第453話 13歳(春)…筋肉軍団の奇行
獅子王騎士団がロンドへ到着したその翌日早朝、おれたちはエルトリアの王都ヴィヨルドへ向けて出発した。
なんだかんだで五百名ほどの大所帯での進行である。
通常、ロンドからヴィヨルドへ向かう場合、徒歩で十二日ほどかかるようだ。歩行速度を時速4キロ、日に十時間歩いて480キロ。ただ距離を知っただけではいまいちピンとこないのだが、弓なりになった日本列島本州の長さがだいたい1300キロなので、およそ本州横断三分の一、こう考えるとなかなかの距離である。
ただ十二日というのは飽くまで平均。
大所帯での進行となれば、不測の事態も起きやすく、遅れも発生することだろう。
しかし獅子王騎士団の行軍はこれを二日短縮して十日でロンドまでやってきたらしい。王都を離れる時間を短縮すべく、鎧は軽装、必要物資は各自が背負い、必死になって歩いてきたようだ。
騎士とは馬に乗るから騎士。
なのになんで徒歩?
そう疑問に思ったのだが、ロンドの人々を無用に怯えさせることになりかねないので、徒歩でとの指示があったようだ。
要はなるべく時間をかけて向かえ、という思惑があったのだろう。
そして現在、騎士団の連中はより迅速な帰還を実現するため、軽装すらも放棄し、剣だけ持っての行軍となっている。食料については魔導袋持ちがエドベッカとストレイを加えて七名もいるため、大盤振る舞いとはいかないものの、日々の糧、必要な量くらいは提供することが出来る。
ならばあとは一気に、出来るだけ早く王都ヴィヨルドへ帰還するだけだ。
△◆▽
騎士たちが前方、闘士倶楽部が後方、そんな列の真ん中におれたちの乗る馬車と、竜化したデヴァスの背に乗るリオがいる。
「皆さんは馬車なのに私一人こっちなんて寂しいです! どうして私だけこっちなんですかー! 誰かこっちに来てくださいよ! いやむしろ私をそっちに混ぜてください! 仲良くしましょう! 王女だからって仲間はずれいくないです!」
前を行くデヴァスの尻尾にしがみつき、リオは必死に訴えてきた。
エルトリアの王座に最も近い者としての――、いや、王女としての威厳すらも放棄した、必死の訴えであった。
が、アエリスは冷たい。
「私たちと馬車で一緒では示しがつきません。貴方はもうエルトリアの王に限りなく近い存在であり、今はこの集団の象徴です。ならば移動中とは言え――、いえ、だからこそ、それ相応の状態であることが求められるのです。いずれこの何気ない移動中のことですら、貴方の逸話の一つになるのです。なのでデヴァスさんに無理を言って貴方を背に乗せてもらっているというのに、何ですか」
「でも寂しいですー!」
「そこは我慢してください。王とは支配者であるが故に、孤高にして孤独なのです。それが王というものなのです」
「えぇー……、じゃあ私もう、お――、おぉ……う……」
とリオは何か言いかけ、そこで口ごもる。
たぶん王様なんてやめる、とか言おうとしたのだろうが、さすがにこの状況でそれを口にするのは問題だと気づいたのだろう。
「アーちゃん、私に王様できると思うー?」
「もはや出来る出来ないの段階ではありません。私たちは最善――陛下の救出を目標にしていますが、例えそれを果たしたとしても貴方は次期国王としての猶予期間が延びるだけです」
「あれ!? そこは兄さまたちじゃないの!?」
「可能性は残っていますが、貴方でなければ国民からは不満が出るでしょう。いいですか、リオ。貴方はもう物語を始めてしまったのです。貴方の望みはこの騒動が無事終息することでしょうが、物語は貴方が王座に就くことでひとまずの結末を迎えるのです。これを逃れようとすることは、国を捨てることと同義であると考えてください」
「うぅ……」
リオがしょぼんとする。
「まあすべては国を取りもどしてからです。どのような結果になろうと私は側に居ますから、それでなんとか我慢してください」
「アーちゃん……!」
「わかってもらえましたか? ではデヴァスさんの尻尾にしがみつくのをやめて、とっとと背中に戻ってください。その状態はあまりに威厳がありません。ほら、早く」
「アーちゃんんん……!」
渋々といった感じで、リオはデヴァスの尻尾をじりじり後退。それから背に戻って座りなおし、こちらにしょぼくれた背中を見せる。
その背中があんまりにも悲しそうだったので、おれはそっとアエリスに囁いた。
「そんなに意地悪しなくてもいいんじゃない?」
「今日くらいはちゃんとしていてもらいます。いつもの調子では周りに一晩寝たら覚悟も威厳も全部忘れたのかと疑われかねませんから。それに王座に近いからと調子に乗られても困りますし、ここはしっかり手綱をにぎり直すところなのです」
「お、おう……」
アエリスさんはしっかり者だな。
きっとリオが女王になろうと二人はこんな感じなのだろう。
△◆▽
その日の進行を終えると、食事が配られ、疲労回復のためにと『悪漢殺し』も配られる。
これで歩き疲れた野郎どもは元気ハツラツだ。
むしろ元気すぎて恐い。
見つけたイノシシを囲んでみんなで遊んでる。
「よーし、来い来い! ふん! よいさー!」
「今度はこっちか。はぁ! 次そっちぃ!」
逃げようと突撃してくるイノシシを受けとめ、強引に方向を変えさせると囲んでいる他の仲間目掛け放つ。
仕留めて食料にしようとしているわけではなく、本当にこれは力を持てあましたムキムキどもの遊び、付きあわされるイノシシはたまったものではないだろう。
「ぴぎぃぃ! ぴぎぎぃー!」
イノシシは大混乱でめっちゃ鳴いており、おれにはそれが「何だこれー、何だこれー!」と叫んでいるように聞こえた。
ムキムキ包囲網に囚われ、逃げるに逃げられずいたぶられる姿は自分を投影してしまって居たたまれず、おれはやめるよう指示したのだが――
「やはり我ら教団ではイノシシを聖獣として敬うべきですか?」
「いやそういうこっちゃねえけどな!」
なんだよ教団って。
いや闘神の奴が認めてしまったから確かに教団で、おまけにおれは教主とくる。うかつなことを言うと本当にその通り、場合によっては教義になるかもしれないので気を使う。
そんな力を持てあますムキムキどもの集団にあって誰かが言った。
これくらいの行進なら普段の訓練の方がきつかった、と。
そしたら翌日、歩行速度が上昇した。
さらに翌日、歩行が小走りになった。
そして四日目――ダッシュ。
何かおかしいと思ったのだ。
前日の夜、馬車を引く馬が放たれ、明日からは代わりに馬車に括り付けた綱を我々が引っぱることにしますとか告げられたときから。
より肉体をイジメ、負荷がかかることを望んだ結果の暴挙。
まあ筋肉どもが自分をイジメるのは勝手だが、おれたちの乗る馬車がその速度で引っぱられるのが問題だ。
エミルスの迷宮を駆け抜けたリヤカー――ダンジョン・ルーラーならともかく、地面からの衝撃を吸収する性能の低い馬車であるから、乗っているおれたちは地震体験装置に放りこまれたような状態だ。
「誰か走るのをやめさせろー!」
「あばば、ば! 舌かんだー!」
「もうニャーは駄目ニャ、吐くニャ……! ニャーさまちょっと魔導袋貸すニャ!」
「私やっぱりデヴァスさんに乗っていくことにしますー!」
馬車で酷い目に遭っているのはおれ、ミーネ、アレサ、リビラ、リオ、アエリス、リィ、ティゼリア、アーシェラの九名である。
シアとパイシェは併走、デヴァスは上を低空飛行。
この事態におれたちは止まれ、まず止まれ、いいから止まれと訴え続けたが、その声は疾走する馬車の騒音に掻き消され、おまけにムキムキどもがダッシュしながらも歌っているせいで声が届かないのだ。
『さあ鍛えよう、鍛えよう。
鍛えたならば戦おう。
俺がお前よりムキムキか、
お前が俺よりムキムキか、
確かめずにはいられない。
それが闘士のサガなれば。
さあ始めよう、始めよう。
俺とお前の伝説を。
沈まぬ太陽は頬を染め、
月も覗きにはやばやと、
神々すらも嫉妬する。
そんな闘士の伝説を』
「あと歌もやめさせろ、うっとうしい!」
リィはなかなかにキレていらっしゃる。
雷撃ぶっぱなしたいところだが、この速度で走る集団が転倒したらえらいことになるのでそれもできない。
おれたちは昼の休憩になるまでこの地獄を味わうことになった。
※文章を修正をしました。
ありがとうございます。
2020/12/24
※計算の間違いを修正しました。
ありがとうございます。
2023/05/12




