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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第447話 13歳(春)…珍事もやがては伝説に(後編)

「見ろ! 我々の肉体を! 戦うばかりの筋肉だと? 馬鹿め!」

「戦神と闘神を祀る我々が肉体美を誇れぬと思うたか? 愚かな!」


 そう叫ぶ騎士たちの肉体は確かに見事なものであった。

 うちの筋肉はドーピング込みだが、あちらは日々の訓練によって作りあげられた正真正銘のナチュラルマッスルであり、その迫力は決してうちの筋肉たちに負けてはいない。

 この突発的に始まった筋肉自慢合戦のせいで、この場は二つのムキムキ集団が雄叫びを上げながら次々とポーズを切り替え、筋肉を躍動させて相手を威嚇するという地獄へ変貌してしまった。


「ご主人さまー、だいぶ想定と違ってますけど、どうしますー?」

「ど、どうするって……」


 おれはあまりの事態に茫然としていたが、シアが尋ねてきたことでハッと我に返る。

 気づけば皆が困惑顔でおれを見ており、本来であればこのあと騎士団にお説教するはずだったアレサやティゼリアに至っては、半笑いの表情が「もうどうにもなりません」と訴えていた。

 確かにもうお説教などという流れではない。

 両陣営の煽り合いはますます白熱しており、もう止めようにも止まらない状態になっている。

 作戦についてちゃんと説明した上級闘士たちも煽り合いに参加しちゃってるし、抑え役なはずのパイシェも「行け! 負けるな!」と闘士たちを鼓舞してしまっているのでどうにもならない。

 これで『騎士たちの士気を著しく低下させる』という計画は完全に吹っ飛んだ。

 これはおれの読みが甘かったのだろうか?

 だが、ちょっと筋肉見せて煽っただけで騎士たちがここまで乗ってくるなんていったい誰が想像できるだろう?


「まー、ニャーさま、最終的にやることは変わらないニャ。だからこれはこれで、このままやらせとけばいいニャ」


 どうしたらいいかわからなくなっていたおれにリビラが言う。


「このままって……」

「もう士気の低下は諦めるニャ。かわりにバカみたいに体力使ってくれてるからそれで良しとするニャ。そう考えればむしろ好都合ニャ」

「それはまあ……、そうなんだが……」


 体力については遠征で疲労しているはずなので、さらに削ろうとは考えていなかった。そもそも騎士たちに体力を使わせる方法というのが思いつかなかったというのもあるのだが。


「確かに、それはそれで有効か……」


 リビラのおかげでこの状況も捨てた物ではないとわかったが、そうなると真面目に計画を練ったおれがバカみたいで悲しい。

 この状況の方が望ましいとなれば特にだ。

 凄く真剣になっていたおれの三日間はなんだったのか?

 おれが胸に去来する虚しさに耐えていると、ミーネに服をちょいちょい引っぱられた。


「じゃあほら、貴方も応援しないと」

「応援っておまえ……、パイシェさんがやってるからいいだろ」

「貴方がやるとまた違うのよ。ほらほら」

「ええぇ……」


 うちの筋肉たちはいったいいつの間にそんなものを習得したのか、よりインパクトを与えようと協力しあって組体操を始めていた

 肩車、扇、ピラミッド――、そんなものは可愛いものだ。それこそサーカスや雑伎団で披露されるような複雑で奇っ怪なものまで飛び出し、騎士団を圧倒しようとする。

 しかし騎士団も組体操の心得があったのか、対抗するように筋肉の集合体――暑苦しい造形物を次々と披露している。

 なんだかんだで和気藹々としているようにしか見えない。

 もうほっとけばいいような気がしないでもないが、それでも計画の成功率を上げるためにできることがあるならやるべきだ。

 おれは渋々、うちの筋肉たちに声をかける。


「闘士たちよ! まだだ! まだまだだ! もっと貴様らの筋肉をエルトリアの騎士たちに見せつけてやるのだ! 確かに騎士たちの筋肉は日頃の鍛錬により練り上げられた見事なものである! しかし! 短期間で作りあげられた貴様らの筋肉が劣っているわけではない! 否、劣るわけがないのだ! 共に鍛え称え合うことで作りあげられた筋肉は一人一人の成果ではなく皆の想いの結晶でもある! 一人だけの筋肉と誇るな! 一人の筋肉は皆の筋肉であり、皆の筋肉は一人の筋肉であることを知らしめよ! 我らが倶楽部、筋肉の筋肉による筋肉の集い、その教義に裏打たれた真価を今こそ示すのだ!」


 途中でなに言っているか自分でわからなくなったがまあいい。

 どうせ奴らは聞いちゃ……、いな、い?


「……あれ?」


 ふと気づくと、大騒ぎしていたうちの筋肉たちが黙っておれに注目していた。

 しかしそれもわずかな時間で――


『うおおぉぉ――――――ッ!!』


 筋肉たちが一斉に咆吼を上げる。


「大闘士殿はさらなる筋肉を所望しておられるぞ!」

「こうなればアレか! アレをやるか!」

「闘士長殿! 許可を! どうか許可を!」


 もしかして大闘士っておれ?

 おれいつの間におれそんな役職についたの?

 あと闘士長って……、ああ、パイシェか。

 パイシェは腕組みして闘士たちの嘆願を聞いていたが、そこで大きく一つ頷いた。


「よーし! 許可が下りたぞ!」

「未だ完成に至らぬ秘奥! 今こそ成し遂げる時だ!」


 興奮した筋肉たちが何かを始めたが、おれにはそれがなんなのかさっぱりわからなかった。

 長が何も把握できていない団体ってどうなの?

 おれが困惑するなか、うちの筋肉たちは雄叫びを上げながら集合し、巨大な何かの一部となっていく。その様子は邪悪な生命体がみるみる成長していくのを眺めるような、恐ろしくおぞましい、現実に溢れだした悪夢のようであった。

 そして完成したもの……。

 イノシシだった。


「見よ! 見よ! これこそ我らが倶楽部の聖獣なるぞ!」

「称えよ! 称えよフォーウォーンを!」


 ムキムキどもが組み上がり完成した筋肉のイノシシは、小さい子が見たら間違いなくその精神を蝕み、将来的には反社会的な問題行動を起こすようになると確信できるほどの、悪い意味でのインパクトがあった。

 これはさすがに騎士団も戦意喪失かと思われたが――


「やるではないか! だがまだまだだな!」

「獅子王騎士団の真価を見せてやろう!」


 騎士団の筋肉たちもまた集合を始め、段取りよく瞬く間にもうひとつの筋肉の獣――獅子となった。

 二百人のイノシシと、三百人の獅子。

 向かい合う二体の獣はやがて――


『うおおぉぉ――――ッ!』


 それぞれ雄叫びを上げ、ゆっくりと前進を始めた。

 二体の獣は徐々に接近していき、やがて接触。

 押し合いへし合い、懸命に相手を突き崩そうとしていたが、最終的には双方同時に崩壊し、敵味方入り交じって五百人のでっかい筋肉の山となった。

 カオスだ。

 あまりにもカオスすぎる。

 この予測などしようもない事態におれが茫然としていたところ、側に居たリィがふらっとどこかへ歩きだした。


「あれ、リィさんどこへ行くんです?」

「ん? ああ、ちょっとそろそろ帰ろうかなって……」

「帰る? 酒場でひと休みですか?」

「いや、エイリシェの屋敷」

「どこまで帰るつもりなんですか!?」

「うっせー! 私はもう帰るんだ! ここに居たら頭がおかしくなるから帰るんだー!」

「そんなこと言わないでくださいよ! 気持ちは痛いほどわかりますけどそこをなんとか! もうちょっと、もうちょっとしたら落ち着くと思いますから! 可愛い孫を見捨てないでくださいよ!」

「どこが可愛い孫だ!」


 おれが帰ろうとするリィを引っぱって引き留めるなか、やがて筋肉の山が蠢きだし、今度は取っ組み合いが始まった。


    △◆▽


 やがて日が傾き始めた頃、イカれた筋肉たちの争いも終わりを迎えることになった。

 双方息を切らし、何か素晴らしいことをやりきったような清々しい顔でいるが、その一方、マジで帰ろうとしていたリィを懸命に引き留めていたおれはただただ疲れていた。


「確かに、お前たちは闘神が認めるのも頷ける素晴らしい闘士たちであった。無礼な疑いをかけたことは陛下に代わり、私が謝罪しよう」


 そう言う団長はわずかに微笑んでいる。

 なんか丸く収まってしまった。

 だがここで終わってもらっては困る。

 想定とはだいぶ違ってしまって騎士たちの士気低下は実現できなかったものの、体力を著しく消耗させることはできた。

 そろそろ頃合いだろう。


「……リオ、そろそろ出番だぞ……」

「……はい、頑張ります……」


 そう答え、リオは持っていた瓶の中身――薄めた薬草汁を飲み干す。


「……まず!? まっず……!」


 だいぶ薄めたがやっぱり不味かったか。


「……うぅ、じゃあ、行きますね……」

「……ああ、頑張れよ……」

「……頑張ってくださいね……!」

「……頑張って……!」


 おれに続き、シア、ミーネ、さらには他の皆も順番に声を掛けていく。

 リオは皆に応援されながら前へ。


「では、これ以上この町を騒がすわけにもいかぬゆえ、我々はすみやかに立ち去ることに――」

「お待ちなさい!」


 毅然と団長の言葉を遮ったリオは、そこでローブを脱ぎ捨てる。

 その後ろから同じくローブを脱いだアエリスがリオの両刃剣を持って続く。

 突然出て来た少女二人に団長は一瞬きょとんとしたようだったが――


「リオレオーラ様!?」


 リオが何者であるかに気づき、慌てて跪く。

 今のリオはいつものメイド服姿ではなく、前に希望されておれが仕立てたドレスっぽい服装で、手には特殊なガントレット、足にはサバトンを装着している。

 お姫様みたいな服で、動きやすく、手足に防具が着けられるような服――、そんなリクエストを当時は不思議に思ったものだが、今回のことでようやく理解できた。

 リオはこの瞬間を思い描いていたのだ。


「ディアデム団長、お久しぶりですね」

「リオレオーラ様、ご無事でなによりでございます。貴方様が無事であることを陛下が知ればどれほどお喜びになることか」

「そうですね、せっかくですからお父様が喜ぶ顔を拝見するために私もこれよりエルトリアへ戻ろうと思います」

「そ――!? お待ち下さい! エルトリアは未だ……、未だあの魔導師の手中! リオレオーラ様にお戻り頂くわけにはまいりません! どうか、どうかもうしばしお待ちを! 必ずや我々が陛下を救出――」

「待てません」

「な――?」

「待つことはできないのです。もうおわかりでしょう。レイヴァース卿に助力を願ったのは誰か。そう、私です。すべてを終わらせるべく私はエルトリアへ帰るのです」

「そ、それでは陛下が……! それだけではありません! アスピアル公爵も! アエリエス様!」

「私はリオレオーラの決断に従います」

「なん……、と……。いえ、いえ、それは認められません! どうしても帰ると仰るのであれば、この私を倒してから――」

「もとよりそのつもりです!」


 リオはひときわ大きな声で言い放つ。

 それにより、団長はようやくリオが何を考えているのか気づいた。


「まさか――」

「そう、私はこれより貴方たち獅子王騎士団に挑みます! この場にて『獅子の儀』を執り行い、私は新たなる王として貴方がたを率いて王都へ帰るのです!」


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