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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
456/820

第449話 13歳(春)…獅子たちの咆吼

 獅子王騎士団――騎士団長ディアデム。

 彼はリオの爺さんである前国王、親父さんである現国王が挑んだ『獅子の儀』を何度も阻止した実績を持つ。

 それでも現に国王が交代しているのだから、最終的には倒されたのだろう、――そう想像するのは当然のことであるが、実際には『王に足る』と認めた段階でディアデムが降参することによって儀は完了していた。

 倒されたわけではないのだ。

 しかし、それはつまりディアデム団長を倒さずとも、自身を認めさせることができればリオは儀を達成できるということであるが、前国王と現国王の戴冠をきっちり阻んできた厳格さ、そしてリオが王宮へ戻ることを望んでいない現状を考えると、少女だからとの多少のお目こぼし、そんなものは期待できそうもなく、依然として達成条件が厳しいということには変わりなかった。

 心理的な妨害によって騎士たちの弱体化は実現したが、このディアデム団長に関しては効果があるのかないのか、判断が難しい。

 もちろん有ろうと無かろうと、リオには挑む以外に道はないわけだが、では、その団長の強さとはいかほどなのか?

 もういい歳の爺さまだというのに、未だエルトリア国内において並ぶ者の無い実力者。ただこれを国外まで広げると、これまでに何度か敗北を喫したことがあるようだ。

 そのなかでおれの知る人物は二名。

 一人はミーネの爺さんであるバートランと、もう一人はリビラの親父さんであるアズアーフである。

 一応、強さを確認しようとリオとアエリスに話を聞いたものの、両名ともに規格外なので全然判断材料にならなかった。そもそも戦闘となるとおれはからっきしなので、強さを計れたとしてもリオにアドバイスなどできないのである。ではミーネやシアならば、と思うところだが、二人もまた規格外なため、アドバイスされてもリオは困るだけだろう。

 そんななか、リオに意味のあるアドバイスが出来たのはリビラだった。

 ずいぶんと親身になり、めずらしく真剣になってリオにあれこれ助言をしていた。


「ニャーも覚悟決めて戦いに臨んだことがあるニャ。結局ニャーは負けたものの、リオはそうもいかないニャ。応援するニャ」


 状況は違えど、リビラもまた敵わぬ相手に挑んだ経験者。

 通じ合うものがあるらしく、なるべく力になりたかったようだ。

 そういう経緯もあり、儀が始まってからのリビラは普段のゆるめな表情が影を潜め、真剣な眼差しでリオを見守っている。

 いや、今は誰もが固唾を飲んでこれから始まる戦いに意識を向けていた。

 なんとかディアデム団長との一騎打ちに持ち込めたリオだが、疲労は濃く、肩で息を繰り返しており、普段の明るい様子とは打って変わって険しい表情で団長を睨みつけている。


「戦いの果て、もはや取り繕う余裕すら無くし、それでもなお戦い続けることができるのか。リオレオーラ様は獅子と成られるか」


 剣を抜き、構える。

 団長の動きはゆっくりとしたもので、リオに休憩をとらせまいとすぐに襲いかかるようなことはしなかった。

 そんな必要も無いと思っているのか、それともリオがもう少し戦えるよう配慮しているのか、あるいは……、リオを儀に挑む挑戦者と認めたからこそ下手に手を出そうとしないのか。


「なって見せます!」


 そしてリオがディアデム団長へと挑む。

 地を蹴り、体を捻り、両刃剣に力をのせて横凪ぎに。

 しかしそれは団長が振りおろした一刀のもとに叩き落とされた。

 団長の一撃が重いというのもあるだろうが、リオが得物としている両刃剣が力を乗せにくい代物というのも関係するのだろう。

 剣身と剣身の間に柄があるという構造上、扱うのに技量を求められるこの武器をリオが選んだ理由は、混戦において牽制しやすいという側面を持つためらしい。

 つまり『獅子の儀』のために選んだ武器なのだ。

 しかし一対一、さらに相手が格上となると、その扱いにくさに起因する熟練度の未発達が問題になる。

 が、そんなことはもちろんリオも承知の上。

 問題に対しての答えはすでに用意してあり、それはここまでずっと温存していた戦闘法であった。


「はッ!」


 リオは叩き落とされた方の剣身を、サバトンを履いている足で蹴り上げた。

 柄を持つ手が軸となり刃は地面から天へ、弧を描きながらディアデム団長に迫る。

 まずは叩き落とされた刃が。

 さらに追う様に逆側の刃が。

 突然の二連撃――、この対処しづらい攻撃に、団長は身を引いてやり過ごす。

 一旦引き、動作の終わりを狙うつもりか。

 しかしリオの仕掛けた攻撃はまだ終わっていない。

 空を突く二撃目の刃へ、柄からその切っ先まで滑らせる左手。

 装着したガントレットは防具としての役割よりも、刃を掴むことを目的としてのものなのだ。

 この左手の移動により、リオは長物を右肩に担ぎ、振りかぶっているような状態に切り替わる。そして振りおろすその瞬間、リオは柄に残る右手を左手まで滑らせながら押し、一撃にさらなる加速を加えた。

 この一撃はただ両刃剣を振るうよりもはるかにリーチが長く、身を引いた団長をきっちり射程に捉えていた。

 が、団長は横にずれ、容易くその一撃を躱す。

 それどころか――


「縦の後、さらに縦をつなげてどうするのです」


 攻撃の甘さをわざわざ指摘する。


「なら次は気をつけます!」


 応え、リオはさらに攻めていく。両刃剣としての動きに加え、刃を握って長物としても扱う。それは攻撃の一連の流れで自在に行われており、相手を翻弄するに充分なものであった。

 相手が並の者であれば。


「遅い! そして力が乗っておりません! 未完成ですな!」


 ディアデム団長はリオの絶え間ない猛攻を怯むことなく剣で受け続ける。そのたびにけたたましい金属音が鳴り響き、リオの攻撃が決して軽いものではないことを見守る者たちに知らしめるのだが……、それでも団長はぬるいと断じた。


「リオは……、強くなりました。なったんです……」


 果敢に攻め続けるリオから目を離さぬままアエリスが呟く。

 一見、リオが押しているようにも見えるが、実際はまったく通用していない。アエリスはそれが悔しいようだ。

 敵わないのはわかっていたこと。

 だが、ただ敵わなかったで終わってしまうのか。

 アエリスは今にも飛びだして行ってしまいそうだったが――


「きっとリオはやりとげるニャ。ここは信じて見守るニャ」


 そこでリビラが語りかけた。


「そうでしょうか……」

「信じられないニャ?」

「いや、そうではないのですが……」

「じゃあニャーがリオに伝えた必勝法を教えるニャ。これを聞けばアエリスの不安もなくなるニャ」


 え、と振り向いたアエリスにリビラは自慢げな表情をして言う。


「これは殺し合いじゃないニャ。だから諦めなければリオが勝つニャ」

「――ッ」


 リビラの言葉にアエリスは少し驚き、再びリオに視線を戻す。

 状況は防戦に徹していたディアデム団長が反撃に転じていた。

 その攻撃は容赦ないように見えたが、リオがかろうじて躱すことが出来ているという事実からして加減していると思われる。例え一瞬反応が遅れただけで体を貫かれるような突きを繰り出されていたとしても、それは躱されることを前提とした厳しい一撃なのだ。

 しかし何故そんなことをするのか?

 ただ認められないと言うのであれば、リオに浅はかにも『獅子の儀』に挑んだことを悔い改めさせるため圧倒的な力でもって押しつぶすべきだ。冷静に制するにしても、手も足も出ないような、技量の隔絶を見せつけるべきだ。

 それをしないのは団長がこの例外的な儀においても、自らを『担い手』に留めているからだろう。個人的な感情からリオの望みをただ阻止しようとしているのではなく、その覚悟を証明すべく越えるべき『壁』として立ちふさがっているからなのだ。

 そう、これは儀式。

 ただ勝者と敗者を決めるものではなく、王位継承者を王にまで鍛え上げるための儀式だ。

 阻む者がどのような思惑を持ち、どのような心境であろうと、挑む者に求められるのはそれらを越えていく強い意志を示すこと。

 だからこそ団長はリオの心を折ろうとしている。

 敵わぬと、届かぬと。

 倒れ伏すか、敗北を認めることによって儀は失敗となる。

 であれば、倒れなければ、敗北を認めなければ、諦めるという選択肢が存在しないのであれば、儀を達成することができるのでは。

 まるで根性論の極み。

 言うほど容易いことではない。

 だが国の存続のため儀に挑むリオにとって敗北を認めることはすべてを投げだすことと同義であり、その覚悟は慣例として儀に挑んできた者たちと一線を画すものがある。


「リビラさん、ありがとうございます。ただ……、少し癪ですね」

「まあ近すぎるとわからなくなることもあるニャ」


 おれたちに出来ることはリオの覚悟を信じること。

 折れぬと、屈せぬと。

 やがてディアデム団長も理解したのか、それともこれ以上は危険と判断したのか、一度リオに強力な一撃を防がせて足止めしたあと距離を取り、ここにきて構えを変えた。

 一瞬それは上段の構えのような状態になったが、柄を持つ手は後頭部にまで引かれ、剣は背後へと隠れてしまう。

 人体の構造上、後はもうただ真っ直ぐに振りおろすしか出来ないという異様な構えであるが、その姿は実に堂に入っており、繰り出される一撃が並大抵のものではないと予感させるに充分なものだった。

 団長はその場から動かず、リオが襲いかかって来たら迎え撃つつもりのようだ。


「この歳になってようやく神撃に至ったこの技、名は『(しし)の祝呪』。これを凌ぎ祝福とするか、凌ぎきれず呪詛とするか、それはリオレオーラ様次第……」


 猪の祝福と呪詛……、フォーウォーンの言い伝えにちなんだものだろう。挑戦者の真価を試し、裁定を下す一撃ということか。

 これまで果敢に攻めていたリオだったが、その構えを見て足が止まる。

 それも仕方ないことだろう、あの構えは恐い。

 前に立った瞬間、振りおろされる一撃の凄さを容易に想像させてくるからだ。

 しかしそれは「飛び込んでこられるか?」というディアデム団長の試練でもある。


「行きます……、行きます、――行きます!」


 唱えるように繰り返し、リオが駆けた。

 リオにとってはここが勝負所。

 未だ万全の団長と違い、これ以上の長期戦となればリオの体がもたない。

 迫るリオに、ディアデム団長は動く。

 その初動、膝から崩れ落ちるように体勢が下がり、そのまま前へ転倒するような状態で背中に隠れていた剣を超高速で振りおろす。

 ディアデムが真っ直ぐに振りおろす剣に、リオは下から迎え撃つ。

 ぶつかり合う剣と剣。

 団長の一撃に合わせた両刃剣の刃はへし折れ、そして団長の剣はリオの肩へと打ち込まれた。

 本来ならば、さらに深々とリオの肩から胸近くまで刃は斬り込まれていただろう。

 だが今リオが身につける服と下着はおれの仕立てた特別製。

 今回、雷撃無効は出番がなかったが、代わりに神撃無効が役割を果たし、団長の一撃が纏う神撃を散らした。

 だが、神撃にまで至った技の冴え――魔技としての威力は残っており、それを受けたことでリオは一方が欠けた両刃剣を取り落とす。

 これで終わり。

 ディアデム団長はそう思ったのだろう。

 が、リオはまだ諦めてはいなかった。

 右の肩を割って裂く刃を左手で掴み、右半身を後方に引くようにしてディアデム団長を引き寄せた。

 勝負は決したと一瞬油断した団長は前へ一歩踏み出すことになり、そんな団長に対してリオのとった行動、それは誰にとっても予想外なものだった。


「あああぁぁッ!」


 叫び、跳び上がるようにして惚けたディアデム団長の顔めがけて渾身の頭突きを喰らわせたのである。


「ぐぉ!?」


 鎧を身につけたディアデム団長に、この状態からでは有効な一撃を加えることは出来ない――、そう判断しての頭突きだったのだろうが、それでいいのか王女さま。

 ちょっとアレかなと思ったが、リオの頑丈な頭での頭突きは効果はてきめん。

 団長は痛みに目を瞑り、踏鞴を踏む。

 その隙にリオは両刃剣を拾いあげ、残った刃をディアデム団長の首元へ。

 やがて痛みに顔を歪ませながらも目を開けたディアデム団長は自分の首に刃を添えるリオを見つけることになり――


「よくぞ……、ここまで鍛えられました。リオレオーラ様、私の負けでございます」


 潔く敗北を認めた。

 獅子の儀の達成――これによりリオは王位継承権を持つ王女よりも一段階上の立場となった。

 残る力すべてを振り絞っての勝利。

 すでにリオは疲労困憊すら通りこしており、一方が折れた両刃剣をディアデムの首もとから放すとそれを杖にして体勢を支える。裂かれた肩からは衣装を染め上げるほどの出血が続くなか、うつむいて獣が唸るような荒い呼吸を繰り返している。

 誰が見ても危うい状態だったが、ディアデム団長も、負けた騎士たちも、観戦していた騎士たちも黙ってリオを見守っている。

 儀を達成したリオ、その最初の言葉を待っているのだ。

 確かにリオは勝った。

 だが、ここで倒れてはいけない。

 この儀の締めくくり、何か、集った騎士たちに何か言うべき状況だ。

 こうなるとおれたちもリオの元へ行くわけにはいかない。

 早く治療をして休ませてやりたいが……、まだダメなのだ。

 誰もが願った。

 もちろんおれもだ。

 もう少し、もう少し頑張れ。

 本当にもう少しだから。

 おれがエクステラで格好つけの演説したとき、自分もあんな風にビシッと決めてみたいとか言っていただろ?

 来たぞリオ、その瞬間が。

 だからもうちょっと、あと、もうちょっとだ。

 言え、叫べ、吼えろ。

 今がその時だ!


「――――ッ」


 祈るような気持ちでおれが心の中で叫んだ時、リオに変化があった。

 大きく大きく息を吸い込み、荒い呼吸をねじ伏せる。

 そして暮れる空を仰ぎ、吼えるように叫ぶ。


「我らが祖国は何処なるかッ!」


 それはエルトリア王国の国歌、その始まりの一節だ。

 リオのその叫びに見守っていた騎士たちの意識が一瞬で覚醒――斉唱でもって応じる。


『険しき峰筋連なる地、神が穿ちし平原にッ!!』


 騎士たちが応えるとリオはさらに続けた。


「我らが故郷は何処なるかッ!」

『獅子王御座せし遙か古都、家族と友の待つる地がッ!!』


 それは戦いの末に建国された国の歌。


「おお我ら、今こそ成り果てるは!」

『獅子ッ!!』

「征き征きて!」

『遙かッ!!』

「征き征きて!」

『遠くッ!!』


 それは建国よりさらなる戦いを強いられた国の歌。


「辿り着きし戦場に!」

『想うは彼の地の平穏と! 祈るは童の安寧と!』

「ここで流るる我らが血! 汗と涙と慟哭が!」

『彼の地を育む糧となるッ!!』


 それは戦いに身を投じた者たちの祈りの歌。


「例えこの身朽ちるとも!」

『友が伝えん我が武勲ッ!!』

「故に我らに迷い無く!」

『死をも厭わず疾く駆けるッ!!』


 それは国を、故郷を想い、散っていった者たちの願いの歌。


「戦神よ! 闘神よ!」

『どうか我らに祝福をッ!!』

「そしてどうか精霊よ!」

『彼の地の者らに万世をッ!!』


 リオと騎士たちの叫びは終わり、辺りを静寂が支配する。

 誰も動かず、身じろぎもしない。

 今、この場で起きたことに心が痺れ、ほとんど放心しながらも厳粛な気持ちになっていたのである。

 もはやリオは騎士たちの心を掴むべく、気の利いた演説をする必要などなかった。

 リオは戦いの始まりからこの最後に至るまで、一度たりと揺らぐことなく王女として有り続けたことを、騎士たちはこの――いずれは語り継がれるであろう、特別な『獅子の儀』にて理解した。

 リオはまだ立っている。

 だがそれはかろうじてだ。


「アエリス、迎えに行こう。アレサさん、治療をお願いします」

「はい」

「かしこまりました」

 おれはアエリスとアレサを伴い、もう立ったままの状態を維持するで精一杯と思われるリオの元へ。

 そっとリオを支えようとすると、そこでガクンッとリオの膝が砕け、おれは慌てて抱き留める。


「……やりました、ご主人さまの服と下着と、ドルフィード様の加護でなんとかなりました……」

「確かにそれもあるが、リオが諦めたら意味のないものだったよ。よく頑張った」

「ええ、よく頑張りました。見事でしたよ、我が女王」


 おれとアエリスが言うと、リオはちょっと目を見開いたあと、嬉しそうに「えへへ……」と笑い、それから眠るように意識を失った。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/04

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/01

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/07

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/26


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― 新着の感想 ―
[一言] ここで、あの国歌。 熱いですね!
[一言] ほんとリオの出番、会話シーンでさえ少なかったですし、これは今後目立つ事間違い無いと思われます! え?お前読むの2週目だろって?アッハッハ。
[気になる点] 酒飲ませるんじゃないのか
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