第46話 7歳(春)…メイド服を作ろう1
シアの寸法をとった翌日、おれはいよいよメイド服作りにとりかかった。
まずはもちろん、両親に協力してもらって材木の切り出しである。
「あのすいませんご主人さま、わたしにはどうしてメイド服作るのに材木の切り出しが始まるのかまったく理解できないんですけど!」
「祭壇を作らないといけないだろ?」
「答えていただいたところすいませんご主人さま、わたしにはどうしてメイド服作るのに祭壇なんてものがでてくるのかまったく理解できないんですけど!」
「祝福と聖別をしないといけないだろ?」
「だぁーかぁーらぁーッ!」
答えてやってるのに、なぜかシアが怒りだす。
「この子は凝り性なのよ」
それを見ていた母さんは笑いながら言う。
現在、母さんはおおざっぱに妊娠七ヶ月。
すっかりお腹は大きくなり、お腹の子が動くのを感じるようだ。
安静にしていてほしかったが、使う魔法は負担のかかるようなものじゃないからと強引に協力してくれた。ひょっこり家族になったシアの服作りにくわわりたかったらしい。なんか母さんはシアが可愛くてしかたないようだ。
「お母さまそれ答えになってませんよ!?」
「だよなぁ、やっぱそうだよなぁ!」
父さんはシアに共感を覚えているようだった。
まあ祭壇を用意しなくても、普通の服を作るぶんには問題ない。
だがメイド服は普通の服ではない。
おパンツの神から、もう本気で服を作るなと言われていたが無理だ。
メイド服を作るのに本気をださないわけにはいかない。
それを着るのがシアというのが釈然としないところだが、メイドであることに罪はないのである。
必要な材木がそろったところで、さっそく心をこめて祭壇を作りあげる。
「本当に作り始めたー!?」
シアがうるさいがほっとく。
そうして完成した祭壇には道具や生地を供え、やはり十日ほど祈りを捧げる。前回は弟への愛情たっぷりだったが、今回はメイドへの熱い想いである。どうしようもなくメイドを求めてしまう心、その叫びを祈りに変えて捧げるのだ。
やがて三日ほど経過すると、祭壇は光を放つようになった。
前回は四日ほどかかり、光もぼんやりとしたサイリウムのようなものだった。しかし今回は祭壇にサーチライトでも設置したかのように尋常でない光量を放出し始めた。
さすがにこれは眩しすぎて、母さんにお願いして祭壇を密閉する祠をアースクリエイトの魔法で作ってもらった。
「ごごご主人さまー! なんか光ってるんですけどー!」
シアが騒いでいたが、こっちでは祭壇は光るものだと説明してことなきをえた。
祈りを捧げて五日目。
前回よりも早く森の小動物たちが集まり始める。
動物たちは祭壇が封じ込められた祠の周囲にたむろして、弟を喜ばせると同時にシアを恐怖させた。
「ごごごご主人さまぁー! なんか可愛いのがいっぱい集まってきてるんですけどぉー!」
はしゃぐ弟をなでながら、こっちの小動物は祠に集まる習性を持っていると説明してことなきをえた。
そして八日目になると祭壇が封じ込められた祠からは歌のような旋律が響き始め、弟や母さんをうっとりさせると同時に、シアや父さんを恐慌状態におちいらせた。
「ご主人さまぁー! もういくらなんでも騙されませんよ! 明らかにおかしいです、これは異常です! っていうかわたしあの布からできた服着るとか嫌ですよ!? いやホント、普通に恐いですからこれ!」
「だよな!? やっぱりこれおかしいよな!?」
まだ祈りは二日残っているというのに、うるさいふたり。
母さんもちょっとあきれ顔だ。
「もう、そんなに騒ぐことないじゃない。ただの魔術現象よ?」
「いやいやお母さま、服作るのに魔術現象がおきるのがおかしいですよ!?」
「あら、そうでもないわよ? すっごく高級な魔導衣装――俗に言う魔装とかって、こんなふうに魔法の儀式を必要とするんだから」
「いや、あの、ただ祈りを捧げているだけなのに魔装の製作工程のような状態になっているこの事態に混乱しているわけなんですけど……」
「え? 魔装でもこんな大げさなことにはならないわよ?」
「やっぱこれおかしいんじゃないですかー!」
それから二日ほど、シアは祭壇を破壊しようと目論むも、祠に集結した森の動物たちによる抵抗にあう。
小鳥には頭をつつかれ、うちのニワトリたちには脛をつつかれ、そのほかリスっぽいのやオコジョっぽいものには服のなかに侵入され、もぞもぞされて笑い悶えるというあまり弟には見せられない痴態を披露していた。
結局、祭壇の破壊はかなわず最終日の十日を迎えた。
その日はあいにくと曇り。
しかし祭壇から放出された謎の光エネルギーが祠の天井をぶち破って天を貫いているおかげで、我が家の真上あたりは雲が吹き飛ばされて青空が覗いていた。
「ひぃぃ……」
シアは恐れおののき、ぶるぶると震えてばかりだ。
まったく。元死神なんてぶっとんだ経歴なんだから、これしきのこと驚くにあたいしないと思うんだがな。
おれが光り輝く祭壇から裁縫道具と生地や糸を回収すると、すぐに光も音も消えうせ、集まっていた動物たちもそそくさと森へ帰っていった。
そしてあたりは静寂につつまれる。
「ご主人さま……、それでメイド服作るとかやめましょう。わたし普通の布から作ったメイド服で充分ですよ? それでもう精一杯お仕えしますですよ?」
部屋に戻り、いよいよ針仕事開始というところでシアがすがりついてきた。
「バカもの。おまえのためにメイド服をこしらえるのではない。こしらえたメイド服を着るためにおまえがいるのだ。おまえは黙って完成したメイド服を着てメイドになればいいんだ」
「どんだけメイド好きなんですか。ご主人さまはメイドに過剰な期待をしすぎです。本来のメイドというのはですね――」
「んなことはおまえに言われるまでもない」
元の世界――日本の紳士たちはメイドをファンタジーにすることに成功したが、実際のメイドというのは華やかさの欠片もない実に過酷な労働者だった。
しかし、おれは思う。
蛮族が我が物顔で土地を支配し、やがてそいつらが貴族となって華やかな文化を形成するようになったように、もし貴族文化が続いていたら、いつかメイドもひとつの文化の主役たる存在になれていたのではないかと。
そう、言うなればそれは――メイド文明。
「いやご主人さま? ちょっとなに言ってるかわからないです」
元の世界ではメイド文明が花開くことはなかった。
だが、この世界ならばまだメイド文明が誕生する余地を残している。
ならばおれが、このおれがその文明が誕生するきっかけを作りだすべきではないか。
「ご主人さまー、ちょっとー、ハサミに喋りかけるのやめてもらえませんかねー、恐いんですけどー」
そしてメイド文明が花開いたそのとき、あらわれるのだ、メイド神が。
「そんな神いませんよ!?」
メイド神。
それはすべての始まり――創造神を補佐する女神である。
おお、女神に祈りを……!
「いませんて。まあ、そういう神はいないでもないというか……、いやそんなことよりも、そろそろ正気に戻ってくださいよ!」
シアにがっくがく首を揺すられておれははっと我に返る。
「いかんいかん、つい語って時間をムダにしてしまった。はやく製作にとりかからねば」
「うわーん、やっぱり作るんですかー!」
あたりまえだバカめ。
おれはなんとか思いとどまらせようとしてくるシアを無視し、本格的にメイド服の製作にとりかかった。
全身全霊で〈針仕事の向こう側〉を発動。
極限の集中のなかで作業を開始する。
心をこめて裁断。
魂をこめて縫いあげる。
祈りを捧げて一針一針。
そして一ヶ月ほどかけてメイド服は完成した。
神々しい黄金の光を放つメイド服だ。
「すごく綺麗なのは認めますが……なんかチェレンコフ光っぽいのがそら恐ろしさを感じさせるんですけれど……これ着たらわたしチェルノブになってしまうとかないですよね?」
「もともとチェルノボーグなんだからべつにいいだろうが」
「いやそれは誤解です。わたしは純粋な死神であって、悪神としての役目をおった機能神の死神とはまったく別と考えてください。あとなんでチェルノブなんて知ってるんですか!?」
「言いだしといてなんで驚いてんだおまえは……」
ほれぼれするようなメイド服は完成した。
せっかくなのでちょっと〈炯眼〉で確認してみる。
〈メEydoサaルァn・rオltuKゥん・rおーゥンル〉
【効果】我はメReydoなly。
nAンzyがメEydonAり。
lbゾウrジセnNtアッァkuオLyオlyysセェltuくゥースゥ。
汝gA望むすべてwオかなえるものnAり。
なんだかバグっていたが、べつにどうってこともないだろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/29




