第454話 13歳(春)…九つの塔
昼の休憩時――
「このまま走り続ければあと二日ほどで王都に到着できます!」
そう張りきるムキムキどもの言い分を理屈で潰したのは怒れるリィであった。
「急ぎすぎだ馬鹿どもが! 待ちかまえてるかもしれない得体の知れないクソッタレに挑むってのにまだなんの対策もできてないだろうが! 何か考えるにしてもあんな揺れる馬車じゃ思いつくものも思いつかなくなるんだよ! あとあの歌やめろ!」
長年猫を被り続け、息子ですらもその実態が把握出来ていないカロランへの対策についてはリィに任せている。いや、任せるしかないという状態か。得ている少ない情報も、おれたちではそれが何を意味するのか、どう理解し、役立てていいのかわからないからである。
リィはロンドを出発してから色々と考えていたようだが、そろそろまとまってきたということで、その夜から本格的に王都に入ってからどう行動するかを話し合う会議が行われるようになった。
会議の参加者はうちの面々、ストレイ、エドベッカ、上級闘士九名とアーシェラ、団長と副団長、部隊長たちだ。
まずは地面におおざっぱな王都の地図を描き、都市の構造の確認が行われる。
王都ヴィヨルドは四層構造。
一層目は中心の狭い範囲――王宮を囲む城壁の内側。
二層目はエルトリア建国前からある旧都市市壁の内側。
三層目はエルトリア建国から拡張された新都市の市壁の内側。
四層目は壁に囲われていない、穀倉地まで伸びる街並みだ。
このうち、リィが注目したのは二層目の市壁を均等な間隔で区切るようにそびえ立つ九本の物見の塔である。なんでも都市ヴィヨルドの誕生から共に有り続けた塔らしい。
「さすがに普通にありすぎてな。昔、精霊門を設置するために来た時はべつに不審に思わなかったんだ」
リィがこれを怪しいと思えたのはルーの森での出来事があったからだ。
森では九本の柱が魔術装置となっていた。
「森であのバカに協力した魔導師の一人がカロランだったなら、やっぱあれはこっちのための予行演習か何かだったのかな」
「ということは、カロランの目的は邪神兵を誕生させることなんですかね?」
「わからん。誕生させるのが目的か、それともそいつで何かするのが目的か。ま、ろくでもないことには変わりない。阻止するだけだ」
確かにその通り。
カロランをとっ捕まえて吐かせればすべてわかる。
「で、この九本の塔だが……、もしかしたら師匠は何か気づいていたのかもしれない。ちょくちょく現場から居なくなってたし」
「調べていたのかもしれないと?」
「何をしていたとか教えてはくれなかったからそこまではわからん。私も大して気にしなかったしな。ってかその頃はもう無心で門の設置を行うようになっていたし……」
大陸中に設置していたわけだからな、さすがに「もうちょっと気にしておいてくださいよー」とは言えない。
「じゃ、まずやることをおおざっぱに説明する。私たちがやることはカロランの捕縛、無理なら討伐だ」
王宮へ突撃してカロランへ挑むのは、リオを筆頭にしたおれたちとディアデム団長、それからストレイとエドベッカ。
では我々は、と騎士団の部隊長や上級闘士たちが尋ねると、リィは二層の市壁を棒で指した。
「この九本の塔はカロランの目的に関わる魔術装置である可能性が高い。だからその他はこいつの破壊をしてもらう」
騎士・闘士たちは混合部隊となってそれぞれ割り当てられた塔を破壊する役割が与えられた。
混合部隊である理由は闘士たちのほぼ全員が王都の土地勘を持たないからである。
さらにこの同時進行作戦は『不可解な死をもたらす偶然』に対処するためのもの。
ティゼリアの報告にあった『偶然の死』について、リィはひとつ答えを出した。
「たぶん範囲を限定すれば私にも同じことができる。せいぜいお前の屋敷とその一帯くらいのもんだがな」
「どうやって?」
「前にリセリーがこういう魔法があるって見せたらしいが、師匠が編み出した魔法の到達点、『デミウルゴス』って魔法だ」
それは自分の支配領域を作り、その領域内であれば神のごとく振る舞える魔法である――、リィは簡単に、知らない者たちに『デミウルゴス』について説明した。
「でもそれならそんな偶然を装うようなことをしなくても、もっと派手に知らしめることもできるのでは?」
「原因がはっきりしているが不可解っていう怪しさを狙った、ということも考えられる。監視されている、とわかれば対処しようともするだろう、だが監視されているかどうかもわからないとなれば……」
「なるほど……」
「まあ私の見解としては、それで精一杯だったってだけなんだが」
「精一杯?」
「リセリーは狭い範囲だったから派手にやれたんだ。王都全体を支配領域にしてたら無理ってもんだよ。いくらなんでもな」
「つまり……、狭く濃く、ではなく、広く薄く、自分の力を及ぶようにしていると?」
「そういうことだ。だからちょっと足をもつれさせ、転んだ拍子に死亡してしまうような状況を整えるんだ。つかこの程度だとしても、王都全域を支配下に置いているってどんな魔力量だって話だよ。こんなのは師匠にだって無理だ」
「シャロ様にも無理ってことは……、なにかカラクリが?」
「私としてはこの九本の塔が集める魔素が供給源になってるんじゃないかと思ってる。どうやって集めた魔素を自分の魔力に変換してるのかは謎だがな」
「ということは塔の破壊はカロランの弱体化にも繋がるわけですか」
「ああ、ルーの森にあった塔を調べたら、あれって一本でも機能する代物だった。効果は九分の一以下だが、それでも面倒な代物には変わりないから、全部ぶっ壊してもらいたい」
リィの言葉に部隊長・上級闘士たちが強く頷く。
「で、カロランが『デミウルゴス』の使い手であるとして、良い話題と悪い話題があるんだが、どっちから聞きたい?」
「え……、じゃあ良い話題から……」
「監視対象が大量に入り込んだら、手を出し切れない。いや、そもそもその程度の影響しか及ぼせない状態なら、私やミーネが領域内に入っただけで耐えられなくなって底が抜ける」
「ふむ……?」
「あー、えっとな、この魔法を氷の板と考えてくれ。この氷の板はその面積によって厚みが変わる。面積が小さければ小さいほど厚く強度も高いが、面積が広くなるとそれだけ薄くなって強度も下がる。その状態で重いもの……これは大雑把に魔力量と考えてくれればいいんだが、それが乗ると――」
「穴が空く、と?」
「そういうこと」
「ではその重さに耐えられる厚みがある状態では?」
「殴って壊す。これはリセリーが教えただろ?」
「なるほど……」
支配力以上の力を叩きつけて支配領域を叩き壊すわけか。
「おそらく都市に入ったところで、カロランの『デミウルゴス』は一旦潰れる。そうすると今度は範囲を絞り、私たちが侵入しても崩壊しないようにするだろう。さすがにその範囲は二層よりも小さいだろうし、そうなると――」
「塔の破壊が開始されてもわからない?」
「そういうことだ。ある意味、私たちは塔破壊のための陽動でもあるわけだな」
「そこまで考えていたんですか……、そうなるとなんか悪い話題を聞くのが恐いんですが……」
「悪いっていうか、当然の話だよ。私らはカロランの所へ向かうだろ? ってことはさすがに抵抗するわけで……、わずかとはいえこの広範囲に干渉していたイカれ魔導師を相手にすんのは私も気が重い。王都全域、そこに住む人々の言動を常に監視し続けていたとか、はっきり言ってまともな神経じゃない」
納得した。
そもそも並の魔導師ではない相手なのだ。
「あ、あともう一つ明るい話題があるかも」
「なんです?」
「あいつは自分だけでやりとげる事に強く固執してる。だから仲間とかは本当に居ないんだろう。なら、こっちは数で押して、誰かが一撃喰らわせて魔法の継続を断ち切ってやればいい」
「なるほど……、では騎士や闘士も連れて行く方がいいと?」
「いや、それはただ的になるだけだろうし、そうなると見捨てられないこっちが不利になるからいらん」
はっきりリィが言うと、会議に参加していた上級闘士や騎士団の部隊長が悲しそうな顔になった。
すいませんね、普段はもうちょっと優しいんですけど、午前中にひどい目に遭ったせいか、今ちょっと気が立ってるんですよ。
それからおれたちは王都に入ってからの行動を細かく決めていくのだが――
「王都にいったらお勧めのお店を紹介しますよ! ご主人さまのお料理は美味しいものばかりですけど、エルトリアだってちゃんと美味しいものがあることを知ってもらわないと!」
「それは楽しみね!」
おれはミーネを、アエリスはリオをハリセンで叩く。
「あいたー!」
「あう?」
なんで叩くのよ、とむすっとするミーネ、きょとんとするリオ。
「すべてが終わったあとな?」
「これだから王家の者にはお目付役が必要なんです……」
おれとアエリスは仲良くため息をつく。
「いえいえ、いくらなんでも明日案内するなんて、そんなこと思ってるわけないじゃないですか。ねえミーネさん」
「そ、そうよ。でも途中で見かけるかもしれないし」
「そのときは誰かにちょっと買ってきてもらえばいいんですから」
「それは名案ね!」
再びハリセンが炸裂。
「すべてが、終わった、あとな?」
「獅子の儀を達成して帰還して終わりではないんですよ? むしろこれからなんですよ? まだわかっていないんですか?」
確認が続けられるなか、おれとアエリスはアホの子二人を説教することになった。
△◆▽
やがて最後の山を越えようとしたとき、眼下が開け、そこからは外輪山の内側にある広々とした盆地――カルデラを一望でき、大きな湖や穀倉地、そして中心にある王都ヴィヨルドを確認できた。
「やっと帰ってきました……」
景色を眺めながらそう呟いたリオの感慨はひとしおなことだろう。
それからおれたちは山を下りたところ――山麓の森から穀倉地へと出る手前で行軍を終える。
無理をすれば日が暮れたころに王都へ到着することも可能だったが、夜闇の中で塔を破壊するとなれば余計な苦労が伴うし、これまでの行軍の疲れを癒すためにも今日はここまでにして夜明けと共に出発することになった。
いよいよ明日が決戦となり、気がはやるのかムキムキたちは落ち着かず、気づいたらそこかしこで筋トレを始めていた。
おかしい、体を休めろという伝達は次元の歪みにでも呑み込まれて誰にも伝わらなかったのだろうか?
困惑するおれをよそに、地べたで行われる腕立て伏せや腹筋運動、スクワット、そこらの木の枝にぶら下がっての懸垂……。
運動に伴い吐き出される男たちの熱いうめきは絶え間なく続き、上昇した体温が辺りの気温すらも押し上げる。
静かな森がたちまちの筋肉地獄。
きっとどんな邪悪な魔女も自分の住む森がこんなことになったら泣きながら出ていくであろう、そう思わせるに充分な光景であった。
「なあなあ、ちょっとだけ吹っ飛ばしていいかな?」
「リィさん、ダメですって。こらえて。悪気はないんですから」
「いやむしろそれが問題だろ」
そうかもしれん。
だが今はその問題解決をされては困る。
人手がいるのだ。
ってかあなたが立案した作戦でしょうに。
「え、えっと、今は明日のことに集中しましょう。カロランがすべての元凶ですしね。ほら、あれですよ、奴さえいなければ今回の遠征もなかったわけですし、リィさんも屋敷で心安らかにいられたんですから」
「そうだ……、確かにそうだ。許せねえ、ぶっ殺してやる……!」
「いやできれば捕獲で!」
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/07
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/08




