第448話 13歳(春)…獅子の儀
今ここで『獅子の儀』を執り行う。
リオのこの宣言は、行方知れずになっていた王女が目の前に現れたショックからまだ復帰できていない騎士たちにとって追い打ち以外の何物でもなく、彼らからものを考える力をごっそりと奪った。
つい今し方まで清々しい表情を浮かべていた騎士たちはまるで示し合わせたかのようにぽかんと間抜け面を晒すことになり、今この瞬間だけ見れば彼らが諸国から恐れられる猛者であるとはとても信じられないことだろう。
そんな騎士たちのなかで真っ先に我を取りもどし、口を開いたのはディアデム団長だ。
「な――、何を仰いますか。確かにリオレオーラ様は獅子の儀に挑む資格をお持ちです。しかし挑むにはまだ幼く――」
「闘神ドルフィード様から加護を授かった私であっても、儀に挑むには不足というのですか?」
「むぅ……」
おれをこっぴどい目に遭わせた筋肉神だが、リオに加護を与えたことだけは評価してもいい。これのおかげで儀に挑む力量うんぬんの面倒な問答をすっとばすことができる。儀式の開始は早ければ早いほどよく、騎士たちが正気に戻る前であれば理想的。
「リオレオーラ様、獅子の儀は本来このように唐突に行うものではありません。然るべき手順というものがあるのです」
「では、その手順を踏むためにも私は城へと戻りましょう」
「く……」
団長はリオに留まっていて欲しいようだが、そのための方便も手段も無いようで、最後には深々とため息をつくとふり返って団員たちを見回し、そして指示を下す。
「ここからここまで、行け! リオレオーラ様に現実を教えてさしあげろ!」
命じられ、戸惑いつつも前に出てくる騎士たち。
ちょっと〈針仕事の向こう側〉を使って数えてみたところ、大雑把に選出されたにも関わらず九十九人、いざとなったら団長が百人目として飛び入り参加できる憎たらしい人数だった。
ここで百人、または越えていてくれたらよかったが……。
そしてリオの前に並び壁を作る騎士たちだが、まだ披露しっぱなしの逞しい上半身とは裏腹に、その表情はこれから始まる儀に対し半信半疑、どこか怯えてすらも見え、とても戦いに臨む戦士のものではなかった。
「……始まりについては理想に近いものになったか……」
「……団長さんも案外まだ混乱してるのかもしれませんね……」
流れを見守りながら、おれとシアは小声で呟き合う。
シアの言うとおり団長もまた冷静さを欠いているのだろう。何もリオの望むままに、この場で儀を始めなくてもいいのだ。明日行うことにすれば、もうそれだけでリオの勝率は激減するのだから。
また、もしそれを理解しての判断――騎士たちがまともに実力を発揮できない精神状態であっても圧倒できると考えているのなら、それはリオを侮りすぎである。
まあどちらにしても、もうすぐ知るだろうし、そして始まったらもう手遅れだ。
リオが臨む『獅子の儀』、これは獅子王騎士団の騎士百名との戦闘である。
これは一対一を百回ではなく、一対百の乱戦だ。
リオは亡命するとなったときからこの瞬間を思い描き続け、メイド学校では訓練に臨んでいたらしい。
確かにリオは強くなった。
だが、リオに提案されたとき、おれは無理だと判断した。
シアやミーネであれば達成できるだろう。
他にもヴィルジオやシャフリーンであれば。
だが、リオでなければならないこの戦い、まともに挑むのでは、リオではどう甘く見積もっても力不足と判断するしかなかった。
おれは何とかリオを説得しようとしたが、リオは頑として譲らない。
挑戦しないという選択肢が本人の中に無かったのだ。
本来であれば挑むこともなかった。
しかし運命がそれを求め、そして今はリオも望む。
儀を達成した結果としての惨劇、その可能性すらも覚悟するリオの心情はおれごときが計り知れるものではなく、わりと脳天気な感じに過ごしていた少女が実は胸に秘めていた決意はこれが王族というものかとおれを驚かせ、そして協力させるに充分な引力を持っていた。
だからおれは考えた。
一度は無理と判断したリオの勝利を実現させる方法を。
そのためにまずやったのは、戦いに臨むリオの状態の確認だ。
リオは以前おれが仕立てた服を着て挑むつもりでいたが、ここで幸いとなったのは同じくおれ作の下着――どんな可憐な乙女も身につけたが最後、鋼鉄のゴリラと化す『戦乙女の下着』だった。
ここに闘神の加護が加わり、さらには駄目押しと錬金の神が破棄したとはいえ効果が確かな薬草汁を服用させる。これは原液はいつかのおれみたいに変なテンションになって冷静な判断ができなくなるので薄めたものだ。
ここまでくると相当な底上げになるが、それでも儀を突破できるかどうかとなると残念ながら怪しいもの。
そこで今度はリオの底上げとは逆に、戦うことになる騎士たちが実力を発揮できない状況を作ることを考えた。
最初の演技がかったおれの紹介から、自分たちがまったくの勘違い者としてロンドに来たことを理解させようとしたのはこのためだ。
勇猛な騎士であろうと、戦いに臨む意志を挫かれては戦えない。
元気があればなんでもできる。
そうかもしれない。
ならば元気が無ければなにもできないのか?
少なくとも、自身の力を遺憾なく発揮することはできないだろう。
だが、そんなおれの『意気消沈計画』はうちの筋肉たちが余計なことをしたせいでむしろ士気が上がるという正反対の結果になった。
一時はもうダメかと思ったが、リビラの指摘によってそうでもないと思いなおす。
士気の低下は失敗したが、騎士たちの体力を著しく奪うことには成功していたのだ。遠征で疲れているところに、テンションに引っぱられての筋肉自慢合戦で残った体力すらも消費。さらに言えば、バカ騒ぎの終わりによって緊張の糸は切れているし、鎧も脱ぎっぱなしで上半身裸という防御力大幅ダウン状態だ。
団長が騎士たちに鎧を再び着用しろと指示しないのはやはりリオに対する油断だろうか。
実に好都合なことである。
つい先ほどまで馬鹿騒ぎをしていたのに、突如としてエルトリアにおける最も尊い儀式に駆り出されることになった騎士たちはこの極端から極端という状況について行けず明らかに動揺していた。
本来、儀は前もって告知され、その猶予は騎士たちが一時的に自分の意識を『騎士』から『儀式の担い手』へと作り替えるための時間となる。つまりそれは王位継承者に寄って集って刃を向ける覚悟を決めるための準備期間に他ならず、だからこそおれはそれを与えないことにした。
その結果がこれだ。
騎士たちにとってリオはまだ『守るべき幼気な王女』のまま。
儀の挑戦者であると頭で理解していても心の方が追いつかず、結果、戦いが始まった今となっても――、剣を抜き、構えてまでいるのに、果たして本当に斬りかかってよいのかと迷っているのである。
こうして、やや予定外なことも起きたものの、リオは強化、騎士たちは弱体、という状況は実現した。
あとはこれがどれほど効果があるか、そしていつまで続くかだ。
「では、まいります!」
リオが戦闘態勢の整っていない騎士たちに挑み、ここはあっさりと三人を打ち据えた。両刃剣は刃を潰してあるので、相手が上半身裸であろうときっちり打ち込むことができるのだ。
まずは三人を倒したあと、リオは再び元の位置へと戻る。
対集団戦となると、おれたちが作る壁の正面を定位置とするのも重要なこと。
この位置であればリオは取り囲まれることなく、よって背後からの攻撃を受けることはない。
百人と戦うとしても、実際同時に戦う人数は限られる。
互いの武器が邪魔にならない範囲となると、リオの周囲に五、六人がせいぜいというところだが、おれたちの壁を背にすることでさらに数を三、四人まで絞れる。
そう、おれは何も好き好んで筋肉たちをずらっと並べたわけではないのである。
「何を惚けているのですか! 儀はもう始まっているのですよ! さあ、かかってきなさい!」
リオの叫び。
それは姫の命令であり、思考停止状態の騎士たちを否応なく動かすことになる。
もちろんそんな状態ではまともに戦うことは出来ない。
これも作戦の内。
思考がまとまらないうちに誘い、数を減らすのだ。
おれの読みではこの戦い――三段階状況が変化する。
まずはこのリオが無双できる状況。
リオの気迫によって引き寄せられるように騎士たちは向かってくるものの、訓練の成果は発揮できず、連係も出来ない。そしてそんなあやふやな攻撃で倒せるほど底上げされた今のリオは弱くない。
まともに戦えない騎士たちを相手にリオの快進撃は続く。
やがて半数ほどがリオに打ち倒された時、団長が叫んだ。
「この馬鹿どもが! リオレオーラ様が女王になられることの意味をわかっておらんのか!」
やはりディアデム団長はそこに思い至るか。
リオから団長の人柄を聞き、ある程度のところで状況を動かそうとするとは思っていた。
「リオレオーラ様の望みはここで一時的にでも自らを王と認めさせ、我々とここに集う闘士を率いて王都を奪還することなのだ!」
それの何がいけない、と戦う騎士、そして見守る騎士たちの多くは思っているような表情、つまりわかっていない。
さらに団長は苛立たしげに言う。
「そのようなことをすれば、陛下を始めとした人質たちの身が危うくなるだろう! もちろんリオレオーラ様もそれをよく理解しておられる! そう、理解してなお行動を起こされたのだ! これがどういう意味か、お前たちにはまだわからんか!」
団長は激しく部下たちを叱咤する。
「リオレオーラ様は血の玉座も覚悟しておられるのだ! 想像してみろ馬鹿ものどもめ! 国のため、民のため、親族を切り捨てた王女は女王になった! ああ、物語としては素晴らしかろう! だが、その女王の胸の内はもはや計り知れるものではないぞ! 貴様らはリオレオーラ様を怪物にさせるつもりか!」
団長の話に騎士たちは愕然とする。
「我らが情けないばかりにリオレオーラ様は覚悟を決めてしまわれたのだ! 貴様らはそれでよいのか!? 私は無理だ! 我慢ならん! リオレオーラ様を親族を喰らう獅子と変えてしまうくらいならば私は喜んで逆賊となろう! 人質を無視し、あの魔導師を討ち、そしてすべてを終えた後に腹を裂き死のう! すべては不甲斐なき我らが失態が故! とうとう来たのだ、死すべき時が! 賛同する者は我に続け! 王都へ攻め入り敵を討ち、そして共に果てるのだ!」
団長の言葉に騎士たちの様子が目に見えて変わる。
戦う目的があやふやであった騎士たちは、姫を血の王座に佇む獅子にしてはならぬと決意してしまった。
「さあ戦いを終わらせよ! そして行くぞ! 我らが故郷に! 我らが死地に!」
ここから残る騎士たちの猛攻が始まった。
これがおれの想定していた二段階目の状況変化。
今までとは打って変わっての激しい戦闘になり、リオはかなり分が悪くなる。
倒すどころか、騎士たちの攻撃をしのぐので精一杯だ。
これではジリ貧……、と思われるが、ここをしのぎ続ければまだ希望があり、それについてはリオにも話してある。
騎士たちの攻撃が激しければ激しいだけ、その希望があるとよく言って聞かせてある。
だからなんとか、その瞬間まで持ってくれ。
攻撃を受けるリオ、下着の性能によってダメージは軽減されているようだが、それでも攻撃を受ければ傷は負う。
ボロボロになりながらも、それでもリオは戦う。
戦い始めの軽やかな動きはなくなり、乱暴な、気合いだけで力まかせに両刃剣を振るうような状態にまでなっている。
しかし、それでもそのヤケのような一撃は力強く、そして鋭く、騎士たちが攻めるのを躊躇するほどだ。
叩かれ、叩かれ、鋼から不純物が取り除かれていくように、リオに残ったのは闘争心。
そしてその闘争心を生みだすのは姫としての気概。
国を思う心。
と、そのとき、騎士の一人が動きを止め、強く首を振った。
「……よし……!」
状況変化の三段階目が来たのだ。
騎士たちは愛すべき姫を止めるべく倒そうとした。
だが、姫は倒れない。
この戦いの先に待つものが自身の悲劇でしかないというのに、ボロボロになろうと諦めず戦い続けるその姿――、気高く、誇り高い、自らの剣を捧げるに値する王をリオの中に見てしまったとき、騎士たちの魂が震えないわけはないのだ。
かろうじて剣を構えてはいるが、一歩を踏み出すことができない騎士たち。なかには嗚咽を漏らしている者もいる。
こうなると、もはや戦いどころではなかった。
「ええい、下がれ馬鹿者どもが!」
戦意を失った騎士たちをディアデム団長は下がらせた。
隊列を組む騎士たちを見るも、誰も彼も似たようなもの。
「戦う姿に戦意を挫かれる……、このような事態、長く続く儀であっても初めてのことになるでしょう。いや、これもまた相手を制したということになるか……、致し方有りません。ここは私をもって百人目といたしましょう……!」
そして立ちはだかるディアデム団長。
これより始まる戦いこそが、残る力を振り絞って挑む、リオにとっての本当の『獅子の儀』となる。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/06
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/26
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/11/02
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/12




