第450話 13歳(春)…獅子王の眠る間に
『クロア、セレス、元気か?
兄ちゃんはちょっと疲れてるけど元気だ。
早く帰っておまえたちの顔を見たいけど、兄ちゃんこれからエルトリアって国で悪いことしてる魔導師をやっつける手伝いをしなきゃいけないから、帰るのはもうちょっと後になると思う。
それから――』
おれが酒場地下の自室で手紙を書き始めたところ、にょきっとシアが湧いて覗きこんできた。
別段、見られて困るような事は書いていないのだが、シアはその出だしを読んだあと眉間をもみもみして言った。
「ご主人さま、嘘はやめましょう。遺書を書いてるって言われても違和感ない儚げな顔で『ちょっと疲れてる』ってどんだけですか」
「だって本当のこと書いたら二人が心配するしー……」
「まあそれはそうですけど……。いや、そもそもいま手紙を書く必要なんてないじゃないですか。ほら、皆さんもう食堂に集まってますし」
「でも二人に手紙を書かないと……」
「あーもういいかげん現実逃避はやめてください! 仕方ないじゃないですか、倶楽部が五百人に増えちゃったものは!」
そう、この筋肉どもがさらに増えたという事実はおれの心をすっかり疲弊させてしまったのだ。
リオが挑んだ『獅子の儀』は達成という形で終わりを迎え、それはまあめでたいことなのだが、問題はその後、騎士団の連中が闘士倶楽部に入部(?)することになり、結果、倶楽部のメンバー数は二百から五百、一気に増大してしまったのである。
もう日が暮れたというのに、連中は入部の儀式を受けるためまだ郊外で闘士たちと何かやっている。そもそも入部のための儀式なんてものが存在すること自体おれは初耳なのだが……。
「ってかエルトリアは闘神を祀っていたわけですから、こんなのわかりきってたことじゃないですか」
「リオの方に集中しててそっちのことは気にしてなかった……、だってリオの方に集中しないといけなかったから!」
「す、すいません。謝るのでその悲壮な顔はやめてください」
「うぅ……、筋肉が増えた……、恐いよう……、叩くと入れたものが減るポケットが欲しいよう……」
「そんなの最後に筋肉大巨人が出て来るのが関の山ですよ。ほら、変なこと言ってないでそろそろ気持ちを入れ替えてください。皆さん待ってますから。ほらほら」
「あうぁ……」
無慈悲なシアに食堂へと連行されると、皆が円卓に並んでいた。
うちの面々は戦い疲れてお休み中のリオを除いた全員。
倶楽部は上級闘士のレヴィリーとバイアーがおり、側には魔道侍女のアーシェラが控えている。
上級闘士を辞退したストレイもエドベッカに付き添われて参加。
そして獅子王騎士団からはディアデム団長が参加している。
話し合いは肝心のリオを欠いていたが、取るべき行動はすでに決定しているので休んでいてもらっても問題はない。
儀を達成したリオが新王となるべく現国王に挑む――これを名目におれたちはエルトリア王都ヴィヨルドへ向かうのだ。
こちらの情報が伝わる前に、すみやかに。
「騎士団を派遣できたことで、このロンドの役割はほぼ終了しています。そのため監視する者もなく――、ですので行動が迅速であればあるほどカロランに対しての不意打ちになるでしょう」
ストレイの見解もあり、出立は明日に決定。
本来であればここからさらに行軍計画と話は進むところだが、これはこの会議の後に騎士団主導で倶楽部側と話し合われるようだ。
まあさすがにこれは本職の意見を優先すべきだしな。
なのでこれから話し合うのはカロランにどう対処するか。
カロランに会ったことがあるのは、この中でアエリス、ディアデム団長、ストレイの三名だが、アエリスは猫かぶりしているカロランしか見たことがないため、話は主に団長とストレイから聞くことになった。
しかし――
「事が起きてから数度会ったが、実力を目にする機会は無かった。話によると、奴は普段、謁見の間に籠もって瞑想しているようだ。ローブの下に何やら仕込んだ妙な姿でじっとしているらしい」
「政に口だしなどは?」
「何も。いや、問題が起これば助言を与えて国が乱れぬよう取り組んではいるな。忌々しいことにこれが的確で、この四年ほどエルトリアは平穏なのだ。国が乗っ取られているという事実を除けばだがな」
国王に判断を仰がなければならないことは国王からの伝言として返答をし、囚われている貴族たちに関しても同様に行っていたようだ。
「本人たちに会いに行っているということは?」
「それも充分有り得る話だ。城の者の情報から、どうやら人質は城の地下に幽閉されているようだしな。ただ食料や衣料品の用意はさせられるものの、実際にそれを届けるのはカロランで、事件以降、人質たちと会った者は居ない」
ふむ、人質を救出するにも居場所が曖昧となると、先にカロランを叩き、居場所を聞きだす方がてっとり早いか……。
「ストレイはカロランが力を振るうところを見たことある?」
「いえ、私は指示を受けて動くだけでした。なので奴の力量を計れるような情報は何も……。すいません」
実力となるとさっぱりわからないときた。
するとそこで話を聞いていたティゼリアが口を開く。
「少しいいかしら。カロランが関係している証拠は何もないんだけど聞いて欲しいことがあるの。というのはカロランへの抵抗運動や救出計画がまったく捗らない原因についてよ」
「ああ、あれか」
ティゼリアの話に心当たりがあるのか、ディアデム団長が唸る。
「どんな原因なんです?」
「呪いよ」
「呪い……?」
「ええ、王都で抵抗運動、もしくは国王救出計画を企てる者が不可解な死をとげるの」
「それは暗殺ということですか?」
「たまたま転んでひっくり返ったところに、たまたま尖った物が落ちていてそれがたまたま急所に突き刺さって死んでしまう。これって暗殺だと思う?」
「それは事故死ですよね」
「じゃあこれが四年間起こり続けていたら? カロランにとって望ましくない行動を起こそうとする人たちが、何らかの偶然によって次々と死んでいく。どこかの路地裏とかじゃなく、人々の目の前で。ちなみに私は幸いにも何回か死にかけただけですんだわ。喉をやられた時はさすがにあせったけど」
「それは……」
ただの偶然、とは言えないな。
悪い偶然が重なり合い、完成する死のピタゴラスイッチ。
そういや事故死を免れた人たちが、そこから不可解な偶然が重なって次々死んでいくって映画があったな。
「この不可解な死は呪いとして恐れられていて、活動が停滞している要因になっているの。リーセリークォート様、こういった、呪いのような魔法というのは存在するのですか?」
「無い。魔法は道具だ。だから『自分を脅かしかねない者を偶然を装って殺す』なんて漠然としたことはできない。一応、師匠が『呪い』と呼称したものはあるが、それはそういうものじゃないしな。もっとわかりやすい『ぶん殴れば物は壊れる』みたいなものなんだ」
「では魔術ではどうでしょうか?」
「同じだよ。魔法も魔術も道具だ。その『不可解な死』を実現するためにはその『力』自体に物事を判断する思考――意識が必要になる。魔力に乗せられるのはせいぜい感情まで。意識までいくならもう魂ごと。そうなったら人じゃない。星幽存在だ」
「星幽存在というのはなんでしょうか?」
「んー、そうだな……、ルーの森で猫がでっかくなっただろ? あの状態で猫の肉体が無くなって、魂と魔素だけでそのまま存在しつづけている……ようなもの? すまん、実は詳しくは知らないんだ。師匠からちょっと聞いただけだから」
「ねえねえ、それってつまり幽霊ってことかしら?」
ミーネが尋ねると、リィはちょっと首を捻って言う。
「まあそうだな。正確には幽霊もそこに含まれるってことなんだが。精霊もそうか」
物理で殴っても死にそうにない奴ら、とおれは勝手に納得したが、ふと、暇神のところにいた時のおれもその星幽存在だったのではないかと考えた。
だからなんだという話なのだが。
「ちょうどミーネが言ったから聞くが、幽霊とかそういうのが悪さしていたとかではないんだろ?」
「はい。そういったものは居ませんでした。あ、ただ……」
「ただ?」
「うまく言葉に出来ないのですが、王都全体が妙な気配に包まれていたのを感じました。近いものに例えると亡霊や亡者の領域です」
自信なさげなティゼリアの発言であったが、リィは何か引っかかるところがあったのか神妙な表情で考え込み、少しして口を開いた。
「少し考えさせてくれ。行軍にはそれなりに日数がかかるだろう? その間に答えを出す。ティゼリアには仮説を補強するために何度か確認を取ることになるだろうが、その時は頼む」
「はい、かしこまりました」
このティゼリアの話、なんとかカロランの実力を計るきっかけになればいいと思うのだが、それをたぐり寄せられるのは魔導学に明るいリィのみである。
どうか得体の知れない魔導師の化けの皮を剥いでもらいたい。
りゅーしか様、レビューありがとうございます!
※人質に関係する会話を少し追加しました。
2018/05/31
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/18




