第446話 13歳(春)…珍事もやがては伝説に(前編)
リオに説教されたあと、話が脱線する前に何を言いたかったのかをちゃんと聞いた。
「どうでしょう。上手く行けばこの状況を一気にひっくり返せると思うんです。私、頑張りますから」
「頑張るって……」
確かにリオの提案は名案だった。
不可能――とまでは言わないが、実現がかなり難しいという点を除けば、であるが。
それでも、もし実現すれば……メリットはでかい。
おれはしばし悩んだ末、リオの提案を採用し、この計画が成功するよう無い知恵絞って策を練ることにした。
そして三日後の昼過ぎ、エルトリアから遠路はるばると獅子王騎士団がロンドへと到着する。
人数的には三百名ほどで、数だけ聞けば大したことないようにも思えるが、忘れてならないのは奴らが素手でイノシシに襲いかかって心臓抉り出して喰らう変態であることだ。一騎当千とまではいかないだろうが、並の兵であれば十人分以上の働きをするだろう。
そんな変態どもを、おれは二百名ほどの闘士を率いてエルトリア側の町の入口で待ち受けた。
戦闘に発展する可能性はほぼない。
が、それでも周辺諸国にその名を知られる獅子王騎士団と対峙するとなれば腰が引けるというもの。しかし倶楽部の闘士たちはどいつもこいつも自信に満ちあふれた顔をして横に長く整列し、暑苦しい人の壁を形成している。
それは見ようによっては陣形のような状態で、おれの関係者とエドベッカ、レヴィリー、アーシェラ、バイアー、それからストレイはその列の中央正面にて騎士団を迎えた。
騎士団は歩調を乱さずこちらに進行してくると少し離れたところで立ち止まり、こちらに抗するように横に広がった陣形をとる。
「……ご主人様、あの正面にいる立派な鎧を着て頭つるつるな人がディアデム騎士団長です……」
フード付きのローブで姿を隠しているリオがおれに囁く。
ここに亡命した王女がいることはまだ知らせる段階ではないため、リオはおれたちの背後に隠れてこそこそしているのだ。
リオに言われ、おれは今回の計画、その最大の障害になりそうなディアデム団長とやらを観察する。だいぶ歳を食った大男で、爺さんと言った方がいいような人物だが、その立ち姿は微塵の衰えも感じさせぬしっかりとしたものだ。まあおれも知り合いにバートランっていうバケモノみたいな爺さんがいるし、ジジイだからと油断していいものではない。
「……本人は掴まれて不覚をとらないように常に剃っていると言っていたんですけどね、いついかなる時もつるつるなのできっと嘘です。小さな頃はよくぺちぺちさせてもらいました。思いのほか触り心地がいいんですよ……」
リオさんや、こんな時まで話が脱線していくのはどうなのだろうね。
いや、この状況にあって普段通り、つまり余計な気負いがないことを褒めるべきだろうか?
やがて陣形が整ったところでディアデム団長が叫んだ。
「我々はエルトリア王国、国王直属、獅子王騎士団である! この度、この国境都市ロンドに邪神を信奉する者たちが集っているとの知らせを受け、エルトリア国王陛下は我々にその討伐を命ぜられた!」
団長はそこで一旦言葉を止めると、こちらの集団を端から端まで首を動かして確認、そして再び口を開く。
「貴様らが何者かは知らぬ! だが、我々の行動を妨害しようと言うならば、我々は貴様らを斬り捨てることになんの躊躇もしない! 命が惜しいならば即刻立ち去れ! 命がいらぬと言うならば、せめて武器を手にして我らに挑め!」
立派な口上、まるで戯曲の登場人物である。
おれじゃあ、この迫力は無理だろうな。
まあいい、今回おれの役割は演出家だ。
「……アレサさん、ティゼリアさん、それではお願いします……」
「……かしこまりました……」
「……ええ、任せて……」
ティゼリアとアレサは並んで数歩前へ、それから騎士団に恭しくお辞儀をしてみせる。
「ごきげんよう、エルトリア王国、獅子王騎士団の皆様。わたくしはセントラフロ聖教国より参りました聖女、名をティゼリアと申します」
「同じく、わたくしは聖女アレグレッサと申します」
聖女が二人……、と騎士団にわずかながら動揺が生まれる。
しかし団長となれば毅然としたもの。
「聖女ティゼリアに、聖女アレグレッサか。基本、聖女は単独で行動するものと思っていたが……、何故このロンドに?」
おそらく、団長は聖女が二人いるという状況に、どこか希望を感じたのだろう。
例えばそれは、エルトリアの状況を変えようと働きかけてくれるなどといった。
しかし下手に関わられても人質が危ない。
その確認をしようとしている。
「ある魔導師に奴隷法違反、加えて誘拐事件の首謀者であるという疑いがかかっています。わたくしはその調査をしておりました。あ、そうそう、最近、さらに邪神を崇める教団の司祭であるという疑いもかかっておりましたね」
「……ッ!」
もう向こうにもティゼリアが誰をとっ捕まえようとしているかはっきりわかっただろう。
「お前達二人はその魔導師を捕らえようとしているのか?」
「いえ、それはわたくしの任務。こちらの聖女アレグレッサはまた別の任務を帯びてここにおります。――アレグレッサ」
「はい。わたくしアレグレッサの任務は、失われてはならぬ方の側に控え、お守りする従聖女です。貴方がたも御存じでしょう。善神の祝福を戴く聖女にして、勇者、偉大なる魔導師シャーロット・レイヴァースに縁のあるお方。神々に祝福されし者。ベルガミア王国ならびエルトリア森林共和国にて発生したスナークの暴争を収めた英雄。史上初となるスナークを屠る者。セントラフロ聖教国においては神子猊下と祀られる方。しかし勇者と呼ぶにはまだ早く、ならばこうお呼びしましょう」
非常にこそばゆい紹介がされ、その最後におれはぐっと我慢。
「導名なき覇者――セクロス・ウォシュレット=レイヴァース様です……!」
自分で紹介しておいて、アレサはなにやらじーんと感動しているような感じである。
おれという存在を正式に紹介するならやっぱり名前も必要と考え、仕方なく――、本当に仕方なく告げてもらったのだ。
さて、紹介を受けての騎士団。
スナークの暴争とその終息は大きな話題であり、国境封鎖前にエルトリアにも伝わったのだろう。
騎士団の者たちははおれを凝視。
かなり動揺しているのがわかる。
それはこちらの思う壺。
計画の成功率を上げるための方法の一つ、それは騎士団の士気を下げることである。
そのためにまず騎士団には自分たちに正義が無く、それどころかまったくの慮外者であることを理解してもらわないといけない。
おれの紹介はそのための前振り、要ははったりだ。
「この度、猊下はあるお方の願いに応え、この国境都市ロンドを訪れることになりました。しかし訪れたこのロンド、エルトリア王国の異変に不安を覚え、防衛のために兵を連れて訪れたレヴィリー・ネーネロ様と、都市参事会側との衝突が起きそうな状況になっておりました。猊下はこの状況を良しとせず、和解できるよう取りはからわれました。その結果、このロンドに一つの活動団体が誕生することになったのですが……、どうやら、その団体を邪神を祀る教団と嘯き、エルトリア王国へと伝えた者がいるようです」
アレサはおれが用意したシナリオを騎士たちに伝える。
すいませんね、聖女に妙なデタラメ喋らせてしまって。
「では……、ここにいる者たちがその団体だと言うのか?」
「その通りです。さあ皆様、今こそ証明する時です!」
アレサの掛け声、それに応えるは闘士たち。
『おおぉぉぉ――――ッ!!』
闘士たちは雄叫びを上げ、一斉に服を脱ぐ。
上も下もぺいぺーいと脱ぎ捨て、皮のサンダルとブリーフ一丁に大変身すると、すぐさま思い思い、自分が最も逞しく美しいと信じているポーズをとる。
うおー、うおー、と唸る筋肉ども。
相対する陣の一方があっという間に筋肉まみれに変貌した。
「見よ! 見よエルトリアの貧弱どもめ! この筋肉を見よ!」
「戦うばかりの筋肉どもめ! この美しき肉体に目を焼かれよ!」
おいちょっと待ておまえら!
肉体を見せつけてやれとは言ったが、罵倒して煽れなんておれ一言も言ってないんですけど!?
「ご覧なさい! これが猊下の取り組みの成果です!」
あれ、なんかアレサの言葉に心が痛い。
予定通りなんだけど痛い。
「これほどの肉体を誇る者たちが邪神を信奉するような愚か者であるはずがありません! そしてそれは神すらも認めるところとなったのです!」
「神がだと……!?」
ここにきて団長がやっと動揺した。
筋肉集団でびびるかと思ったが、なかなかタフなおっさんだ。
「そう、それは他でもない、貴方がたも信奉する神――闘神ドルフィード様です!」
『……ッ!?』
闘神が認めたという事実に、騎士たちは一気に動揺した。
エルトリアが祀る二神のうちの一柱が認めたとあれば、動揺もするというものだろう。
「ドルフィード様はこの場に居る十二人に加護を、そして猊下には祝福をくださり、そして告げたのです。猊下率いるこの集団を『認める』と! そして『広めよ』と! そう、この『共に鍛え称え合う闘士たちの集い』は、闘神ドルフィード様に認められた大陸でも数すくない正当な宗教集団なのです!」
神々を信奉する集団は様々にあれど、その神が直々に認めた集団となると極めて希なことになる。
そういった集団で最も有名なのはもちろん聖都だ。
愕然とする騎士たちに対し、追い打ちをかけるようにうちの筋肉たちがさらに煽る。
「どうだ、わかったかへなちょこ筋肉どもめ!」
「祀るばかりでろくに体を鍛えていないのだろう、闘神様は御存じだぞ!」
煽る、もうそうとう頭に来ていたのか、煽りまくる。
だが今は唖然としている騎士団も、こうさんざん煽られたとなればムッともイラッともするだろう。
そうなると予定が狂うからそろそろ黙れ筋肉ども。
雷撃くらわすぞ。
「団長! 団長! もう我慢なりません!」
「お願いします! 行かせてください!」
騎士団の中から団長に訴える者たちが現れ、それは次第に増えていく。
いかん、下がった士気が煽られて上がってきてしまった!
うちの筋肉たちの罵倒と、部下たちからの訴えに挟まれる形となったディアデム団長はむすっと目を瞑って黙りこんでいたが、そこでカッと見開いて叫んだ。
「よし、お前ら! やってやれ!」
『おおおぉぉぉぉぉ――――――ッ!!』
団長の指示に団員たちが大音声で応える。
まずい!
戦う気になってしまったか!?
おれが焦るなか騎士たちは一斉に――
「……ッ!?」
脱いだ。
鎧も上着もすぽぽーんと脱ぎ捨て、上半身裸になって逞しい肉体を披露した。
その瞬間、おれは自分の計画が宇宙の彼方へ飛んでいくのを幻視した。
※闘神から加護を貰った人の人数が間違っていたのを修正しました。
2018/09/14
※誤字の修正をしました。
2018/12/25
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/06




