎて冷静になっていた。
「その子たちがいったい何をした? これから大きくなって、色々な経験をしていくはずだったのに、それが唐突に断たれ、頭のおかしい野郎の体に埋めこまれるのが運命だったとでも――……、いや、違うな。これは意味がない」
カロランに言いたいことは山ほどある。
だが、何をどう話そうと、どれだけ言葉を尽くそうと、こいつは自分のやったことの罪深さを理解することはないのだ。
いや、むしろ理解してもらっても困る。
今更心を入れかえて真っ当に生きる? バカな。そんなことは認められない。もう後悔も懺悔もする必要など無い。そんなものに意味はない。死ぬがいい。今すぐに。報い、苦しみ、それらを与える間すらも惜しい。すみやかに死ね。
おれは縫牙を抜き、そこに雷撃を縫いとめて雷剣とする。
同時に〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉を使用。
おれの戦闘力は大したことはない。
だが、雷撃耐性を持たない相手なら即座に無力化できる。
何をしてこようが、その前におれの雷撃が奴を撃つ。
一瞬で感電させ、その心臓に雷剣を突き立てる。
やることはそれだけだ。
殺す。
こいつなら殺せる。
それが救われぬ子供たちの魂を解放することになるならば。
歩み寄り、距離を縮めていくおれをカロランは余裕の表情で待ち受けている。何をされようと対処する自信があるのか?
ならそれを試してやろう。
「――ッ!」
行ける、とふんだ瞬間、おれは全力で跳ぶ。
一足飛びでカロランに迫り、雷剣を振るう。
普通に雷撃を放つ場合、魔力感知で読まれて防がれもするだろう。
だがこの雷剣ならば。
斬りつけると見せかけて雷撃を開放するという不意打ちならば――
「――ッ!?」
が、そこでおれは見た。
カロランが口角がつり上がるのを。
まるでこれを待っていたようなその笑みを見た瞬間、おれの脳裏にフラッシュバックしたのはクロアと勝負したときの記憶だった。
すでに攻撃をしようとしていたおれだが、そこで無理矢理飛び退こうとする。
が、勢いのついた体はなかなか止まらない。
いくら意識が加速していようと、一度始めた動作を即座に取りやめることはできないのだ。
それでもなんとか――、飛び退くことは出来ないものの、踏みとどまることができたとき、縫牙の雷撃が散った。
と同時――。
ごうっ、と。
雷を纏うカロランの腕が散った雷撃を巻き込みながらおれの顔すれすれを通り過ぎた。
そして返す手が戻って来る前におれは飛び退き、かろうじてカロランから距離を取ることに成功する。
「ほっ、避けたか」
カロランは少し驚いたように言う。
おれが冷静さを欠いて突っかかってきたので、ちょっと遊び気分で摘んでやろうとしたのだろう。
喰らっていてもおかしくなかった。
いや、クロアの思いつき――おれの雷撃を自分の雷撃に巻き込んで散らすという対処法を体験していなければ喰らっていた。
ここで頭に血が上っていたおれは一気に素に戻る。
うん、おれは何を調子に乗っていたんだろうね。
こんなイカれ魔導師、おれだけでどうにかできるわけないじゃん……!
でも偉そうに啖呵きっといて今更みんなに助けを求めるって情けなくね?
情けないよなぁ……、でも、それこそ今更か。
おれのできることなんてたかが知れたもの、それはみんなだって知ってるし、そもそも今助かったのだってクロアが心配してくれたからだ。
ひとまず後ろで待機する皆のところに戻ろうと考えたが、退けば追い打ちが来そうに思え、そこでおれは意表を突くべく、前へ進むと見せかけてのムーンウォークで皆の所までバックした。
「んん!?」
ムーンウォークにカロランがびっくりしたようだが、おかげでみんなのところまですんなり戻ることができた。
芸は身を助けるってホントだな。
「ごめん。悪い。前言撤回。一緒に戦ってください」
もしかしたら「ふざけんなボケ」とか言われるかもしれないと思ったが――
「はいはーい、ご主人さまったらどうしたのかと思いましたがいつも通りですねー」
「もっちろんよ! それとあとでその歩き方教えてね!」
「猊下の望むままに!」
シア、ミーネ、アレサが言う。
他にも――
「及ばずながら頑張りますよ!」
「いや貴方と私は下がります。特に貴方はうっかり死なれたら大問題です。ほら、下がりますって!」
リオはやる気だったがアエリスに引っぱられて下がる。
「ティゼリアは二人の護衛を頼むな」
「かしこまりました」
リィはティゼリアを大事な姫の護衛にと指示。
「ボクはレイヴァース卿と共に戦います!」
「ニャーもあの外道をブッ殺すの手伝うニャー。だからミーネは預けておいたニャーの剣だして欲しいニャ」
「積年の恨みを……晴らす!」
参戦するのはパイシェ、リビラ、そしてディアデム団長だ。
残る面子はどうするかと思ったが、エドベッカがデヴァスに言う。
「デヴァス君はストレイ君を見ていてやってくれるか」
「わかりました」
デヴァスはエドベッカに言われ、未だショックから立ち直りきれていないストレイの面倒を見ることに。
エドベッカ自身は参戦するつもりのようだ。
こうしてカロランに挑むのがおれ、シア、ミーネ、アレサ、リィ、パイシェ、リビラ、ディアデム団長、エドベッカの九名となった。
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2018/12/26
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2019/02/07
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2021/01/24
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2021/04/27
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2022/03/08
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2023/05/12




